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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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フィンク議員への報告 および保身策の補助

 市長邸宅の解体現場にて発見された、図面に無い地下室内部の調査結果をフィンク議員へと伝えたリーピ。


 地下室内に潜んでいたのが市長夫人の成れの果てであったと聞かされ、フィンク議員は少々残念そうな表情を浮かべていた。市長が愛人を匿っていたり監禁同然の行為に手を染めていたりすれば、彼を街の権力者としての座から引きずりおろせただろうに、その目論見は外れたのだ。


 拙速を尊ぶ顧客の性分に合わせ、現場にて滅菌剤を全身に吹きかけられた作業服姿のまま彼の元を訪れたリーピとケイリーは、フィンク議員邸の庭先にて応対されていた。


「お前らの服に付着してる薬剤はその辺で払い落としてくれて構わんぞ、ウチの庭先の菌対策ついでになる。」


「せっかくのご厚意ですが、滅菌剤の効果は非常に強力です。菌や雑草は確実に駆除されますが、お庭の花壇を枯らし尽くしてしまう恐れもありますので、このままの姿で失礼します。」


「しっかし、市長の奴……愛しの妻の死を受け入れられず、出来る限り永く共に居続けたかった、か……フン、随分と大衆に受けの良さそうなネタだこって。特異菌糸罹患者を早急に処分せず感染拡大のリスクを放置した、って点では議会で追及できそうだがな。」


 これは報道する側の捉え方次第で、印象をいかようにも操作できる一件であった。


 愛妻を即刻焼却処分場送りとせず、奇跡に縋って彼女に寄り添い続けた、と書けば美談風にはなる。しかし実態は、菌糸の感染源になり得る存在を、家族や使用人たちも共に過ごす屋敷内に存在させたという、危険を伴う判断に他ならない。


 そも、光の無い地下室の中で、養分と水分を蓄えてブクブクと膨らんだ市長夫人の姿は、愛された結果としてはとても見えなかった。


「特異菌糸に感染した後の市長夫人の容姿が、いかに変わり果てたものとなっていたかを知れば、住民の皆さんからの評価も割れるでしょうけれどね。ところで、当の市長さんとは連絡がつきましたか?」


「一応、な。」


 リーピに問われ、ベンチに腰掛けていたフィンク議員は、邸内で控えていた秘書を窓越しに手招きする。


 いつもフィンク議員のすぐ傍らに付き従っている秘書であるが、滅菌剤の白粉まみれで現れたリーピとケイリーを目の前にして、さすがに窓越しに隔たった位置で待機していた。フィンクから手招きされた今も、窓を細く開けたのみで、所用を聞き取っている。


 フィンク議員からの指示を受け、秘書が邸内から持ち出してきたのは一枚の書類であった。


「再三、こっちがお伺いを立てて、ようやく市長が返してきやがったのは紙切れ一枚だ。それも、邸宅解体とは別件だ。俺も人のことは言えねぇが、これがお役所仕事ってやつだな。」


「一応、と仰ったのは直接的な返答ではなかったためですね。どのような返答だったのか、僕らに教えていただけるのですか?」


「ま、お前さんたちとも無関係の話じゃねぇからな。自動人形メーカーのロターク社に対し、菌糸漏洩にまつわる一連の被害について責任追及し、街への賠償金を支払わせる……と、市長が決定した。」


 言いながらフィンク議員は書類を突き出したが、リーピとケイリーは薬剤まみれの身体でそれを手に取るほど近づくわけにもいかず、前かがみになって文面を覗き込むのみであった。


 自動人形の視力と情報処理能力ならば、離れた位置から文面を通読する程度のことは容易である。


「続発した菌糸漏洩事故は、ロターク社製品における品質管理の杜撰さが原因と断定、菌糸漏洩の犠牲者遺族および損害を受けた企業への賠償を求める、とのことですね。当然ながら、この指摘をロターク社が黙って受け入れるとは思えませんが。」


