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2-1 塵も積もればなんとやら

衝撃的な王子との初対面から3日目を迎えたころ、実はあれから音沙汰はなく、カイは今までと変わらない日々を送っている。

 午前中、街でぶらついていたカイは昼食のために公爵邸に戻っていた。

 自室でのんびりと報告書をまとめながら窓から入る心地よい風に身を委ねる。

 緩い天パの茶色の髪がふわっふわっと揺れるのを感じながら頬を伝う風がなんとも優しく、今にも夢の世界へと誘われそうだ。

するとそれを妨げるように、コンコンッと扉を叩く音がした。


「どうぞーっ」


 慌てて姿勢を正し返事をすると、「失礼します」と抑揚のない声で一言、飾り気のない落ち着いた装いを身にまとったカイと同い年ほどの女性が入ってきた。

 彼女はダリア。この屋敷に住むカイ専属の侍女だ。

 「飾り気のない装い」というのも、元々侍女のために用意されていた制服があったが、袖口や裾に着いていたフリルがお気に召さなかったようで、自分で外してしまったらしい。他にもドレスには機能性を重視したアイテムが備わっているとかいないとか、そんな噂を耳にしたこともある。

 本人曰く「作業の妨げになるものは不要かと」との事だ。

 我が家は規則などなく、各自が業務をしっかりとこなすことを重視しているため、それ以外は基本的に自由にして良いという考え方が浸透している。そのため彼女の服装に関して特に問題は無い。

 カイはそんな彼女のはっきりとした性格をかなり気に入っていた。

 ただ1つ気になることがあるとすれば、ダリアは表情筋が死んでいるのではないかと言うことだ。屋敷にいる人間は誰も彼女が感情を表に出したところを見たことがない。そのため、彼女の表情を崩すというのが密かな目標だったりもしている。


「カイ様、アルミス王子からお手紙が届いております。」

「手紙?」

「はい。それとも婚約者様からのお手紙とお伝えした方が宜しかったでしょうか?」

「勘弁してくれ……お前も楽しんでるのか」

「当たり前じゃ……おっと。滅相もございません」


 ダリアはわざとらしく、ピクリともしない口元に手をかざす。


「おい、心の声が漏れているぞ」

「わざとでございます。そんな事よりも」

「……そんな事よりも??」


 先程まで手をつけていた報告書の上に丁寧に封筒が置かれた。


「こちらを。おそらくお返事をされた方よろしい内容かと」

「どれどれ……」


 ダリアの余計な一言は一旦聞かなかったことにして、机の中にしまっていたペーパーナイフを取り出すと、丁寧に封筒の封を切った。

 中にはまだ幼さの残る筆跡で書かれた可愛らしい手紙が入っていた。


《親愛なるカイ様へ

 先日は私のために、王城に来ていただきありがとうございます。

 あまりゆっくりとお話ができませんでしたので、次回お会いするときは時間をたっぷりと用意しますね。

 その時におそらく疑問に思っているであろう、初めてお会いしたのに「一目惚れ」と言った理由もお話できればと思います。

 さて、私のことを知っていただければと思いますので少し最近のことを書かせていただきます。》


 確かに思い返してみると「一目惚れ」ということは1度でもカイを見たか会ったかしていないと話が合わない。

 あの日はそんなことを考える余裕がなかったので今頃そのことに気がついた。

 さらに続きを読み進めると、その後は学園での出来事やおいしかった食べ物の話など他愛のない内容が綴られている。

 最後には「お身体には気を付けて」という相手を気遣う手紙の定型文とともに、「あなたのことが大好きなアルミスより」と書かれていた。

 大人びた文書に添えられた王子の子供らしさが垣間見える差出人部分に、思わずフッと笑ってしまった。


「おや、意外な反応をなさるのですね」

「っ、うるさい」

「子供の純粋さには敵いませんよ」


 うんうんとうなずきながら王子に感心した様子だ。

 そんなダリアを無視して返事を書くことにした。


《親愛なるアルミス様へ

 お手紙拝見いたしました。

 私もお会いできて大変嬉しかったです。

 正直にお話をしますと「一目惚れ」の部分に関してはお手紙をいただいて思い出しました。

 ですので次に会う際には是非よろしくお願いします。》


「カイ様、王子様の一世一代の告白を忘れるだなんて……」


 ダリアはいつの間にか傍らまで来ると、机を凝視していた。


「うわっ!おい、見るな!」

「王子様は一体カイ様のどこをみて一目惚れしたのやら」

「ダリア……一応俺はお前の主人だぞ……」

「これは出過ぎた真似を。失礼しました。カイ様は見た目『だけ』はよろしいので王子様も大変趣味が良いかと。」


 全く反省をしていないような謝罪とフォローをすると、スっと机の傍から離れた。

 しかし諦めの悪いダリアは離れた場所から机を覗き込もうと必死に背伸びをし始める。


「……最後の差出人、どんなふうに書かれるのですか?それだけでもっ……っ」


 カイは見て見ぬふりをしながらアルミスと同じように先ほどの手紙に近況を添えた。そして最後に差出人を書く。


「俺の返事はこうだ」


《まだ貴方を知らないカイルアより》


「ちょっと意地悪ですね」

「仕方ないだろ。好意には答えられないからな。変な希望を持たせるのも可哀想だろ?」

「それもそうですね。部屋を出る時に一緒に持っていきますので封をしておいて下さい」

「あぁ、頼む」


 カイはペンを置くと窓の外を眺めた。

 こんな返事では嫌われるだろうか。でもそうなっても構わない。この広い世界をまだまだ知らない子供の未来が、自分のせいで狭まるのはごめんだ。それならまだ嫌われた方がましだと思うのだ。

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