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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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市内の趨勢観測および新規調査依頼受諾

 犠牲者数の増大により隠蔽しきれなくなった菌糸汚染について、元凶は市長にあると市議会議員たちが一斉に批難の声明を出した報道は、翌日の紙面にて大きく取り上げられた。


 市長の義理の娘であるキナ議員をはじめとして、フィンク議員は昨日の内に大半の市議会議員たちを傘下へ引き込み束ねている。市政最古参であるフィンク議員の手腕と度量を推し測るに容易い、迅速な状況掌握であった。


 さらに市長ひとりを吊るし上げれば、街ぐるみで違法人形解体ビジネスを行っている実態から論点を逸らせることも、全議員が承知しているところである。いよいよガタの来たボロ船が沈む前に、まだ安堵していられる大船へと一斉に船員が乗り移ったかのごとき様相だ。


 いわば現市長に対してフィンク議員が謀反を起こしたと称せる状況だったが、報道陣もフィンク議員側が圧倒的有利と見たのか、紙面においては市長の悪行だけが確定したかのごとくセンセーショナルに書き立てていた。


「ロターク社から通達された製品回収指示を揉み消し、安全性の確保されていない新型自動人形を運用した市長の責任を、フィンク議員を代表とする議員連は強く批難している……と、今朝の新聞には載せられています。」


「その言い方では、ロターク社が欠陥品を販売したことも否定はしていないし、あくまで市長批難を発した主体がフィンク議員であると明記しているのだな。時勢に乗っかった報道とはいえ、記者も自身の逃げ道を残しているようだ。これも、人間らしい思考だろうか。」


「そうなのでしょうね。僕ら自動人形の観点からは、人間皆で協力して菌糸汚染の阻止および拡大抑制に専念すべきであるとしか思えないのですが。」


 事態が深刻になりつつある現状においても、各々の地位や立場を保持することばかりに思考を働かせている人間たち。


 そんな報道紙面にひと通り目を通し終えたリーピは新聞紙を畳んでデスクに置き、椅子から立ちつつ、ブラインダー越しに窓外へ視線を遣った。


 昨日の不自然な静寂は去り、路上には再び疎らながら人の往来があった。片脚びっこを引きながらゆっくり歩いて行く肥えた主婦の傍ら、収集ゴミを満載した自転車が追い越していく。


 床を掃いていた箒をリーピに手渡して掃除を交代しつつ、ケイリーも新聞紙を手に取り記事に目を通し始めた。


「このところ私たちも、市長や議員たちに関わる依頼が立て続けだった。それは大局を俯瞰できる立場に近付く機会ではあったが、一般市民の視点からは遠ざかってしまうな。」


「入ってくる依頼を選り好みできる立場ではない以上、仕方のないことではあります。」


 リーピは箒を動かしながらそう答えたが、この探命事務所に依頼を寄越す顧客に一般人が少ないのは事実である。以前、ヘルパー自動人形と共に音信不通となった老親の調査を依頼した中年女性も一般市民ではなく、他ならぬキナ議員その人であった。


 事務所への連絡先は一般向けに宣伝されていないのだ。


 この街のありとあらゆる人間がリーピとケイリーに連絡できる状況になってしまうと、それこそ自動人形を呼び出して解体、パーツを高額で売り払おうとする不届き者と遭遇する確率は跳ね上がる。


 敢えて危険を呼び込まぬための措置であったが、自動人形というリーピとケイリーの立場が、接触する客層を限定していることには違いなかった。


 床の埃を塵取りに集め、ゴミ袋の中へあけ、掃除用具を仕舞い終えたリーピはふと口にした。


「今回の件、ロターク本社にてモース研究主任はどのように受け止められるのでしょうか。」


「不本意な形で自社の製品の安全性に疑惑を向けられることは回避されたが、しかし非認可で自動人形の解体および販売が行われている実態は存続してしまうのだからな。この街で活動している私たちに、モース研究主任から何らかの指示が来る可能性は否めない。」


 ケイリーがそう答えた途端、デスク上にて通話機の呼び出し音が鳴った。


 あまりにもタイミングが良すぎる着信に、リーピもケイリーもロターク本社からの通話かと身構えた。実際、リーピ達に行動を指示するまではいかずとも、現地の詳細な状況を尋ねるためにモースが通話を掛けてくることはあり得る。


