第10話:Cランク昇格試験:集団戦の指揮
1. Cランク昇格試験:全ギルドの注目
Cランク昇格試験当日。場所は、王都とアストリアの中間に位置する広大な森林地帯。試験内容は、この森林に突如として出現した大規模な魔物群(群れをなす俊敏な獣人族『ワイルド・ベイン』)の討伐だった。
この試験の異例な点は、リアン・アークライトという弓術士がリーダーシップを担う可能性を秘めていたことだ。ギルド内の冒険者たちは、訓練場の外縁に集まり、この異端な弓術士の動向を見守っていた。
試験に参加するのは、リアンを含めた四人のDランク上位冒険者。
① ゼフィール(軽装剣士):俊敏な動きと、両手剣による素早い連撃を得意とする。協調性に乏しい傾向がある。
② フィオナ(中級魔法使い):火と風の魔法を得意とするが、詠唱に集中力が必要。
③ リーザ(治癒師):回復能力に長けるが、戦闘経験は浅い。
そして、④ リアン(弓術士)。
試験開始前、ゼフィールがリアンを挑発した。
「おい、弓術士。お前が『役割破壊者』だという噂は聞いている。だが、今回のリーダーは俺だ。お前は後方で矢を射るか、素直に俺の指示に従え。指揮など、剣士の役目だ」
「リーダーは、誰が最も的確な判断を下せるかで決まるべきです」
リアンは冷静だった。
「この試験は、『戦術の理解度』を試す場でもある。俺が、戦場を支配する弓術士の戦術を見せましょう」
リアンの言葉に、ゼフィールは憤慨したが、ギルドマスター・バシュラが試験開始の合図を出したため、それ以上の口論は避けられた。
2. ナノ・サイト:戦場指揮官の視界
四人は、魔物群が出現した森林の入り口へと進んだ。リアンは、他の三人が警戒を続ける中、立ち止まり、静かに目を閉じた。
(超感覚集中発動)
彼の意識は、周囲の木々の葉の揺れ、土中の微細な振動、そして遠くの獣人族の呼吸音へと広がっていく。
『ワイルド・ベイン』は、その俊敏性が最大の武器だが、同時に集団になると統制を失いやすいという弱点がある。そして、彼らが『最も早く、最も有利に進軍できる経路』は、ただ一つ。
リアンは、魔物群全体の『進軍シミュレーション』を、脳内で瞬時に展開した。
「ゼフィールさん、フィオナさん、リーザさん。聞いてください。俺が指揮を執ります。俺の指示に、コンマ数秒の誤差なく従ってください」
リアンの声には、ヴァンスをも圧倒した、有無を言わせぬ強い意志が宿っていた。
「魔物群は、ここから南東方向の渓谷を通って進軍してきます。渓谷の出口付近は、我々にとってのボトルネック(隘路)。そこが、我々の戦闘開始地点です」
ゼフィールが不満げに口を開く。
「そんな遠くの動きまで分かるのか? 占い師か!」
「俺の弓術は、予測です」
リアンは譲らない。
「フィオナさん、あなたは渓谷の出口から10メートル上流の、あの巨岩の上に登ってください。そして、詠唱するのは『マグマ・ウォール』ではなく、『ウィンド・ブレード』です」
「ウィンド・ブレード? なぜ高火力じゃないの?」
フィオナは混乱した。
「魔物群を『殺す』のではなく、『誘導する』ためです。リーザさん、あなたはゼフィールさんの背後から5メートルの位置をキープ。治癒より、『解毒ポーションの展開』に集中してください」
そしてリアンは、ゼフィールに視線を向けた。
「ゼフィールさん。あなたの役割は、『防衛』ではありません。『誘導』と『精密な打撃』です。俺が矢で指示した『二体』以外には、決して手を出さないでください」
3. 役割を超越した精密連携
リアンの戦術は、従来の「前衛が耐え、後衛が攻撃する」という常識を根底から覆すものだった。
渓谷の出口。予想通り、ワイルド・ベインの群れが姿を現した。
「来たぞ! 敵は推定三十体!」
ゼフィールが叫ぶ。
「フィオナさん! 今!」
