第五章⑨
「お邪魔します」
アメリアの部屋にエリコは糸を手繰り寄せるような手の動きをしながら入ってきた。
アメリアの小指もまるで糸に引っ張られているかのように向こう側へ伸びた。
「ダテさん、どうして、ここに?」
「まだ料金を貰ってなかった」
「へ?」エリコの後ろに乗った際の料金だと気付くのにアメリアはしばらく時間がかかった。「……あ、そうでした、まだ払っていませんでした、……いや、えっと、冗談は止めてください」
わざわざ、料金を徴収しにココまできたなんて当然ながら信じられない。
「ミリカが君の小指に糸を結んだんだ、」エリコはドアを閉めて説明する。「私には糸は見えない、ミリカだけが赤く見える糸、でも、手繰り寄せることは出来る、ミリカが別の塔を爆発させたから、私は悠々とココまで辿り着くことが出来た」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて、」アメリアは立ち上がって問う。「ダテさんは騒がしいことが、嫌いなんでしょう?」
「ソレが、クスリ?」
アメリアは慌てて蓋を閉めた。
エリコはアメリアに近づいて、抵抗するアメリアから強引にボトルを奪った。
エリコの目的は理解できた。
「騒がしいことが嫌いなんですよね!?」
ベッドの上に尻餅を付きながら、アメリアは騙された気分だった。
「へぇ、日本酒みたいだなぁ、」アメリアを無視しながら、アメリアの横に座って、エリコはアメリアに尋ねた。アメリアは猫みたいに抵抗したが、どういうわけか片手でエリコに捕まってしまった。エリコの顔が近い。エリコはとても幼い顔立ちをしていた。しかし、ドキリとするほどかっこよかった。それが両立しているのが不思議で仕方がなかった。黒い瞳に吸い込まれるように、見とれてしまう。「で、どうだったの、飲んでみて?」
ボトルの中身が半分になっているから、エリコはアメリアが飲んだと思ったのだろう。
「……呪いが解けて、飛べるように、なりました」エリコから目を背けて、嘘を付いた。
「嘘だね」からかうようにエリコは言う。
「嘘じゃ、ありません」どういうわけかアメリアは甘えるような声を出してしまう。魔法にかかったみたいに。
「本当のことを教えてあげようか?」
「何をですか?」
「アメリア、君には呪いなんてかかっていないんだ、ミリカの口から出任せだ」
エリコが言うんだから、それは本当のことだと思った。それにアメリアだって空を飛べないのが呪いのせいだってことを百パーセント信じているわけではなかった。ただ、その新しい可能性に夢中になっただけの話だ。そう、夢中になったから、アメリアは、少し、いや、かなり落胆した。
「そして、アメリアが上手に空を飛べる方法を私は知ってる」
「……えっ?」落とし穴の下で差し伸べられる腕を見つけたような気分になった。「本当ですか!?」
「空中に浮くことは出来るんだろ?」
「はい」アメリアは素直に返事をする。
「方法は二つ、」エリコはとてもクールにピースサインを作った。「方法は二つあるんだ」
「二つも?」アメリアもピースサインを作る。
「うん、」エリコは微笑んだ。「教えて欲しい?」
アメリアはピースサインの隣で大きく頷いた。「早く、教えてください」
「私もせっかちだから、君の気持ちはよく分かるよ、でも、教える代わり、この薬の蓋を開けてくれない?」
アメリアは迷わなかった。力を入れて、ポンっと蓋を開けた。甘い匂いが立ち込める。
「やっぱり、日本酒の匂いだ、飲みやすいようにミリカが調合してくれたのかな」
「ニホンシュ?」
「お酒だよ」
「私、お酒、大好きなんです」
「嘘だね」からかうように言った。
「本当です、全然酔っぱらいませんよ、エリコさんは、お強いんですか?」
