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ディア・アリス  作者: 斎藤
【改稿前】
11/14

02

 セネルの微妙な謝罪の後、一行はとりあえず、本日の目的であるバウムツヴェルク捕獲に向かうことになった。

 ユウコはセドリックが同行することに、セネルと二人にされるよりはと思う半面、見知らぬ他人と同行するという不安を覚えたが、それを口にすることは無かった。もしかしたらピーターは察しているかもしれないが、ユウコとしては自分が何かの火種になってしまうことが恐ろしかったため、ピーターに代弁を頼もうとは考えなかった。

 だが今に限っては、ユウコはピーターに代弁を頼もうか、少し本気で考えていた。


 「ですから、セネルさんは直接敵と切り結ぶのではなく、使い魔(アガシオン)に後方から指示を出すのが本来の戦い方であると、神がお定めになられています」

 「でも使い魔(アガシオン)任せじゃ、いざって時に何もできないじゃん!」

 「そのいざという時が来ないためにも使い魔(アガシオン)は必要です。それに、何事にも神がお与えくださった適性というものがありまして」

 「そこはロマンよ、ロ・マ・ン! 例え武器が楽器でも、あたしは絶対前線に出るの!」

 「………」


 ユウコは前を行くセネルとセドリックの口論を見つめ、小さく溜息を吐いた。隣を行くピーターを見れば、愛らしい兎もまた、どこか呆れ顔である。

 口論の発端は、戦闘時のフォーメーションについてだった。

 MMORPGやシミュレーションゲームのバトルは勿論、戦国時代の戦やそれ以前の狩りにおいても、陣形(フォーメーション)というものは重要視されている。このフォーメーションの工夫次第では、数に勝る相手に打ち勝つことは勿論、圧倒的な力を持った敵を倒すことも可能となるし、逆に言えば下手なフォーメーションを組めば、どれだけ条件が優位であったとしても戦線は簡単に崩壊し、あっという間に立場を逆転されることもある。

 セネルとセドリックは以前からの知り合いのようなので特に打ち合わせは要らないかもしれないが、そこにユウコが入るとなれば、また新しくフォーメーションを考える必要があったのだ。


 ユウコのアバター【不思議の国のアリス】は召喚師。召喚魔法を使う、後衛向きのアバターである。また、セネルのアバター【ハーメルンの笛吹】も、使い魔(アガシオン)を使うという調教師の性質上、扱いはユウコと同じ召喚師に近く、PCの種族がエルフということからも、やはり後衛向きのアバターだ。

 そしてセドリックだが、彼のアバター【磔刑】はトリッキータイプで、近距離攻撃もできなくはないが、どちらかと言えば遠距離スキル主体で戦う、魔法使いに分類されるアバターだという話だった。やはり後衛向きである。

 こうしたゲームにおいては、壁になる前衛向きのキャラクターの一人か二人に対して、後衛向きキャラクターが一人というのが、理想的な組み合わせだ。前衛が敵を抑えている間に後衛が攻撃魔法の準備をしたり、あるいは前衛は敵を倒すことに全力を注ぎ、それを後衛が回復などで援護するというのが一般的だろう。つまり、魔法使い型のアバターが三人というのは、どう考えてもバランスが悪いのだ。


 しかし、魔法使いが三人と言っても、召喚師であるユウコはピーター、つまり壁になる前衛向きのキャラクターを召喚できる。セネルも本来なら壁役に回す使い魔(アガシオン)が居るため、少々バランスは悪いだろうが、魔法使い三人きりというパーティより、よほどマシになるのだ。

 が、現実は少し事情が違ってくる。実際にはセネルに使い魔(アガシオン)が居ないため、前衛はピーター一羽のみになる。これでは後衛三人の守りをピーターが一手に引き受けなければならず、ピーターの負担がかなり大きい。しかも召喚獣〈白兎〉(ピーター)としては、守るべき対象は主人(オーナー)であるユウコただ一人であり、勿論指示があれば全員を守るが、いざという時や特に指示が無かった場合、ピーターが優先して守るのはユウコのみである。

