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「カイに、一目惚れと言いましたが、初めは憧れだったと思います。」
「憧れ?」
「はい」
それからぽつぽつと昔のことを話し始めた。
アルが5歳だった頃、今から丁度5年前にカイは父親に連れられ王城に初めて立ち入った。
その時、父と国王は話があるからと、どこかで時間を潰してくるよう言われた。
とは言え初めて来る場所ですることなどないため庭をぶらぶらと歩いていたところ、アルに出会ったのだ。
もちろんこの時は王子だということも全く知らず、小さな男の子が泣いているところに遭遇した。
『どうした、なんで泣いてるんだ?』
『……っ、せんせいが、こわい』
『怒られたのか?』
『ぼくが、っ、ちゃんとおべんきょう、できないから』
声をかけると、声をしゃくりあげながら話した。
こんなにも小さな子に勉強をさせるとはなんと厳しい親なのか。
カイは心底同情した。
『俺も勉強できないんだぞ』
『っ、おにいちゃんも?』
『そうだ。でも、勉強できなくったってできることはあるぞ』
『なにが、できるの?』
『人に優しくすること』
カイはにっこりと笑って見せると、アルはいつの間にか泣き止んでいた。
『人に優しくするとちゃんと自分に返ってくる。自分も幸せになって、みんなも幸せになれるんだ』
『ぼくをたすけてくれたみたいに?』
『ん?お前も幸せな気持ちになったのか?』
『うん!』
アルはくしゃくしゃの笑顔を向けると、そのまま『おにいちゃん、またね』と言い去っていった。
「あの時、私はあなたを絵本の中に出てくる勇者様みたいだと思ったんです。一応、今は勉強はそこそこできるようになりました」
照れくさそうに、楽しそうに話すアルになんだかこちらまで照れくさくなった。
「それで、今の俺を見て幻滅しました?結局、人に優しくしても何の才能もなければ家の役にも、誰の役にも立ちません。周りだってそんな俺になんの期待もしていない。」
「才能だけが全てじゃないです」
アルはカイを真剣な眼差しで見つめた。
しかしその見透かすような視線に耐えられず、またもや目をそらしてしまう。
するとアルはカイの頬を両手で挟むと無理やり目線を合わせさせられた。
「それでも才能だのなんだの気にするのなら、あなたのそれも才能じゃないですか!」
眉尻を下げ訴えるように話す彼に、なにか言おうにも言葉が出ない。
「私はあなたに出会ったあの日から街に行ってはこっそりカイのことを見ていました。いつもいつも人に優しくして、自分のことは二の次。無償の優しさでこの街の人がどれだけあなたに救われたかあなたは分かっていない!」
さらに続けて話す。
「私は人に優しくすることは簡単そうで実はとても難しいことを知っています。人間は誰しも見返りを求めてしまう。私だって友達を助けようとするのすら、あなたの隣に並びたいからという欲望のためでした」
スルリと頬から手が離れる。しかし、まだ触れていた感覚が残っていた。
「カイは誰にも期待されていないと言いました。でも、それは本当ですか?期待していないのならなぜカイの周りにいる人たちはみんなあなたに優しくするのですか?私には期待されていないなんて風には見えないのです」
本当にそうなのだろうか。自分にもちゃんとできることがあって、それで誰かが救われているのだろうか。
今まで何も出来ない自分が嫌いで仕方がなかった。
父に仕事を与えられる度に惨めな気持ちになっていた。
でも、それがもし本当なら?兄たちの優しさも哀れみではないのなら?
自分にもやっと生きている意味が見つかったのかもしれない。
手に大きな雫が落ちた。
(あれ……?俺、泣いてるのか)
気づけば視界がぼやけ、ぽろぽろと大粒の雫が落ちていた。
アルは小さな体でカイを抱きしめると、優しく呟いた。
「そんなあなたをいつしか好きになっていました。私も大概、惚れっぽいのです」
耳元でふふっと笑うと小さな手で優しく背中を撫でてくれる。
カイの心はこれまでとは比べ物にならないほど満たされていた。
「アル様、俺、あなたのことただの子供だと思ってたんです」
「ふふっ、知ってましたよ」
「でも、あなたのその子供っぽいところにいつも癒されてました」
「そんなんですか?」
「はい。あなたがいつも素直なせいで、俺までアル様が熱のときに変なことを言っちゃったじゃないですか」
「私はカイの弱さを知れて嬉しかったですよ」
「俺は嬉しくないです」
「もっと見せてくれても良いんですよ?」
「絶対もう言いません」
「ざんねん」
カイはアルの背中に腕をまわすと軽く抱きしめ返した。
「……アル様」
「ん?どうしましたか?」
「俺、あと8年待ちます」
あと8年。アルが成人する18歳のとき。
そのときカイは30歳だ。
「その時までに俺を堕としてみてください。アル様が18歳になったとき、もう一度婚約を申し込む権利をあげます。俺は、もうあなたを子供ではなく対等な人間として見ますから」
アルはカイの首元から少し離れると、カイの顔に残った涙の跡を袖口で拭ってくれた。
「任せてください!カイこそ、絶対に逃げないでくださいね!」
そういうと今まで見たことがないほど幸せそうな笑みを見せた。




