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「やぁ、青蘭」
どこかで聞いた声が玄関ホールに聞こえ、二階から声の主――隆顕さんが顔を出した。ストレートなデザインの茶色のパンツに、純白のカッターシャツ、緑と白のアーガイル生地のベストと言った出で立ちだ。
今日は仕事はオフなのだろうか。そんな事を考えていたら、隆顕さんの手には山のような書類やファイルが乗っていて、今にも崩れそうな危ういバランスを保っていた。
「よく来たね、青蘭。歓迎するよ」
「どうも、ご無沙汰してます。今日からよろしくお願いします!!」
階上から大きな声でそう声を掛けられ、俺も大声で返し頭を下げた。
「ん、今日からよろしく。じゃあ、私は仕事があるから、ひと段落したらまた伺うよ!レスカ、あとよろしく!」
「はーい」
それだけ告げると、隆顕さんは慌ただしくその場を後にした。レスカがそれに片手を振ってこたえる。すぐに奥の方から紙やらが床にぶちまけられる音が聞こえてきたが、俺にはどうする事もできない。
「さて、自己紹介やらもあるけど、まずは部屋まで案内するわ……さぁ、皆かいさーん、仕事にもどんなさーい!」
レスカが周りを見渡し、声を上げる。メイドさんたちは俺の事を興味心身に見つめていたが、その声を合図に、メイドさんは皆――それぞれ持ち場があるのだろう――ばらばらに散って行った。
「さて、貴方の部屋はこっちよ。ちょっと遠いけど」
レスカに袖をひかれるまま、俺は歩き出した。
豪奢な作りの階段の下にある、玄関の扉に比べるとふた回りほど小さい――それでも俺の背よりは大きいのだが――扉をくぐる。その先にあるのは別の建物へと続いている通路らしい。
他に会話もなく、ただこつこつとリノリウムの床を靴が叩く音が反響し、幾重にも増して聞こえるだけだ。
「あの、この通路って何処に続いてるんですか?」
「ん~、寮よ寮。ほら、来る途中に少し大きめの白い建物あったでしょ?」
いわれてみれば、来る途中に遠心力に身体を激しく振りながらそんな物を見た気がする。相当大きい建物だったが、あれ、寮だったのか。
「寮、ですか。皆さん実家とかから通ってるわけじゃないんですね」
「まぁ、ね……んー、あんまり実家のくだりはこの屋敷の中、特にメイド達の会話の中では言わない方がいいかも」
「え?」
レスカの柔らかい笑顔が、わずかに曇る。思わず口を出た疑問。
「あんまり言いたくないんだけどね……この屋敷のメイドはね、皆孤児だったり、何らかの理由が合って一人にならざるを得なかった娘達なの。もちろん皆が皆、ってわけじゃないけどね……やっぱり抱えてる物が皆あるからね」
レスカは表情を少し曇らせたまま、ぽつりぽつりと言葉を絞り出した。まさかそんな理由があったなんて。……これから先共に働く仲間として、俺も事情と言う物を理解しておかなければならない。不意に口に出さないように、気をつけなければ。
「わかりました、気をつけますね」
「ありがと……あ、あと、敬語なんて使わなくていいから、気楽に、ね?」
レスカは曇った表情から、人懐っこさを感じさせるやわらかい笑みへと変えた。あまりにもその笑顔が美しいので、それにつられて俺もほほ笑む。表情というものが人に与える影響はすさまじい物がある。相手が笑顔なら自分も笑顔になるし、その逆もまた然りだ。自分は、はたしてレスカみたいに人を笑顔にできるのだろうか。
「わかったよ、レスカ……さん」
「レスカ、でいいわよ」
「りょーかい、レスカ。これからよろしく」
正直、敬語は苦手だったりする。
「ん。よろしく」
俺が差し出した手を、レスカの細く暖かい指が包み込んだ。