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執事とお嬢と拳銃と!‐With a Butler!‐  作者: gwちゃん
第二話:屋敷、メイド、お嬢様。
12/44

-6-

  同日 16時39分


 「ふぅ……疲れた。ちょっと休憩するか」


 少し経って作業もひと段落し、休憩をしようと立ち上がった。外を見て見れば、大分日も落ち、もう夕方に近しい時間だった。身体を伸ばす。屈んだり重い物を動かしたりで酷使したため、腰がじんわりと痛い。


 「ま、こんなもんだろ…………ん?」


 片付けた部屋を一通り眺めていた時だった。ふと風の流れと人の気配に気が付いた。何時からいたのか、何時から見てたのか。作業に集中していて全く気が付かなかったが、小さくドアが開き、そこから覗く小さな影があった。


 ドアに近づくと、木製のドアの向こうから誰かが慌てて離れていく気配。そう、小さな未成熟の女性の様な、幼いそれ。


 「……あ」


 ドアを開けると、ひきつった顔で硬直している亜麻色の髪の少女――たしか、ミミ、と言う名前だったような――と目が合った。隆顕さんの娘さんだったか。と言う事はお嬢様と読んだ方がいい訳か。


 そのお嬢様とそのまま沈黙と共に見つめあう事、しばし。開け放たれた廊下の窓から吹き込む柔らかい風で、お嬢様の淡くカールした髪が仄かに揺れた。


 「んーと……何してるんです?」


 先に沈黙を破ったのは俺だった。


 「あの、そのー」


 警戒しているのか、フリルのたくさんついた赤いドレスを着たお嬢様は俺が近づくと怯えたように一歩退く。その動きに合わせて、ドレスが小さくたなびく。


 「その、物音がしたので……見に来たんです」


 一言を絞り出すようにお嬢様はつぶやいた。


 「あぁ。うるさかったですか?……すみません」


 レスカから周りには空き部屋がある、と言われていたので、つい人がいない事前提で大きな物音を立てたりしてしまったが、まずかったらしい。もっと慎重に行動すべきだった。バツが悪くて、俺は頭を下げた。


 「私こそ覗くような真似を……貴方は……この間の赤妻さん、ですよね?」


 合点がいった、そんな表情でお嬢様は上目使いに俺の事を見上げてきた。


 「ええ。今日からお屋敷で働かせていただきます、赤妻青蘭です。よろしくお願いします。この前はお怪我とかありませんでした?」


 「は、はい。だいじょぶですー」


 俺が急に顔を覗き込んだので、恥ずかしかったのかお嬢様は真っ赤にした顔を俯かせると消え入るような声で呟く。後半は何とかかろうじて聞き取る事が出来た。


 「……」


 「……」


 そして、会話が止まった。

 あまりの静かさ加減は、ひゅう、と風が吹き込む音が聞こえる程だ。こういう会話の途切れは、どうしても耐えられない。


 「それで、今日はどうしてここに?ここはメイドの寮だったような?」


 「じ、実はですね、上の階の空き部屋を、私の本を置く部屋としてつかってるんですー……」


 言われて思い返してみれば、エレベーターの中で見た案内図の五階部分に「美海:図書室」と書いてあったような、なかったような。


 「そうですか。自分の部屋、近いのでうるさくしたらごめんなさい」


 「いえ、私の方こそ……あ、あの……」


 もじもじと手先をいじる事、数秒。


 「はい?」


 その小さな声が何と言ったか聞き取れなくて、思わず聞き返す。


 「あくしゅ、してもらえませんか?」


 ゆっくりと白いグローブを外し、その小さな手をおそるおそる俺に差し出してきた。緊張しているのか、指先がかすかに震えている。


 「え、ええ。こちらこそ、お願いします」

 その唐突なお願いに、務めて平静を装い俺は頷いた。あまりにも突然だったので、内心動機がえらいことになっている。多分、顔は真っ赤なのだろう。


 「で、では」


 これからよろしく、そう言う事だろうか。そう判断し、俺は息を飲むとその手を――壊れ物を扱うように、やさしく包み込んだ。白く、細く、ほんのりと湿った小さな手、細い指。やわらかく、あたたかな感触。この握手で、少し距離が縮まれば――。





 そう考えていたのは、俺だけだったのか。


 「――きゃっ」


 「ぐっ!!」


 お互いの手にふれた瞬間。俺とミミお嬢様は同時に小さく悲鳴を上げた。彼女の手にふれた途端、鋭い痛みが全身を駆け巡ったからだ。痛みは一瞬だったが、頭を襲った痛みは異常に重く鋭く、足から力が抜けて、俺はその場に膝をついた。地面が、世界が揺れ、冷や汗が流れ頬を伝い地面に染みを作り、耳元ではやかましいくらいに血が流れていくが聞こえる。


 ノイズの混じる思考と視界でミミお嬢様を見上げると、彼女は真っ青に染めた顔を恐怖――だろうか――にひきつらせ、握ったままだった俺の手を乱暴に振りほどいた。今にも泣きそうに涙をためた瞳が、俺を捉える。


 「す、すみません、すみません」


 ミミお嬢様の謝る言葉が、震えていた。なぜだろう。謝るべきは俺じゃないのか。わけがわからず、思考もまとまらない。


 「その――――――すみませんっ」


 そう言い残し、力無く立ち上がった俺がとめる間もなく、ミミお嬢様はエレベーター横の階段を駆け上がって行った。俺は止める事も声をかける事も出来ず、その背中を見送るしかできなかった。


 「いったい、なんだってんだ……」


 俺の身体を駆け抜けた激痛といい、ミミお嬢様の様子と言い、いったいどうしたと言うのだろう。様々な思惑が頭の中をめぐるが、不思議とそのいずれも「はずれ」の様な気がした。彼女がいた場所にはミミお嬢様が落とした白いグローブだけが残っていて。


 後で謝っておこう。グローブを拾い上げ、壁にもたれかかると俺は小さく息を吐いた。



 ……前途は多難のようだ。


 身体の痛みは、いつの間にか消えていた。

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