8:真黒の敵
確かに驚いた。
牢獄の中ににいるのは俺たちが産まれた頃にはとっくに歴史上の人物となっていたアーガスだった。
それともただのそっくりさんか?
それにこの部屋には他の部屋に行くための扉も見当たらないし,ここが最終到達点。
…悪玉はあなたですかね?
「…やっと来たか…私の孫たちよ…。」
…喋った…。
ってか死んでると思ったぞおい。
…で孫だって?
年って嫌だね。
そんな風にしか考えられないような状況だったが,もちろん俺以外の二人だってびっくり仰天だよな。
レイは言葉を忘れたかのように立ち尽くしているし,こういうときに第一声を上げるヘルなんか石化したかのように動かない。
…ま,俺も呆然としたままだったけど。
「ここまで来たという事はわしの言葉はしっかりお主らの中の光魔法使用者に伝わったという事じゃな。あの娘も無事に届け物を渡せたと。」
頭の中に響く声。あれはどうやらこの爺さんがやっていたようだ。
「まぁよい。ここに呼んだのは他でもない。そっちの世界を襲った悪玉はここにいる。今は大人しくしているが,すぐにここに来るだろう。奴の餌はわしの魔力じゃからな。そのせいでわしはここでは魔法らしい魔法は使えないがな。」
「…話が読めないんですが。」
やっぱり第一声を発したヘルの意見に同意。
何が言いたいのかさっぱりだ。
「そもそもあなたは行方不明になってから何世紀か経ちます。それなのに生きているのは不自然でしょう?他にもたくさん疑問点があります。」
「聞きたい事は大体分かっている。なんでわしがここにいるのか,悪玉は誰か,なんでお主らを孫と呼んだか。簡単に言うとわしがいるこの牢獄内だけは時間が完全に止まっておる。だから腹もすかねば年も取らねば体も老化せぬ。これはわしがここに捕まったときに魔法で作り出した空間じゃ。そして悪玉,それは…。」
突然言葉を詰まらせたかと思うといきなり血相を変えて
「ドアから離れるんじゃ!!」
…反射的に体がドア付近から部屋の隅に動いた。
さっきまで自分たちがいた場所は黒い炎が上がっている。
そしてドアから見えるのは分かりやすく言うと「また」化け物だった。
だけどさっきの奴とは桁違いだ。
下から上まで完全に神話に出てくるような姿の竜。
体は真っ黒でその眼だけが赤黒く光っている。
…こいつが悪玉…って奴か?
「…立ち去れ…ここはお前らのような貧弱な生物がいるべき場所ではない。」
…喋ったぞ…。
「…これって…召喚獣なの…?」
レイは魔道書は開いているものの,立ち尽くしてしまっているような状態で,硬直していた。
「何だろうといい状況じゃないよな…さっきの奴よりは強そうだし。」
ヘルの顔からもいつものスマイルは消えていた。
…いつもだったら俺だって硬直して震えてたんだろうな。
なんでなんだろう。
この時だけ自然と,躊躇うことなく魔法が発動できたのは。
「ライトニングバースト!」
光魔法ランク10.それに腕輪装備だから威力は最大限引き出せてるはずだ。
その竜の周りの壁全てを吹き飛ばすくらいの威力はあった。
やった。
「リザクトリフレクション!」
そんな声が聞こえたかと思うと俺の目の前には黄色く輝く透明のバリアがアーガスによって張られた。
そしてそのバリアは黒い炎を防いでいた。
その炎の揺らめく隙間から見えたものは黒く輝く体だった。