第五章⑤
華麗に宮殿の魔女に変身したムウミンは素敵な気分でファーファルタウの街を飛び、宮殿へ向かっていた。まるでスキップするように飛んでいる。ムウミンのハミングが聞こえる。そして小さな独り言も聞こえる。
「ご機嫌だね」
「ジェリーは、知ってるでしょ? 私が宮殿の魔女になりたかったこと」
「うん、でも、あの時の君はおかしかった」
「あ、あの時の話はしない決まりでしょ……」
「ごめん、でも、私は楽しかったなぁ」
「も、もうジェリーったら、し、試験が終わった後だったし、ファーファルタウに上京してきたばかりでナーバスだったんだよ、」ムウミンはしばらく手元を見て飛んでいたが、前を向いて首を振った。「で、でも、私は、今、宮殿の魔女になった気分、嬉しい」
「ただのコスロテで幸せになれるんだったら、初めからコスロテでもよかったんじゃない?」
「も、もうっ、」ムウミンは下心を完全に読まれた気がした。「ジェリーってば、冗談がお好き」
そんな独り言を呟いているうちに、ムウミンは宮殿を取り囲む城壁の南門の前までやってきた。門から少し距離を置いたところで、箒からすっと降りる。
途端に心臓がバクバクしてきた。
ムウミンは小心者だ。こういう性格で得することもあるが、しかし、損をする方が絶対的に多い。この場面、小心者の性格が転ぶとしたら、きっと後者の方に転ぶだろう。身なりに変なところがないか確認しながら、ムウミンは上手くいかないことを考えてしまっていた。ネガティブから、さらにネガティブを連想してしまう。堂々巡り。終わらないスパイラル。結論、
「……や、やっぱり、やめよう、かな」
「こらっ」
「だ、だってぇ……」
「取り返すんだろ、アレをせっかく、作ったんだから、それに憧れの宮殿の魔女の生活を垣間見れるチャンスじゃんか」
「……うう、なんか、気持ち悪くなってきた」ムウミンは胸の辺りを押さえて言った。
「ちょっと、体、貸せ!」
ムウミンがそう言うと、まるで人格が入れ替わったかのように背筋が伸びた。顔つきもおどおどした表情とはうって変って、なんとなく引き締まって見えた。この状態のムウミンを便宜上、ジェリーと表現することに誰も異論はないだろう。
ジェリーは毅然とした態度で南門まで颯爽と歩いた。肩で風を切る。
南門は開いていた。ただし、石柱にもたれ掛かる一人の魔女がいる。見張り役なのだろう。ジェリーは緊張が外に出ないように細心の注意を払いながら、南門を、通過しようとした。
「待ちなさい」
見張り役の魔女はジェリーを呼び止めた。ジェリーは表情を変えずに立ち止まった。ムウミンは心の中で絶叫している。
「なんでしょう?」ジェリーは次の言葉を待った。
魔女はとても具合が悪そうだった。風邪を引いたような声でジェリーに聞いた。
「許可証は?」
ジェリーは慌てた。そんなものがあるとは予想していなかったからだ。いや、でも普通、そういうものはどこにでもあるだろう、まして宮殿だ、バカか私は、などと思いながらジェリーは表情を変えずにポケットをまさぐって、どこかに落としてしまった、という演技をしようとした。
が、しかし、ジェリーの指先に、まさにそのようなものの感触が伝わった。
スカートのポケットからそれを抜いてみた。まさかとは思うが、それを魔女に提示してみた。あくまでこのカードは冗談でしたとごまかせるような微笑を添えて。
次の瞬間、ジェリーは驚く。
「いいわよ、通りなさい」
魔女は手に取って確かめてもいない。まるで形だけを見て判断したようだった。とにかく許可が出た。
ジェリーは南門を潜った。ジェリーはもしかしたらと思った。
「この服、本物、なんじゃ、それに、この、許可証も、」ジェリーは歩きながらポケットに入っていた、もしかしたら本物の許可証をまじまじと眺めた。「アメリア・ジェンクス・ブルーマ」
名前と、本籍、生年月日、それからページを捲ると顔写真と部屋の番号らしきものが書かれていた。
「と、届けなきゃ」ムウミンが突然言った。
「えっ?」
「だ、だって、コレ、大切なものだよね?」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて」
「返さなきゃ」ジェリーからムウミンにジェリーは変わった。
「返すって、いや、確かにこの部屋に行けばいいのかもしれないけど、でも、誰かにバレる前にアレを探し出さなきゃ」
「で、でも、返すのが先だよっ」ムウミンは、弱々しく主張する。
ジェリーはムウミンがこういう時は絶対に譲らないのを知っている。「あー、全く、ムウミンはいつもそうだ、そんな性格だから損ばかりする」
「い、いいんだよ、私は、ピンチヒッターで」
ジェリーはしばらく考えた。「……それ、そういう意味?」
「な、なんでもない」ムウミンは少し頬を赤くした。どうやら、ベースボールに例えて何か言ってみたかったらしい。「と、とにかく、コレを返すのが先」
「ムウミンがそうしたいんだったらそうしなよ」
ムウミンは微笑んで、許可証を眺めた。「あ、アメリアちゃん、かぁ、むふふふ、ちょっと可愛いなぁ、膝枕してあげたいなぁ」
「ねぇ、ムウミン、」ジェリーが困った声を上げる。「悪い癖だよ」
その瞬間だった。
夕日に照らされた宮殿が爆発した。




