第四章④
スカートの裾を持ち上げ、黒ずくめの魔女が持っていたボトルを手に持ち炎上する弾薬庫まで走っていたピチカートの元へシャーロットが現れたのは、爆発が起こった三分後だった。
「ピチカートってば、こんな一大事にどこ行ってたの!?」シャーロットは走るピチカートに並んだ。「箒は?」
「風に飛ばされたのよ、」ピチカートはシャーロットの後ろに飛び乗った。「それにしても、なんなの、あの爆発は?」
「東洋の魔女の仕業」
「……嘘、嘘でしょ」
ああ、だからアメリアがブリジットに乗っていたんだと理解した。東洋の魔女を追うために、どういう方法かは分からないけれど、アメリアはブリジットを呼んだのだ。それで、何とか、状況に説明がつく。
「ほんとよ、城壁も爆破するし、信じられないわね」
「城壁も!?」ピチカートは驚いた。
「知らなかったの?」
「私はブリジットに乗っていたもの」
「ブリジット?」
「ドラゴンのことよ」
「ああ、そうだったわね、そうだった、そうよ、ピチカートが宮殿にいたら、こんなことにはならなかったもの」
「それより、東洋の魔女はどうやって脱走したの?」
「どうも、呪いが解けていたらしいわ、きっと魔法を使って城壁を爆破したんだわ」
ピチカートは舌打ちしてヒステリックな声を上げた。「だから砂時計は嫌いなのよ!」
シャーロットは高度を上げてビック・ベルの頂上を通過した。
「それでね、ピチカート、非常に言いにくいことがあるんだけど……」
「何?」
「アメリアちゃんが、ね、」
「ああ、アメリアにドラゴンに乗って東洋の魔女を追いかけさせたのは、シャーロットなの?」
「……え? 何それ? アメリアちゃんが、あのドラゴンに乗っていたの?」思わずシャーロットは振り返った。突風に、バランスが崩れる。「ひゃあ!」
「もうっ、気を付けてよ」
「ごめん、それよりも、ピチカート、ソレ本当なの?」
「本当よ、アメリアは、確かにブリジットの背中に乗っていたわ、」ピチカートがアメリアを見間違うはずがないのだ。たとえ後ろ姿であろうが、それは関係ない。「東洋の魔女が脱走したから、アメリアが追いかけているんじゃないかって思ったのよ」
「そうなの? 変ね?」
「何が変なの?」
「だって、アメリアちゃんは東洋の魔女に誘拐されたのよ」
長い沈黙。
「……え? ……えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「ちょっとピチカート、うるさい!」
「こっちを向きなさい、シャーロット!」
ピチカートが強引にシャーロットの顔を振り向かせようとしたからバランスが崩れて、ボートが転覆したみたいに三秒間、宙吊りになった。シャーロットは気合で立て直す。とても体力を消耗した。煩い呼吸を繰り返しながら、シャーロットは怒鳴る。
「もう、何すんのよ!?」
「ごめん、でも、誘拐って」
「ヘンリエッタが丁度脱走する東洋の魔女と地下への階段で鉢合わせしてね、東洋の魔女はアメリアを人質にしてたんだって、だからヘンリエッタは何も出来なかった、でも私からは逃げ切れても宮殿の魔女たちが沢山いるこの場所から逃げ切れるわけないってヘンリエッタは魔女に言ったんだって、その瞬間に北側の城壁が爆発、私たち宮殿の魔女は皆そっちの方へ行っていて、東洋の魔女は簡単に脱走することが出来た、以上」
ピチカートは気が動転して、とりあえずシャーロットの背中に強くしがみついて、ヒステリックに叫ぶしかなかった。「訳が分からないっ! 説明してよ、シャーロット!」
「落ち着きなさいな! 分かっていることは全部話したつもりよ!」
「無茶苦茶なこと言わないで! 誰が、アメリアが誘拐されて落ち着いていられるというの!? ねぇ、どうなのよ!? ああ、私のせいだ、私が看守なんてさせなければよかった」
「あああああああん、もうっ、だから言いたくなかったのよ、あなたには!」シャーロットも声を張る。「こうなるって分かってたもの!」
「むきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ピチカートは完全に狂った。完全に狂って、シャーロットの胸をもみしだく。