「全然酔っぱらいませんよ」エリコはアメリアの口調をまねて言った。
「朝まで付き合ってくれますか?」アメリアはどうしてこんなことを言うのか自分でも不思議だった。
「どういう意味? ミリカも、ムウミンも、そういうこと言うけど、意味がよく分からないんだよね、」エリコは真っ赤な唇をボトルの口に付けて飲み干した。「うん、懐かしい味、少しセンチメンタルな気分」
「どうですか?」アメリアは聞く。
「うーん、」エリコは手の平を見ながら言った。どうやら魔法を編もうとしているらしい。しかし、何も起こらない。「まだ、かな」
「そうですか」
「うずうずするね、私、せっかちだから」
「とても、そんな風に見えませんけど、あ、その、飛べる方法、教えて下さい、私、ちゃんと蓋を開けました」アメリアは先ほどからずっとエリコの手を握っていた。それはエリコがどこかへ行かないようにという意味が多く含まれている。
「いいよ、それじゃあ、まず、その一」エリコは人差し指を立てる。
「その一」アメリアも人差し指を立てる。
「ミリカが持っていた、着物はどこ?」
「キモノ?」
「あれ? どこにあるか、知らないの?」
「キモノってなんですか?」
「ああ、そっちか、日本の、なんていうかな、ドレスみたいなものだよ」
「あ、もしかして、」アメリアは立ち上がり箪笥の一番下の引き出しを開け、色鮮やかな折り畳まれた布を取り出した。「コレ、ですか?」
「そう、ソレ、」エリコは立ち上がって、着物を手にして広げ、自分の体に宛がった。確かに襟があって袖があってドレスみたいだった。エリコの黒髪がピンク色を基調とした色合いにピッタリと合っている。エリコはとても嬉しそうに一回転した。「うわぁ、懐かしいなぁ、でも、少し子供っぽいな」
アメリアにはその基準はよく分からなかった。そして着物が飛ぶのになんの役に立つのかも分からない。「それで、着物をどうしたら、私は飛べるようになるんですか?」
「コレを着ればいいんだよ」
「え? それだけですか?」
「いいから、早く服を脱いで、」エリコはアメリアの首元のリボンを解き始めた。「私が気付けてあげるから」
「え? あ、ちょっと、」アメリアはペテンにかけられている気分だった。それと、裸を見られるのはとてつもなく恥ずかしい。顔がピンク色になる。「いやだ」
「変な声だすな」
「だって」
アメリアはエリコを見た。エリコも顔がピンク色だった。どういうわけかアメリアはドキドキした。エリコの所作は淀みがなかった。瞬く間に、腰に帯が巻かれた。きつく締められる。
「あっ」また変な声を出してしまった。
「変な声だすな」
「だって」
「どう、苦しくない?」
「苦しい」
「着物はこれでいいんだよ、ほら、どう? 鏡で見てごらん」
アメリアは鏡台に映る自分を見て照れた。まるでどこかの国のお姫様みたいだった。自分のイエローブロンドの髪を触る。黒く染まればいいのにと思った。エリコみたいに。「とても、素敵」
アメリアはエリコに微笑んだ。
そのときだった。
エリコの唇が、アメリアの唇に押し付けられた。
アメリアは目を見開いた。お酒を朝まで飲んだときよりも、酔った。この陶酔感は比べものにならない。ピチカートとキスして、こんな気分になったことはない。
唇が離れて、もう一度、キス。アメリアは目を閉じて気持ち良くなった。
エリコは耳元で囁く。「アイ・ラブ・ユー」
アメリアはエリコにベッドの上に押し倒された。顔は真っ赤だった。熱があるみたいに体が熱い。「だ、ダメですよ、こんな、騒がしいこと、騒がしいことは嫌いなんですよね?」
「ここはチェルシーガーデンじゃないよ、私は昔から合戦とか鉄砲とか蒸気船とか、そういう騒がしいのが大好きなんだ」
アメリアはまた変な声を出した。