 なので、せめてセネルに(レベル上げで枠が増えたらしいので)一体だけでも使い魔(アガシオン)を捕まえるようにとセドリックが頼んだのだが、セネルはそれなら自分が前衛をやると言い出したのだ。


 一見ロマンと勢いに任せた無謀な言動ではあるが、一応、セネルも考え無しに言っているわけではない。

 実は、召喚獣と使い魔(アガシオン)は良く似ているが、両者を明確に分ける決定的な違いが存在する。それは、前者が召喚師とレベルを共有するのに対し、後者は調教師とは独立したレベルを持っているということだ。

 厳密に言うと召喚獣は呼び出した存在までもが召喚師のスキルという扱いになるのだが、使い魔(アガシオン)は呼び出される所までが調教師のスキルと見做され、使い魔(アガシオン)そのものは調教師から独立した存在となるのである。

 また、使い魔(アガシオン)に振り分けられる経験値は、調教師が得た経験値から均等に分配される。使い魔(アガシオン)を一匹呼び出していれば1/2、二匹呼び出していれば1/3と、調教師が得られる経験値の量は減っていく。つまり、使い魔(アガシオン)を呼び出さねば戦えないが、呼び出せば成長が遅くなるのだ。セネルはそれを嫌がっているのである。


 セドリックとしてもユウコとしても、セネルの気持ちは分からなくもない。分からなくも無いが、彼女の意見をそのまま採用するのは、なかなか難しいことだった。

 特に壁役(ピーター)が居るユウコはまだしも、セドリックはそれに賛成することはできない。セネル自身がもし前衛に行ったとしたら、紙防御の魔法職エルフは壁役として頼りなさ過ぎるし、そのまま彼女が倒れた場合、必然的に彼が最も危険に晒されるからである。

 それに、いくら理屈は理解できるとはいえ、セネルの個人的な我が儘とも言える意見を活かすのは、仲間(パーティ)プレイでは難しい。彼女の意見は自分どころか仲間までもを危険に晒すものであり、もしこれがその場限りの野良パーティでのことならば、確実にセネルは他のプレイヤー達から敬遠される存在となるだろう。彼女の唯一の救いは、セドリックとユウコが初対面ではないということか。


 「(二人共全然意見譲らないな……大丈夫かな……)」


 ユウコは嘆息しつつ、不安げに彼らの背中を見つめた。

 正直、この状況下で一番微妙な立ち位置なのがユウコだった。それは彼女も自覚している。

 何せ、ユウコにはピーターが居る。はっきり言ってしまえば、二人の意見のどちらに話が纏まろうが、彼女だけは二人よりも確実に安全であるのが分かり切っているからだ。

 だからこそ、ユウコは彼らの口論に口を挟まない。どちらに味方してもユウコには何のメリットも無いし、むしろパーティに不和しか生まないのだから、デメリットしかない。そのデメリットはユウコにとって重過ぎる。

 それに、ユウコは彼らに比べれば、前衛後衛の重要さが今ひとつ理解できていない。ピーターに基本的な戦闘ノウハウは教わったとは言っても、あくまで【不思議の国のアリス】の戦い方についてだったし、ソロプレイ前提の彼女は、こうしたパーティプレイ時の戦略がよく分からなかった。せいぜいが「そうした方が良いのかも」、「良さそう」であり、「そうするべき」、「これが良い」と断言できない。むしろ口を挟まないと言うより、挟めないと言った方が適切だった。


 しかし、そんなユウコのことは、口論でヒートアップしたセネルとセドリックに考慮される対象とならない。やはりと言うべきかお約束と言うべきか、二人は互いに埒が明かないと思ったのだろう。突然勢い良く振り返ったと思うと、彼らは異様な迫力の顔つきでユウコに迫った。


