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High A of the YBC   作者: 枕木悠
第五章 チェルシ・ガーデン
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第五章⑧

ファーファルタウは夜の七時。

ヘンリエッタは庭園でまだリアカーの隣で掃除を続けていた。パレードまであと四日。はたして終わるのかどうか、微妙なところだった。それにアメリアのことが気になって掃除には集中出来なかった。コーラを一口飲み、ヘンリエッタは魔女の塔のアメリアの部屋を見上げた。窓から灯り漏れている。ピチカートは、どのようにアメリアを叱ったり、褒めたりしているのだろう。ヘンリエッタは、ピチカートとアメリアの師弟関係を不思議だと思う。言葉では説明しづらいけれど、シャーロットとヘンリエッタよりもセオリーから外れているのは誰の目から見ても明らかだと思う。だから、こういうときにピチカートがアメリアに何を語りかけ、アメリアがどのような反応をするのかが気になるのだ。

いや、それ以外にも理由はある。

それを考えるとヘンリエッタは不機嫌になり、頬を膨らませて、溜息を吐く。

ヘンリエッタは自分の気持ちに正直だ。

独り占めなんてずるいじゃないか。

ヘンリエッタは箒を剣のように構え、誰もいない空間に向かって、ソレを振り下ろした。

その時だった。

北西の塔、ドラゴン隊の塔の屋上が爆発、炎上したのだった。

ヘンリエッタは爆発した塔の屋上の方角を見ながら固まった。

一瞬、魔法を編んでしまったのかと思った。

しかし、魔法を編んでないことはすぐに判断できたし、無意識のうちに、あんなに巨大な炎を爆発させることは、残念ながら、今のヘンリエッタには出来ないことだった。

 宮殿中にベルが鳴り響いた。

 ヘンリエッタははっとなって、箒に跨り飛んだ。

 宮殿の塔を爆発させるなんて、東洋の魔女以外に考えられないじゃないか。

 ヘンリエッタは高く飛んだ。

 どうやら、ヘンリエッタが一番乗りらしい。

 ドラゴン隊の男たちの情けない悲鳴が聞こえる。

 やつらはドラゴンがいなければ何もできないのに、プライドが高く、魔女を批評するから嫌いだ。

 ヘンリエッタはドラゴン隊の男たちのヘルプに耳を貸さずに、塔の最上階、そして屋上まで一気に高度を上げた。

 今日の月明かりは鈍い。

 けれど、燃え盛るオレンジ色の炎をバックに、一人佇む、黒い影が見えた。

 予想に反せず、東洋の魔女だった。

 しかし、服装はヘンリエッタが奪われた宮殿の魔女の制服ではなく、フリルの量が多いメイド服だった。箒を両手で、持っているから、本当のメイドさんに見えないこともない。

 しかし、ヘンリエッタは魔女を忘れるわけがない。

囚人服にさせられた思い出は新しく、一度きりの出来事だから、もうそういう体験は二度と味わいたくないと、ヘンリエッタは痛烈に感じている。

ヘンリエッタの吊り上った目が、東洋の魔女のどこか焦点の合っていない目を見る。

ヘンリエッタは魔法を編んだ。ストロベリーブロンドが発光する。

箒の上で、バランスを取るように広げた両手から、瞬間的に、火柱が立ち上がる。

「ハロウッ!」

 ヘンリエッタは魔女に向かって挨拶をして、スナップを効かせて、炎を夜の空気に泳がせる。

 炎は意志を持ったかのように、魔女に注がれる。

 それに対して、魔女は、箒を軸に、ミュージカル女優のように、スカートをふわりと浮かせて、一回転した。

 ヘンリエッタは遅れて、魔女が、白い紙に包まれたチューインガムを投げたのだと分かった。

 全く、その行為が意味不明で、ヘンリエッタは手の平に広がった熱を確かめるように親指を舐めた。

 次の瞬間にヘンリエッタは不思議な光景を目撃した。

 ガムを中心にヘンリエッタの編んだ炎が渦を巻き始めたのだ。

 魔女に襲い掛かる予定が、渦を巻いた。予定外だ。しかもその渦はまるで、チューインガムに吸収されるように小さくなっていく。ガムは包み紙を燃やして、その性質で球体に変化し、ベースボールの球くらいにまで大きくなった。その頃にはヘンリエッタが編んだ炎は完全にガムに吸い込まれていた。

 ガムの球体は、黒く、機械的な精巧さを持ちながらも、どこか得体のしれない生物の様で禍々しかった。卵が孵化する寸前のように微細な紫色の光を発しながら拍動している。そしてその球体から、一本の紐が伸びて、『ジュッ』と小さな音を上げて、紐の先端に火が付いた。

 それが爆弾であり、炎を利用して魔女が爆弾を作ったのだということは、ヘンリエッタはすぐに理解できた。

 しかし、爆弾が重力に従って、屋上に落ち、静かに導火線を短くしているのを前にしてパニックになった。とりあえず屋上に降り、爆弾を前にして、頭を抱える。「えっ!? えっ!? どうしよう!?」

 ふうふうと息を吹きかけた。駄目だった。

 ブーツの底で踏んでみた。コレも駄目だ。

 お湯の温度に近い水もかけてみた。駄目だった。

 そうしているうちに導火線は短くなる。

 顔を上げると近づいてきた魔女は、愉快そうな笑みを見せながら、なぜかヘンリエッタの顔を見て驚いた様子で声を上げた。「あら、あなただったの?」

「えっ?」

「すごく優秀な炎だったわ、」とても楽しそうに人差し指を立てる。「この爆弾なら、この塔くらいは簡単に吹き飛ばせるんじゃないかしら」

「何よ、ソレっ!?」褒められて嬉しくなる余裕なんてない。高い声でヘンリエッタは怒鳴る。「どうやったら消せるのよっ!?」

「残念でした、」魔女はヘンリエッタの手を躱しながら、スカートの裾を持ち上げてメイドさんみたいにかしづく。「この爆弾は私のカウントではコントロールできません、時限爆弾ってやつです、爆発まで、後、二十秒」

