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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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依頼25:市長不信任に関する重要文書搬送

 ロターク社からの製品回収指示を市長が黙殺した物的証拠となる書類を、探命事務所から持ってくることとなったリーピとケイリー。


 フィンク議員邸から出発してすぐ、リーピは背後を振り返り、議員の命令によってついてきている護衛の男二人に声を掛けた。


「お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?本名でなくとも構いません、いざあなた方の手が必要となった際に、どうお呼びすれば良いか定めておきたいのです。」


「名前なんて教える必要あるか?邪魔が入ったら、俺らが割り込むだけだ……」


 護衛の片方はそう言いかけたが、相棒から肩にポンと手を置かれ、ただちに口を噤んだ。


 フィンク議員の身辺を護衛している面々には、臨時に雇われる人間などおらず、全員が互いに顔を見知っている状態を徹底されている。そのためか、グループ内の上下関係も明確になっているらしかった。


 いずれも屈強な男たちには違いなかったものの、一層の風格が備わった年配者と見える髭面の男がリーピへの返答を代わる。


「マズくなってから『助けてぇ』だのと声を上げていても、確かに手遅れだ。声を張り上げずにいられなくなる前に、こっちに送る合図は決めておいていいだろ。俺のことはダンと呼べ。で……?」


「……俺はレメだ。」


 護衛の先輩からの目くばせを受けて、先ほどリーピの提案を却下しかけた男も自身の名を口にする。呼び間違いを起こしづらい、短い名称は本名ではないものと思われた。


 自動人形からの提案を尊重してくれた両者に頭を下げつつ、リーピとケイリーも口を開いた。


「先んじて名乗っていただきありがとうございます。フィンク議員を通じて既にご存知かもしれませんが、僕らも自己紹介をいたします。僕はリーピです、探命事務所にて街の住民の皆さんからの依頼を承っております。」


「私はケイリー。普段はリーピの護衛をしている。一応、愛玩用自動人形とはいえ、護衛を兼任する名目で製造された。」


 フィンク議員の所にやってくるたび、小難しい話を延々と喋りまくっているリーピのことは、護衛の男たちも自分たちにわかる範囲では知っており、リーピに対しては頷き返すのみである。


 彼らが興味を向ける先は、主にケイリーであるらしかった。


 いつもリーピに付き添っている、無口な女性型自動人形。彼女と直接言葉を交わす機会は得難いものであったことに加え、人間の女性と比べてもなお細身なケイリーが護衛を担っていることについても、護衛の男たちは興味津々であった。


「お近づきになれて光栄だ、お嬢さん。護衛型の自動人形とのことだが、そんな細い手足と胴体に、どれほどの筋肉が収まってるんだ?」


「一応、直近のメンテナンスで体内に筋繊維シートの増設は行った、が……。」


 返事をしながらも、ケイリーはぐいぐいと距離を詰めてくる男たちを前にして後ずさっている。


 愛玩用として美形で造られた容姿、しかも正規の所有者が居ない自動人形が相手となれば、異性に対する気遣いが少なからず理性から外されるのは避けがたい様子である。


 リーピも少し気づかわしげにケイリーへと視線を向けたが、事態に緊急性を見出してはいなかった。この場所自体、フィンク議員邸からさほど離れておらず、何なら庭先に居るフィンク議員自身からの視線が届く位置であったためだ。


 護衛の男たちも、護衛対象となる自動人形に対し自分たちが余計な手出しをしていないことを、屋敷の主から見えるように意識してはいたのだろう。


 ダンは、ケイリーが携行している防護傘を指さして尋ねた。


「その傘、いつも握り締めてるな、ずいぶん重そうじゃないか。いざとなれば、それで敵をぶん殴るのか?」


「想定している用途ではあるが、最終手段だ。そのような状況に陥ってしまうことは常に避けている。接近を許した際に傘を不意に開き、至近距離にて敵対存在の視野を妨害する用途の方が現実的だ。」


「悪い判断ではない。素人が下手に長物を振り回しても、敵に奪われるのがオチだからな。ちょっと試してみるか、お前らも人間を訓練相手に出来るチャンス、そうそう無いだろ。」


 言いながら、ダンは片手を開いて差し出す。護身用の防護傘を不審者に掴まれてしまうという想定で、ケイリーを組み手の練習に誘っているのだ。


 ケイリーは表情に僅かな困惑を浮かべてリーピに目くばせしたが、リーピは小さく頷いて首肯していた。護衛として同行してもらう面々から、好意的な印象を抱かれる手段としては効率的だと判断されたためだ。


