依頼5:無人の倉庫区画にて 1/3
昨日、ラーディと名乗る靴職人の女性から引き受けた依頼。
自動人形が大半となる警邏隊の中で、ごく珍しい人間、それもさらに稀有な女性隊員についての情報を得てくるという内容であったが、達成するだけであればさして難度は高くないと思われた。
ラーディは何も、本来知り得ないはずの情報を求めているのではない。警邏隊員の信頼を担保する目的での情報公開、身元保証制度に基づいて開示される情報だけ入手すれば良い。一般市民には煩雑に過ぎるが、しかし正式に用意された手続きに従えば、確実に入手可能な情報だ。
……が、その手間自体までも省かれるような事態が起きた。
ラーディが気にしていた、街の警邏隊の中でおそらく唯一と思われる女性隊員。その本人みずから、リーピの探命事務所へとやってきたのだ。
といっても唐突に踏み込んできたのではなく、前もって連絡を入れ、面会可能時刻を打ち合わせた上での正式な訪問である。
「警邏隊所属、トロンドです。事前の連絡どおりに、依頼内容を確認する時間は確保されているでしょうか。」
「はい、もちろんです。ようこそ探命事務所へ。お入りください。」
事務所の扉を開いて迎え入れるリーピの前で、直立姿勢を崩さず、必要な質問だけに絞られた発言を投げかける女性隊員。
トロンドと名乗る彼女は、警邏隊所属と聞いて一般に思い描かれる印象から寸分違わぬ言動を示していた。昨日のラーディが、一度会話を始めればあちこちに話題が逸れ、無駄に喋る時間が伸びていたのとは全くの対極である。
振る舞いだけではなく、外見もまた女警邏隊員に然りといった容貌である。
要人の女護衛として製造されたケイリーもそれなりに鋭い目つき、引き締まった顔立ちであったが、トロンドの面持ちには本物の人間だけが有する精神の鋭さ、剣呑さが宿っているようにも見えた。正式な訪問のため着込んだ濃紺の制服姿も、規律が人の形をとって現れたかのごとき印象を強めている。
事務所内に一歩入ったトロンドは軽く室内を見回し、口を開く。
「この部屋の防音性は問題ありませんか?」
「はい、普段から業務の性質上、気を配ってはおります。盗聴も、立ち聞きするような人物の存在についても、ケイリーが常に見張っておりますので。どうぞご心配なく、お掛けください。」
ここでの会話が外部に漏れることをトロンドが気に掛ける理由は、明言せずとも明確であった。公的機関である警邏隊が、民間の探命事務所に依頼を持ち込むこと自体が例外的な措置なのだ。
事務所内で待っていたケイリーは、客人が席についたのを見計らってお茶を出したが、トロンドは会釈だけ返して口をつけようとはしなかった。公務員である以上、飲み物の一口さえも民間から受け取るわけにいかない、との姿勢に徹しているのだろう。
ケイリーも軽く会釈を返し、事務所の出口へと向かって見張りを始めた。話し合える状況が整ったのを確認してから、トロンドはリーピの目を真っすぐ見据えて喋り始める。
前置きも脱線もなく、本題へと端的に切り込む口調は、やはりラーディと正反対であった。
「今回ご依頼したいのは、違法操業の疑いがある廃棄物処理施設についての調査および特定です。非正規業者による自動人形の解体は法令によって禁じられていますが、自動人形の分解および内部構造の取り出しが行われている施設がこの街にある、との情報提供がありました。」
「確かに、それは法令にも、またメーカー側の利用規約にも反していますね。廃棄および解体の処理は、製造メーカー指定による正規業者でなければ為せないはずです。」
自動人形の内部で機能し、稼働の原動力となっているのは菌糸である。
普段は人形の外殻に収まり、既存生物の筋繊維や神経細胞に類似した性質へと分化し、一個体として振舞う菌糸。しかし、自動人形を解体するとなれば、これが外部に露出し、細かくちぎれた菌糸、さらには外部環境で発芽した胞子が飛散し、深刻な被害を引き起こす要因となる。