「あっちは現代社会における最大の企業だ、地方自治体を法廷でコテンパンにするなんざ朝飯前だろ。どうせ負け戦になるのは市長も分かり切ってんのか、製剤会社との仕事が忙しいのを口実に、この件で矢面に立たせるのも議員最古参の俺に任せてきやがった。」


「部分的にでも賠償金をもぎ取れれば構わない、と考えておられるのかもしれませんね。しかし、今回の件に関しましては、全面的に市長側の落ち度とされる可能性が高いです。」


 正規の手段で販売された自動人形が、想定される範囲での使用によって菌糸漏洩事故を引き起こしたのならば、それはメーカー側の責任である。


 だが、現時点で菌糸漏洩を引き起こしているのは純正品の自動人形ではなく、非合法に解体され、組み立て直されて販売されている非正規品ばかりだ。当然それらの格安自動人形たちが安全基準を満たしていないのはロターク社の責任ではなく、元凶は地元の解体業者、そして取り締まりを怠っていた当局の責任となる。


 非正規に組み立てられた自動人形の販売によって得られる利益を最も多く吸い上げているのは、非合法な解体業者たちの活動を黙認する見返りを得ている市長である。


 ついでに議員たちの懐も潤っており、今まさに目の前にいるフィンク議員も、メーカー非公認の自動人形販売による利益とは無縁ではない。ゆえに、フィンク議員とて一概に市長を批難できる立場ではないのだ。


 これまでは多少の菌糸漏洩事故や犠牲者の存在も、表沙汰とされず隠蔽し処理されてきた。


 だが、流石にここ数週間内に続出した犠牲者量の急激な増大や、自邸の解体に至る市長の身内における被害については、捨て置くことも出来なくなったのだろう。


 本心では捨て去りたいのだろう書類をコーヒーカップの下敷きにしつつ、フィンク議員は愚痴る。


「訴訟で負けても、あわよくば、自動人形メーカーが元凶だとのイメージを市民共に与えたい……とでも考えているんだろうが、いやしかしキツいだろうな。第一、この俺がそんな悪巧み市長の先鋒として見られるのは実に理不尽だ。」


「ロターク社との交渉を前もって打ち合わせておけば、この件は長引くことなく、スムーズに片付くかもしれません。幸いながら、菌糸漏洩事故が多発した直接的な元凶について、僕らは心当たりがあります。」


「心当たり?」


「そもそも既存菌糸の漏洩のみであれば、汚染現場の隔離と滅菌剤の活用によってこれまで通りに制御できていたはずです。事態が悪化したのは、特異菌糸の漏洩が発生したためです。」


 特異菌糸罹患者は、生存に大量の養分と水分を必要とする生態的欠陥を有しており、数日で全身が乾燥し枯死してしまうか、あるいは無茶な養分摂取を繰り返し変わり果てた姿となる。


 しかし、感染の初期においては自主的に思考回路を構築できる性質上、生前の人物の振る舞いを高精度で模倣可能である。感染直後から理性無き存在となり果てる既存菌糸の罹患者とは異なり、感染の事実を周囲に気付かれることなく活動を続け、感染拡大の機会を増やす。


 その特異菌糸の漏洩が最初に発生したのは……倉庫区画にて顔の無い死体が発見された事件の時だ。


 非合法な人形解体現場にて作業員を殺害し、逃亡した自動人形が特異菌糸を内包する存在だった。解体の憂き目を逃れた後その自動人形は、ヴィンス氏になりすまし、アントンの花屋で働き、花屋に買い物に来た市長夫人やその孫娘、花屋を立ち退かせようと画策したプロタゴ氏とアリシア氏……と特異菌糸を感染させる先を拡大していった。


