第8話:遺された技術書
1. Cランク冒険者の日常と新たな目標
Cランク冒険者となったリアンとマリナの日常は、以前とは大きく変わっていた。ギルドの受付は丁寧になり、依頼は高報酬のものばかりが提示される。何よりも、以前リアンを蔑んでいた冒険者たちは、今や尊敬と畏怖の念を込めて彼を見つめていた。
「リアンさん、見て! ヴァンスさんがあなたの模擬戦を評価するコメントをギルドの掲示板に貼り出しているわ。『弓術士ではなく、戦場を支配する戦術家だ』って!」
マリナは興奮気味にその紙を指さした。
リアンは静かに頷いた。
「ヴァンス氏が認めてくれたのは大きい。しかし、俺の目標はCランクではない。大陸最高のSランクです」
彼は、己の弓術士としての可能性を広げることに全力を注いでいた。特に、弓に魔力を込めるという、従来の弓術士には不可能とされていた技術への挑戦を考えていた。
「俺の弓術は、全てを『集中力』という物理的な精密さで解決してきました。しかし、Cランク以上の魔物や、強大な魔法使いと戦うには、『魔力』による火力の増強が不可欠です」
弓術士は基本的に魔力を持たないか、持っていたとしても微弱であり、魔力矢の生成は魔法使いの領域だった。しかし、リアンは違った。彼の弓、『ストーム・ウィスパー』は、ただの武器ではない。
「叔父さんは、俺の弓に、異常なまでの魔力伝導率を持たせたと話していました。それは、俺の集中力によって、体内にわずかに存在する魔力すらも精密に集束させ、矢に乗せるためではないか」
2. 叔父の遺品と『秘奥義書』
その日、リアンは故郷から送られてきた叔父アルスの遺品整理をしていた。中には、使い込まれた工具や設計図が詰まっていたが、その底に、一冊の古びた革表紙の書物を見つけた。
表紙には何の装飾もなく、ただ『リアンへ』とだけ記されている。
「これは……」
リアンが書物を開くと、そこには叔父の筆跡で、複雑な数式や図面、そして弓術の奥義が記されていた。
通常の技術書ではなく、これはアルスがリアンの『超感覚集中』という特異な才能を前提に書き遺した、『ストーム・ウィスパー』専用の奥義書だった。
『究極弓術・秘奥義書:集中力の先に』
書物には、リアンが既に習得していた『ナノ・サイト』や『ゼロ・ブレイク』の理論的裏付けが記されていた。そして、彼の目を釘付けにしたのは、その後の章だった。
第四章:魔力との融合
魔力矢の理論: 弓術士は魔力回路を持たない。ゆえに、体内の微細な魔力を超感覚集中によって針の先端に集めるが如く収束させ、ストーム・ウィスパーの特殊合金を通して矢へと流し込む。この際の魔力制御の精密さは、神業を要する。通常の魔法使いの詠唱より遥かに難しいが、成功すれば一瞬にして矢に魔力を纏わせる『瞬間エンチャント』が可能となる。
第五章:究極の防御と攻撃
振動弓術: 弓の弦を極限の集中力で振動させることで、音の衝撃波、または空気の壁を生成する技術。理論上、敵の攻撃を無力化する**『音の防御壁』**として機能する。ただし、集中力が乱れれば、自身の聴覚と肉体を破壊する。
これらは、普通の弓術士が読めば「荒唐無稽な夢物語」として切り捨てるであろう技術だった。なぜなら、その全てが、リアンの『超感覚集中』という才能を前提に設計されていたからだ。
「叔父さん……やはり、この弓は、俺のために作られていたんだ」
リアンは、この技術を習得することが、真に『全距離支配』を完成させる鍵だと確信した。特に『魔力矢』を習得すれば、彼の攻撃力は飛躍的に向上する。
3. 魔力矢への挑戦と失敗
翌日から、リアンはマリナにこの奥義書の内容を明かし、新たな修行を開始した。
「すごいわ……まるで、魔法使いと剣士の能力を無理やり弓に詰め込むための設計図みたい!」
マリナは驚きつつ、リアンのサポートを引き受けた。
リアンは訓練場に立ち、集中を開始した。
『超感覚集中』で、体内のごく微細な魔力の流れを意識する。それは、血液の中に紛れ込んだ、目に見えない砂粒を探し出す作業に等しかった。
「集中……収束……」
リアンは、見つけ出した微細な魔力を、針の先端に集めるように、弓のグリップに流し込んだ。魔力はストーム・ウィスパーを伝い、弦に張られた矢の先端へと集中していく。
パチッ!
リアンの魔力が矢に伝達された瞬間、矢の先端が一瞬、青白く光った。しかし、その光はすぐに消え、リアンの指先が軽い火傷を負ったように熱くなった。
「くっ……!」
「リアンさん、大丈夫!?」
マリナが駆け寄る。
「駄目だ。魔力の制御が、あまりにも繊細すぎる。少しでも集中力が乱れると、魔力が暴走し、弓の伝導回路が耐えきれない」
普通の魔法使いであれば、魔力を大きく扱うため、多少の乱れは許容される。しかし、リアンの扱う魔力は極限まで圧縮された微細な塊。そのコントロールは、熟練の魔法使いのそれよりも、遥かに高い精度を求められた。
「リアン、奥義書に書いてあるわ。『この技術は、心の平穏なくして達成しえない』って」
マリナが奥義書の一文を読み上げた。
4. 集中力のその先へ
リアンは、物理的な精密さの限界を知った。これまでの戦いは、全てを『力』で押し切ってきた。だが、魔力制御には、『精神的な調和』が必要なのだ。
リアンは、奥義書の教えに従い、訓練場に座禅を組み、瞑想を始めた。
「集中とは、ただ世界を見るだけではない。自己との調和でもある」
彼は、周囲の風、音、光、そして自身の体内を流れる魔力、心臓の鼓動――その全てが調和し、一つの流れになるのを待った。
数時間後、リアンは静かに立ち上がった。その瞳は、以前よりも澄み切っていた。
彼は再び矢を構え、魔力を意識した。今度は、焦りも、怒りも、力みもない。ただ、流れるように、魔力を弓に伝える。
ジー……
『ストーム・ウィスパー』が、微かな唸り声を上げた。矢の先端は、優しく、しかし確実に、青白い魔力の光を帯び始めた。
それは、通常の矢の数倍の貫通力を持つ、『魔力矢』の誕生だった。
「成功よ、リアンさん!」
マリナが歓声を上げた。
リアンは、その魔力矢を放った。矢は空気を切り裂き、標的の藁人形を、まるでバターを切るように、貫通した。その威力は、以前のソニック・アローを遥かに凌駕していた。
これで、リアンは遠距離での火力不足という、弓術士の最大の弱点の一つを克服した。
リアンは奥義書を閉じた。次のページには、『振動弓術』の技術が記されている。
「まだ先がある。俺は立ち止まらない」
リアンの目線の先には、最弱職のレッテルを完全に剥がし、真の最強を目指す、長く険しい道が続いていた。