以前リーピが引き受けた依頼のひとつ、破損したヘルパー自動人形からの菌糸漏洩により、胞子性壊死脳症を引き起こした老人の例が、その危険性を如実に示している。
トロンドは更に語り続けた。
「菌糸や胞子漏洩の危険性をはらんだ処理場が、市民の生活圏内に存在する状況は看過できません。一刻も早い現場の特定、および違法性の確定、捜査執行令状の発行が必要な事態です。」
「その通りですね。しかし、なぜ警邏隊ないし捜査機関による捜査を行わず、僕の探命事務所にまでご用命を?」
「警察組織による捜査は、犯罪行為が現認された場合、あるいは犯行現場を取り押さえた場合でなければ行われません。市民のプライバシーを保持するためにも、被疑者ではない対象に告知なく、秘密裏に調査することは許可されません。あなた方の判断力は信頼に値する、と警邏隊長も判断しております。」
以前、市長邸宅にてリーピ達と遭遇した時のことを、警邏隊長も覚えているのだろう。下手をすれば窃盗の容疑を掛けられかねない状況を、的確に回避したリーピの判断能力に、あの時点で気づいていたのかもしれない。
さておき、街の秩序を守る警邏隊ではあったが、市民からの不安や反感を煽ることが無いように、行動は厳しく制限されていた。
殊に、隊員の殆どが人間ではなく自動人形によって構成されていたため、無実の人物に対し不法な取り締まりを執行してしまわぬよう、市民の行動へ干渉するにおいては条件が明確に設けられている。結果、違法行為が確定しない限り、水面下で活動している犯罪者をとらえる手段はないのだ。
とはいえ、市民生活の安全性を脅かす因子を野放しにすることはできない。
「表向きは、一般市民からの通報を受けて捜査に踏み切るという運びとなります。警邏隊からの依頼であるとの事実は伏せ、違法行為の事実確認に協力いただけますか。」
「僕らも、そのつもりではありますが、もうひとつ確認させていただけますか。違法な自動人形解体施設についての情報は、誰がもたらしたものですか?それが確かな情報源であると、警邏隊は判断しているのでしょうか。」
依頼を持ち込んだトロンドが警邏隊の一員であることはさておき、依頼内容の信頼性については慎重に確認せねばならない。
わざわざ自動人形であるリーピとケイリーのもとに、自動人形解体施設についての調査依頼を持ち込んだことも、多大なるリスクを予測させた。すなわち、廃棄された人形のフリをして潜入するという、下手をすればそのまま解体されかねない危険性を伴う手段を強いられる可能性である。
ひいては、違法な解体施設についての情報提供があった時点で、それを通報として取り扱わない理由も不透明であった。
そんなリーピからの慎重な問いにも、トロンドはスラスラと答えた。
「情報提供は、二日前、匿名の存在によって為されました。公衆通話機によって連絡されたため、居住地や素性については判明していません。しかし、通話時の音声を分析した結果、発声者は自動人形である可能性が高いと結論付けられました。」
「なるほど。信憑性が低い情報ではあれど、虚偽であるとは判断し難いということですね。ちなみに、その情報提供が為された時には、警邏隊は現地へ向かったのですか?」
「発信源の公衆通話機周辺を一通り捜索しましたが、情報提供者ならびに違法施設は発見できませんでした。」
喋りは淀みなくも、慎重に言葉を選び“通報”という表現を巧みに避けているトロンドの説明に、リーピは頷く。
情報提供者の素性も居所も一切不明、となれば内容を信頼できるはずもない。虚偽の情報を元に本格的な捜査へ踏み切り、時間を無駄に費やしたとなれば警邏隊への市民からの信頼も揺らぐ。
しかし、情報提供したのが人形となれば話は別である。
自動人形は、人間から発言内容を指定される場合を除けば、原則的に嘘をつかない。それゆえに警察組織も、虚偽と断じて捜査を放棄することもできないのだろう。
慎重に質問を重ねているリーピの意図を汲み取ったように、トロンドは言葉を重ねる。