 「ユウコちゃん! ユウコちゃんはどっちの味方!?」

 「勿論、神のご意志に従うのでしょう?」

 「え、えっと……」


 勿論、どちらの味方にもなれないユウコは口籠った。正直、巻き込まないで欲しい。胃痛が起きそうだ。きょろきょろと周囲を見て、何か話題を逸らせそうなものを探すも、こんな時に限ってモンスターも居ない。

 最終的に、ユウコはいつもの手を使った。


 「ピ……ピーターは、どう、思う?」

 「もー……」


 困った時のピーター頼みだ。ユウコが足元の兎に救援を求める眼差しを向けると、ピーターは若干呆れ、しかし「やれやれ仕方ない」と言うような仕草をして、「そうですねー」と声を上げた。


 「使い魔(アガシオン)は持ってた方が良いとは思いますよぅ? そっちの【磔刑】の人が言うように、とりあえず何か適当に捕まえるべきです。そもそも、今日の目的だってセネルさんの我が儘なんですから、それくらいしてくれても良いと思いますよぅ?」

 「兎ちゃん、なーんかあたしに厳しくない?」

 「主人(オーナー)に優しくない人は好きじゃないですけど、貴方はそもそも我が儘過ぎですよぅ」

 「毒舌! 兎ちゃんてば毒舌!」


 セネルはオーバーリアクションで叫ぶ。実際セネルは我が儘だと思うが、こういった愛嬌のようなものと明るい気質のおかげで、それなりに「憎めないキャラ」というものを確立しているのだろう。得なタイプだなとユウコはこっそり思った。


 「でも、何か捕まえるとしてもだよ? あたしはあたしが気に入ったモンスターじゃなきゃ嫌! それくらいは良いでしょ?」

 「どこまで我が儘なんですか。妥協しましょうよぅ」

 「妥協の使いどころは今じゃないっ!」

 「……主人(オーナー)、僕この人嫌です」

 「………」


 さすがにその訴えを今ここで全面的に肯定するわけにはいかないので、ユウコはとりあえずピーターを抱いておいた。


 「はあ……全く、セネルさんにも困ったものです」


 今までのやり取りを見ていたセドリックが、大きく溜息を吐いた。どうやら説得が無駄に終わるしかないのを悟ったらしく、非常に疲れた顔をしている。恐らく、これから自分達に降りかかる苦労を思ってのことだろう。

 彼はそのまま少し沈み、何やら考え込んだが、やがて顔を上げた。何か妥協案でも考え付いたらしい。


 「すみませんがユウコさん。もう一体前衛向きの召喚獣は居りますでしょうか?」

 「え?」

 「もうこうなったら私が前衛に出るしかないと思いますが、もし貴方にもう一体召喚獣が居るのでしたら、まだマシな状況になるのではと思いまして……」

 「……ごめんなさい。私、ピーターしか……」


 この2日間でレベルを9にまで上げたユウコだが、その間に覚えたスキルは、召喚・送還の時間を短くする常時発動型(パッシブ)スキル、〈ブックマーク〉ただ1つだった。未だに召喚獣は〈白兎〉のみなのである。


 「すみません……」

 「いいえ、お気になさらず。貴方に罪はありません」

 「そうそう、ユウコちゃんは悪くないって!」

 「今は沈黙の時だと神は仰られていますよセネルさん」

 「あたしには聞こえないもん」

 「………」


 セネルの空気の読めなさに、パーティは微妙な空気となる。腹立たしさを通り越して、最早羨ましいまでの神経の太さだ。ユウコは(感じる必要は全く無いが)改めて自分の駄目具合を実感し、ますます顔を俯かせる。


 「……新しい召喚獣でしたら、もうそろそろ呼べるようになりますよぅ?」

 「えっ?」


 頭上で泣きそうな顔をしている主人(オーナー)の姿に、ピーターが手を差し伸べた。

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