 だが、ここで重要となってくるのは、その自動人形はロターク社が発売を正式決定した商品ではなく、本社へと回収することが定められていたという事実だ。


「これまでと違って特異菌糸を内包している自動人形については、メーカー本社であるロターク社が市長あてに回収指示の旨を伝える書簡を送付していました。その内容に従って即座にその新型自動人形を送り返していれば、被害が発生する余地はありませんでした。しかし、市長はそれを無視し、ばかりか書簡の存在を揉み消しておられます。」


「あの市長らしいこった。おおかた、新型の自動人形なら、解体して組み立て直せばさぞ高値で売れる人形が出来るだろうと踏んだんだろうよ。要するに、ロターク社が発した回収指示の書簡さえあれば、この一連の惨劇の元凶が今の市長にある証拠になるってわけだな。問題は、そいつが揉み消されちまってるって点だが……。」


「表向きには揉み消されたことになっていますが、書簡は現存しています。」


「……なんだと?」


 リーピの発言に対し、フィンク議員は静かに言葉を返しただけであったが、饒舌な彼が急に言葉数を減らしたのは彼の驚きを明瞭に示していた。


 閉じた窓越しに会話内容を聞いていた彼の秘書の方が、よりはっきりと表情を引きつらせ、フィンク議員の方を凝視していた。むろん、これは悪感情ではなく、事態の思わぬ好転を予感したための緊迫である。


 次に口を開く前、一拍の沈黙中にフィンク議員は瞬時に考えをまとめたようだった。


「その書簡は、どこにある?」


「リーピ探命事務所にて保管しております。詳細な位置は、ここでは傍受される恐れのため明言できませんが……今すぐに持ち出すことは可能です。」


「どうやって手に入れた?」


「市長邸宅にて使用人として雇われていた方から受け取りました。彼女は市長邸宅にて重要書類紛失の責を負わされ、屋敷を追い出されるに至って実際に当該の文書を持ち出していました。」


「ほぉ、そいつは随分と気骨のあるメイドさんだな。濡れ衣を着せられるぐらいなら、本物になってやろう、ってか。おかげさんで、俺の手元には想定外に強力な手札が加わることになる……。」


 フィンク議員は背後の窓越しに秘書へ目くばせを遣る。


 今度は窓を細く開けるのみではなく、しっかりと庭まで踏み出て傍までやって来た秘書に対し、フィンク議員は耳打ちした。


「市長とは、もう同じ穴の狢じゃ無ぇ。今回の件、明らかに市長の独断が元凶だと確定できる。他の派閥の連中にも伝える準備だけしとけ。」


 秘書はフィンク議員に頭を下げ、足早に邸内へと戻っていった。


 表情こそ生真面目を取り繕っていたが、心なしか、彼の足取りは浮き浮きとしていた。ことが上手く進んで現市長が失脚すれば、次に街のトップに上り詰めるのは彼の上司であるフィンク議員なのだから。


 フィンク議員自身も感情の昂りは覗かせていたが、しかし極力、己の興奮は抑えている様子であった。


「ここで焦って先走っちゃいかんな。何よりも、お前らの事務所で保管してる書簡とやらが、しっかり市長にトドメを刺せる代物かどうか、確認するのが先だ。」


「お望みでしたら、すぐにでもお持ちいたします。ですが……内容が内容ですので、隠し場所から持ち出す際には強奪の恐れを警戒しておくべきかもしれません。」


「あぁ、市長派の連中が妨害してくることを心配してんのか。だが、気にしすぎんでいい。市長のケツに延々くっついてる糞みたいな議員どもは全員、今ごろ市長と一緒に製剤会社に籠ってやがる。」


 市長が街に帰ってきていないのは、製剤会社の生産ラインを我が物とし、滅菌剤販売を独占することで得られる利益をことごとく自分の懐に入れるためだ。


 そのおこぼれに与ろうとして市長について行った議員や秘書たちもまた、今はこの街に居ない。即ち、現在街に残っている市議会議員はいずれも、市長に対する忠誠心が程度の差こそあれ薄い連中ばかりである。


