第五章②
おとぎ話の中に登場する魔女のように三角帽子をかぶり、黒い服を纏ったシルバー・ブロンドの魔女は、両サイドにリボンで小さく束ねた髪の毛を犬の耳のように揺らして、チェルシー界隈の裏路地をおどおどと歩いていた。
まるで何かから逃げるように忙しなく視線を上下左右に巡らしている。そして独り言を、あくまで、独り言を呟いていた。
「も、もう追って来ないかな?」
「それよりもいいの? アレを取られちゃったんだよ」
「……また、作ればいいんだよ、レシピはあるんだから」
「でも、その材料を集めるの、滅茶苦茶大変だったじゃん、取り返そうよ」
「ど、どうやって?」
「宮殿の魔女は宮殿に住んでるんでしょ、宮殿に忍びこもう」
「むむむむむむむ、無理だよぉ、そんなのバカげてるよぉ」
「でも、アレがなきゃ、気持ちいいことできないよ?」
「……はわわわ、私ってば何考えてるのっ」
魔女は顔を赤くして悶えた。
「昔からずっとエロいじゃんか、何を今さら」
「とととと、とにかく、帰る、社長ももう帰ってるかもしれないし」
ふとシルバー・ブロンドの魔女は立ち止まった。そこは丁度、コスチューム・ローテーションの前だった。魔女はショウウインドウの中のマネキンが着ているコスチュームに釘付けになる。
宮殿の魔女の正装だった。
ガラスに手を付けて見てみる。まるで本物みたいに精巧な造りだった。魔女は何か企む目をした。ドアを押して店内に入る。
「ね、ねぇ、メイベル」
メイベルはレジ横で帳簿を付けていた。店内に客はいない。レコードプレイヤからザ・フォレスタルズのロックンロールが鳴っている。
「あら、今日はムウミン?」
「ムウミンだよ、ジェリーも起きているけど」
「新作の納品?」メイベルは眼鏡を外して、ペンを置いてマグカップに口を付けた。
ムウミンは首を横に振った。「そ、それよりも、どうして、宮殿の魔女のコスチュームがあるの?」
沈黙。
「……さあ、」メイベルは帳簿に目を落とした。「なんのことかしら?」
「マネキンに着せている、アレのことだよ」ムウミンは後ろを指差し言った。
するとメイベルは慌てて立ち上がり、ムウミンの横を通過し、マネキンの元へ早足で歩く。メイベルはマネキンが着ている宮殿の魔女の正装を見ると驚いた表情をして「え? どうして」と呟いてから慌ててマネキンを裸にした。そしてムウミンの横を通過して店の奥へ引っ込んだ。
ムウミンは奥へ声を投げた。
「そ、それ、やっぱり宮殿の魔女の、だよね」
メイベルはすぐに戻ってきた。メイベルは宮殿の魔女の正装を二着、両手で持っていた。それをテーブルの上に乗せる。
「す、すごい、二着もあるんだ、誰が作ったの?」ムウミンは笑顔で聞く。
「どうして、二着あるのかしら?」
「ん?」
「あのね、ムウミン、コレは内緒の話よ、」メイベルは真っ赤な唇の前で人差し指を立てて言った。「実はね、昼間、このコスチュームを作った、そうね、ムウミンと同い年くらいの女の子が来てね、ムウミンの新作とジェリーの新作と交換ってことで、この衣装を置いていったの」
「て、手に取って見てもいい?」メイベルの了解を得る前に、ムウミンは宮殿の魔女の正装を目の前に掲げて観察する。「うわぁ、す、素敵、ほ、本物みたい」
「でもね、その女の子が置いていったのは一着だけなの、二着じゃなくて、どういうことかしら?」
「こ、これ、売ってもらえませんか?」ムウミンは宮殿の魔女の正装を抱きしめて頼んだ。
「だめよ、売り物じゃないし、それに持っていたら、犯罪よ」
「そ、それはメイベルも、い、一緒じゃないのぉ?」
メイベルは顔を背けて煙草に火をつけて煙を吐いた。「あ、いけない、服に匂いが付いちゃう」
「お、お願い、メイベルぅ」ムウミンは五指を組んで、潤んだ目をした。
「駄目なものは駄目」メイベルは灰皿に先端に押し付けて、煙草の火を消した。
「あ、お願い、この通り」
ムウミンの潤んだ瞳は武器だと思う。子犬のような瞳。誰がそんな瞳に逆らえるだろうか?
「…………ああ、もうっ、じゃあ、取引をしましょう、今月中に新作五着、どう?」
「わーい、ありがとう」ムウミンは手を顔の横に持ち上げて喜びを表現した。




