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High A of the YBC   作者: 枕木悠
第五章 チェルシ・ガーデン
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第五章⑥

アメリアは四階の自分の部屋に戻り、後ろ手で扉を閉めて息を吐き、体全体にのしかかってくる重りのような疲労を感じて、ベッドにうつぶせに倒れ込んだ。しばらくレコードプレイヤを回して音楽をかけようかと悩んだ。それから、確か百科事典の中にある薬を飲んでみようかと考えた。アメリアは身を起こして。百科事典まで手を伸ばした。重いので力を入れ、棚から抜く。たったそれだけの作業が今のアメリアには大仕事だった。アメリアは膝の上で百科事典を開き、中のボトルを手に取った。

 コレを飲めば、私は、飛べるのかな?

 じーっと、ボトルの中の液体を見つめる。

 しばらくして、アメリアはボトルを百科事典の中に戻し、百科事典も棚にしまった。

 再び、横になる。

 アメリアが躊躇った理由は決して一つではないが、その最たる理由は、結論に辿り着くのが怖かったからだ。

 もし、この薬を飲んで、空を上手く飛ぶことが出来なかったら、これからもずっと飛べないような気がしたからだった。

 なかなか、笑う自分は思い描けなかった。

 浮かんでくるのは、相変わらず、空中で、ひっくり返る自分。

 アメリアは仰向けになって、額に手の甲を乗せ、目を瞑った。

「……アメリア」

 頬を触る指先に、アメリアははっと目を開く。ピチカートはベッドに腰掛け、アメリアの顔を覗き込んでいた。

「……先生、」アメリアは微睡んでいた。目を擦って上半身を起こす。五分か、十分、眠っていたようだ。「ごめんなさい、先生、私、その……」

 アメリアはピチカートに東洋の魔女ミリカを脱走させてしまったことを謝罪し、経緯を伝え、今はもういないかもしれないがチェルシーガーデンにミリカがいたことを分かりやすく説明しようとした。

 しかし、ピチカートはアメリアをぬいぐるみのように抱きしめて鼻をすすりながら、どうやら泣いているようだ。

「……アメリア、謝らなくていいのよ、ごめんなさい、全ては、私があなたの傍にいなかったからよ」

 アメリアはピチカートの優しさを感じるよりも、自分が惨めに思えて嫌になった。優しさが痛い。いっそ、ピチカートの風で吹き飛ばされる方がよかった。ピチカートの過保護はコレ以上受け入れられなかった。

 アメリアはピチカートから体を離して言った。「……怒ってください、じゃないと、なんかもう、優し過ぎて辛いです」

 ピチカートは目を少し大きくした。「……そっかぁ、アメリアは立派になろうとしてるんだね」

 不思議なことを言われた気がした。意味を上手く飲み込めない表情でアメリアは言う。

「はい、私は、立派な魔女に、なりたいんです」

 しばらくの間、ピチカートはアメリアのいろんなところを触って、確かめて、キスした。

 不思議な関係だと、アメリアは思う。

 ピチカートは目を閉じて、首を振った。「アメリアは私みたいな立派な魔女にはならないで」

 アメリアが困惑しているとピチカートは、息を吸って、続けた。「愉快な魔女になれるわ、アメリアなら、ミュージカルのレビューみたいにね」

 アメリアはさらに困惑した表情をした。

 ピチカートは声を出して微笑む。

「なんですか?」アメリアはピチカートの微笑みを自分の顔に鏡みたいに映しながら言って、ふと、レコードプレイヤの横にボトルを見つけた。驚いて指差し、聞いた。「あっ、先生、アレ、減ってますよ」

「ああ、」ピチカートは振り返って何でもないことのように言った。「飲んだから、減っているのは当然のことよ」

「先生が、飲んだんですか?」

「いいえ、」ピチカートは首を振った。「ドラゴン隊の、ケイジっていう男が飲んだのよ」

「あれ?」アメリアは先ほどまであったのに思って百科事典を手にして開く。そこにはまだボトルがあった。こっちは全く減っていない。百科事典をパタンと閉じながらアメリアは言った。「どうして、二本あるんですか?」

「東洋の魔女の仲間が持っていたのよ、詳しい身元は不明だけど、シルバー・ブロンドのかなり怪しい魔女だった」

「仲間?」ミリカは仲間の存在を匂わせることを何も言っていなかった気がするし、そもそもミリカは日本人で黒髪だから、シルバー・ブロンドの仲間がいるというのは変だと思った。しかし、ボトルの形状はほとんど同じだった。液体の色も。

「……飲んで、その男の人はどうなったんですか?」アメリアは聞いた。

「さあ、どうなったのかしら?」ピチカートはとぼけるように、あるいは不敵に微笑んだ。

「教えて下さい」アメリアはせがむ。

「只今、実験中、」ピチカートはウインクを自然に決めた。「とにかく、危ないから、」

「危ないんですか?」

「危ないから、アメリアの部屋に置いておくよ」

「やっぱり、私の部屋に大事なものを置いておくというのは、おかしいと思います」

「そうよね、」ピチカートはボトルを手に取って半分に減った、その液体を揺らした。「愉快なことよね」

 違う、そう意味じゃなくて、とアメリアが言おうとしたときだった。

 とても近くで、何かが爆発する音がした。

 部屋が少し揺れた。

 ミリカだ、とアメリアは咄嗟に思った。薬を取り戻しに来たんだ、ここに。

「先生っ」アメリアはミリカのことを伝えようとした。

 けれど、ピチカートはソレを遮るように、

「私が傍にいなくても、大丈夫よね、大丈夫だと思う、」と自分に言い聞かせるように言って、アメリアにボトルを押し付けるように渡して「でも、この部屋から出ないように」と忠告してから部屋を出て行った。きっと爆発現場に向かったのだと思う。

 アメリアは、自分はどうしたらいいか、考えながら、ボトルを眺めた。

 そして、蓋に触り、指に力を入れて、開けた。

 子気味のいい音が鳴る。

 匂いを嗅ぐ。

 甘い香り。まるでお酒のよう。

 ボトルに口を付け、ボトルを傾ける。

 と、ボトルを持った手の、小指がドアの方へ、とても軽く、引っ張られた。

 次第に強さを感じてくる。

 ドアが開いて、ソコにいたのは、エリコだった。



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