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第二幕

(下手から、大瀧と坂井がやってくる)

(坂井は眼鏡をかけていて、無精髭。着物は端が焼けこげていたりしてボロくなっている)


大瀧 

いやぁ、お久しぶりですね、坂井先生

(上手の椅子に座る) どうぞお掛けになってください


坂井 

(座らずに、部屋の様子を物色している)


大瀧 

花街に姿をあらわさなくなってから、ずいぶん久しいですね。先生も、軍隊にとられてたんですか?


坂井 

ええ、でも僕は兵士ではなくて、従軍記者としてですけど。中国を見て回りました


大瀧 

へぇ


坂井 

(下手の椅子に座り、足を組む)

開戦とともに、文学界も軍部にのっとられてしまいまして。戦争のための文学を強要されるようになりました。作家たちも現地に飛ばされてね、国民の意識を高揚させるような作品をつくれというんです


大瀧 

いい作品はできましたか?


坂井 

まったく (首をふる)


大瀧 

そうでしょうな。先生の作風と戦争は、とてもじゃないが合わないでしょうね。先生の作品で、この花街を舞台にしたやつがあるでしょう。あれは、優雅でいいですね。坂井先生はやはり、ああいう作品がいい。あの本はずいぶん売れたんじゃないですか?


坂井 

あの時は、かなり入りましたね。その印税で建てた家は、焼夷弾で、燃えちまいましたがね


大瀧 

それは災難でした


坂井 

今の時代、ありきたりな、災難です


大瀧 

店の女たちとは、お会いになりましたか?


坂井 

はい、でも、会いたかったみんなに会えたわけじゃないですが


大瀧 

昨今の混乱のなかで、女たちも逃げ出してしまっていますからね。客も少なくなってしまっていて、店の旦那たちは嘆いていますよ


坂井 この街も、ずいぶん寂しくなった。ですが、しかたのないことです。誰もが、今日の晩飯を探すので、精一杯だ。遊んでいる暇なんぞありゃしない


大瀧 

道端に死体が転がっていても、誰も見向きもしない時代です

最近は、筆は進んでいますか? 以前は、編集者がここまでやってきて、原稿をとりに来たものだが


坂井 

、、、実はもう筆を折ってしまったのです


大瀧 

いったいなぜ?


坂井 

僕は、言葉のもつ力を信じられなくなりました。戦場においては、言葉なんて何の意味もないものだ。どんな言葉を発しようとも、強烈な爆音でかき消されてしまう。本なんて携えていても、弾丸の一発すら防げない。すべては、戦争という巨大なプレス機のなかに、押し込まれてしまう

僕も一応は、陸軍に命令された通りに筆をとりました。でも、ダメでした。言葉は、目の前の出来事とうまく結びつくことができず、虚しく上滑りしていくだけ。それをきれいな言葉で飾り付けて、人々の気持ちを鼓舞するなどとは、決してできはしない。僕は無力でした

僕の作品は、世間からから高い評論を受けています。今まで本もたくさん売りました。僕は、帝大の文学部をでている、言葉の専門家です。

でも、戦場では言葉が、まったく出てきませんでした。目の前の惨憺たる光景を、なんと形容すべきかわからない。敵に撃たれて死にゆく兵士に向かって、なんと声をかければいいのか、わからない。ただ、阿呆のように立ち尽くすだけ

そして、言葉にできないのは、彼らも同じでした。最後に言い残すことはあるかと尋ねてみても、彼らは、おかあちゃん、おかあちゃんと泣き叫ぶだけ

なんのために、わざわざ遠くまで送られてきたのか!

僕は、言葉の力を信じてきました。言葉は、世界のすべてを表現し、現実を動かせると信じていた。だからこそ、作家という仕事についたのです。でも、それは間違いでした。言葉は、単なる音であり、インクのシミでしかない。(深くうなだれる)


大瀧 

(煙草に火をつける)

、、、いま、仕事はなにを?


坂井 

(袂から、パイプを取り出す) これです

実は今日やって来たのは、旧知を温めるだけでなく、商談ためでもありました


大瀧 

、、、、、アヘンかい


坂井 

はい。中国へ行っていた間に、僕はすっかり中毒になってしまいましてね。むこうでできたツテをつかって、アヘンを売り捌いております。よろしければ、お宅にも卸して差し上げますよ (自虐的な笑みをニヤニヤさせながら)


大瀧 

(鋭い視線で坂井を見ている)

、、、いや、結構。うちは、博打と女だけだ


坂井 

そうですか (パイプをしまう)


大瀧 

文学を捨て去ってまですることが、それですか?


坂井 

大瀧さん、こいつは少なくとも実用的ですよ、文学なんてものよりは。瀕死の人間に、美しい言葉を投げかけてみても、流れる血は止まらない。楽になるように、アヘンを吸わせてやるほうが、よほど親切ではないですか?


大瀧 

そりゃ、戦場ではそうだろうが、しかし。もう戦争は終わったんですぜ


坂井 

確かに、戦争は終わりました。でも、生き残った日本人はみな健全だといえるでしょうか。だれもかれもが、傷をおって堕落している。僕には、この国全体が、消え入る寸前の蝋燭の火のような、そんな瀕死の状態になっているように思われてならない


大瀧 

、、、、、あんたの商売がうまくいくように、祈ってますよ。ただ、うちのシマでは許さないが


坂井 

わかりました


大瀧 

頼みますよ。わたしも、あんたを殺したくはない


坂井 

大瀧さんもお気をつけて。近頃の裏社会の勢力図は、めまぐるしく変わっていますからね。新参者たちがやりたい放題をして、日々力をつけてきている。生き残るためには、のし上がるためには、なんでもする時代ですからね。今までのやり方に固執して、昔ながらの任侠道を重んじるのもいいが、どうか寝首を掻かれないように


大瀧 

ご忠告をどうも


坂井 

では、失礼いたします (席を立って、部屋から出てゆく)


大瀧 

(姿勢をくずす、虚空を見つめている)



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