第三章⑤
ピチカートは魔女の塔から城壁を通り、西側のドラゴンの塔へ赴いた。そこへ行くために特別な許可は必要ないのだが、魔女が歩いていれば自然と視線が集まってしまう。ピチカートならば尚更だった。それに、今日は動きやすいシルクのドレスを身に纏っていた。スカートは長いが生地が柔らかく軽いので、まるで羽根を纏っているようである。そのようないでたちのピチカートに注目が集まらないはずはない。
しかし、誰も声をかけることはしなかった。
魔女と関係を持つことは宮殿の掟で禁止されているからだ。
しかし、そのせいでよからぬ関係が発生してしまうことは簡単に推測出来てしまうこと。
ピチカートやシャーロットが、弟子に過剰な愛を注ぐのも、この辺りに起因しているのではないだろうか、と適当な自己分析をピチカートはした。
一階のラウンジの、ドラゴンの像の前でピチカートは立ち止まる。別にその像に興味があるわけではないが、他にすることもないのでジロジロと観察していた。面白味のないただの石像。造形は稚拙だ。マーケットに行けばこの像よりももっと精巧で、さらに細かく彩色されたフィギュアが手に入るだろう。ピチカートはすぐに観察を中断した。それからピチカートはドラゴン使いの男たちの観察を始めた。体の大きい男が多い。体が大きくなければドラゴンは操れないのだろうか? しかし、アメリアの体は彼らの半分もないくらいに小さい。
そこへ、ケイジが登場した。シャーロットに頼んでアポを取ってもらっていたのである。ケイジは今日もラフないでたちだった。ケイジはピチカートのドレスを呆れた様子で眺めている。「その格好で、ドラゴンに乗る気なの?」
「あら、ドラゴンに乗るために、この格好で来たのですけれど」ピチカートは一回転した。
「とても魅力的だけど、」ケイジは顎を触りながらピチカートを上から下まで舐めるように見た。「うん、まぁ、いいか、ああ、あと、その綺麗な金髪を一つに束ねてくれると非常に助かる、そのままじゃ暴れて手に負えなくなる、さぁ、行こうか」
「どちらへ?」ケイジの横に並んでピチカートは歩く。
「イリアナーズ・パークへ、ドラゴンは宮殿にはいないからね」
城壁の西口から二人は宮殿の外へ出た。馬車がすでに待っていて二人を乗せた。向かい合って座る。馬車が音を立てて進み始めた。
「馬車に乗ったのなんて何年ぶりかしら」ピチカートは手の平を合わせた。
「馬車もたまにはいいだろう?」
「ええ、しかし、自分でコントロール出来ないというのは少し不安だわ」
「なんだか、今日は機嫌がいいみたいだね?」
「そうかしら?」
「昨日の君は、不快にならないでくれよ、バラみたいだった」
「あら、シャーロットに聞いたの?」
「言葉遣いも、非常に上品で、まるでお姫様みたいだ」
「あなたが男性だからです」
「怖いね」
「何がでしょう?」ピチカートは足を組んで、ブロンドの髪を束ねている。シャーロットの髪形をイメージしながら。
「君に関わると、あまりいいことはなさそうだ」
「とっても失礼なことを笑顔でおっしゃるのね」
「ははっ」ケイジは短く笑った。
「聞きたいことがあるのですけれど」
「どうぞ」
「ドラゴン使いの方々は皆体が大きくて、」
「体が大きくて素敵だって?」
ピチカートは笑顔で無視する。「それは、つまり体が大きくないとドラゴンには乗れないということですか?」
「そんなことないよ、体の大きさなんて全く関係がない、ドラゴンに乗るのに最も必要なことはコミュニケーション能力なんだから、」ケイジはこめかみをトントンと叩く。「もし体の大きさが関係あるのだったら、アメリアのような子はドラゴンに乗れないだろ?」
