第6話:応用弓術:曲射と跳弾
1. 孤立と独自の道
Dランクに昇格したリアンだったが、ギルド内での評価は賛否両論のままだった。ガリオスとの模擬戦、そして初の合同パーティでの「役割破壊」の噂は、彼の周りから他の冒険者を遠ざけていた。
「また弓術士か。あいつと組むと、自分たちの仕事がなくなる」
「関わるな。異端すぎる」
ギルドの片隅で、マリナは憤慨していた。
「全く、みんな馬鹿よ! リアンさんの凄さを理解できないなんて! でも、これで逆に、リアンさんは気にせず好きな依頼を選べるわね」
「その通りです、マリナさん」リアンは掲示板を見つめていた。「俺の戦闘スタイルは、パーティメンバーの連携を前提としていない。むしろ、単独である方が、集中力を最大限に発揮できる」
リアンが選んだのは、Dランクとしては難易度が高く、ほぼCランクに匹敵する依頼だった。
『廃墟となった古代図書館の魔物駆除』。
この図書館は、内部が複雑な書架と倒壊した柱で構成されており、視界が悪く、直線の射線がほとんど通らない。さらに、音に敏感な魔物『シャドウ・クリーパー』が潜んでいるという。
「これは、遠距離攻撃職には最悪の地形だわ。射線が通らなければ、魔法使いも弓術士も無力よ」
マリナが懸念を示す。
「いえ、この依頼を選んだのは、まさにその地形のためです」
リアンは静かに言った。
「直線の射線がなければ、曲線を使えばいい」
リアンは、この任務を、叔父アルスが残した技術書に記されていた『応用射術』の習得の場とすることを決めていた。
2. 応用弓術:リフレクト・エッジへの挑戦
古代図書館の内部は、光がほとんど差し込まず、視界は極めて悪かった。リアンは慎重に足を進める。
(シャドウ・クリーパーは、音と振動に敏感だ。通常の移動ではすぐに気づかれる。だが、ここは視界の壁が多すぎる。奥に潜む魔物を倒すには、直線では無理だ)
リアンは、倒壊した大理石の柱と、積み重なった書架の影を見つめた。
彼は弓を構え、ナノ・サイトを発動させた。彼の視界の中で、わずかに差し込む光の粒子、そして壁や柱を構成する石の密度と表面の摩擦係数が、詳細なデータとして浮かび上がる。
「よし、まず一発」
リアンは矢を放った。しかし、その矢は魔物のいる方向ではなく、右斜め前にある分厚い柱めがけて発射された。
カンッ!
矢は柱の表面をかすめ、弾かれた。
通常の矢であれば、弾かれた時点で軌道は乱れ、威力も失う。しかし、リアンの矢は、放たれる瞬間にリアンの魔力が込められており、『跳弾』による威力減衰を最小限に抑えていた。
矢は、正確に計算された角度で跳ね返り、そのまま左奥の壁へ向かう。
キンッ!
二度目の跳弾。矢はさらに鋭い角度で方向を変え、直線では絶対に届かない、書架の裏側の暗闇へと吸い込まれていった。
ギャッ!
暗闇から、シャドウ・クリーパーの甲高い悲鳴が響き、物体が崩れる音がした。
「成功だ……」リアンは静かに息を吐いた。
これこそ、リアンがこの地形を利用して習得しようとしていた応用弓術。『リフレクト・エッジ(跳弾と曲射)』だった。
3. 集中力による計算と誤差の修正
しかし、この技は極めて難易度が高かった。
二体目、リアンが放った矢は、一回目の跳弾は成功したものの、二回目の跳弾の際、柱の表面の僅かな凹凸に引っかかり、狙いよりもわずか10センチ上を通過してしまった。
(失敗。原因は、柱の素材が場所によって僅かに密度が異なること。そして、一回目の跳弾で矢の魔力コーティングがわずかに剥がれたことによる空気抵抗の変化だ)
通常の冒険者であれば、一度の跳弾でさえ偶然の産物だ。しかしリアンは、その誤差の原因を即座に分析し、修正する。彼の超感覚集中は、ただ見るだけでなく、世界を物理演算し直す能力を持っていた。
三体目。
リアンは、あえて右に曲がる風の流れを計算に入れ、矢の発射角度と力を調整。
ナノ・サイトが、全てのパラメータを最適化する。
矢は、一本の『弧』を描くように発射された。一回目の跳弾で角度を修正し、二回目の跳弾で威力を維持。そして、三度目の跳弾は、倒壊した天井のわずかな隙間を利用し、魔物の頭上から垂直に落下する『曲射』へと変化した。
ズサッ!
悲鳴は上がらず、魔物は静かに絶命した。
リアンは、この極限の反復と修正作業を、図書館の奥深くで何時間も続けた。シャドウ・クリーパーは、その存在すら気づかれずに、次々とリアンの『リフレクト・エッジ』の餌食となっていった。
4. 弓術の範疇を超える戦術
やがて、図書館の最深部に潜む、群れのボス、『シャドウ・ロード』と対峙した。シャドウ・ロードは、通常の魔物とは違い、広範囲に音波の障壁を張り、リアンの居場所を特定しようとする。
リアンは、その音波の障壁を逆手に取った。
(音波は、この壁を伝播する。つまり、壁そのものが『振動』している。この振動を乱すには……)
リアンは、矢を一本、壁に向かって発射した。ただし、その矢は壁に命中させるのではなく、壁から数センチ離れた場所を通過させた。
キュィィン……
矢のソニック・アローによる超音速の風圧が、壁の表面を掠める。その「風の衝撃波」は、壁の振動をわずかに乱し、シャドウ・ロードの音波探知能力を一時的に麻痺させた。
その一瞬の隙。
リアンは、最も難易度の高い四段階の跳弾を組み合わせた『リフレクト・エッジ』を放った。四枚の壁と天井を巧みに利用し、複雑な幾何学的軌道を描いた矢は、音波探知の死角からシャドウ・ロードの核を正確に貫いた。
シャドウ・ロードは音もなく崩れ落ちた。
リアンの弓術は、もはや「弓を射る技術」という範疇を完全に超えていた。それは、戦場全体の物理法則を計算し、支配する「戦術」そのものだった。
5. 孤高の戦術家
リアンが図書館から出てきたとき、マリナが心配そうに待っていた。
「リアンさん! 大丈夫だった!? あんな複雑な場所で、どうやって魔物を……」
リアンは、駆除した魔物の証拠を見せた。
「全て討伐しました。この依頼は、弓術士の弱点である『射線』を、『跳弾』と『曲射』という応用で克服する、最高の訓練になりました」
マリナは、その結果を見て、リアンの実力がさらに異次元へと進化していることを悟った。
「誰もいない、暗闇の迷宮の中で……たった一人で、そんな複雑な計算を連続して……。リアンさん、あなた本当に人間?」
「この集中力と計算こそが、俺が持つ唯一の武器です」
ギルドに戻ったリアンは、依頼完了の報告をした。複雑な地形での単独での駆除成功は、ギルド職員の間で驚きを持って迎えられた。
「Dランクの弓術士が、あの図書館を単独で……」
ギルドマスター・バシュラは、リアンの能力を完全に認めざるを得なかった。
リアンは、世間から「最弱」と蔑まれ、「異端」と恐れられても、着実にその実力を積み上げていた。彼は、『全距離支配』の弓術士という、新たな領域を確立し始めたのだった。




