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ディア・アリス  作者: 斎藤
【改稿前】
6/14

05

 〈白兎〉のピーターを召喚してから、ユウコはかなり助かっていた。

 最初こそユウコを置いて駆けだしてしまったピーターだが、ユウコが基本操作すらままならないようなド素人だと分かると、「じゃあまずは【トロイメライ・メルヒェン】に慣れましょう!」と言って、色々と優しく説明してくれた。ファウストから特別に貰ったメモを見ながら、ユウコはピーターと移動の練習をしたり、メニューの開き方を勉強したり、更にはお金の単位や買い物の仕方など、まさにおんぶに抱っこで教えを受けたのである。

 こんないたいけな兎に1から10まで指導してもらうのは、20歳も過ぎた身としてどんなものかともユウコは思ったが、肝心の講師であるピーター自身が善意100%、好意100%で接してくれるため、やがて恥ずかしいとか情けないとかは思わなくなった。小動物の力は偉大だった。


 約2日間を操作のチュートリアルに費やし、3日目の今日はとうとう実戦に入ることになった。

 操作メモを見ながら、リアルタイムでピーターに指示を出して戦うという緊張感に苛まれながらも、ユウコはなんとか初級レベルのモンスターの代表格である子鬼(ゴブリン)を倒していく。

 そうして、三匹目の子鬼(ゴブリン)を倒したところで、前回の冒頭に戻るわけである。


 「(3日前に比べたら、私もちょっとはましになってきたのかなぁ……)」

 「主人(オーナー)、ぼんやりしてると不意打ちされちゃいますよぅ?」

 「えっ、それは嫌だ……」

 「僕も嫌ですよぅ。主人(オーナー)が殺されちゃったら、僕どうしたらいいんですかっ」

 「殺……っ!?」


 ユウコはいたいけな兎が発した言葉にぎょっとした。


 「殺されって……敵にやられたらって、こと?」

 「そうですよぅ? 死んだらおしまいです。主人(オーナー)はただ一人、ユウコ様はたった一人、【アリス】はたった一人なんです。死んだら生き返るなんて、そんなことないんですよぅ? でも、安心して下さいね!そうならないように、僕が主人(オーナー)を守るんですから!」

 「う、うん……」


 ピーターはその外見に似つかわしくない頼もしさで、主人(オーナー)であるユウコを元気付ける。ユウコはと言うと、最初こそ「殺される」という発言に肝を冷やしたが、「これはゲームなんだ」という前提を思い出したことと、ピーターの頼もしい発言によって、すぐに冷静を取り戻した。


 通常、殆どのゲームは体力が無くなればゲームオーバー、最後のセーブデータでやり直すことになる。また、残機制、つまりコンティニュー制限付きであったりする場合もあるが、それも残機が無くなればゲームオーバー、最後のセーブデータでやり直しだ。

 MMORPGは、セーブデータというものが無い。正確には全くデータが保存されていないわけではなく、データ自体はサーバーなどに保存されている。だが、ゲームの進行具合は自動的に保存され、リセット機能などは使うことができない。人生にも似たシステムだ。

 しかしそういう場合、PCがモンスターとの戦闘などで死んでしまうと、経験値減少などのペナルティをもって、どこかで復活する仕様になっているのが一般的だ。国民的なゲームのように、例えば教会で復活したり、神殿で復活したりなど、そういう復活ポイントが設けられているのである。

 この【トロイメライ・メルヒェン】においても、そのシステムはあるだろう。ただ、運営側の存在であるファウストがプレイ初日に言った通り、それらに関する情報は公式サイトのどこにもない。勿論、ゲーム内においてもだ。


 「とにかく、まずは強くなりましょう。レベルが上がれば僕が使えるスキルも増えますし、主人(オーナー)が呼べる召喚獣も増えて、良いことずくめですよぅ!」

 「うん」


 仮にやられてしまった場合にどうなるのかは、実際に体験してみなければ分からない。自分が死んだらどうなるかなんて、ユウコには試す度胸は無かった。いくらネガティブな有子でも、仮にゲーム内のことであれ、自ら死のうとは思わない。そして殺されるのも嫌だ。