 即座にリーピは通話に出た。


「ご連絡ありがとうございます、こちらリーピ探命事務所です。」


 しかし、リーピが耳にあてた受話器から聞こえてきたのは、まったく知らぬ女の声であった。


「あ、あの、初めてなんですけど、調査の依頼……ってのを、お願いしても、いいんですか?」


「はい、法令上支障のない範囲にて承っております。どのようなご依頼でしょうか?」


 警察には相談できないからこそ探命事務所に頼る事例も少なくないため、実際には少々グレーゾーンな依頼遂行も無いわけではなかったが、完全に新規の顧客に対しては明言すべきところを伝えるリーピ。


 とはいえ、あまり物騒な依頼を持ち込む顧客ではなさそうであった。受話器内の人工声帯で再現された無機質な声とはいえ、口調や声の高さからするに通話相手は少女であった。


「私の……家族について、調査してほしいんです。あ……その、家族って、言っても、兄ひとりしかいないんですけど。」


「あなたのお兄様についての調査依頼、ですね。詳細な調査内容は何でしょうか、安否確認や行方不明者捜索の場合でしたら警察に連絡された方が確実ですが。」


「そういうんじゃないんです、兄は一緒の家で暮らしてるので……何と言うか、これまでと様子が違うっていうか……今も、家から離れて、公衆通話機から掛けてるんですけど。」


 リーピは視線を上げ、受話器に顔を近づけて会話内容を聞いていたケイリーと目を合わせた。


 いつも通りに暮らしている家族でありながら、これまでと違った様子に不審を見出す。それは特異菌糸感染者が発生した可能性を濃厚に示す事態であった。以前の市長邸宅で発生したのと同様の状況が、まさに一般市民の家庭でも生じたというのか。


 依頼人の素性を探るためにも、さらにリーピは尋ねた。


「お住まいはどちらでいらっしゃいますか?これからただちに現場へ向かうことも可能です、差し支えなければ教えていただけるでしょうか。」


「工業地区の団地です、第三棟の……あ、でも、詳しい住所を教えるのは、直接会ってからでも、いいですか……?」


 公衆通話機で喋っている現状を思い出したかのように、少女は自宅の住所を喋りかけたのを止めた。


 作業員や家族のため工業地区にかつて建てられた団地は、今も居住者はいるものの、老朽化のため廃墟一歩手前の外観である。工場からの騒音は昼夜問わず届き、そのため家賃は安く、貧困層寄りの住民が多く入居している。治安は崩壊せずとも、安心しきれる状態ではあるまい。


 通話相手の状況を察しつつ、リーピは応答する。


「もちろんです、僕らとしても依頼者様と詳しくお話をする必要があります。事務所への連絡手段をご存知ということは、事務所の住所もお分かりですか?」


「はい、前にお医者さんから渡してもらった名刺に、書いてあります……そっちに行けば、いいでしょうか。」


「ご足労ですが、依頼内容の漏洩を防ぐ観点からも、お越しいただければ幸いです。」


 その後、通話越しに依頼人の少女とリーピは面会時間を取り決め、通話を切った。


 来客を迎える準備を整えながら、ケイリーは呟く。


「今の通話相手、我々の連絡手段や住所を、医者から手渡された名刺で知ったと言っていたな。そんなことをする医師は、チャルラットぐらいか?」


「おそらく。そうなると、チャルラット先生が過去にお仕事で関わった人物かもしれません。」


 闇医師チャルラット。事件事故の現場へ出向き、不都合な真相が公になってはならぬ場合に死亡診断書を作成するのが、彼の主たる仕事である。


 仕事として割り切っているものの、その実チャルラット自身も不条理を覚える現場は多々経験していた。そんな彼と関わる経験があるということは、今回通話を掛けてきた謎の少女も、並ではない人生を既に経験しているのかもしれない。


―――――


 約束の時刻に事務所へと顔を出したのは、小柄でやせ細った少女であった。


「ようこそおいでくださいました、どうぞ事務所内へ。」


 リーピは彼女を迎え入れながら、他についてきた者は居ないかと廊下を覗き込む。


 ケイリーも扉から外に出て、更に外へと降りる階段の先も確認してきたが、少女は独りきりだった。


「晴れていてよかったです、工業地区からこちらまでの道のりは、雨が降るとぬかるんでしまうのです。お疲れではありませんか、お席へどうぞ。」


「はい……。」


 リーピの気遣う言葉に対し、少女は不安を抱えた眼差しのままに頷くばかりである。


 骨そのままの太さではあるまいかと思われるほどの彼女の腕を見るにつけても、街の中を独りで歩くだけでリスクを伴うのではないかと思われるほどに華奢な体つきであった。夜間となれば殊更に危険性は現実的となるだろう。


