第六章③
エリコたちは宮殿の前に降り立ち、真ん中が膨らんだ石柱の間を通り、ドラゴンも潜れそうなほどの巨大な扉の前まで歩く。エリコを先頭に、三角形の隊列が自然と作られた。ジェリーは魔法を使えない。アメリアは何もできない。ちょっぴり怯えているだけである。
「なんだ、貴様ら」
エリコの前で槍が交差した。扉の前には守衛が二人。どちらも体が大きく、鎧を纏っていた。鎧の種類から、政府軍の兵士であることが分かった。
アメリアはその槍の銀色の輝きに悲鳴を上げそうになったが、エリコは顔色一つ変えずに言った。「この中にいる人に、少し用があるんだけど」
「この先は許可がなければ通せん」
「あ、そう」
エリコの返事と行動は一致していない。
エリコは右腕を持ち上げて、目を細めた。
すると黒髪が重力を忘れたように僅かに乱れる。
紫色の輝き。
巨大な扉はガッコンと音を立てて横にスライドし始めた。
扉は機械仕掛けのものだった。
きっと、エリコは魔法を編み、その動力に働きかけたのだろう。
兵士たちは開き始めた扉を見上げ、非常に慌てていた。
人一人くらいが通れる幅が出来るとエリコは腕を降ろした。「凄く精密な造りだ、コレを作った科学者に敬意を表したい」
「閉めろ!」
兵士の一人は刃をエリコに突き付け怒鳴った。その様子から、どうやら扉を開ける、あるいは閉めることは、この兵士たちには出来ないらしい。どこか別の場所にスイッチがあるのだろう。「早くしろ!」
「二人とも、」エリコは後ろに振り返って言う。「少し下がって」
次の瞬間、エリコは素早く反時計まわりに一回転。一蹴。黄色いワンピースの裾が広がって、アメリアはエリコのパンツを見た。
ヒールのソコの隙間は槍の先端を挟んで絡め取っていた。
刃は、硬い床に突き刺さっている。
エリコはソレを蹴りあげる。上空で空気を鳴らしながら回転。エリコは槍を手にして、淀みない動作で、刃を兵士の喉元に突き付けた。
兵士は何が起こったか理解できない顔をしている。
もう一人の兵士も唖然としていた。
「何をした!?」刃を突き付けながらも、兵士は勇敢にエリコに向かって言った。
「魔法よりも難しいこと」言うが早いか、エリコは左足を軸に、回転。槍の柄で、兵士の首の後ろを叩いた。
思わず耳を塞ぎたくなる生々しい音が響いた。
沈黙。二秒後、兵士は、前のめりに倒れた。
「……う、うおおおおぉ!」仲間の戦線離脱を目の当たりにして、もう一人の兵士が声を上げ、エリコに向かって槍を突き出す。
こういう状態を無謀と言う。そして、
「遅い」エリコは体を傾けるだけで槍を避けた。
兵士の勢いのついた体が接近するのを利用して、エリコは握力を使って槍の柄を固定した。微調整。そして、ビリヤードの球を転がすように、僅かに押す。槍の柄は吸い込まれるように兵士の喉元を捕えた。兵士はそのまま気を失った。
エリコは槍をくるくると回転させて、最終的に床に突き刺した。宝石が砕けた音がした。
「じゃあ、行こうか」エリコは二人に言う。
「……凄い、」アメリアは興奮していた。「凄いです、ダテさん、まるで魔法みたい!」
「さっきも言ったけど、」エリコは照れているのか、アメリアを見ないで自分の肩に掛かった髪を払った。「魔法よりも難しいんだ」
「……社長」ジェリーが扉とは反対方向に指差しエリコの袖を引っ張った。
「どうした?」
エリコとアメリアは振り返り、ジェリーが指差す方を見た。
三人の背後には、魔女が、そしてユニコ―ン隊とグリフォン隊とドラゴン隊、各隊の騎士たちも集結していた。厳宮殿の周囲を巡回していたのだろう。勢ぞろいだ。魔女たちはきっと、エリコが兵士に向かって乱暴なことをしたのを一部始終見ていたに違いない。三人をはっきりと敵と見なす目をしていた。
「あっ、ブリジット」その中にブリジットが混じっていたから、アメリアは声を上げた。
「……少し、戦略を立てよう」エリコは冷静に言った。
「どうするの?」ジェリーだって動じていない。むしろ微笑んでいるように見えた。だから、アメリアも怖くなかった。
「走れ!」
エリコは叫んで魔女たちのいる方向とは逆に、つまり扉の先へ走り出した。
「イエス!」ジェリーも飛び跳ねるように走り出した。
「え?」アメリアも遅れて走り出す。
魔女たちが一斉に追ってくる。
「早く走れ、もっとだ!」エリコはアメリアの手を強く握った。
扉を抜けると、一面が白い空間だった。
「どうして、飛ばないんですか!?」息を切らせながら問う。
「この空間は魔法が使えないんだ、飛ぶことも出来ない、それに魔物もこの白い空間に入ることは出来ない、一気に駆け抜けたら、勝ちだ」
後ろを振り返ると確かに魔女は魔法を編む様子はなく、ただ追いかけて来ているだけだった。鎧を纏った兵士はこちらに迫ってくるけれど、ドラゴンもユニコーンもグリフォンも追って来なかった。
けれど、すぐそこまで多勢の騎士が迫って来ていた。走るスピードは男たちの方が上だ。鍛え方も違う。何よりも、アメリアはまだ十一歳だ。走ることは得意だけれど、騎士たちに比べたら全然、遅い。
アメリアのスカートの裾が騎士の一人に掴まれた。
アメリアは倒れそうになる。
すかさずアメリアを抱き締めながら、エリコは箒で兵士の側頭部を薙ぎ払った。
しかし、箒に槍のような殺傷能力はない。ほとんど、ノーダメージに近い。騎士は意表を突かれただけだ。
一方のエリコはアメリアを抱き締めながら、バランスを崩して、床に倒れそうだった。その状態から立ち直るのは無理だった。
しかし兵士の顔は箒の柄に唐突に襲われ、背中から倒れた。
ジェリーだった。
エリコはヒールを床に強く擦らせ、体勢を立て直した。「頼りになるね、ジェリー」
「こんなこともあろうかと、」ジェリーは微笑む。「ムウミンが金属を仕込んでいたんだよね」
アメリアも吊られて笑顔になる。
そして、再び走り出す。次の扉まで。




