第五章④
オレンジ色の空が間もなく青くなり始める頃、ピチカートはシャーロットとともに魔女の塔に戻った。
教官のラスティに弾薬庫の炎は沈下したこと、未だ東洋の魔女は逃亡中であることなどを手短に説明し、ピチカートとシャーロットは魔女の塔の最上階の狭い部屋に向かった。その部屋にはすでにケイジ以外の昨夜のディスカッションのメンバーが揃っていた。鋼の魔女のシエンタ、植物の魔女のファアファ、氷の魔女のピックキャット、光の魔女のゼプテンバの四人である。ケイジはブリジットをコロッセオに連れ帰り様子を見ている。しかし、この場にケイジは必要ない。魔女だけでいい。
「皆、集まってくれてありがとう」ピチカートは切迫した表情で言いながら、椅子に座る魔女たちの後ろを通って一番奥の席に座る。その隣にシャーロットも腰かける。
「アンジーを捕まえたのか?」入り口に一番近いところに座るシエンタが口を開いた。
「アンジー?」ピチカートは疑問の声を上げる。
「東洋の魔女の名前よ、台湾人、十四歳、」シャーロットが言う。「アメリアがメモしていたのよ」
ピチカートの表情は時が止まったかのように静止していた。
「まだよ、」シャーロットが言った。「弾薬庫は綺麗に沈下したけど」
「どこにいるのか分からないの?」ファアファが聞く。「ほら、ピチカートの魔法で」
「分からないわ、」ピチカートは首を振った。「私の探索魔法は風を利用しているの、風がないところ、屋内に隠れられたら、私にはなす術がない」
「王都をくまなく探すしかないわね、」ピックキャットが言う。「魔女が束になってかかればすぐに捕まるでしょう、ブリッジはもう上がっているんだから逃げる場所なんてない」
「ピチカート、誘拐された君の弟子は?」
シエンタに質問されてピチカートは背後の窓の外の夕日を見た。
「……あー、」シャーロットは立ち上がって手の平を広げて首を横に振ってアメリアの行方が分からなくなっていることを伝えようとした。シエンタ以外には伝わったようだシエンタは「?」マークを頭上に浮かべている。「まあ、とにかく、」
「そう、とにかく、」ピチカートはくるっと振り返って、手に持っていたボトルを円卓の上に置いた。「この液体がなんなのか、誰か分からない?」
シエンタとファアファとピックキャットは身を乗り出して、そのボトルに入った白い液体を見た。ゼプテンバは眠たそうな表情で首を傾げている。
「東洋の魔女、アンジーだっけ? それが持っていた液体なの」
正しくは黒い服を着たシルバー・ブロンドの魔女が持っていたものだが、ピチカートは液体の色、ボトルの形状から同じものだと考えていた。ボトルは通常、王都で流通していない特殊なものだからだ。
「蓋は開いているの?」ファアファが聞く。
ピチカートは頷く。
「開けていい?」ファアファがボトルを手に取って言う。「匂いはどうなのかしら?」
「爆発とか、しないよね?」ピックキャットが半笑いで言う。
「大丈夫、一度外で開けてみたから」
シャーロットは部屋の隅の棚からグラスを取り出し円卓の上に置いた。「コレ、使って」
「いいの?」ファアファがピチカートに聞く。
ピチカートは頷く。「注いでみて、植物を専門にするあなたの意見が一番聞きたい」
「ピチカートにそう言われるなんて照れるわ、」ファアファは微笑んでボトルの液体をグラスに注いだ。グラスの三分の一くらい満たしたところでファアファはボトルに蓋をした。そしてグラスを手に取り、それを証明にかざして色を見た。そして匂いを嗅ぐ。「甘い匂い、なんだろう? お酒みたい」
「私にも見せてくれ、」シエンタもグラスを持って匂いを嗅ぐ。「うわっ、酒の匂いじゃないか?」
「やっぱりそうよね、」シャーロットが頷く。「お酒の匂いっぽいよね、でも、こんな匂いのするお酒といったら」
ピックキャットも匂いを嗅いでいる。「ウイスキーでもビールでもワインでもないわ、何だろう、コレ?」
そこでゼプテンバがぼそりと言う。
「誰かが飲んでみたら分かるんじゃないかなぁ」
沈黙。
魔女たちは、魔法試験の前みたいに相手の出方を窺っていた。