 しかし、工業地区内の貧困層が多く住まう地域でも、面倒ごとに巻き込まれずに暮らしてこれた訳は、彼女の目つきが物語っていた。


 良く言えば、鋭く研ぎあげられた、強い意志を宿した目つき。言い方を変えれば、抜け目の無さそうな目つきである。汚れの染みついた衣服を見るにつけても、裕福な生い立ちではなく、貧困街に暮らし慣れていることは明らかであった。


 今は、その眼の奥に本心からの困窮が覗かれた。


 不安を色濃く示した表情で、少女は進められるがままにソファへと腰掛けるなり語り始める。不安と焦りゆえか、口調は走っていた。


「通話でもお話しましたけれど、兄が最近、変なんです。どこが、ってのは、すぐには言えないんですけど……顔とか、喋り方とかは、いつも通りの兄なんですけれど。」


「まずは落ち着いて状況を整理しましょう。そうだ、お名前をうかがっておりませんでしたね。僕はリーピです、こちらの探命事務所で様々な依頼を引き受けております。それから、あちらがケイリー、僕の相棒であり、護衛でもあります。」


 事務所前の往来に不審要素が無いことを確認して帰ってきたケイリーが、事務所の扉を閉めながらリーピからの紹介を受け会釈する。


 少女はケイリーの方を振り向きながら、ぎこちなく頭を下げ、見様見真似といった様子で会釈を返す。おそらく彼女の日常に、そんな穏やかな挨拶など無いのだろう。


 とはいえ、気持ちを落ち着かせる役には立ったのか、少女は多少なりと声色を下げて自己紹介を返した。


「私の名前は、ポーム。」


「お名前を教えていただき、ありがとうございます、ポームさん。さきほどの通話によると、お兄様と一緒に暮らしておられるとのことでしたね。ご家族は、ポームさんとお兄さんのお二人ですか?」


「そうです。ちょっと前まで、父も生きてたんですけれど……。」


 そこから先を、ポームは発することなく言葉を濁したが、リーピは敢えて聞き返すことはしなかった。


 工業区画の団地に暮らしているのならば、作業員として危険な現場に出て行かざるを得ないことも多いだろう。ポームの父は、何らかの労働災害に巻き込まれたのだろう、敢えて触れるわけにもいかない。


 ……が、この一般には公開されていないリーピ探命事務所への連絡手段を、ある医師から渡された名刺づてにポームは知った、と言っていたことをリーピは思い出した。


 リーピは少し違った角度から話題に切りこんだ。


「僕らの事務所への連絡手段や住所は、あるお医者様から渡された名刺で知ることとなったのですね?」


「はい、これなんですけど。」


 ポームはポケットの中を探り、折れ曲がった跡のついてしまった名刺を差し出す。


 それは確かにリーピ探命事務所が得意先にのみ渡している名刺であった。長らくポケットに突っ込まれていたのか全体が曲がっており、ポームが万一に備えて大事に持ち続けてきたのだろうことが窺い知れた。


 ひとつの確信をもって、リーピは尋ねた。


「リーピ探命事務所の名刺をポームさんに渡したのは、チャルラットという医師ではありませんでしたか?」


「……そうです。どうして、それを……。」


「僕らの事務所は、仕事の性質上、大々的な宣伝は行っておりません。この名刺をお渡ししているのは、幾度もお会いすることになる顧客、いわばお得意様だけです。その中のひとり、チャルラット先生でしたら、ポームさんのお父様に接点を有している可能性がありましたので。」


 リーピの推測は図星であり、同時にポームにとってはあまり思い出したくない記憶に繋がるものであったらしい。


 顔を俯けたポームは、しばらく言葉を口にしなかった。


 が、ここで自分が黙り込んでいても、本題である調査の依頼には移れないと判断したのだろう。彼女の生い立ちゆえの気丈さを以て、再びポームは顔を上げて口を開いた。


「チャルラット先生は、私の父の死亡診断書を作成した医者です。父は、下請けの小さな工場で作業員としてずっと働いていたんですけど……急に肺を悪くして、倒れてしまって。」


「確か、製剤会社が民間向けに小型の滅菌剤を発売しようとしていた時のことですね。従来の製造ラインとは規格が合わない小型容器に薬剤を充填する作業を、下請け労働者に担当させ、現場で漏洩する薬剤粉塵を元凶とする呼吸疾患を多くの労働者たちに引き起こしたとチャルラット先生からは聞いています。」


