00 死んだ男と残された男
「私は……この世の全て、を、知りたい」
無数の試験管、フラスコ、ビーカー、うず高く積まれた古い書物、数え切れないほどの魔方陣。それらが限界まで詰め込まれた薄暗い部屋の中、ベッドの上の男は掠れた声で言った。
言葉を向けた相手は、ベッドの傍らに佇む無機質な男だった。彼はベッドの上の男の言葉に、ただ静かに耳を傾けている。
「悪魔は、私に約束した……契約、した……私に、全、て、を……与えると……」
咳交じりに紡がれる言葉に覇気は無く、酷く弱々しい。だが、言葉を絞り出すことすらも命を削るかのようだというのに、彼は喋るのを止めようとはしなかった。
「もうじき、契約は、成……される……だが……世界は、人間は、進化する……私は、まだ死ねない……!」
消えかけの蝋燭が一際明るく輝くように、ベッドに臥せた男は声を絞り出した。佇む男は、やはり沈黙して彼の言葉を聞きに徹している。
「だから……死に逝く私、の、代わりに、お前は……知るんだ……森羅万象を……何をしてでも、お前は知るんだ」
「………」
「あらゆる、可能性……あらゆ、る、進化……あらゆる、夢……それを、知れ」
「………」
「お前は、その……ために、生まれ、た……とにかく、知るんだ、古今東西の全てを」
「――はい、主人」
沈黙を貫いていた男が最後に発した答えに、ベッドの男は満足そうに頷き……やがて、動かなくなった。彼は死んだ。
それを見届けた無機質な男は、そっと部屋を立ち去る。
「………」
今から約500年前――ドイツの片田舎で起きた、とあるできごとだった。