第1話 僕は文化系?
第1話 僕は文化系?
小学校生活も、もう5年目。なのになかなか、うまくいかない毎日。
時間がない。試合はすでにロスタイムだ。主審が腕時計に目をやる。
中盤でのボールの奪い合い。
パス。カット。スライディング。
逃げ切りをはかる相手チーム。
球回しに終始する相手を追い切れない。足が止まっている。味方の焦りの色は濃くなってゆく一方だ。
PAのすぐ外でボールを待つ。スタジアム全体を揺るがす観衆の響き。
「ここまでか・・・」
と、空気が動いた。
一流のセンターフォワードだけに許されたこの感覚。これでチームを初のW杯決勝まで導いてきたのだ。
オフサイドぎりぎりで飛び出し、へばりつくスイーパーを躱す。吸い込まれるようにパスが足下におさまる。
慌てて飛び出してくるキーパーと一瞬目が合った。
「お、お兄ちゃん??!」
寄せてくるバック。
「こ、こっちはいじめっ子の林君?!」
ファウルまがいの膝がもろに腰に入る。激しいタックルを受け、つぶされる。遠くに聞こえるのは試合終了のホイッスルか・・
ああ・・・意識と日本の初優勝が遠のいてゆく・・・
「んきゅうっ!」
自分の変なうめき声で目が覚める。
お、重たいよ・・・く、苦しい・・・
「いつまで寝てんだ?!早く起きろうっ!」
あ、兄が布団の上、と言うかつまりボクの上に乗っかってる。
ど、ど、どいて、もう、ほんとに冗談じゃなく・・・
「寝坊の罰だ。ほら、早くしろ!」
朝から無茶だ。そこにいちゃ、起きたくても起きられないです・・・
すっと息が通る。
た、助かったあ~。
「ごはんできてるぞ」
階段を下りていく力強い足音。床を踏みぬきそうだ。
ふうっ。
それにしても、何て夢だ。
うちでサッカーマンは兄だけ。ぼくはサッカーどころか、運動全般からっきし。家の中遊び専門家だ。
それがなにやら世界一決定戦で中心選手になってたような・・・
「おまえ、もろ文化系だな」
そしてその日の午後、この一言で、ぼくはこの言葉を知った。
ブンカケイ?
初めはカタカナしか浮かばなかった。
今日は日曜日。久しぶりに母の仕事がお休みなので、お部屋の模様替えをすることになった。(みたい)
母がてきぱきと指示を出し、兄が力仕事を請け負う。
母は元々家いじりが大好き。
でも日頃は忙しさのあまりほったらかしだから、その反動で、休みとなるとものすごいパワーを発揮する。
兄は、一刻も早く終わらせて出かけちゃいたいもんだから、こっちも極めて手際がいい。
で、ぼくは・・・
一応、兄の助手ってとこだけど、一から十までうまくいかない。
「はいこれ、そっちに積み上げて!」
食器棚を動かすために、中身のお皿を出す。
それを一生懸命積み上げてたら、
「おい、そこに置いちゃ、通れないだろ!」
兄が怒鳴る。慌ててどけようとして、お皿の塔がきれいにひっくり返る。
バキャン!
「ああ!それ引き出物の高級品なのよ!」
母が叫ぶ。
「そっちはいいから、スリッパ係やれ!」
中身を抜いてもまだ重い木の食器棚。
うまく滑らせて運ぶため、下にスリッパを敷いてスキーにするんだ。そのスリッパをあてがうのが、新たなお役目。
「よし、俺が持ち上げたら差し込め」
言われたとおりにする。いや、引っかかった、かな?
「ちがう、全然入ってないぞ!」
責められ、今度はしっかりと奥までスリッパを入れる。ああっ!全部入っちゃった・・・
「ばかっ!何やってんだ?もういい、先にテーブル運ぶぞ!」
どんどん強まる怒気にびくびくしながら、テーブルに手をかける。重そうだ。母はチャッチャカ作業中で、もう全く無関心。
『やさしいはずのいつものお母さん』はどこにもいない。こういう時の母は、万事に容赦がない。もちろん兄も。
「よし、俺が押すからお前は右に回れ」
う~ん、よいしょ。やっぱり重い。ま、お兄ちゃんが動かしてくれるだろうから、とりあえずやってるまねごとだけでも・・・
がごっ!
テーブルの角が壁にぶつかる。見事にへこむ薄い壁。
「違う!どっち行ってるんだ。右だ右、俺から見て右だ!」
む、向こうから見て右なら、こっちから見ると・・・左ですか・・
そうポンポン言われても、ついてけないよ。大体、高校生と小学生が共同作業ってこと自体ムリがあるし・・・
へまの連続に涙目になりそうなところへ、その一言が来たんだ。
「おまえ、もろ文化系だな」
意味は分からないけど、兄の口調と表情から、お褒めの言葉でないのは分かる。
「そんなんで、学校の体育、大丈夫なのか?」
ううっ!いきなり痛いところを突かれる。
だ、大丈夫、な訳がない。今すぐにでも行きたい、体育のない小学校・体育のない町・体育のない星・・・
「ほんと、誰に似たんだろうね」
手を止め、母もため息混じりに言う。
「もうちょっと体育系になれよ」
あきれたように兄が続ける。
タイイクケイ。
こっちはすぐに分かった。
そっか、どうやら、何事もうまくできない人を文化系と言うみたいだ。要するに、うちではぼくだけ文化系。仲間はずれだ。
結局ぼくは、急なお客さんが来たときのお知らせ係?に転勤となった。邪魔っけのやっかい払いだ。
ぼくは文化系。そしてみんなは体育系。
ぐちゃぐちゃの荷物の向こう。鮮やかに模様替えを進める二人を見ながら、明日からの学校のことを思う。
小学校生活はまだ終わらない。もう五年もやったのに。
低学年の頃なんて、もう記憶の彼方にかすんでる。(ことにしてある)
好きな科目は図工と国語。
嫌いな(=怖い)科目は体育と算数。
苦手な(=これまたホントは怖い)ものはみんなでやる学校行事全部。
一つだけ好きな行事は写生大会。
趣味は読書とイラスト。
特技はプラモ作り。
親友と呼べる友達一人。
クラスで顔と名前が一致するのは、男子の約半数。女子は座席が近くの人数人。
これのどこがいけないんだろう?どこが文化系なんだろう?
次々浮かぶ「はてな」に、誰にも言えないこれまでの苦い思い出が重なり、一層気持ちを重たくする。




