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High A of the YBC   作者: 枕木悠
第三章 極東世界のリトル・ウィッチ
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第三章①

ピチカートとシャーロットは魔女の塔の屋上に上がった。シックス・タワー・ブリッジはファーファルタウの最南端にある。その方向に向かって二人は立った。暦は九月下旬。夜は肌寒い。空には綺麗に星座が並んでいる。月は三日月。ピチカートは最南端を見る。集中する。東洋の魔女を探しているのだ。ユウキが見つかればそれでもいい。シャーロットはピチカートを待っている。ピチカートは目を見開いてシャーロットを見る。

「ユウキを見つけた」

 二人は箒に跨り、一瞬で風を起こし、それに乗り、最南端へ箒をコントロールする。

 その動作は無意識に行われる。

 考えることは、急ぐ、ということだけ。

 地面を走ることと何も変わらない。

 アメリアはどうしてこんなに簡単なことが出来ないのだろうか?

 ピチカートは夜空を物凄いスピードで飛行しながら、一瞬だけ、考えた。

 しかし、すぐにアメリアのことは忘れる。

 一刻も早く東洋の魔女を捕まえなければならない。

 このことに集中しよう。

仕事だから、ということもある。完璧な遂行は精神を安定させる。妥協は濁りを残す。仕事を完璧にすることがピチカートのポリシー。しかし、どちらかと言うと、プライドが、ピチカートにも少しだけある宮殿への帰属意識が、東洋の魔女をすぐに捕まえろと騒いでいる。

検閲を破られたのは失態。シックス・タワー・ブリッジの検閲を担当しているセンジュとユウキは優秀な魔女だ。そもそも優秀な魔女でなければ担当にまわさない。彼女たちの失態は、すなわち、宮殿の魔女全体の失態である。

ピチカートも噛めば苦い。

「いたっ」隣を並走するシャーロットが叫んだ。

 肉眼でも分かる距離にユウキの姿と東洋の魔女の姿を確認できた。

 幸いにも南の地域はこの時間でも明るい。マーケットや屋台、酒場、ライブハウスなどの明かりがオレンジ色に輝いている。

 東洋の魔女は超低空飛行で街の中を逃げていた。民の悲鳴や罵声が上がっている。鍋がひっくり返り、馬は暴れ、ワインのビンが割れる音が響いている。

ピチカートとシャーロットは顔を見合わせ頷き合った。

そして魔女の塔の屋上の高度から、緩やかな曲線を描いて、街へ降下する。

一瞬でユウキの元へ降りた。

ユウキを間に挟んで並走。

「ピチカートさん、シャーロットさん!?」

ユウキは二人の登場に驚いていた。ユウキからすれば彼女たちは一つ上の世代の偉大な魔女だからである。

「ユウキちゃん、あとは私たちに任せて頂戴!」シャーロットが叫ぶ。

「そ、そんな、私たちの失敗なのに!」ユウキは泣きながら叫んでいた。

「大丈夫よ、誰もあなたたちを責めないから」ピチカートは出来るだけ優しく言った。

「私があいつを捕まえます!」ユウキはなおも止まらない。

「ユウキちゃん、止まって、お願いだから、呼吸が荒いわよ!」シャーロットが叫ぶ。

「でも!」ユウキは苦しそうに叫んだ。

 その様子を見て、ピチカートは即断する。

「シャーロット!」ピチカートはシャーロットにサインを送る。

「はいなっ!」返事は一瞬で返ってきた。シャーロットも同じ考えだったようだ。

ピチカートは加速して東洋の魔女の背中を追う。

シャーロットは逆に重心を後ろにして減速する。そして一瞬で魔法を編んで、叫ぶ。

「ユウキちゃん、許してっ!!」

「え?」ユウキは後ろを振り返り、シャーロットの楽しそうな笑みを見た。丁度、そこは小さな公園の噴水の上だった。

「みぃいいいなぁあああああぁさあぁあぁあぁん、逃げてくださぁあああああい!」シャーロットは声を張り上げる。公園に集う民たちに向かってだ。

その瞬間、その円形の噴水から地上三十メートルまで一気に水柱が上がった。タイミングは完璧だった。ユウキは水柱に飲まれた。水柱は上昇を終えると一瞬で重力に従い始める。まるで公園に雨が降っているよう。噴水の周囲は嵐の跡のよう。シャーロットはやり過ぎたと少し反省。「ユウキちゃん、生きてるぅ?」

