第三章②
「アメリア、アメリア、どこにいるの!」
その声に、パジャマ姿で箒に跨り、窓に向かって精神を集中させていたアメリアは扉の方に向かって言った。
「はぁい、先生、ここです!」
「どこ!?」と先生は叫ぶ。
アメリアは箒を壁に立てかけ、ドアノブに手をかけようとした。しかし、その前にドアノブが回転して、ピチカートが部屋の中へ入ってくる。
「ああ、よかった、アメリア!」
ピチカートの柔らかい躰が、ぎゅうっとアメリアを抱擁する。
「ふぁあ、ごめんなさい」ピチカートの胸元でいつもの調子でアメリアは謝ってしまった。
「どうして謝るの?」ピチカートは耳元で囁く。
「先生、一体どちらに?」
夕食になっても探しに来ないから、アメリアは先生に何かあったのではと少し心配していたのだった。
「心配してくれたの? 嬉しい、アメリアは石鹸の匂いね」ピチカートはアメリアの髪の匂いを吸っていた。アメリアは先ほどシャワーを浴びたばかりだ。
「はい、少し、でも、先生は先生だから、少ししか心配しませんでした、急なお仕事ですか?」
「そうよ」
「何があったんです?」
「今日は疲れたわ、」確かにピチカートの顔は少し元気がなかった。「明日、話してあげる」
そのままピチカートはアメリアをベッドに押し倒した。
「このままお休みになられますか?」ベッドに横になり、低い天井を見ながら、アメリアは冷静に聞く。一週間に一度はこうされる時があるから慣れているのだ。
「お願い一緒に寝てちょうだい」ピチカートは目を瞑ったまま答える。
「はい、もちろん」アメリアはピチカートの素敵なブロンドの髪を撫でる。
「気持ちいい、最高、ずっとこうしていて」
「お酒は?」こういう場合、ピチカートはお酒を欲しがることを知っているから、アメリアは一応尋ねた。
「言ったでしょ、すっとこうしていてって」
「……分かりました」アメリアはとりあえず頷く。
「…………やっぱり欲しい」ピチカートは甘えるように言った。
「だと思いました」アメリアは微笑んで、立ち上がる。書棚の分厚い百科事典を開くとウイスキーのボトルが入っていた。蓋を開けて、二つのグラスに注ぐ。「水で割りますか?」
「ストレート」
「どうぞ」アメリアはピチカートにグラスを渡す。
「ありがとう、乾杯」
「乾杯」
二人はベッドに並んで座って、グラスを鳴らした。カラスの触れ合う音はなんて素敵なのだろう。アメリアはウイスキーを口に含んだ。ずっと練習をしたから、お酒がおいしかった。しばらく黙ってお酒を味わう。
「……先生、実は今日、ずっとヘンリエッタと空を飛ぶ練習をしていたんですよ」
「……そうなんだ」
「……でも、今日も駄目でした、ココに来る前と何も変わりません」アメリアは瞳に涙を浮かべながらしゃべる。自然に出てきてしまうものをどうしようも出来ない。
「…………」
「……先生、私、このまま一生上手に空を飛べないのでしょうか?」
沈黙。時間はとてもゆっくりと流れていた。
「……アメリア、キスしていい?」
ピチカートはそう言いながら、急にアメリアに体を預けてきた。顔を覗き込むとピチカートの顔は真っ赤だった。ピチカートは酒好きだが、すぐに酔ってしまう。一方、アメリアはいくら飲んでも酔ったりしない。だからピチカートは酔うとキス魔になることを知っている。
アメリアは溢れていた涙を拭って答える。「……いいですよ」
アメリアは簡単に唇を許した。ピチカートはゆっくりと唇を押し付けてきた。そして、ぐったりとアメリアを抱き締める。そのまま寝てしまう、というのがいつものパターンだったが、今日は違った。
「……アメリア」
「はい?」
「……別に無理することないのよ」
「無理なんて」
「……私はずっと、アメリアとお酒を飲んでいられたら、それで、幸せ、」
ピチカートはアメリアを抱きながら眠ってしまった。アメリアは抱かれながら仰向けになって、眠気が来るまでずっと、天井を見つめていた。「……でも、私は、空を飛びたい」