「そこまで聞いておられるんですね。滅菌剤の粉塵が漏れる環境で作業をさせた企業側の責任だったのは明らかでしたが、チャルラット先生は、父が習慣的に喫煙していたのが原因として死亡診断書をまとめてしまいました。」


 大企業や市議会など、俯瞰的な視点で事態を眺めている立場からは見えない現実が、ポームを取り巻いていた。手続き上では事故として処理された後も、遺族の生活は続くのだ。


 ポームの声色には無念さが響いていたが、奇妙にもチャルラットへの恨みは薄いようであった。


「チャルラット先生が、何か困ったことがあれば頼るようにって探命事務所さんの名刺を渡したのは、罪滅ぼしのつもりかもしれません。でも、私は別に、よかったんです。」


「何故ですか。明らかな労災であることが揉み消されたために、企業側からの賠償も無くなってしまったのですよ。」


「素直に賠償するような企業なら、あんな環境で父を働かせたりしないはずです。もしも正面から争うようなことになっても、弁護士を雇う金も無い一般人には勝ち目がありません。法廷まで出向く時間の余裕もないです。」


 チャルラット自身も企業側から金と脅しを突きつけられ、力を持つ者たちに逆らえぬ立場だったとはいえ、その当時にポームを説得するための言葉を尽くしただろう。


 人命より経済が優先される街では、真相解明を求めて法廷で争うよりも、心ばかりの見舞い金を受け取ってさっさと事を収めたほうが安全だ。


 仮に正しい判決が下されたとしても、製剤会社という巨大企業に対して喧嘩を吹っ掛けた一般市民が元の平穏な生活に戻ることは困難だろうし、下手をすれば法的手続きが確定する前に“不慮の事故”がポームや兄の身を襲っているかもしれない。


 まだ年若いというのに、この社会の汚濁を飲まねばならない経験をしていたポームに対し、リーピは口を開いた。


「でもチャルラット先生の心遣いが、今こうして僕らとの縁へと繋がっているのは事実です。話を脱線させてしまって申し訳ございません、ポームさんのお兄様についてのご依頼でしたね。」


「……調べてほしいのは、兄に、なにごとも無いのか、です。漠然とした頼みで、申し訳ないんですが……。」


 ポームは顔を俯けたまま、告げた。


 亡くした父について語る時以上に、まだ“生きているはず”の兄について語るのは、強大な不安を伴うようであった。


「何も、異状なんて、無い……そういう調査結果でも、いいんです。私が、無駄に不安になってるだけ、って……。」


「承りました。ポームさんのお兄様について調査、報告を行います。もちろん、僕らの調査では何も判明しない可能性は十分にあります。実の家族であるあなたが確信を持てないことですので。」


「そんなの、はっきりと……確認、したくありませんよ……こんなに、我慢してきて……」


 さらに深く顔を俯けたポームは、顔面にかかった前髪で完全に表情が隠れていたが、声音は震えていた。


 本人の中ではほとんど察せている事実。


 だが、それを直接確認してしまい、またも自分は大切な存在を失うことになるのだと確定したくない。


 効率面だけで言えば二度手間であったが、実に人間らしい振る舞いであった。


 市長邸宅でもリーピ達は似通った状況を見てきた。市長の孫娘プルスが特異菌糸に感染していた時も、彼女をずっと世話してきた執事は事実をほぼ確信しつつも、最後の確認をリーピ達に委ねてきたのだ。


 ポームの嗚咽が落ち着くのを待ってから、リーピは静かに声を掛けた。


「事前に、ポームさんが僕らに伝えられる限り、お兄様についての情報をいただけますか?確実な調査結果を出すためです。」


「はい……あと、ごめんなさい、この調査依頼の報酬、あんまり、たくさんは払えないかも……。」


「危険を伴う現場でもなく、機密性の高い情報を扱うわけでもありません。あくまで一般市民のご家族についての調査ですので、相場はごくお安くなっておりますよ。」


 ケイリーと頷き合いながら、リーピはそう答えた。


 それは事実であった。自動人形は嘘を吐けない。


 だが、敢えて隠した情報があることもまた確かだった。


 ポームの兄が実際には死んでおり、彼として行動しているのが生前の言動を模倣している特異菌糸罹患者であった場合、ポームの家は菌糸汚染の現場である。


 特異菌糸罹患者が、時に暴力を以て抵抗してくることを鑑みれば、間違いなく危険を伴う現場への突入になりかねなかった。

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