 直接身体に触れることは避けるにしても、美少女の姿をした存在と間接的にボディランゲージを交わせる機会は、屈強な男だけで普段暮らしている連中にとってごく貴重でもあろう。


 リーピから頷かれ、ケイリーは防護傘を手にした腕を振り上げる。ダンは慌てて手をひっこめた。


「おいおい、流石にぶん殴るところから始めないでくれよ。お前らの護衛をやろうって矢先に、腕の骨を折られるのは勘弁だぜ。」


「わ、分かってる……。」


 警告を受けなければ実際に勢いよく振り下ろしかねないところだった角度の腕を、ケイリーはゆっくりと下ろして防護傘を真っすぐ差しだした。


 ケイリーから差し出された傘の先端をしっかりと掴むダン。


「へぇ、見た目以上に硬い布なんだな。たかが傘とはいえ、ナイフぐらいなら弾けそうだ。」


 そう言いながら、ダンは暫く動かない。


 いや、彼は腕を動かそうと力を込めるそぶりは示していたのだが、押しても、引いても、ねじっても、ケイリーが握っている手は微動だにしない様子であった。


「おい、レメ!お前も突っ立って眺めてないで、手を貸せ!」


「おう。だいたい相手は複数人で来るんだ、その想定でやらなきゃ訓練にならねぇ。」


 ダンに助力してレメも傘の中ほどを握り締めるが、やはりケイリーから防護傘を奪い取ることは出来ない。


 うんと力を込めてダンとレメが防護傘を引っ張り上げた結果、ケイリーの足が地面から浮き、身体そのものが持ち上がる方が先であった。


 出発したはずの連中が、まだ邸宅前で何をやっているのか……と訝しげにフィンク議員が庭先から視線を投げかけてくるのにも気づき、ダンはこの思い付きの戯れを中断しつつ喋った。


「……っと、ここまでにしとく、か……そっと下ろしてやれ、レメ……ハァ、ハァ、お嬢さん、少なくともアンタの握力は、ご自身の体重よりも上だってことは、よく分かったぜ……。」


「私の方も、傘を奪い返そうと引っ張っていたんだが、かなわなかった。さすがは、議員の護衛を担っておられる面々だ。尤も、実際に今のような状況となれば、私は傘を手放して逃げることを優先するだろう。」


 人形らしく、まったく息切れしていない口調で返すケイリー。


 ダンとレメに握られた傘の先端を支点として持ち上がった身体が地面に下ろされるまで、ケイリーの腕の角度が一切変わらないのは、流石に人間には真似できぬ挙動であった。


「男ひとりぐらいなら相手できる、ってのは充分に分かった。このお嬢さんを口説く時は、念のために仲間連れで行くべきだな、ダン。」


「そうした方がいい。さて、レメ。俺たちもいい加減行こうか、フィンク親爺からどやされる前に。」


 ケイリーとリーピを先に行かせつつ、ダンとレメは眉間に深々と皺を寄せているフィンク議員に遠目から頭を下げ、いそいそと屋敷から離れていった。


―――――


 探命事務所自体に先んじて侵入されている恐れも想定していたリーピ達であったが、不審者の姿は無かった。


 そもそも、先ほどのフィンク議員との対話を立ち聞きされていたとして、あの時点から間を置かず事務所内を漁りに行ったところで、すぐにリーピ達と鉢合わせになってしまう。


 仮に重要書簡を奪取しようと企んでいる者が居るのならば、隠し場所が分からない状態で探し回るより、それを持ち出して所持しているリーピを襲った方が効率が良い。


 すなわち、隠し場所の書簡を取り出して、事務所を出ようとする瞬間が最も強奪リスクの高まるタイミングである。


「しかし、せっかくダンとレメはついて来てくれたというのに、かなり離れた位置で待機している。襲撃があった場合、きちんと加勢してくれるのだろうか?」


 ケイリーは事務所の鍵を開けて入りつつ、周囲を見回している。


 今のところ怪しげな人影は居なかったが、護衛のためについてきていたダンとレメの姿も見えなかった。


 ケイリーと共に事務所内に入り、侵入の痕跡が無いことを確認しつつリーピは言葉を返す。


「あからさまに普段居ない護衛を引き連れたりせず、いつも通りに振舞っていれば僕らが重要物品を所有しているか否か判断できません。何も持っていない状態の僕らを襲撃することは、書類の強奪を企図している存在にとっては手の内を先走って明かしてしまう悪手となります。」


