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同日 18時34分
ワイワイガヤガヤ、文字で表すとそんな喧騒。
「あー……」
部屋の片づけを終え、レスカが迎えに来たのは午後六時を回っていた。外は陽が傾き地平線の彼方に隠れようとする、家ではお母さんたちが晩御飯の準備をし始める、そんな暖かい時間帯。俺の心は虚無に支配されていた。冷や汗が額を濡らし、膝は細かく震える。
「あぁあ……」
そんな時間帯に俺の口から漏れ出た言葉は言葉ではなく、ただの音。
「もう……帰りたい。俺を帰してくれぇえぇえ」
卑屈な想いだけ、言葉として口から漏れた。
そもそも今俺がどういう状況にあるか。状況を説明していこう。
時間。手元の時計を確認すると午後六時半を少し回った頃だ。
場所。円塔寺邸の一階、最奥にあるやたらと広い応接ホール。白い大理石の床に朱色の絨毯がひかれていて、だだっ広い部屋の端っこには腰の高さくらいの白地の机が幾つも並べられている。客なんかが来るとここで豪勢にパーティを開くのだろう。
その広い応接室の真ん中で、何故か椅子に座らされた俺。その横にレスカが位置取り、そしてそれを取り巻くように大勢の女の人に囲まれていた。
髪の色も肌の色も多様な女性陣は、粒ぞろいの美人だと言う事は俺でも理解できる。
だがしかしその美人さん達が何故俺をぐるりと取り囲んでいるのか。今から「いつもニコニコ貴方の傍に這い寄る混沌」にでも生贄を捧げる儀式でも始めるのか。四方八方からの視線に俺の冷や汗と脇汗と喉の渇きがとどまる事を知らない。
そんな状況に俺はただ萎縮するしか無くて、レスカに視線で助けを求めるが、困ってる俺を見て彼女は「にやり」と口元を歪め笑った。なんて意地の悪い奴だ、と思う。
「ま、そんなこんなで今日から働くみたいなんで、皆面倒見てあげてね」
「はーい」
レスカの言葉に、一斉に返事を返す女性陣。先ほど言われたが、この大勢のメイドさんを統率しているのがレスカらしい。「私、仕事はできるのよ。ふふん」と自慢げに胸を張ったレスカは子供っぽく言っていたが、俺の視線はその自慢げに張られた二つの双丘に釘付けだったのは黙っておく。
「ほい、じゃ自己紹介。おもしろおかしくよろしく」
「……まてぃ!いきなりだなおい!」
唐突に振られて、完全に意識を窓の外に向けていた俺は素っ頓狂な声をあげていた。
「あらやだ。人生ってば、いつだってそういうものよ?」
「やかましいわ!っていうか自己紹介って……」
「ほら、アレよ、合コンとかと同じノリでいいのよ!出来るでしょ?好きな女性のタイプとかも下ネタを交えつつ言っていただけると、見てる立場のお姉さん的には楽しいんだけど?」
「悪魔かおのれは……ッ!」
そんな無茶ぶりを残虐な笑みと共に投げかけるレスカは確実にこの状況を楽しんでいやがる。やたらとやかましい心臓を押さえつけるように深呼吸をした後、俺は椅子から立ち上がり正面に向き直った。
俺とレスカがしゃべっている間に、メイドさんたちはいつの間にやら俺から離れちょっと離れた所に整列してこちらをみつめていた。その視線にもう一段階心臓の鼓動が速くなった。
「あー、えー、その、赤妻、青蘭です。今日からここで働かせてもらいます。まだまだわからない事だらけなので、指導やフォローをお願いします。よろしくお願いします」
以上。シンプルイズベスト、だ。
――が、ドヤ顔の俺とは裏腹に、場にはしらーっとした空気と沈黙が下りていた。まばらに湧く拍手が空しさを助長するわ、背後でレスカが重い溜息をつくわ、突き刺さる無数の視線が痛いわで、背中を音もなく冷たい物が流れていく。
――どうやら、駄目だったらしい。




