第2話:初陣:精密射撃と誤解
1. 初めての依頼とパーティの結成
アストリアのギルド『クライスラー』に戻ったリアンとマリナは、FランクからEランクへの昇格を見据えた共同依頼を探していた。
「リアンさん、これどうかしら。『森の奥地、毒を持つ巨大ネズミ(ラット・ポイズン)の巣の駆除』。Fランクとしては難易度が高いけど、報酬はいいわ」
マリナが依頼掲示板を指さす。
「毒を持つネズミですか。動きが素早く、毒を吐く。弓術士としては距離を取りたい相手ですが……大丈夫です、対処できます」
リアンは静かに言った。
マリナはリアンを信じていた。昨日の彼の「神業」を目の当たりにしたからだ。
「じゃあ、私が後方で治癒と毒の解毒準備をするわね。私は戦闘は苦手だから」
「いえ、マリナさんは後方で分析に専念してください。俺の『ナノ・サイト』は敵の動きに集中しすぎると、周囲の状況把握が疎かになることがある。マリナさんの冷静な判断が頼りになります」
リアンは、マリナの「治癒師」としての役割だけでなく、彼女の持つ客観的な観察眼を必要としていた。
依頼を受理し、二人は森の奥へ向かった。しかし、森の入り口で、二人は別の三人組パーティに呼び止められた。彼らも同じ依頼を受けているようだ。
リーダー格の剣士、ザックは、リアンとマリナのプレートを見て鼻を鳴らした。
「おいおい、弓術士と治癒師の二人組か? この依頼は毒ネズミだぞ。素早い上に群れる。前衛なしでどうするつもりだ?」
剣士の後ろにいたローブの魔法使い、リナが冷たく言い放つ。
「弓術士なんて、いるだけ邪魔よ。遠距離火力が欲しいなら、私に任せればいい。あなた、邪魔だからついてこないで」
リアンは静かに自分の立場を理解していた。弓術士は常に足手まとい扱いされる。
「ご心配なく。我々は別行動で、別々の巣を狙います」
リアンはそう言って、マリナと森の中へと進もうとした。
しかし、ザックが声を荒げた。
「待て。報酬を分ける手間が増える。いいか、お前らは俺たちの後方、30メートルをキープしろ。もし俺たちが深手を負ったら、治癒師の嬢ちゃんは前に出て治せ。弓術士は……何かあったら、せいぜい威嚇射撃でもしてろ」
それは、明確な蔑視だった。リアンは一瞬眉をひそめたが、初めての合同任務で揉めるのは得策ではないと判断し、マリナと共に彼らの後方へついた。
2. 剣士パーティの不手際
毒ネズミの巣は、鬱蒼とした岩場の陰にあった。
「行くぞ! 俺が前衛で壁になる!」
剣士のザックは勇ましく駆け出し、巣穴から飛び出してきたネズミの群れと相対した。魔法使いのリナは、その背後から炎の魔法を放つ準備をする。
しかし、毒ネズミの動きは予想以上に素早かった。
「ちっ、速い!」
ザックが一体を斬りつける間にも、別の三体が彼の足元をすり抜けようとする。しかも、そのうち一体が口から緑色の毒液を噴射した。ザックは咄嗟に盾を構えたが、毒液は盾の隙間から彼の腕に飛び散った。
「ぐっ……毒だ! 治癒師! 早く解毒を!」
ザックが叫ぶ。
さらに、後方で魔法の詠唱をしていたリナの注意が乱れ、ネズミの一体が彼女の足元に飛びかかった。リナは詠唱を中断し、混乱した。
「やめて! 誰か、離して!」
剣士の動きは止まり、魔法使いの詠唱は途絶。パーティはあっという間に機能不全に陥った。このままでは、ザックは毒で動けなくなり、リナは噛みつかれてしまう。
「マリナさん!」
リアンが叫んだ。
「分かってるわ!」
マリナはすでに解毒薬を準備していたが、ザックの元まで駆けるには距離がありすぎる。
リアンは一歩前に出た。彼とネズミの距離は約25メートル。
3. ナノ・サイト、超精密射撃の真価
リアンは迷わず『ストーム・ウィスパー』の弦を引いた。
彼の世界は再び、極限の『ナノ・サイト』に切り替わる。
目の前で起こっている事態がスローモーションに見える。ザックの毒に侵された筋肉の痙攣、リナのローブに食いつこうとするネズミの歯の軌道、そして、ザックの腰にぶら下がった解毒ポーションの容器の小さなフタ。
リアンが狙うのは、ネズミでも、ザックの傷口でもない。
ネズミの戦闘力の根源、そしてザックの治療に必要なもの。
リアンは、連続で二本の矢を放った。
一本目の矢。
それは、リナに飛びついたネズミに向かうが、ネズミの頭ではなく、ネズミの開いた口の中へと吸い込まれていく。その精密さゆえに、矢はネズミの口内の筋肉を破壊し、ネズミは即座に毒液を噴射する能力を失い、地面に転がった。ネズミの動きが止まったことで、リナは恐怖から解放される。
二本目の矢。
これはさらに常識外れだった。矢は、ザックの腰に吊るされた解毒ポーションの容器の小さなコルクのフタを、かすめるように通過。そのわずかな衝撃でフタは勢いよく弾け飛び、ポーションの液体がザックの傷口めがけて弧を描いて飛び散る。
パシュッ!