 ならば、ピーターの言う通り、とにかく強くなることを考えるべきだろう。レベルを上げて強くなれば、それだけ生存率は上がる。それくらいのことはユウコにも分かった。ユウコは頷くと、再び索敵に戻った。


 今ユウコとピーターが居るのは、帝都ムールシュタットを囲む城壁の向こうに広がる草原、ウルム草原である。出現するモンスターは子鬼(ゴブリン)大ネズミ(ビッグラット)といった低レベルのもので、初心者向けのフィールドだ。

 草原は緩やかな緩急がついているかついていないかのなだらかな地形で、特にこれと言った障害物は無い。その分見通しが良く、モンスターが物陰から不意打ちをしてくるようなことは無い。ただ、それはプレイヤーにも言えることで、視界を遮るようなものが皆無であるため、逆にモンスターからも発見されやすく、運が悪ければピーターが言ったように、不意打ちされる可能性がある。気を抜くのはあまり得策ではない。


 「………?」


 ピーターと合わせて4つの目で周囲を警戒していたユウコだが、ふと、首を傾げた。どこからか何かの声が聞こえた気がしたのである。


 「どうしました主人(オーナー)?」

 「何か……聞こえたような」

 「どれどれ………あ、本当ですね。あっちからみたいです」

 「あっち?」


 ピーターはその長い耳で、声の発信源を探り当てる。短い腕が指し示した方向は西、ムールシュタットから街道が伸びている方角だ。

 「気になる」といった風にピーターが見上げるのを受けて、ユウコは声の発信源を確認しに行ってみることにした。野次馬根性と言うやつだ。

 街道方面に向かうにつれて、音は少しずつ大きく、明瞭になっていった。ただ気になるのは、この音が楽器の音だということである。だが戦闘音も一緒に聞こえてくるため、ただフィールドで楽器を演奏しているわけではないだろう。ユウコの中でこの音は一体何なのかと言う疑問は、ますます膨らんでいった。


 「……あっ」


 2回ほど緩やかな丘陵を越えると、ユウコは音の発生源の元に辿り着いた。

 そこに居たのはエルフの女性と子鬼(ゴブリン)が一匹、大ネズミ(ビッグラット)が二匹だった。一人と三匹が対峙して戦闘を繰り広げているものの、1対3では分が悪い。女性は代わる代わる襲い来るモンスター達に、苦戦を強いられているようだ。女性は角笛のような物を振り回したり、時折それを吹いたりと、ユウコには理解できなかったが、とにかく必死だった。


 「あの人、モンスターの群れに見つかったんですね。レベル的に一人じゃきついと思いますけど、主人(オーナー)、どうします?」

 「どうって……」


 ピーターの言わんとしていることは分かる。あの女性を助けるのか、それとも見捨てるのかと尋ねているのだ。

 はっきり言ってしまえば、ユウコに彼女を助ける義理は無い。赤の他人だ、見捨てたところで何ら問題も無いだろう。街中に落ちてる財布を放置するか、それとも交番に届けるか、そういった善意を問う質問をされているのである。

 大概の人間はこんな質問を、例えば先程例に挙げた落し物の質問を真正面からされれば、「交番に届ける」と答えるだろう。だが現実に落とし物の財布を見かけて、本当に交番に届けるような人間が、果たしてどのくらいいるだろうか。殆どは放置、もしくはネコババする筈である。ユウコもまたそうだ。

だが、今回は真正面から今選び取る選択肢として質問をされているし、落し物より遥かに人道的なシチュエーションだ。女性を見捨てたとしてもピーターは恐らく何も言わないと思うが、ユウコにはしこりが残る。

 それに何より、


 「!」

 「!(目が合った……)」

 「そ、そこの人! ちょっと助けてマジで!」


 女性は自分を眺めているユウコを見つけると、真っ直ぐに助けを求めてきた。眉は八の字に下がり、声には焦りが滲んでいる。女性は真剣に助けを求めていた。

 腕の中には純粋に主人(オーナー)の判断を待ついたいけな兎。目の前には不利な状況下で必死に戦いながら、こちらに助けを求める女性。周囲に他に人は無く、傍観者効果も発動しない。財布なんかより遥かに人としての良心を試されるシチュエーションだ。


