第五章①
閑静なチェルシーの住宅街に、チェルシーガーデンはある。チェルシーガーデンには約五千種におよぶ花々や薬草が植えられていた。そこは外の世界から隔絶されているかのように音がなかった。風も届かない。黄色い蝶が一年中舞う不思議な空間が、ソコには広がっていた。植物が絡みついて出来上がったチェルシーガーデンの入り口の門を潜ると、両脇を緑で挟まれた大理石でできた道がある。とても細い道で、まるで猫が歩くような道である。道なりに歩を進めると、広間のような空間に出る。もちろん天井は空だが、高い位置まで草花に囲まれているため、水色の空と白い雲は天井に描かれたもののように思える。
その空間で、エリコとミリカは再会を果たしたのだが、アメリアには事情が分からない。
ミリカはエリコの手を取って、くるくるとスプリンクラーのように回転している。
「あはははっ」とまるで子供のような声を上げはしゃいでいる。
言葉を挟むタイミングが見つからないからアメリアは黙って二人の東洋人を眺めた。
髪の色も瞳の色も肌の色も一緒だった。
二人はきっと、アメリアの知らない、遥か彼方で生まれ育ったのだろう。
ひとしきりはしゃいで気が収まったのか、ミリカは回転するのを止めた。倒れ込んでエリコの体にしがみつく。エリコはミリカが倒れないように抱き止める。
「会いたかったよ、えっちゃん……、」ミリカは目からは大粒の涙を零していた。しかしミリカは瞬きもせずに、じっとエリコの顔を確かめるように見つめ続けていた。ミリカは右手でエリコの頬を触る。「手を伸ばせばいるんだね、幸せで素敵なことね」
アメリアはミリカの涙を見て胸の鼓動が早くなるのを感じた。脳髄がキュウと締め付けられる。
「ミリカ、ノスタルジックな響き」
エリコはとても小さな声で囁き、ミリカの髪を撫でた。
事情もなにも分からないのに、アメリアの目から突然涙が落ちた。
堪えようと、息を止めたが、息は漏れ、涙は止まらない。
子供みたいに目を擦っていたら、ミリカが気付いてアメリアに近づいて頭を撫でた。
「優しくて、可愛い子」
「違うんです、コレは、違うんです、」言いながら何を否定したいのか分からない。アメリアはミリカの手を振り払おうとする。「誰かが魔法をかけたんです」
「私の魔法だ」
「今すぐ魔法を解いてっ」アメリアはふくれっ面を作って乱暴に言う。
「どうぞ、おつかいになって」
ミリカはメイド服のエプロンを差し出す。
アメリアはそれで顔をごしごしやって涙を拭いた。ふくれっ面はそのままにしてミリカに言う。「……事情を分かりやすく、説明して欲しいんですけど」
「そうそう、」エリコがミリカの後ろで言う。「なんで二人は追いかけっこしてたの?」
「それを説明する前に、」ミリカは盛大に腹の虫を鳴かせた。「お願い、何か食べさせて」
「あれ?」エリコは意地悪な顔をしていた。「ダイエットは?」
「もう、それは一年前の話でしょ!」ミリカは突っ込みながら花が咲いたように笑っていた。
ミリカとアメリアは煉瓦造りの二階建ての建物に案内された。木製の両開きのドアには『YBC』と黄色いペンキで書かれた小さな看板が吊るされていた。エリコの首には黄色いベルがぶら下がっている。イエロー・ベル・キャブズの頭文字だ。例えば、大手のブラック・ベル・キャブズはBBCと看板などに表記されている。ここはどうやら営業所のようである。
ドアを入ると、まず部屋の左側の巨大な暖炉が目に入る。外からも煙突が見えた。そして部屋の中央には書類が山になって置かれたテーブルがあり、そのテーブルをクリーム色のソファが扇形に囲んでいた。床には幾何学模様の描かれた絨毯が敷かれていた。その色彩感覚はアメリアにはよく分からなかった。踏むと芝の上を歩いているような感じになる厚手のものだ。入口から左側と正面の壁には他の部屋へのドアが確認できた。