毒の痛みに呻いていたザックの腕に、解毒ポーションの雫がちょうど滴り、毒の進行がピタリと止まった。
その間、わずか二秒。
「なっ……!?」
事態が収束したのを確認し、リアンはすぐに残りのネズミの『尾』や『足首の腱』を狙って無力化する矢を次々と放った。全てを、致命傷ではないが、二度と動けなくなるように。
五秒後、毒ネズミの群れは全て無力化され、静寂が森に戻った。
4. 運と誤解
ザックはまだ、何が起こったのか理解できていなかった。腕の痛みは消えている。
「どういうことだ……治癒師! お前がポーションを振りかけたのか?」
マリナは解毒薬の容器を持ったまま、戸惑っていた。
「え、いえ。私、まだそこまで行けてないわ……」
リナは恐怖で立ち尽くしていた。
「私のネズミを……誰が止めたのよ?」
ザックとリナの視線が、後方にいるリアンに注がれた。
「弓術士……お前がやったのか?」
ザックが疑いの眼差しを向ける。
リアンは弓を下ろし、静かに答えた。
「毒ネズミの群れは無力化しました。依頼は完了です」
リナが叫んだ。
「あのネズミを撃ったのね! でも、ポーションはどうしたのよ!? あんなに正確にフタだけを……」
ザックは顔を真っ赤にして叫んだ。
「たまたまだ! 運が良かっただけだろう! ポーションのフタに当たるなんて、偶然の一致に決まっている! 弓術士がそんな神業を使えるわけがない!」
彼らにとって、弓術士が魔法使いの詠唱を救い、剣士の傷を治療するという一連の行為は、あまりにも常識外れで受け入れがたかった。彼らはリアンの技術を認めず、「過剰な運」で片付けることを選んだのだ。
「フン。たまたまお前が威嚇射撃した矢が、運良くフタに当たっただけだ。治癒師の嬢ちゃんは、次からは迅速に動け! 弓術士は、もう勝手にやれ!」
ザックとリナは不機嫌さを露わにし、無力化されたネズミを乱暴に回収し始めた。彼らにとってリアンは、依頼の手柄を邪魔し、運だけで功績を得た、不愉快な存在でしかなかった。
マリナは憤慨した。
「ひどい! あれが運だなんて! リアンさんの凄さが全然分かってないわ!」
リアンはマリナの肩に手を置いた。
「いいんです、マリナさん。彼らに理解できる必要はありません。俺の戦い方は、彼らの知る『弓術士』の範疇を超えている。だから、誤解が生じるのは当然です」
リアンは静かにネズミの回収を始めた。彼の行動の全ては、周囲の期待や評価を満たすためではなく、叔父との約束、そして彼自身の誇りのためだった。
報酬は低かったが、リアンは確かな手応えを感じていた。『ナノ・サイト』は、戦闘の勝敗だけでなく、パーティメンバーすらコントロールし、戦場全体を支配する力を持っている。
「これからも、よろしくお願いします、マリナさん。貴方だけは、俺の弓術を信じていてください」
「もちろんよ! リアンさん、あなたは最高にクールな冒険者だわ!」
最弱職の弓術士は、その異次元の精度ゆえに、今日もまた周囲に「運」という誤解を与えながら、確実に最強への道を歩み始めたのだった。