 ユウキは噴水の中、呆然実質の表情でペタッと座っていた。当然だが、全身ずぶ濡れ。シャーロットは噴水の淵にすたっと立つ。「ごめんなさいね、あなたを止めるには多少強引にやらなきゃって思ったから」

 ユウキは感情のない目でシャーロット見ていた。返事がない。

「ちょ、ちょっと、ホントに大丈夫? ユウキちゃん!?」心配になってシャーロットは水の中に入ってユウキの元に駆け寄り、顔を覗き込んだ。すると、ユウキは子供みたいに泣き始めた。「ごめんなさい、ごめんなさい」と何回も。

「あらあら、しょうがない子、」とシャーロットは泣きじゃくるユウキを抱き締めて背中をさすり宥めてあげる。「でも、大丈夫、ピチカートと私なら簡単になんとかできるから」


「ちょ、シャーロット、やり過ぎよ」

ピチカートはチラッと後ろを振り返り、巨大な水柱を見て呟いた。

しかしすぐに前を向き魔女の背を見る。

東洋の魔女は左に体を傾けてから右の薄暗い細い路地へ滑り込んだ。

フェイントだ。

ピチカートもその路地へ滑り込む。

ビルとビルの間。明かりが届かない場所。湿度が高く、ゴミの匂いが漂う不衛生な場所。

ピチカートは思わず顔をしかめる。

一瞬、魔女の背中を見失う。

前方にいない。

いや、上昇していた。

ピチカートも、シャーロットの水柱じゃないけれど、そんな勢いで、ほぼ垂直に一気に上昇する。鋭い風がピチカートの後方で荒れ狂う。ビルの窓に静かにヒビが入る。近づいた。手を伸ばせば届きそうなくらいの距離に東洋の魔女の背中がある。

アイツとの戦いが脳裏を過る。

一瞬、ドラゴンを殺せるレベルの攻撃魔法を編みかけた。

しかしピチカートはすぐに正気に戻る。目的は捕獲。殺してどうする。

 ピチカートは、リングの魔法を編む。

 東洋の魔女の体の周りに金色の発光する五つのリングが出現した。

 右手で指折り数えると、上のリングから直径が小さくなり、目標物は身動きが取れなくなる。

 ピチカートは素早く親指から小指まで指を折っていく。

 これで、終わり。

 しかし、東洋の魔女はタイミングを計ったかのように一気に降下、リングから逃れた。

 そして減速、左へ旋回。民家の影に逃げていく。

 リングの直径はゼロになり、光を出して弾けて消えた。ソコには何も残らない。

「ちっ、」ピチカートは思わず舌打ちをしてしまった。「ああ、鬱陶しいハエ!」

 ピチカートも減速し、左へ旋回する。後姿はすぐに発見できた。

 加速。再度、急接近。また「リング」を編んだ。

 しかし、魔女は急上昇、急旋回。

リングはまた弾けて消えた。ピチカートは無理な姿勢で旋回。「ああ、疲れる!」

声を吐き出しながら、ピチカートは考える。

 まるでこの街の地図が全て頭に入っているかのような無駄のない飛行。

 いいえ、完全に、この街を知り尽くしている動きだ。

 東洋の魔女なのに? どういうトリック? いや、そういうことを考えるよりも、

 どう捕える?

 コレを考える方が、今は、正解。

 ピチカートは思考する。リングは駄目。完全に読まれている。それなら。

やはり、ダメージを負わせるしかないかっ。

 ピチカートは魔女の後ろにぴったりついて、観察を始めた。

 服装は白いシャツと黒いミニスカートというシンプルなもの。肩までの長さの髪はうなじに向かってカールしている。ピチカートは今のところ顔を一度も見ていない。だから本当に東洋人なのかもはっきりしていない。箒もピチカートの使用しているものと同タイプのものである。一番特徴的なのは唐草模様の風呂敷を背負っていることだろうか? この状況で荷物を捨てないのは、よっぽど大事なものなのかしら、それとも余裕からかしら?