「ねぇ、ムウミン、」エリコは壁に吊るされていたランプの灯りを付け、正面の壁のドアを開け、ムウミンという変わった名前の人を呼んだ。「あれ? いないのかな? とにかく食事を用意するよ、二人とも座ってて」
エリコは帽子を壁に掛け、左側のドアを開けて奥へ行った。
「座ろうか」
アメリアに向かってミリカはとても幸せそうな顔で言った。
「どうしたの、座らないの?」ミリカはソファの上を叩いて、隣に座れという合図を送ってくる。アメリアは部屋を見回し、少し考えてから、そこに腰を降ろす。
「あの、一つ言っておきますけど、」アメリアは自分の立ち位置を確認しておく。「私はあなたを捕まえようとしているんですよ」
「なぁに、まだそんなこと考えていたの? さっきまでわんわん泣いていたのに」
「だからソレは、あなたの、魔法」
ミリカは手鏡を取り出し、髪を整え、少しでも輝く努力をし始めた。「もういいじゃん、捕まえるとか、捕まえないとか、そんなの小さい、小さい、せっかくえっちゃんと再会できたんだから、アメリアももっと楽しそうな顔をしてよ、仲良くしようよ、私は楽しかったよ、鬼ごっこ、でも、ドラゴンはちょっとやり過ぎじゃない?」
「やり過ぎはあなたの方です、」アメリアはつぶらな瞳で睨んで、ミリカが一瞬怯んだ隙に手鏡を奪った。「あなたは宮殿から脱走したんですよ、そして弾薬庫を初め、王都のあらゆる場所を爆発させたんですよ、大変なことをしてくれちゃったんです、ああ、先生になんて説明しよう」
アメリアはそれを考えるととても憂鬱だった。そもそも、アメリアがミリカの脱走を阻んでいれば爆発は起きなかったかもしれないのだ。シャーロットさんが看守を務めていればこんなことにはならなかったかもしれないのだ。被害は甚大。その責任を問われ、宮殿から追い出されるかもしれないとアメリアは絶望的な気分になる。
「でも、私は、」ミリカはアメリアの目をジッと見た。「後悔はしてない、だってえっちゃんに会えたんだもの」
ミリカは真っ直ぐに前を向いて言いきった。
「あの、聞いていいですか?」アメリアは視線を逸らして、エリコが入っていたドアの方を見た。「ミリカさんが検閲を突破して、脱走して、様々な場所を爆破したのは、もしかして、もしかして、全部、ダテさんに会うため、なんですか?」
「うん、」返事はすぐに返ってきた。ミリカは自分の指先を見ている。「だから、後悔はしてないんだよ」
「呆れました」アメリアはこんなに率直に感想を言った自分に驚いた。少しして、なんでこんなに心が落ち着いているのだろうとも思った。鉄格子を挟んで、ミリカと不完全な会話をしていた時はあんなに喉が渇いていたのに、不思議だった。弾薬庫が爆発するのを見た。涙を流した。そういう経験が近いからだろうか、きっと今の精神状態だったら蛇が出ても驚かないと思った。アメリアは思いついたことを口にし続ける。この状況を正確に把握したいと思ったからだ。「検閲が終わる一週間後まで待てなかったんですか? 一週間待てば、パレードが終われば、こんな風に苦労しなくても、きっと会えたのに」
アメリアはパレードで先頭を飛ばなければいけないことを思い出す。表情には出さないけれど、どうしようって気持ちが焦り始めた。
「今日までに会わなきゃいけなかったんだ」
「……なんでですか?」
「ごにょごにょ……」その理由をミリカはアメリアに耳打ちした。
アメリアはじっとミリカの顔を見て声を大きくした。「……そんな、そんな理由で、ですか!?」
「私以外の他の誰かと一緒だったら、嫌だもの」ミリカは魔女らしい表情をする。
「呆れました、そんな理由で」
「私は酷いパラノイアなの、」ミリカは呟いて、微笑んだ。「ねぇ、それより、ムウミン? ムウミンって言ってたよね、誰かを呼んでたんだよね? 誰かな?」
「知りません、」アメリアは当然首を横に振った。「あとで聞いてみたら」
「……アメリアが聞いてくれない?」
「どうしてですか?」