 「……助けに、行こう」

 「はい、主人(オーナー)!」


 ユウコは所詮凡人である。見捨てた時に襲われるであろう罪悪感のプレッシャーには勝てず、ピーターを地面に下ろし、ワンドを構えた。

 モンスター達は子鬼(ゴブリン)を先頭に三角形を描くように大ネズミ(ビッグラット)が控えたフォーメーションを取っていて、主に子鬼(ゴブリン)がエルフの女性への攻撃を担当し、大ネズミ(ビッグラット)は交互に女性の隙を突いて攻撃を加えている。


 「えっと……今、子鬼(ゴブリン)と左の大ネズミ(ビッグラット)があの人を攻撃してるから………待機してる大ネズミ(ビッグラット)に、攻撃!」

 「分かりました!」


 ユウコが命じると、ピーターは一跳びでモンスターの群れに飛び込む。助けを求めた女性はともかく、モンスター達は突然の乱入者に怯まざるをえない。

 そしてピーターは、モンスター達の怯みを見逃しはしなかった。ユウコの命令通りに、待機していた大ネズミ(ビッグラット)の懐に飛び込むと、ピーターは強く地面を踏みしめて、大ネズミ(ビッグラット)の腹に頭突きを喰らわせた。


 「主人(オーナー)、次の命令はっ!?」

 「つ、次……」


 ピーターは1、2メートルほど大ネズミ(ビッグラット)を吹っ飛ばすと、たんたんと軽やかなステップでモンスター達から距離を取り、エルフの女性の元に駆け寄るでもなく、ユウコとの間に立った。女性を助けるために戦いに参加したピーターだが、ピーターにとっての最優先事項は主人(オーナー)の安全であるためだ。

 ユウコはピーターが吹っ飛ばした大ネズミ(ビッグラット)を見やる。僅かに痙攣を繰り返したまま動かない大ネズミ(ビッグラット)の頭上では、星がくるくると回転している。これは状態異常の一つである「気絶」のアイコンで、攻撃がクリティカルヒットした時などに低確率で発動し、一定時間行動を封じるというものだった。

 生憎これは操作メモに過ぎない例のメモには載っていなかったのだが、ピーターが予め教えていた内容であったため、ユウコはちゃんと大ネズミ(ビッグラット)が「気絶」していると認識する。あの状態の大ネズミ(ビッグラット)はしばらく放っておいて平気だ。


 「えっと……もう一匹の大ネズミ(ビッグラット)に、攻撃! 今度は、やっつけるまで!」

 「はい、主人(オーナー)!」


 ユウコが命じると、ピーターは再び地面を蹴った。今度の狙いは今まさに女性を攻撃しようとしている大ネズミ(ビッグラット)だ。ピーターは宙でくるりと半回転すると、今度は頭突きではなく、蹴りを顔面にお見舞いする。完全にカウンターを喰らう形になった大ネズミ(ビッグラット)は、最初の大ネズミ(ビッグラット)同様、また吹っ飛ばされていった。

 ただ、今度は気絶のアイコンは無い。大ネズミ(ビッグラット)はすぐにのそりと体を起こすと、自分を攻撃したピーターに狙いを変更し、その牙を剥く。ピーターも一撃で終わるとは考えておらず、主人(オーナー)の命令を遂行するため、三度地面を蹴った。


 「ありがと! 助かった!」


 女性は自分に迫っていた脅威が消えたことを受けて、子鬼(ゴブリン)の方に集中し始めた。

 子鬼(ゴブリン)は低レベルで力も強くは無いが、女性の種族はエルフだ。物理耐性の低いエルフには、子鬼(ゴブリン)の攻撃も十分な脅威となる。女性は大ネズミ(ビッグラット)の援護攻撃のせいで今まで取れなかった自分の距離を取ると、武器であるらしい角笛を思い切り振り下ろした。