 分からない。イライラしてどうしようもなくなる。

 もう、嫌だわ。

 ……いけない。こういう思考状態に陥ると何もかも忘れて、目の前の魔女の捕獲も止めて、アメリアを横に座らせて、お酒を飲みたくなる。

 すぐに終わらせよう。

 アメリアの元へ帰ろう。

 東洋の魔女はほぼ九十度の角度で、急上昇した。

 正面、魔女の影からシャーロットが見えた。ともに並走して、急上昇。

「ずぶ濡れよ、自分も浴びたの?」

「手こずってるみたいね」

「少し強引にやらないと駄目かも」

「あれ、イライラしてる?」

「殺してもいいかしら?」ピチカートは冗談を言って笑った。

「冗談に聞こえません!」シャーロットも微笑み返す。「挟み打ち?」

「素敵なアイデア!」

 ピチカートとシャーロットは二股に分かれた。魔女はすでに高度を下げ、街に入り込もうとしていたが、魔女を視界に入れたままピチカートたちはさらに上昇した。上空から街を見下ろす。それぞれの位置関係を把握。民のいない広い場所を探す。さっきの公園がちょうどいい。シャーロットのおかげで民は皆そこから引き上げたようだ。

 決まりだ。

 ピチカートは魔女へ向かって急降下。

 すぐに背中を捕えた。

 ピチカートは魔法を編んだ。捕獲魔法ではなく、攻撃魔法。

 民からクレームが出るかもしれない。しかし、コレは異常事態。パレード前の厳戒態勢中でもある。建造物がいくらか壊れても金貨十枚くらいで済むはず。

 ピチカートは風の魔女である。

 東洋の魔女はビルの隙間に入り込んだ。

 狙いを定めるチャンス。ピチカートは集中しながら、人差し指を一回、二回、三回と、まるで空気を集めるかのようにクルクル回して、ピタッと指先を止めた。

 ブロンド髪は風圧で揺れている。

 東洋の魔女に、小さくて鋭利なサイクロンを。

「あげましょう」

 ピチカートが囁いた瞬間、ビルの窓ガラスが全て割れた。

風が魔女を枯葉のように弄ぶ。

魔女の服は切り裂かれる。

肌に無数の細かい傷が出来上がった。

血の匂いがほのかに香る。

やり過ぎた。しかし、反省はしない。

ピチカートは全て終了した表情で、空を、優雅に、飛んでいた。

東洋の魔女は重力に従って、落下している。が、箒を手放していなかった。さらに地面に落ちる寸前で東洋の魔女は飛ぶ姿勢になった。ピチカートはそれに少し驚く。驚いたが、しかし「タフなのね」と呟いてピチカートは追いかけることもしない。

魔女の飛行は非常に不安定だったし、その先でシャーロットが巨大な水の塊を用意して待っていたからだった。

きっとそれを人は水晶と呼ぶべきなのだろう。

安定した個体よりも、不安定な液体の方がピチカートは美しいと思う。

シャーロットが作り上げる水晶玉はいつ見ても落ち着きがなく蠢いていて綺麗だ。

水晶はゆっくりと東洋の魔女に近づく。

逃げ場はない。

水晶はいともたやすく、魔女を自分の体の中へ飲み込んだ。

その二秒後に、水晶は公園の噴水の先に突き刺さった。

風船が我慢するのと同じように、水晶は少しだけ我慢した。

しかし簡単に破裂した。

すさまじい音を立てながら、水晶は崩壊。

水晶の水が横殴りの水鉄砲になって襲ってくる。ピチカートは浮上してそれを避けた。

 公園はさらに水で溢れた。その状態を名前の由来としてもいいほどに。

「やり過ぎよ!」ピチカートは楽しそうにシャーロットに叫んだ。

「お花に水をあげたのよ!」シャーロットはつまらない冗談で返した。その後ろにはユウキが呆然と公園を眺めていた。

 公園から水が拡散し地面が見えるくらいに捌けるまでピチカートとシャーロットとユウキは箒に跨って待った。

 魔女は花壇の淵に引っかかるように横たわっていた。目は開いていない。花壇の花々は全滅だった。酷い、滅茶苦茶。植物の魔女のファアファを呼ぼうかと考える。

 ピチカートたちは地面に降りた。

 ピチカートはまずリングの魔法で魔女の両手と両足を拘束した。それから近づき容態を窺う。顔をよく見る。年はピチカートたちと変わらないだろう。しかし顔立ちは確かに東洋人だった。彼女は急に咳き込み始めた。口から水が少し流れた。ともかく生きているようで安心する。