 魔女は箒に跨り上空へ飛んだ。

「あ、逃げんじゃねぇよ!」

 ヘンリエッタも逃げたかったが、爆弾を置いて逃げるわけにもいかない。なんとか鎮火しなければならない。ただでさえ塔はすでに炎上しているのに。「ああ、もうっ、なんで私が火に弄ばれなきゃいけないのっ!?」

 あと十秒、九秒、八秒。

 ヘンリエッタがストロベリーブロンドのツインテールを振り回していると、上空から声がした。

 あと五秒、四、三。

「爆弾を月に向かって投げて」シャーロット軍曹の声。

 ヘンリエッタは咄嗟に反応して、爆弾を掴んで、振りかぶって、思いっきり月に向かって投げた。

二、一、ゼロ。

爆弾が爆発する瞬間だった。

直径が塔の直径を超える水の球体が空から落下した。

爆弾は爆発したが、水によって、それは無力化された。

搭の炎も鎮火した。

ヘンリエッタはずぶ濡れで屋上に仰向けになっていた。

相変わらず、すさまじい水。

 この水を浴びるといつも惨めな気持ちになる。最近ではもうシャワーを浴びるのも憂鬱な行為だ。恐ろしいシャーロット軍曹を思い出すから。

「ヘンリエッタ!」シャーロットが屋上に降り立った。「バカ! 何してんのよ、バカ!」

 ヘンリエッタは反抗的な目をして起き上がって言った。「来るのが遅いんですよ! 誰も来ないから私がどうにかするしかないじゃないですか!」

 シャーロットはヘンリエッタの頬を叩いた。

 ヘンリエッタの頬は赤くなった。「何するんですか!?」

「あんたは炎しか出すしか脳がないじゃないの! 何もしない方がいいのよ! あんたは! 庭園を黒焦げにしたのに、反省が足りないわよ! 考え直しなさい! 自分の人生、自分の未来、自分の炎について!」

「…………、」ヘンリエッタは、必死で涙を堪えた。惨めで、悔しくて、頬が痛くて、シャーロットが怖くて、嫌いで、どうして叩かれなきゃいけないのか理不尽で、涙が押し寄せる。声を出したら、途端に流れ出しそうだったけれど、耐えて、返事だけはしようと努力した。そうしなければ、一生、シャーロットが怖いままだと思ったからだ。「……分かりました」

「さっさと部屋に戻りなさい」シャーロットは冷たく言って、ヘンリエッタに背を向けて歩き出した。その先にはずぶ濡れのメイド服を纏った魔女が、ピチカートによって拘束されていた。

 本当だ。私が何もしなくても、この二人だけで、何もかも解決してしまう。

 涙が溢れた。声が出てしまうほどだった。両手で顔を隠す。シャーロットが背中を向けていてくれて本当によかった。

言われた通り、部屋に戻ろうと思った。こんな顔誰にも見られたくなかった。

「ヘティ」

ピチカートの呼ぶ声がして振り返る。ピチカートはヘンリエッタに向かって手招きしていた。ヘンリエッタはシャーロットの背中を窺いながら近づいた。

「なんですか?」ピチカートに聞く。

 ピチカートの隣では東洋の魔女が意識を失ったように瞳を閉じている。ボロボロになったメイド服とそれにペンキのようにへばりついた血液はピチカートの魔法の鋭さを表現している。

 ピチカートは微笑んでグリフォンの羽根とクラーケンの墨を差し出して言った。

「あなたが呪いなさい」

「……やったこと、ありません」自信なく返答する。

「ピチカートが頼んでいるのよ、やりなさい」シャーロットが即座に言った。

 ヘンリエッタは羽根と墨を受け取る。羽根の先に墨を付けた。少し手が震えた。いや、抑えられないくらいだった。呪いの魔法を編む練習をしたことはあるけれど、実際にやるとなると少し怖い。

「まったく」シャーロットはヘンリエッタの手を支えた。

 それに少しビクッとなる。

 耳元でシャーロットが、信じられないくらい優しく囁く。「集中しなさい、集中しないと呪いは刻めないわ、呪いは相手の人生を奪うんだからね」

 ヘンリエッタはその声に小さく頷いて、砂時計を描くために、まず「×」と記した。恨みを込めた。シャーロットに叩かれた恨みも、全部、東洋の魔女に刻んでやった。

 そしてまた墨を付けるために羽根の先を東洋の魔女の左目の下から離した。

「コレでいいわ、」ピチカートが言った。「ヘティ、ご苦労様」

「え? 砂時計じゃなくていいんですか?」

 突然、ピチカートはヘンリエッタの手を叩いた。墨の入った瓶が落下し、割れた。

「ヘンリエッタ、何やってるの?」シャーロットは言葉にそぐわず、珍しくヘンリエッタに向かって微笑んでいる。

「えっ?」ヘンリエッタはとても優しそうな微笑みは素敵過ぎて気持ち悪いと思いながら意味が分からないので疑問符を上げる。「だって、ピチカートさんが」

「これじゃあ、砂時計は描けないわね、」ピチカートは満足げに笑った。「全く、ヘティってば、おっちょこちょい」

 ピチカートに額を小突かれて、ヘンリエッタも笑った。笑いながらヘンリエッタは、この変なやりとりの意味を見つけて、思った。この人は魔女だって。



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