 「っ!」

 「あっ」


 だが、残念ながら角笛は棍棒によって防がれてしまい、子鬼(ゴブリン)にダメージを与えることはできなかった。だが、女性はそれでは諦めなかった。角笛が止められたのならばとすぐに頭を切り替えると、鍔迫り合いの形のまま身長差を活かし、上から体重をかけることで腕力だけでその形を維持して、自由に動かせる足で子鬼(ゴブリン)を思い切り蹴り上げたのだ。

 子鬼(ゴブリン)は受ける力のベクトルが増えたことに対応できず、あっけなく体勢を崩す。そして女性はその隙を突いて、もう一度角笛を振るった。


 「オラァッ!」


 今度は棍棒に阻まれることなく、角笛は子鬼(ゴブリン)の脳天を強打する。そしてその一撃でさらに怯んだ所へ、女性は追い打ちをかけた。エルフは非力なので、直接攻撃で敵を倒すのなら、それなりに手数が必要になるためだ。

 そうして合計三回の角笛の攻撃を受けた子鬼(ゴブリン)は、地面に倒れて動かなくなった。


 「はー……」

 「主人(オーナー)、終わりましたよぅ! 銀貨一枚手に入れました!」


 ユウコがほっと胸を撫で下ろしたような表情の女性を見ていると、相手をしていた大ネズミ(ビッグラット)を倒したらしいピーターが駆け寄ってきた。しっかり戦利品も持ってくるあたり、できた兎である。ユウコは少し苦笑した。


 「あ、主人(オーナー)、気絶してた大ネズミ(ビッグラット)は?」

 「あ……」


 ユウコははっとしたように大ネズミ(ビッグラット)の方を見た。だが、そこには何もいない。女性に気を取られてユウコは気が付かなかったが、どうやら目を覚ました大ネズミ(ビッグラット)は、いつの間にか逃げ出したらしい。

 つまり、戦闘はこれで終了ということだ。


 「君!」

 「……あっ」


 ピーターと話していて失念しかけていたが、女性がいつの間にかすぐ傍に立った声をかけたことで、彼女に向き直った。

 にこやかな笑みを浮かべるこの女性は、金の髪に青い瞳の、まさに絵に描いたようなエルフだった。身長はユウコより少し高いくらいで、年齢も同じか少し上に見えるのだが、東欧系の顔立ちは大人びていて、もっと年上であるように感じさせる。


 「いやー助かったわ! ありがとね!」


 女性は一度深々とお辞儀をすると、ユウコに右手を差し出してきた。人助けなんて慣れないことをしたため、恥ずかしいやら怖いやらで、本当はユウコとしてはさっさとこの場を立ち去りたいような気持ちがあるのだが、無視するのは人としてどうかと言うことで、ユウコは慌てて操作メモを参照しつつ、その握手に応えた。


 「あたしセネル。見ての通りのエルフで、アバターは【ハーメルンの笛吹】! よろしく!」

 「えっと、ユウコです。初めまして……」


 セネルと名乗った女性は、その美しい顔立ちと大人びた雰囲気とは裏腹に、随分と気さくで明るい性格のようだ。快活な笑みを浮かべて握手をしているセネルは、運動系のサークルの先輩、といった印象をユウコに与えた。


 「ユウコちゃんはどんなアバターなの? 見た目とそっちの兎的に考えて、アリスとか?」

 「は、はい。【不思議の国のアリス】です」

 「うわぁ可愛い! いいなあ【アリス】!あ、ていうか君、3日前に広場でずっと突っ立ってたっしょ? どっかで見たことあるなーって思ってたんだよね」

 「そう……ですか」


 あの恥ずかしい現場を見られていたとは……。今にして思えば、あれは相当恥ずかしい思い出である。ユウコは赤面して俯いた。


 「ん? どしたのユウコちゃん」

 「あ……いえ、その……」

 「そうだ、ここで会ったのも何かの縁だしさ、ちょーっとお願いがあるんだけど、いい?」

 「お願い……?」

 「そ!」


 邪気の無い、しかし有無を言わせないような自然な強引さを持つセネルの言葉に、ユウコは少し嫌な予感がした。

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