「だって、そういう風に思われたくないじゃないの」
「ミリカさんの気持ちは、よく分からないです」
「友情ってそういうものよ」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものなの」
「とにかく、二人が友達同士だということは分かりました、詳しいご関係は?」
「姫と家臣」ミリカはまた髪を整え始めた。
「よく分かりません、」アメリアは俯いて膝の上を見る。「分かりやすく教えて下さい」
「私は日本っていう極東の島国の伊予っていう土地を治める伊達家に代々仕える神尾家の次女、神尾未理可、えっちゃんは伊達家の一人娘、えっちゃんとは同い年で小さなころからずっと一緒だった、そういう関係」
ミリカは早口で説明した。
「うーん、ご主人様とメイドのような?」
「もっと深い関係を想像するといいよ、二人の小指は赤い糸で結ばれているの」
ミリカは小指を立てた。アメリアはそれをまじまじと見る。
「結ばれてませんよ?」
「コレから結ぼうと思ってるの、」ミリカは小指を畳んで笑った。「ちょうどいい魔法を砂漠の向こう側の魔女っ娘に教えてもらったから」
「それは友情ですか?」アメリアは小難しい顔をして尋ねた。
「友情以外にピッタリ当てはまる言葉を、」ミリカはとぼけるように言った。「私は知りません」
「それはどっちかって言うと、」
「ねぇ、そういえば、」アメリアが何か言うのを遮ってミリカは聞いてきた。「どうしてえっちゃんの後ろに乗って追いかけてきたの?」
「えっ!?」アメリアはドキッとなった。「え、……あの、……その」
「箒がないなら借りるだけでいいのに、それともえっちゃんの速さを知っていたの? えっちゃんのことを前から知っていたの?」
アメリア首を横に振ってから俯く。黒い服についた黒いリボンをいじる。なんて言おうか考える。隠してもしょうがないことだけど、言葉にするにはやはり躊躇われる。でも、アメリアのそんな態度は言葉よりも分かりやすく事実を伝えた。
「まさか……、」ミリカは気付いた様子だった。「そうなんだ、……やなこと聞いてごめんね、つらいよね」
「別に、つらくなんて」アメリアは強がる。しかし、表情に自信の色はない。
「無理しちゃだめだよ」
アメリアはミリカから顔を逸らした。
そんな優し過ぎる言葉に泣きそうになったなんて、絶対に知られたくなかったから。
しばらくすると、ドアが開き、エリコがお皿を持って部屋に戻ってきた。「これくらいしかないけど」
皿の上にはサンドウィッチが並んでいた。アメリアもお腹が減っていたからじわじわと涎が出てきた。
「ちょっとテーブルの上を片づけてくれない?」
ミリカとアメリアは協力して書類をまとめてソファの隅に重ねた。エリコはテーブルを挟んで対面に座る。ミリカはサンドウィッチを手に取りパクッと頬張って「おいしい」と微笑んだ。
「……私も頂いてもいいですか?」アメリアは紅茶をカップに注いでいるエリコに聞く。
「どうぞ」
「ありがとうございます、」アメリアもサンドウィッチにパクッとかぶりつく。マスタードが効いていて魔法をかけたようにおいしい。「おいしい」
そして紅茶を口に含むと心が和らいだ。
それからアメリアはエリコにミリカが検閲を突破して不法に王都に侵入したこと、宮殿から脱走したこと、弾薬庫を爆発させたのはコイツだということを手短に説明した。「だから私はミリカさんを宮殿に連れて帰らなければなりません、もちろん、ミリカさんは私の言うことなど聞く耳持たないといった態度なので、出来れば、ダテさんに手伝って頂きたいのです」
「その話、本当なのか?」エリコがミリカを見る。よどみのない眼光。
「だ、だって、」ミリカはそわそわしながら言い訳する。「えっちゃんに会うためだもの、仕方ないじゃない」
アメリアに接するときの毅然とした態度はどこ吹く風。アメリアはクスッと笑ってしまった。