「違法操業を行っている人物との接触や身柄確保など、危険を伴う状況は警邏隊が担当します、あなた方が物理的リスクを負うことはありません。あらためての確認となりますが、違法操業施設の位置を特定するための調査に協力していただけますか?」
「承りました。さっそくですが、この場で推定可能な情報をまとめます。」
リーピは席を立ち、仕事机の引き出しから街の地図と筆記用のペンを束で持ってくる。状況が入り組んだ依頼の際は、地図に書き込みながら計画を立てられるよう、常に複写した地図は複数枚準備されている。
トロンドは表情変化こそ目立たなかったものの、たった二体の自動人形が勤務している事務所に依頼することについて、多少なりと期待を抱いた様を目の内に覗かせた。
彼女にペンの一本を手渡しながら、リーピは伝える。
「今回の件について通報……もとい、情報提供が行われた公衆通話機の位置を記してください。」
「ここです。近隣は工業地区の中でも倉庫が立ち並ぶエリアであり、日によっては殆ど無人となる時間帯もあります。」
言いながら、トロンドが地図に矢印を書き込む。
いかにも秘密裏に処理施設を稼働させるには都合の良いロケーションであった。通行する人間が限られるということは、出入りの監視も容易であるということだ。さらには、倉庫を表向き保有している企業からの許可が得られなければ、警察も倉庫内部を調査できない。
何としても徹底した捜査を実行する、となれば数百に及ぶ倉庫立ち入りについて所有権を持つ企業からいちいち認可を取り、認可が下りない場合は強制捜査の令状を得ることとなるが、それには膨大な手間がかかることは疑うべくもない。
情報提供の通りに違法な人形解体施設が存在するのかどうか、確証が必要であることには違いなかった。
「この区画の倉庫内部を全て確認できれば、必ず解体施設ないし痕跡は見つかるはずです。秘密裏に人形解体を行うにおいて、これだけ理想的なロケーションは滅多にありません。解体施設の操業期間は、かなり長期にわたっていると想定されます。」
「この街はただでさえ、自動人形の雇用数も多く、伴って破棄される自動人形の数も多いわけですからね。確かに、他の街に拠点を移すことも考え難いです。」
「えぇ、市長が街の中における自動人形の破壊や解体を禁じた表向きの状況は、もとより非合法な解体業者にとっては理想的な仕事環境ですので。」
自動人形の処分が、市長の定めた条例通り、実際に全く行われていなければ、街の中には行き場を失った自動人形が溢れることだろう。
作業用自動人形はどれだけ劣化部分を修理しても、愛玩用自動人形の場合はどれだけ雇用主からの思い入れが強くとも、手放される時が来る。雇い手が人間である以上は寿命があり、人間が人形より命ながらえることはない。人形に大した思い入れを持たぬ雇い主であれば、尚のこと廃棄の頻度は高い。
居場所も役割も無く、ただ無為に立ち尽くし、歩き回り、餓死も衰弱もせず、外見ばかりが風雨にさらされて汚れていく自動人形の群れ。そんな光景が街中に広がれば、それこそ公序良俗を乱す状況となってしまう。
ゆえに、違法という扱いでありながら、自動人形の解体業者が活動していることは、この街に長く暮らす市民にとっては暗黙の了解となっていた。
若き警邏隊長ともども街の警邏隊に着任して日が浅いのだろうトロンドへと視線を向け、リーピは声音を僅かに低くして告げる。
「今回の件、警邏隊による捜査活動に中止命令が出ていないということは、解体業者らにとっても想定外の事態が起きたためであるとも推測されます。従来のままであれば、違法な人形解体施設が発見されたところで、市からは黙認されているはずです。」
「なぜです?先ほども言いましたが、人形の解体に際して生じる菌糸の飛散は、致命的な健康被害を周囲に発生させる恐れがあります。市民の生活圏に近い位置で解体作業が続けられている状況は放置できません。」