「あんっ、」シャーロットは思わず喘いでしまった。赤面する。そして軍曹の顔になる。「もうっ、いい加減にしろっ!」
どこからともなく水の塊が現れて、ピチカートはずぶ濡れになった。
「……げほっ」ピチカートは口から水を吐き出す。
「どう? 頭が冷えたでしょう?」
「ええ、」ピチカートは風を起こし、体に纏わりついた水滴を全て吹き飛ばした。「ありがとう、シャーロット、目が覚めたわ」
その自信の宿った物言いに、シャーロットは安心する。「そうこなくっちゃ」
「でも、」ピチカートは冷めて回り始めた頭ですでに何かを考え始めていた。「でも、本当にアメリアが誘拐されたっていうんだったら、どうしてアメリアはブリジットに乗っていたの?」
弾薬庫の近くまで二人は飛んできた。弾薬庫は未だに炎上を続けているから、少し離れたビルの屋上に降り立つ。すでに弾薬庫では宮殿の魔女が飛び交い、消火活動を始めている。けれど、炎の勢いは衰えるどころか増すばかりである。消火活動に当たっていたのはアメリアの世代の若い魔女たちばかりだった。きっと城壁の方に人員を割かれているのだ。しかし、いくら人員が足りないからといってこれではキャンプファイヤに水鉄砲を打っているようなものである。これじゃあ、何時間経っても消せやしない。ああ、だからここにシャーロットがいるのか。
「あなたの出番ね」ピチカートはシャーロットから少し離れた場所で微笑む。
「みーんな、どいてー」シャーロットは全身を使って、若い魔女たちにそこをどくようにとジャスチャを送った。すると若い魔女たちは素直に弾薬庫から離れた。こちらの方に飛んでくる。
「でも、これだけの炎を消すのは、あなたでも難しいんじゃないかしら?」
「あーら、なにをおっしゃいますやら、」シャーロットの自信に満ち溢れた表情は見ていて気持ちがいい。素敵だ。まるで魔女のそれのように奥が深い。「ラムズ河のほとりは私のテリトリーでしてよ」
「そうでしたわね」ピチカートはおちゃめに舌を出す。
「見てなさい」
シャーロットは両腕を広げた。瞳を閉じて集中する。ブルーのおさげが三本目の腕のように浮かび上がる。シャーロットの輪郭が青色に発光する。時間が止まったかのように、ラムズ河の流れが止まった。それは奇跡と呼ばれるに近い現象だとピチカートは思う。シャーロットは目を見開く。瞳はブルーに輝いていた。
シャーロットは素早く唱える。
「キャラクリズン」
ラムズ河の水という水が、一体の巨大なモンスターになったかのように弾薬庫に押し寄せた。ビックウェーブが炎を飲み込む。炎がもがいていられた時間は三秒もなかったのではないか。シャーロットが両手をパタッと降ろすと、弾薬庫から水が引き、ラムズ河は通常の姿に戻った。
「……ふぅ、」額に汗を浮かべたシャーロットが息を吐く。「まぁ、こんなもんね」
「すごいです、鳥肌が立ちました!」
「ラムズ河を止めるなんて信じられません!」
「さすが、シャーロットさま!」
ビルの屋上に降り立った若い魔女たちがシャーロットの周りに集まってキャッキャとはやし立てる。シャーロットはすでにもう、その若い魔女たちの手を触り始めていた。
「悪い癖よ」ピチカートはそう忠告して、シャーロットの脇を通って、ビルの屋上のフェンスに手をかけ、ヘンリエッタが黒焦げにした庭園の比ではない、黒焦げの弾薬庫跡を眺める。
ピチカートは息を飲んだ。
そこにドラゴンが、いや、ブリジットが、翼を広げ、鳴いていたから。
なぜ?
どうして?
銀色の鱗は、熱して取り出した金属板のように発光していた。
痛々しい。
しかし、それは新たな強さを得るための輝きなのかもしれない。
ほら、ブリジットの鱗は黒い光沢を帯び始めた。
ブリジットの咆哮は誰かを呼んでいるようだった。
「ねぇ、ブリジット、」ピチカートはフェンスに身を乗り出して叫んだ。「アメリアは、ねぇ、アメリアはどこに行ったのよ!?」
喉から血が流れるほどの悲痛な叫びに、ブリジットは何も答えてくれない。