「なにが可笑しいのよ」ミリカは小さな声で言ってアメリアの額を小突く。
アメリアはすぐに表情を真面目に戻す。でも、すぐに崩れてしまった。
「パレードが終わる日まで待てなかったの?」
「同じ質問を私もしました」
「今日じゃないとだめだから」ミリカは紅茶を口に含んだ。
「どうして?」全然理由が推測できない顔でエリコは聞く。
「……知らない、」ミリカは少し拗ねるように言う。「えっちゃんってば、いつもそうなんだから」
「理由を知らないって、意味が分からん」エリコは足を組んだ。
ミリカが理由を説明しようとしないからアメリアは黙っていた。
「で、ミリカは、これからどうするの? アメリアに捕まるの? それとも逃げるの? そんな派手なことをしたんだから、いずれこの辺りにも宮殿の魔女が飛んでくるよ、あ、ごめん、アメリアも宮殿の魔女だったね」
アメリアは少し傷ついた。でも、エリコはそんなことに全く気付いてなさそうだ。
「えっちゃんを連れて日本に帰る、」ミリカは前のめりになった。「それはお館様の意志でもあります、皆、あなたの帰りを待ちわびておりますよ」
「なんだか、見ないうちに立派になったんだね」エリコは嬉しそうに微笑む。
「いいえ、」ミリカは首を振って微笑んだ。「立派だなんて、その代わり、少し、愉快になったかな」
「でも、私は日本には帰れない、」エリコは左目の下の絆創膏を指差し言った。「この呪いを解くまでは、私はこの国から外へ出て行けないし、魔法も使えない」
「だから私は呪いを解く薬を持ってきたの」
エリコは瞳をわずかに大きくして驚きを現した。「……その薬は、どこにあるの?」
「多分、宮殿に、捕まったときに回収されたと思う、宮殿のどこかに、きっと」
「あ、それって、もしかして、」アメリアの部屋にピチカートが隠したあのボトルが、ミリカの言う薬に違いない。アメリアは思わず声を上げてしまった。二人の視線が自分に集中しているのに気付いて咄嗟にごまかす。「あ、いえ、なんでもない、です」
「知ってるの?」ミリカがアメリアの腕を触って聞く。
アメリアは首を振る。「そんなボトルに入った白い液体、知りません」
「薬はボトルに入ってる液体なんだ、で、どこにあるの?」エリコが腕を組んで聞く。
「あ、しまった」失態に気付き、アメリアは頭を抱える。
「どこにあるのよ、ねぇ、どこにあるの?」ミリカはアメリアの襟首を掴んで揺さぶった。
「それは言えません」
「言いなさい!」
「嫌です!」
ミリカとアメリアはしばらくの間じゃれ合っていたが、絨毯の上でマウントポジションを取ることにミリカは成功した。恋人のような手のつなぎ方をしている。エリコは紅茶を啜りながらただ傍観していた。荒い呼吸をしながらミリカは反抗的な目をしているアメリアに提案した。「取引をしようよ、アメリア」
「……取引?」
「うん、もし薬のありかを教えてくれたら、その薬をアメリアにも分けてあげる、どう?」
「薬なんていりません」
「どうして? アメリアだって、呪いを解きたいんじゃないの?」
「……どういう意味ですか?」意味が全く分からない顔をした。
「アメリアが飛べないのは、呪いのせいでしょ?」
「いや、きっと、呪いじゃなくて」エリコが小さく言った。
「えっちゃんは少し黙ってて!」ミリカはエリコの声を掻き消すように言った。
エリコは黙って紅茶を啜った。
「私、呪いにかけられた覚えなんて」アメリアは全く考えていなかった想像をしていた。呪いをかけられた可能性を考えていた。そのせいで飛べないのだとしたら、誰かが呪って飛べないようにしているのだとしたら? アメリアはずっと飛ぶためにいろいろな方法を試してきた。それはとても暗くてとても広い部屋の中でパズルを組み立てるような作業だった。しかし、もし、ミリカの言うとおり、私に呪いが掛けられているのなら、その呪いを解けばいい。私は飛べるようになる。パズルに一筋の光がさしたような気がした。でも、しかし、私は呪いをかけられた覚えなんて、本当に、……ない。