「違法な業者とはいえ、彼らも素人集団ではありません。下手に被害が外部に広がって目立ってしまうことも、ましてや自分たちみずから菌糸にやられてしまうことも十全に防ぐため、装備ないし設備を有しているでしょう。違法施設があると思しき倉庫区画も、同じ街の中とはいえ、人口密集区域からは充分な距離があります。何よりも……彼らの操業に不備があれば、既に被害は出ているはずです。」
リーピの見解を伝えられ、トロンドは目の前に広げられた街の地図を見下ろして暫し黙りこくった後、小さく頷く。
違法な人形解体業者の存在を市が黙認していたのは、現に安全基準がしっかりと守られていたためでもあるのだ。だからこそ、街にあふれかねない不要な自動人形の処理、ひいては解体後に取り出された部品を再利用しての廉価な人形製造に、益が見いだされ続けていた。
少し間を置いてから、リーピは言葉を継いだ。
「一般市民からも目立たず安全基準も確保されている、得難いロケーションの人形解体施設をわざわざ手放すことが、積極的に為される理由は今のところ想定できません。ひとつ考えられるとすれば、解体される前に逃亡した自動人形が、警察への状況提供を行ってしまったという可能性です。」
「みずから警察へ連絡するように人形へ命令する業者はいないでしょうからね。しかし、基本的に人間からの命令に従う自動人形が、業者の意に逆らって解体前に逃亡し、自身の判断で警察へと連絡を入れることなどあり得るのでしょうか?」
「人形も自律した判断能力が皆無というわけではありません。まさに、僕のように。」
リーピから即答され、再びトロンドは黙って頷くしかなかった。
正論で相手の意見を退けることが続く場面となってしまったが、居心地悪い空気が流れることにならないのは、自動人形がやり取りを行う一番の長所でもあった。
その後も地図を前にして現場周辺の状況を確認した後、リーピは立ち上がる。
「では、解体施設が存在すると思しき倉庫区画へ向かいましょうか。実際に観察しなければ、気づけないことも多いはずです。」
「あらためてお伝えしますが、施設への突入や、違法業者との接触が想定される状況については、先ほども言った通り警邏隊が執行いたしますよ。」
「ご心配なく、そのような状況にはならないでしょうから。公的に警邏隊の一員であるあなたが動いた時点で、先方にも事情が伝わっているでしょう。業者は既に、設備を解体し、現地から撤収しているものと思われます。」
「そう……ですか。」
違法な施設へと踏み込み、犯罪者たちを一網打尽に確保する。トロンドが思い描いていたであろう、そんな大立ち回りは既に実現し得ない。
この街で探命事務所を続けてきたリーピにとっては、自分の視野外で当事者による根回しが通っている状況などありふれたことだ。そもそも事態が表面化する前に、当事者たちにとって不利な状況や証拠はことごとく隠蔽されるのが常なのだ。
先ほどからずっと腑に落ちない表情を浮かべ続けているトロンドであったが、しかしこの件に協力するリーピが味方である以上は心強いと思い直したのか、少し遅れて席を立つ。
出かける際、リーピはケイリーにひとつの指示を出す。
「ケイリー、防護傘を携行してください。使わねばならない状況に陥る可能性は低いですが、念のためです。」
「分かった。」
事務所の奥へとケイリーは一旦引っ込み、鍵のかかったロッカーに収められていた一本の傘を持ち出してくる。
それは外見こそ単なる傘に過ぎなかったが、中骨が弾性に優れた金属で構成され、張られた布も強化繊維で織られた特殊な素材となっている。広げれば防刃、防破片の性能を発揮する防御手段となるが、総重量も相当なものとなり、訓練を受けていない人間が携行するには非現実的である。
武器を所有することが出来ない立場で、万が一の荒事に備えるためリーピとケイリーで考案したガジェットであった。
婦人用の日傘を持つには少々男らしすぎる持ち方で傘を担いでいるケイリーを連れて、リーピはもうじき昼を過ぎる街の陽光の中へと歩み出て行った。




