第五章③
チェルシーガーデンからアメリアは北の方角に歩いてなんとか城壁の南門まで辿り着くことが出来た。民に混じって王都を歩きながら、アメリアは様々なことを考えたが、結局今の自分は立派な魔女になる前に空を飛びたいのだということが分かってきた。
歩く。歩いていたら、とても遅かった。当たり前だけれど、空を飛ぶ方がずっと速い。
空を飛びたい。エリコのスピードが頭から離れない。
エリコのように空を飛びたい。とても真っ直ぐで素直に思う。速さを求めて体が疼いている。アメリアは走った。でも、遅い。すぐに呼吸が乱れた。歩いて後ろを見る。あの位置から本当にわずかしか進んでいない。私は、魔女なのに。
空を飛べるはずなのに。
でも、あの薬を飲めば、もしかしたら……。
アメリアは南門を潜ろうとした。
しかし、呼び止められた。
「待ちなさい」ユウキだった。ユウキは非常に不機嫌な表情で箒を抱いて門の石柱にもたれ掛かっていた。不機嫌なのはシックス・タワー・ブリッジでの失敗の責任を問われ、南門の警備に異動になったことと近くにセンジュがいないからだった。センジュは気を落として部屋から出てこない。全て、あの東洋の魔女のせいだ。
「なんですか?」
「あんた、宮殿の魔女?」
「はい」アメリアは頷く。
「通行許可証は?」
アメリアはスカートのポケットに手を入れて、その時に気付いた。服が黒いものに変わっている。「すいません、持っていません」
「どうしてないの? っていうか、あんた本当に宮殿の魔女なの? 許可証がなければ通せないわよ」
「アメリアです、アメリア・ジェンクス・ブルーマです、先生を呼んでください」
「ああ、あなたが空を飛べない魔女で有名なアメリアなの、」ユウキは鼻で笑った。いつもはこんな風なつまらない態度はとらないのだが、心の中がぐちゃぐちゃで、棘のついた言葉ばかりが口から出てくる。「だから、箒を持っていないんだね、飛ぶ必要がないから、先生は確かピチカートさんよね、どうしてそんな子がピチカートさんの弟子でいられるのか不思議でしょうがないわ」
アメリアはみじめでしょうがなくなった。涙を必死で堪えた。今日は泣いているばかりの最低な日だ。アメリアは無理に微笑んで、ユウキの前から逃げようとする。「……通っていいですか?」
「駄目よ、あなたが嘘を言っている可能性もあるんだから」ユウキは両手を開いて執拗にアメリアの前に立ちふさがった。
「……じゃあ、先生を呼んでください」ユウキの顔を見ないでアメリアは言う。
「だめ」
「もう、なんなんですか?」苛立ちを眉に集めた。
「だって私がピチカートさんを呼んでいる間にあなたがココを通ってしまうかもしれない、見張っててもらう人もいないし、残念だけど誰か通るまで待って」
「急いでいるんです」アメリアは自分の部屋にある薬が気がかりだった。
「だめ」ユウキは譲らない。
しばらく押し問答をしていると、ユウキの後ろの方にリアカーを引いたヘンリエッタが見えた。容量一杯に、焦げた葉っぱが積んであった。南門の外にある焼却炉に向かっているのだろう。
「ヘティ!」アメリアは手を振ってヘンリエッタを呼んだ。
「アメリア!」ヘンリエッタはリアカーを捨てて、アメリアに向かって走ってきて、ユウキを押しのけた。「ほんと? ホントにアメリアなの?」
ヘンリエッタに頬を触られてくすぐったい。「なぁに、その反応?」
「よかった、無事だったんだ!」ヘンリエッタはアメリアを抱き締めた。
「そんな、大げさだよ」アメリアは、ヘンリエッタの匂いを嗅いで、なんだか安心して帰るべき場所に帰ってきた気がした。
「大げさなもんかっ、」ヘンリエッタは真剣な目をしている。その瞳にはうっすらと涙が広がっていた。「ピチカートさんが、アメリアが、もしかしたら、弾薬庫の爆発に巻き込まれて、死んじゃったかもしれないっていうから」
アメリアはヘンリエッタの髪を撫でた。「泣かないで、私は、ここにいるよ、元気だよ」
「本当だ、」ヘンリエッタは微笑んでアメリアの頬にキスした。「アメリアだ」
「先生は?」
「アメリアは部屋で待ってて、疲れてるでしょ、私が探して連れてってあげる」
ヘンリエッタはそう言いながら、アメリアの手を取った。
「ありがとう」アメリアは微笑んだ。
「ちょ、ちょっと、待ちなさい」渦中の外にいたユウキが声を上げた。
二人は立ち止まり、ユウキを見る。
「何よ」ヘンリエッタは心なしかユウキを睨んでいた。元からそういう顔つきなのかもしれないが。
「年上には敬意を表するものでしょう?」
「何、この人?」ヘンリエッタはユウキを指差した。
アメリアはヘンリエッタの後ろに隠れて首を振った。「知らない人」
「南門の警備を仰せつかっているユウキ・アンよ、私の許可なく城内へ入ることは許さないわ」
「許可って、アメリアはココの魔女じゃん」
「許可証がない者の通行は認めないわ」
「……訳分かんない、」ヘンリエッタは呟いてユウキに背中を向けて歩き出した。「いこ、アメリア」
「うん」アメリアはヘンリエッタの後ろにピタッとくっ付いている。
「待ちなさいよっ」ユウキはヘンリエッタの肩を掴んだ。
「しつこいな、もうっ、なんだよ!」ヘンリエッタはユウキを振り払う。
「通さないわよ、」ユウキは絶叫と表現できる性質の声を荒げた。「絶対に!」
アメリアとヘンリエッタは唖然となって、ユウキのヒステリックな表情をまじまじと見てしまった。
「通して欲しかったら、先生を呼んでこい、早くっ!」
ユウキの様子は見ていて、少し恐怖を感じるものだった。「早くしなさいよっ!」
「……あっ、ユウキって、」ヘンリエッタが声を上げた。「もしかして、あんたが、シックス・タワー・ブリッジで検閲をしていた魔女なの?」
ユウキの表情が変わった。
「やっぱり、そうだ」
「なんなの?」アメリアは聞く。「シックス・タワー・ブリッジ?」
「東洋の魔女はそこの検閲を突破したんだ、つまり、」ヘンリエッタはユウキに指差し言った。「あんたがしっかり仕事をしていれば、アメリアはこんな服を着て、許可証をなくすこともなかったんだよ」
「……ど、どういう意味よ」
「アメリアは東洋の魔女の看守をしてたんだ、それで誘拐されたんだ、誘拐されて行方が分からなくなって、でも、今、帰って来たんだよ」
ユウキは事態を把握した。最低だ、私。この子が睨んでいるのは、当たり前だ。
「……ごめんなさい、」ユウキは額に左手を押し付けて石柱に体を寄せて言う。「……通っていいわよ」
「当たり前よ!」ヘンリエッタは怒鳴った。「いこ、アメリア」
「う、うん」アメリアはユウキをちらちら窺いながらヘンリエッタの後ろに付いていく。
南門に残されたユウキは、
「なんか、すげぇ、疲れた」と呟いて、箒を抱いて、少し、泣いた。「……なんで、融通が利かないかなぁ、センジュも、私も」