「それは確かにフィンク議員にとっては有利かもしれないが、実際に損害を受けるのは私たちなんだぞ、リーピ。」


 ケイリーは防護傘を握り締めつつ、書簡の隠し場所を開けるそぶりを示しているリーピの背を見つめている。


 リーピはいつも使っているデスクの引き出しをガラガラと開けていたが、それは音を立てるだけの目的である。事務所内を覗き込む存在は確認できないものの、上階や下階、壁越しに盗み聞かれている可能性もある。


 今後また同様の隠蔽が必要となった際、隠し場所を今の音で推測される可能性をリーピは排除していなかった。


 彼が引き出しを開け閉めする音に合わせて、ケイリーは植木鉢の土を持ち上げ、固形肥料のパッケージが印字された樹脂シートに覆われた書簡を取り出していた。


「では、お願いしますよ、ケイリー。」


「あぁ、しっかり届けよう。」


 自動人形は嘘を吐けないため、リーピとケイリーのどちらが書簡を所持しているのか、明瞭とならない喋り方に徹していた。


 リーピは自分が着ているシャツの裾をまくり上げ、身体パーツ腹部の外殻を開く。菌糸部分が密閉された内部構造と外殻の間隙に書簡を押し込んで身体パーツを閉じ、あらためて服を着こむ。自動人形だけが可能な隠し方であった。


 ここまでの振る舞いは、そもそも書簡の強奪を予定している存在が居なければ、まったく無意味な警戒ばかりである。


 実際、フィンク議員が語った通り、事ここに至ってなお市長の失墜を防ごうとする存在は、今ごろ市長に付き従って製剤会社に籠っているはずであり、街に残っている可能性は低い。


 書簡を体内に収め、事務所の扉を施錠し、路上に出てきたときも、リーピとケイリーは一切の異状を見出せなかった。


「……。」


 リーピとケイリーは一度立ち止まり、周囲を見回し、聴覚にも気を配る。


 事務所に入る前と、全く変わらず人影のない光景。


 だが、だからこそ、不自然であった。


 何も異変の無い“いつも通り”であれば、この街外れの区画の路上には、一仕事終えた廃品回収業者がリヤカーを置いて休憩しているか、安酒を手にフラフラしている職業不定の住民の姿があるはずだ。


 この事務所前の路上における往来が、何者かによって制御されているのではないかという推測は、間もなく確信に変わることになる。


 ケイリーが鋭く、小さい声を上げた。


「囲まれている。」


 建物の陰に、黒服の男たちが待機している。ダンとレメではない。


 今しがたケイリーが気づいた通り、彼らは探命事務所に通じる道、路地に配置されていた。どの道をリーピ達が進もうとも鉢合わせることは避けられない。


 だが、リーピは足を止めず、ケイリーにも小声で告げた。


「このまま、本来通りに行動しましょう。異変に反応して警戒する様を示すのは、僕らが重要書簡を所有していると白状するも同然の行為です。」


 それに、姿は見えないにせよ、フィンク議員からあてがわれた護衛であるダンとレメも仕事はするはずである。小声とはいえ、リーピはそこに言及することは避けたが。


 案の定、リーピとケイリーがフィンク議員邸の方へと進むにしたがって、待ち構えていた黒服の男たちも動き出した。リーピとケイリーを包囲するように、じわじわと距離を詰めてくる。