 その禿げあがった頭を小さく振り、目玉をギョロつかせながら、フィンクは計画を続々と組み立てていった。


「今まで俺を含む議員共が市長の言いなりになってたのも、非合法自動人形ビジネスの共犯者にさせられてたせいだ。この街の議員が受け取ってる金には、自動人形の違法業者が稼いだ利益が確実に混じってやがるからな。だから菌糸漏洩の犠牲者が無視できない量になっちまったら、全員が共倒れになる恐れまであった。」


「ロターク社は、本社ならびに純正整備工場以外での自動人形の解体を、顧客との規約にて硬く禁じています。それが解体にとどまらず、再度組み立て、正規メーカーからの許諾もなしに販売、利益と引き換えに菌糸漏洩リスクを引き上げている事実は、表立って指摘されれば不都合極まりない事実でしょうね。……ご安心を、かく言う僕らがロターク社に報告する意図はありません。」


「あぁ、お前らも正規の手順で廃棄されなかった結果、こうして活動してんだからな。だが、今は俺たち対ロターク社の構図じゃない。市長だけだ、やらかしたのは。おとなしくメーカーからの指示に従って新型自動人形を返品してりゃあ良かったものを、無視しやがったせいで被害が広がったんだ。そういう体裁が出来上がれば、俺以外の議員共も喜んで市長叩きを始めるだろう。」


 これは、この街の政治家たちにとってまたとない好機でもあった。


 今までも、安全基準が厳格ではない格安自動人形によって菌糸漏洩は発生していたが、それらは正規メーカーからの指示に従わなかった結果であり、犠牲が出ても自業自得だった。仮に、正規品の自動人形から菌糸漏洩事故が発生したとしても、この街にて活動が黙認されている非合法な人形解体業者の存在を指摘されれば黙りこむしかなかった。


 しかし、ロターク社からの製品返品指示を記した書簡を、市長が黙殺した事実が明るみに出れば話は変わってくる。


 返品すべき特異菌糸の自動人形を街の中にとどめた市長に、全ての責任がある。もはや隠蔽しきれない数の犠牲者が出ているのならば、それは市長の独断が元凶だ……というストーリーが出来上がれば、他の議員たちはいっせいに、責任を追及する側、批難する側の立場へと身を振るだろう。


 ロターク社との勝ち目のない対決を避け、市長ひとりを槍玉に挙げれば、自らの議員の席は守られる。


 ついでに、既存菌糸の自動人形についてはこれまで通り、非合法な解体、および組み立て販売を続行し、その利益を吸い続けられる。いかにも人間らしい、欲を判断の主軸に置いた策であった。


 フィンク議員は庭先にて歩哨に立っていた護衛の男たちを二人、呼び寄せた。


「おい、こちらのリーピさんとケイリーさんが、今から非常に大切な書類を持ってきてくださる。丁重に護衛するんだ。自動人形だから、と雑に仕事するんじゃねぇぞ。道中で書類を奪われたら、お前らの命は無いものと思え。」


 屈強な男たちは、いつになく凄味を帯びたフィンク議員の声を前にして表情を引きつらせ、無言のままに頭を下げていた。


 リーピとケイリーは既に立ち上がっていた。指示を出すまで動かぬ者をフィンク議員が好まぬことは明白であった。


「では、今すぐに当該の書簡を持参いたします。」


「楽しみにしてるぜ。市長邸宅からそいつを持ち出したメイドさんにも、礼を言っといてくれ。」


 フィンクは目をぎらつかせながらも、上機嫌な口ぶりでリーピとケイリーを見送った。


 確かに、理不尽な扱いを受け続けたディスティにとっては、市長に対する復讐がついに実った形となる。


 とはいえ、正しさが勝つ形ではなく、市長以外の政治家たちが自らの権力を維持するために群がってくるという、あまり見栄えのしない形ではあったが。

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