「飛べない魔女なんて呪われているとしか考えられないわ」
「……嫌な言い方、」アメリアはつらい顔をする。「……でも、私の左目の下にはなにもないですよ」
「可愛い泣き黒子しかないわね、」ミリカは優しく言う。「でも、呪いはそういうものばかりじゃないのよ、そういう親切なものばかりじゃないの、知らないうちに呪いにかけられているのが、日本じゃ普通」
「呪い、」原因は呪いだとアメリアは確信し始めている。「なんでしょうか?」
「だから、そう言ってるの」
「ダテさんに聞いたんです」
エリコは少し考えるポーズをしてから、残っていたサンドウィッチを手に取った。「その薬を飲んだら分かることだよ」
ミリカはその回答に満足げな表情をして見せた。「ほら、えっちゃんもそう言ってる、取引を成立させようよ」
「いや、でも、やっぱり、」ピチカートの姿が思い浮かぶ。宮殿を裏切れない。「やっぱりだめです!」
アメリアは力を出してミリカから逃れ、立ち上がった。
ミリカは絨毯の上に座ってアメリアを見上げている。
「あのっ、サンドウィッチご馳走様でした、」アメリアはがばっと頭を下げた。「私、帰ります」
アメリアは部屋から出て行こうとする。
「待ってよ、」ミリカはアメリアの手を掴んだ。「逃げられると思ってるの?」
「ミリカさんも早く逃げた方がいいんじゃないですか? 宮殿の魔女はあなたを放ってはおきませんよ」
「アメリアはそのときのための人質よ」
「そんな、人質なんて、古典的な手が通用するとでも」
「あら、少なくともストロベリーブロンドの女の子は、私の言うことをなんでも聞いてくれたわ」
ミリカはリングの魔法を編んで、アメリアを拘束した。
アメリアはミリカを睨みつけた。ミリカは愉快そうに微笑んでいる。
「ミリカ、リングを解け」エリコがソファに座ったまま凛とした声で言った。
「どうして、えっちゃん?」
「いいから、早く解くんだ」エリコの声には重みがあった。
「なんで、えっちゃんの呪いを解く方が先よ」
「チェルシーガーデンでこういう騒がしいことをして欲しくないんだ、」エリコは額に手を押し当てて、ミリカを嫌悪するような目で睨んでいた。「ここは静かな場所なんだ、だから、お願い、出来ることなら、この庭を巻き込まないでね、ミリカ」
リングは砕けて光になって、庭に飛んでいる黄色い蝶のように舞った。
ミリカは胡乱な目をしてエリコの方を見ている。
アメリアはミリカの気持ちが分かった。大切な人に、そういう顔をされて、そういうことを言われたら、誰だってそうなる。
アメリアは、ミリカが心配な気持ちを振り払って、部屋から出て行った。
部屋に残されたのはミリカとエリコ。
エリコはドアが閉まるのを確認してから、立ち上がり、ドアを開けて外を窺っていた。ミリカは泣きそうな目で意味の分からないエリコの行動を目で追っている。エリコは後ろ手でドアを閉めた。そして悪戯な顔をして言った。
「糸はきちんと結んだの?」
ミリカは頷いてから微笑んだ。「なんだ、ビックリした」
エリコは壁に掛けてあった帽子を頭に乗せながら言う。「早くここを離れよう、あ、そういえばムウミンのやつ、一体どこに行ってるんだか」
「ムウミンって誰?」
「犬?」
「犬? なんで疑問形?」
「犬みたいに可愛いやつなんだ」
嫉妬の炎に火がついて破裂しそうだった。「……私よりも?」
「ミリカは猫じゃないか」エリコはミリカの顎の下を触る。
二人は外へ出た。天井の空はオレンジ色で描かれていた。
「えっちゃん、なんだか、少し変わったね、」エリコの腕に自分の腕を絡ませながらミリカは言った。「すごく魅力的になってる」
「一年前に言ったはずでしょ、ファーファルタウに行って、生まれ変わるって」
「ああ、そういうことは、ちゃんと覚えてるんだ」