しかし意識がないようだ。シャーロットはひっくり返っていたベンチをもとに戻して魔女を仰向けに寝かせた。その際に魔女の首に掛かっていた荷物を解いた。中身を見る。

色鮮やかな布を折りたたんだものと白ワインだろうか、それよりもっと透き通った、水よりも濁った液体のボトル、それだけだった。

シャーロットも首をかしげている。

身元確認できるものがないだろうかと魔女のずぶ濡れのシャツ、ミニスカートのポケット、またタイツを脱がせ下着の下を確認したけれど何も出ない。

「ありがとうございました、」ユウキがいきなり頭を下げた。髪がまだ濡れているからその水滴が二人に飛んでくる。「な、なんとお礼を言ったらいいか」

「そんなのいいから、早く部屋に戻って熱いシャワーを浴びなさい、」ピチカートは早口で言った。「風邪を引くわよ」

「で、でも、」ユウキはおぼつかない足取りながらも何かをしたがっている。「私にも何か仕事をさせてください」

「暖かい夕食を食べて、シャワーを浴びて寝る、」シャーロットは細くて綺麗な指を立てて言った。「これがユウキちゃんの最優先事項よ」

「そんな、私を甘やかそうとしているのですか?」ユウキは尚も訴える。

「困ったな、」シャーロットはユウキの手を触り始めた。「そういう気分じゃなかったんだけど」

「シャーロット、悪い癖、」ピチカートはユウキの手とシャーロットの手を解いて少し強めに言った。「いい、命令よ、あなたのわがままは私たちを困らせるの、分かって頂戴、明日からも検閲があるんでしょう? 明日のことを考えなさい、失敗を二度と繰り返さないように、ファーファルタウはずっと前に夜の七時よ」

 そう言われて、ユウキは箒に跨って宮殿に向かって飛んで行った。

 彼女はきっと強い魔女になるだろうとピチカートは思う。

 さあ、東洋の魔女をどうしよう。

「さて、運びましょうか?」シャーロットがうーんと長い伸びをしながら言った。「ハンモックが必要よね」

「そうね、うん、その前に」

ピチカートは魔女の傍にしゃがみグリフォンの羽根とクラ―ケンの墨をポケットから取り出した。それらを使ってピチカートは魔女の左目の下に砂時計のマークを描き始めた。

呪いのマークである。

書き込んだ砂が全て落ち、マークが消滅するまで魔法が使えなくなるという呪いのマークである。このマークを描けば、どんな魔女でも空を飛ぶ以外の魔法が使えなくなる。例外が認められているのは、魔女から空を飛ぶということまで奪ってしまうと魔女たちは生活することが出来なくなってしまうからだ。魔女は基本的に転職できない。転職できないゆえに、呪いをかけられた魔女に、空を飛び、人や荷物を運んで対価を得る、という方法を政府は残している。残しておかなければ、彼女たちは悪いことをして呪いを掛けられてしまった場合に生きられないからだ。

それはともかく、このとき、ピチカートは◎や★といった罪人の目の下に描くような呪いの期間が長いマークを描きたかった。◎は二十年、★は五十年である。その一方で砂時計は呪いの期間が短い。砂時計の上の部分を全て塗り潰してもせいぜい一週間である。それに砂時計は描かれた魔女の魔力量によって呪いの時間が変動するから、分かりづらいのである。使い勝手が悪いのだ。

しかし、一時的な拘束時には砂時計のマークを使うことが決められている。これに反したらピチカートにもそのマークが描かれるだろう。仕方がないので、ピチカートは砂時計の上の部分を全て黒く塗り潰した。意味もないのに、何回も、重ね塗りをして。



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