「だったら、なぜドラゴン隊の方々は皆体が大きいのですか?」
「伝統だろうね、この国では男の魔法使いが認められていないのと一緒、」言ってからケイジは前のめりになってピチカートに向かって小声で囁いた。「実は俺も、箒で飛べるんだよ」
「それはそれは、」ピチカートは必死で笑いをこらえて言った。「似合いませんこと」
馬車に乗って十五分くらいで目的地に着いた。きっと箒で飛べば宮殿から三分くらいの場所にイリアナーズ・パークはある。この国立公園は王都で三番目に大きな公園である。その公園の北西の一角にギリシアのコロッセオのような巨大な建造物があり、外からは見えないがドラゴンが鎖で繋がれているということだ。ドラゴンの特徴的な鳴き声、また巨体が伝える振動も全くないから、本当にそこにドラゴンがいるのか信じられなかった。
しかし、建物に比較して非常に小さな、しかし宮殿の金庫のように分厚い扉を外に開くと、ドラゴンの巨大な銀色の鱗が見えた。ピチカートは思わず息を飲む。ドラゴンを殺したことはあるが、好意的に近づいた、という経験がないからだ。ドラゴンたちと一緒の空間に入る。相変わらず静か。自分の心臓の鼓動だけがうるさい。ケイジはピチカートの顔色を窺って扉を閉めた。ケイジは黙ってピチカートの反応を待っているようだった。
とても粋な計らいだ。ピチカートは大きく息を吸って、空を見上げた。
ドラゴンの全貌が網膜に飛び込んでくる。巨大な体、ソレを覆う分厚い金属のような鱗、鋭くとがった翼、爪、しっぽ、牙、そして純金よりも金色に輝く巨大な目玉。その目ははっきりとピチカートを見ていた。身動きが取れなかった。合計六体のドラゴンがココで翼を休めている。その目玉は全てピチカートを映していた。彼らは何を考えて、何を思って私を見ているのだろう、全く、その瞳の奥に隠れた、感情が、分からない。汗を掻く。喉が渇いた。
喉を鳴らしたその時、一体のドラゴンが、その巨体を動かした。
首が動き、その芸術的な造形をした銀色の頭が、ピチカートに向かって接近してくる。
ピチカートは箒を後手に持っていたが、そのことを忘れてしまっていた。
瞬きすら出来なかった。
手を伸ばせば届く距離で、そのドラゴンは止まった。
しかし、巨大な目玉はピチカートを見ている。
「コイツはブリジットだ、」ケイジの声がして、やっと体の緊張が解けた。ケイジは躊躇いもなくブリジットというドラゴンに近づき、その頭を触った。「まず、触ることから」
言われてピチカートはゆっくりと手を伸ばした。
その瞬間、ブリジットの頭が動き。ピチカートの体を器用に持ち上げた。
「きゃあ!」ここ数年出していなかった悲鳴をピチカートは発した。気付くとブリジットの頭の上にいた。どういうことなのか訳が分からない。「な、なにぃ!?」
「気に入られたみたいじゃないかっ」ケイジは笑っている。
ブリジットは特徴的な鳴き声を発した。イルカに近い、細い鳴き声。その鳴き声の意味が分からないほど、ピチカートは不器用じゃない。
飛ぼう。
ブリジットはピチカートに、そう提案している。なんだか喜びが込み上げてくるのが分かった。興奮が抑えられない。とても愉快だった。「あははは、いいわ、いいわよ、飛びましょう、私と! ケイジ、鎖を外して頂戴!」
「背中の鞍に座れ!」ケイジはブリジットの後ろ足の鎖を外しながら叫んだ。
ピチカートはバランスを取りながら、背中の鞍まで移動して座り、手綱を握った。
「さあ、飛びなさい、ぶりじ、」
ブリジットはピチカートの意志に従わず、自分の意志で、その大きな翼を広げて、飛び立った。
「……完全にブリジットの遊ばれてるなぁ」ケイジは空を見上げて呟いた。




