4-2
次に向かったのは、この街で1番人気のパン屋。
店の前まで来ると、焼き上がりの香ばしいパンの匂いとほんのりバターの香りが漂っている。
バスケットにパンが種類ごとに入れられており、自分で選び取っていくのがこの店のスタイルだ。
店の前には行列ができており、窓から中の様子を眺める人もいるためその周辺はごった返していた。
「カイ、すごい人ですね」
「休みの日ですからね、ここは平日でもすごいですが」
2人揃って感心しているとダリアから提案があった。
「カイ様、アルミス様、私はリアムさんとこちらでお待ちしておりますのでお二人で買ってきてください」
これだけの人だ。複数人で行くよりもそのほうが安全かもしれない。
様子をうかがいつつ、列へ並ぼうと人混みに向かって歩き始める。
すると、後ろからもあれよあれよという間に人が押し寄せてきた。
目の前に隙間ができれば、すぐさまその間を埋めるように右や左から割り込んでくる。
立っていられないほどというわけではないが、それでもどこに列の最後尾があるのかわからないほど密度が高くなっていた。
ふと、隣を見るとアルの姿が見当たらない。
辺りを探すと、かなり前の方にいる。
どうやら割り込み合戦に巻き込まれ、前方へ押し出されたようだ。
カイの胸あたりにあるアルの目線では向こうからこちらが見えていないのだろう、必死にカイを探すように手を挙げていた。このままではいつか怪我をしてしまうかもしれない。
「すみません、ちょっとあけてください」
無理やり人混みをかき分けて、アルの近くまで来ると伸ばしている腕を掴み、こちらに抱き寄せた。
アルは「わっ」と小さな声を上げて、カイの胸元にすっぽりと収まる。
カイはそのままアルを開けた場所に連れて行った。
「アル様、大丈夫ですか?」
カイはアルの少し乱れた服を整えると様子を窺うように顔を覗き込んだ。
みると、頬がさっきもらったリンゴのように赤くなっている。
「あまり見ないでください……。」
(あ、照れてるのか。)
いつも手紙では好きだ好きだと言ってくるくせに、ちょっと抱き寄せただけでこの様子とは。
そんな彼に思わずクスッと笑ってしまった。
やっぱり子供だなと思うと同時にそんな彼を可愛くも感じる。
「ちょっと、笑わないでくださいよ!」
アルは真っ赤な顔のままぷりぷりと怒った。
「まあまあ」と言うようにアルの頭をポンポンとするとさらに耳まで真っ赤になった。
そんな様子を見るともっとイタズラをしたい気持ちに駆られる。
と、そこに様子を見ていたダリアたちがやってきた。おそらくアルに気を使って2人で行くことをすすめてくれたのだとは思うが、それでは埒が明かないので「今度はひとりで行ってくる」と言いその場を2人に任せた。
30分後、ようやく買えたサンドイッチを手に3人のもとへ戻るとアルの機嫌は治っていた。
少し残念な気もしたが、とりあえずいじめるのは一旦おしまいとなった。
その後も飲み物やデザートなどの買い物をしながら途中、少し寄り道しつつ市場を楽しんだ。
そうしてようやくピクニックの準備が整ったころ、再び馬車に乗り込むと、今度はおすすめの広場があるということで本日のメインの場所へ向かうことになった。
しばらく馬車に揺られ坂を登ると、窓の外には先程まで居た美しい街並みが見えた。
「この辺りにしましょう」
アルが少し開けた場所で馬車を止めると、早速準備が始まった。
リアムが凹凸の少ない地面を確認すると大きな布を広げ、ダリアがその上に、丁寧に食器と先ほど買ってきたものを並べる。
2人の優秀な従者がテキパキと仕事をしてくれたお陰であっという間に準備が整った。
緑が広がる大自然と綺麗に飾り付けられたランチは見ているだけでもわくわくする。
「準備が整いました。お二人ともお昼にしましょう」
リアムがそう言うとそれぞれ食べ物を囲むように座り、アルの「いただきます」の発声と共に食事が始まった。
苦労して並んだパン屋のサンドイッチを口いっぱいに頬張る。新鮮なレタスがシャキッと、甘い卵はふわふわで、パンの内側に塗られたマヨネーズは少し辛味があり、幸せが口の中に広がった。
さらにダリアの用意してくれた、市場で貰った果物を使ったオレンジジュースはボリュームのあるサンドイッチと相性抜群だ。
「美味しいですね!」
アルが嬉しそうに言うと、みんなもその意見に同意した。
和気あいあいと食事をし、あっという間にサンドイッチやデザートを平らげると、少しお腹を休めるため、しばらく休憩をすることになった。
「リアム、少し席を外していただけますか?カイと二人だけで話をしたいのです」
「承知しました」
「それでは私も」
アルは二人を下がらせると、しばらく黙って景色を眺めていた。
きっと先日の件についてなのだろう。
カイは彼が話し始めるまで一緒に空を眺めた。
今日は雲一つない快晴だ。
穏やかに流れる時間は沈黙も気にならないほど心地が良い。それでもその時は有限なのだと熟々思う。それはまさに今の自分たちのように。
どれぐらい経ったころか、アルはとうとう口を開いた。