リアンの指示と共に、巨岩上のフィオナが詠唱を終える。彼女が放ったのは、殺傷力は低いが、進路を塞ぐ高速の風の刃『ウィンド・ブレード』だった。
風の刃は、渓谷の両サイドの壁沿いを正確に走り、魔物群の中央に進路を残した。これにより、魔物たちは中央の一本道に誘導される形となった。
「ゼフィールさん! 前衛の矢を狙え!」
リアンは、ナノ・サイトで魔物群全体の進路を把握し、群れの『最前衛にいる二体の指揮官』の喉元に、牽制用の矢を一本ずつ放った。これは、「俺を狙え」という明確な合図だった。
指揮官は怒り狂い、ゼフィールではなく、リアンに向かって突進してきた。
「ゼフィールさん! その二体以外を攻撃するな!」
ゼフィールは混乱しながらも、リアンの指示に従い、向かってくる指揮官二体だけに両手剣の連撃を浴びせる。
その間に、リアンは、群れの『側面』に位置する、最も俊敏で危険な数体を、リフレクト・エッジで正確に射抜いた。矢は、木々や岩の影を利用して跳弾し、ゼフィールの視界に入らない場所から、彼らに気づかれることなく、群れの動きを封じ込めていく。
「な、何だ!? 側面が崩壊していく!?」
ゼフィールは驚愕した。
リアンの弓術は、味方の役割を邪魔せず、敵の『戦術的な機能』を無力化することに特化していた。
4. 戦術の支配者
魔物群は、指揮官を失い、側面も崩壊し、完全にパニックに陥った。彼らは、逃走しようと四方八方に散り始める。
「フィオナさん! 詠唱時間3.5秒! 逃走経路の北側に火の壁を!」
「リーザさん! 毒の霧を南側に! 彼らが逃げるための唯一の道だけを開けろ!」
リアンは、魔物群の『最も安全な逃走経路』を、あえて一本だけ残すように指示した。それは、彼らが再び集結するのを防ぎ、ギルドの追撃隊に仕留めさせるための『誘導路』だった。
リアンの指示は、剣士には『誘導』を、魔法使いには『制御』を、治癒師には『戦場設計』をさせた。彼らの本来の役割を逸脱させているにも関わらず、その指示はあまりにも正確で、誰もが従わざるを得なかった。
最後に、リアンは魔力矢を放った。狙いは、パニックになり逃走経路を遮っていた、最も強靭な個体。
ドォン!
一撃でその個体を排除することで、逃走経路が確保され、残りの魔物たちは一目散にその道へと逃げ去っていった。
5. ギルドマスターの承認
戦闘終了。試験は、予想を遥かに上回る迅速さと、被害ゼロという驚異的な結果で完了した。
ゼフィール、フィオナ、リーザは、リアンの前に立ち尽くした。彼らは、リアンの精密射撃と、常識外れの戦術予測に、ただただ圧倒されていた。
「俺たちは……何をしていたんだ?」
ゼフィールが呟いた。
「俺はただ、お前の指示に従って剣を振っただけだ」
「それが、あなた方の最高の役割でした。俺の弓術は、戦場全体の『指揮』を執るために存在します。皆さんの能力を最大限に活かし、最小限の被害で勝利する。それが、俺の戦術です」
リアンは淡々と答えた。
この戦いは、リアンが弓術士という枠を超え、『戦場の指揮官』としての地位を確立した瞬間だった。
試験終了の報告を受けたギルドマスター・バシュラは、その詳細な記録に目を通し、深く息を吐いた。
「驚異的だ。彼は、パーティメンバーを『補助役』としてではなく、『戦術の駒』として、完璧に動かした。これは、Cランクではない。Aランクの戦術家の領域だ」
バシュラは、即座にリアンをCランクに昇格させることを決定した。
「弓術士リアン・アークライトは、Cランク昇格を承認する。そして、彼は今後、いかなるパーティにおいても、戦術の指揮権を持つことをギルド全体に通達する」
最弱職の弓術士は、ついにその技術と集中力で、ギルドの冒険者ヒエラルキーの常識を打ち破った。彼の弓術は、戦場で最も信頼される『指揮官の旗印』となったのだ。