 人数は、十名ほど。


 いくらダンとレメが腕っぷしに優れた護衛で、ケイリーも応戦に加わるとしても、乱闘となれば勝機は薄い。


 ついに、進行方向で待ち構えていた黒服が二人、リーピとケイリーの進路を塞ぐように立ちはだかった。無視できるはずもなく、リーピは立ち止まって穏やかに話しかける。


「申し訳ございません、よろしければ、この道をあけていただけるでしょうか?」


「……。」


 相対する黒服の男は、何も答えない。


 人形との応答をする必要などない、と命じられているかのように、つかつかと近づいてくる。彼が後ろ手に隠し持っていた、ロープの束が背後から覗く。


「近づかないで。」


 警告を発しながら、ケイリーは防護傘を握り締めて構える。


 既に背後では、ここまでリーピとケイリーを追い込んできた黒服たちによって退路が断たれている。


 ケイリーが姿勢を低くし、リーピも逃走に備えて半身を引いた。


「ほらよ。」


 響いたのは、ダンの声であった。


 同時に、黒服たちによって囲まれた空間めがけて、突如、灰緑色の塊が投げ込まれた。


 爆発物を警戒したのだろう、黒服たちは皆咄嗟に飛び退いて距離を取る。


 だが、投げ込まれた物体は何事も無く地面に転がるのみであり、ダンとレメの笑い声が近づいて来るばかりだった。


「屈強な野郎どもが輪になってお人形さん遊びかと思ったら、ビビッて跳びあがってやんの。」


「野良猫の集会に石を投げつけた時とそっくりだったぜ、へっへへ。よく見ろ、そいつはフィンク親爺からのプレゼントだ。」


 投げ込まれた灰緑色の塊から一番近くで防御体勢を取っていた黒服は、恐る恐るそれに近付き、その正体に気付いた途端、飛びつくように拾い上げた。


 ダンが投げ込んだのは、札束であった。


 銀行から引き出してきたばかりなのか、紙帯で留められた、皺の無い新札の分厚い束。


 議員であれば造作も無く出せる額だろうが、一般市民には一年かけてようやく稼げるかどうかといった額である。


 他の黒服たちも、今拾った男に独り占めさせまいと一様に考えたのか、足早に札束の元へ寄っていく。その様子を見ながらレメも口を開いた。


「お前らの雇い主の提示額を越えられたようで何よりだ。取り合ってケンカすんなよ、せっかく血を見ずに済むってのによ。」


「ついでに、同じものがもう一個あるんだが……こいつをくれてやると言えば、雇い主についても喋ってくれるか?こんだけありゃあ、この街から遠く離れる旅費にもなるだろ。」


 ダンは懐から再び札束を取り出し、黒服たちの視線を釘付けにした。


 剣呑な空気が収まっていくにつれ、この光景を傍から見ているリーピとケイリーには、男たちの身なりの差が明瞭に見てとれた。


 同じく黒スーツに身を包んでいるにせよ、今しがたリーピ達を包囲していた男たちが着ていたのは、昨日や今日に購入したばかりと見える、新品かつ格安のスーツだ。書簡を強奪させるために臨時で雇われ、個々の身元を明かさせぬために一様の服装を着せられたのだろう。


 一方、ダンとレメはそれぞれの体格に合わせて誂えられたオーダーメイドのスーツである。デザインからも量産品ではないことは一目瞭然であり、フィンク議員の身辺に付き従う人間として相応の風格を備える身なりであった。


 想定外の大金を急に手にすることとなり、興奮が止まらないのだろう。ダンから更なる札束を受け取りながら、口を開いた黒服の声は震えつつ、言葉には訛りがあった。


「お、俺たちも、ボスのこと、詳しくは、知らないんだけど……。」


「札束ふたつ受け取っておいて、タダで引き下がる気か?知ってる限りのことを喋れ。お前らを雇ったのは、どこぞの議員か?」


「議員さん、っぽくはなかった……作業服、着てたから……。」


「そりゃ議員が、いかにも自分は議員ですって恰好して、こんな汚れ仕事発注しないだろ。だが、ただの作業員が、こんだけ迅速に市長の危機を嗅ぎつけられるわけも無ぇ。」


「お、女だったのは、わかった。フードで顔隠してたけど、声は、おばさんの声だったし、く、口元に小皺あったし、化粧の匂い、した。」


「ほう……だいぶ絞り込める、っつーか、ほぼ特定だな。ありがとよ、お前ら、もう行っていいぜ。俺は親切だから言ってやるが、こんな仕事引き受けんなよ、捨て駒になるだけだから……なぁ。聞こえてるか?」


 いまだに札束を引っぱり合っている黒服たちも居たが、ダンが多少なりとドスの聞いた声で立ち去るよう促したことで、彼らはビクッと立ち上がり、そそくさと去っていった。


 まだ警戒が解けないのか、防護傘を構え続けているケイリーの傍らで、リーピは頭を下げる。


「助かりました。乱闘に巻き込まれた場合、どのように逃げ出すべきか考えていたのですが……穏当に収まりましたね。まさか、あのような形で状況を制御されるとは、僕にも想定出来ませんでした。」


「もうちょい人間のことを勉強しとけ。タダじゃ済まないってんなら、金を見せてやりゃあいい。マジで話が通じない相手だけだ、腕っぷしが要るのは。」


「ボスに選ぶ人間をミスらないことも、だな。」


 ダンとレメからの言葉に頷き、彼らと共にフィンク議員邸へと向かいながら、早くもリーピの中では憶測が働いていた。


 現状、どう転ぶにせよ市長ひとりを悪人として突き出すことが、あらゆる議員にとって利となる振る舞いであるはずだ。続発した菌糸漏洩事故の元凶が、議員全員で関わってきた非合法な自動人形ビジネスではなく、独断でロターク社の製品回収指示を無視した市長の判断だ……という体裁を整えられるのだから。


 それでもなお、街に残って市長の味方となり続ける議員が居るというのか。


 フィンク議員に近しい護衛だけあってダンは既におおよその見当がついているらしかったか、今のところリーピは判断材料を十分には得ていなかった。


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