しかし、ファアファが優しい声を上げて沈黙を終わらせた。「……さ、さすがに訳の分からないものは飲めないわよね、いくら私たちが魔女でも嫌よ、ピチカート、コレ預かってもいい、部屋に戻って、成分とかいろいろ調べてみるから」
「ああ、そうだね、それがいい」
ピチカートが頷いたところで、急にドアが開いた。
ケイジだった。疲れた顔をしている。別に呼んだ覚えはないが、ディスカッションをすると伝えていたから律儀にやってきたのだろう。
「よ、よう、皆、どうした?」
皆、視線をケイジに集中させていたから説明をして欲しかったのだろう。しかし、皆が胸の内で思っていたことはなかなか説明の難しいことだった。シエンタとゼプテンバ以外は同じタイミングで顔を逸らした。
「ブリジットの様子は?」ピチカートは聞く。
「ああ、大丈夫だ、」ケイジは椅子に腰かけながら言う。「ブリジットなら、心配いらない、むしろ炎に焼かれて鱗の強度が格段に上がっている、こんな状況は初めてのことだよ、ん? コレ、なんだ?」
ケイジは円卓の上のグラスを持ち上げて聞いた。
「飲んでみろ、」シエンタが頬杖ついて無表情で答えた。「いい酒だ」
皆、心の中でシエンタに一斉に突っ込んだ。
しかし、ソレを声に出すことはなかった。ここに集うのは魔女だからだ。
「まったく、お前ら、こんな時に、酒盛りしてたのかよ、」ケイジはグラスの中身を一気に飲み干した。「信じられないな」
その瞬間、シエンタ以外の魔女は一斉に椅子から立ち上がって箒を持って窓に集合した。すぐに逃げられるようにシャーロットは窓を開けた。シエンタは「何をおそれることがある」という表情でケイジの状態を観察している。
「ん? どうした?」ケイジは窓に集まった魔女たちを見て言った。
ピチカートたちは首を振る。「……別に、なんでもないわ」
「それにしても、上手いなこの酒」ケイジは上機嫌だった。
「まだ飲むか?」シエンタはボトルを片手に持ってグラスに注いだ。ボトルの半分は空になった。
「悪いな、」ケイジはそれも一気に飲み干した。「しかし上手いなこの酒、なんていう酒なんだ」
シエンタは少し考えて言った。「覚醒フィラメント」
なぁにそれ?
そんな風に魔女は顔を合わせあった。そして何も起こる気配がなさそうなので、席に戻ろうとした。
が、それはいきなりだった。
ケイジはシエンタの腰に手を回して、自分の唇をシエンタの唇に押し付けたのだった。
ピチカートは唖然としてしまった。
シエンタは涙目で始めはもがいていたが、しばらくすると気持ちよさそうな顔をして、瞳を閉じた。
「なるほどぉ、媚薬だったのかぁ」
ゼプテンバが小さく言って、ピチカートは慌てて円卓の上のボトルを回収して蓋をキュッと閉めた。酒でも、毒でも、爆発物でもなかったが、媚薬はとても危険なものだ。
「君はとても素敵だ、」ケイジは、うっとりとするシエンタを前に適当に愛について語りはじめていた。「まるで鋼のように輝いている」
「……嬉しい」シエンタは五指を組んで可愛い子ぶっている。
そんなシエンタの表情を見たことのない魔女たちは冷ややかな目をしながら部屋の外に出た。ドアを閉めた瞬間、「あああああんっ」と中から悲鳴のような色っぽい声が聞こえてきた。魔女たちは顔を赤くして五指を組んで何かを祈った。「アーメン」
「ピチカートっ」
そこへ教官のラスティが小走りでこちらに向かってきた。シエンタの悲鳴を聞かれては何かとまずいと思ったので、ピチカートもラスティに小走りで近づいた。
「今夜もディスカッション?」緊急事態のようなのにやはり余裕そうにラスティは聞いてくる。
「ええ、」ピチカートは小さく頷く。「で、要件はなんでしょう?」
「嬉しいニュースよ」ラスティは勿体ぶる。
「なんです?」
「アメリアが戻ってきたのよ!」ラスティは手を広げてピチカートにハグを求めた。
「アメリアが? 本当ですか?」ハグしながら聞き返す。
「嘘を付いてどうするの?」
「どこですか?」
「部屋に戻っているはずよ」
「ありがとうございます」
ピチカートは大粒の涙を廊下に落としながら、アメリアの部屋に走った。




