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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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恣意的行動選択:語らいと暗静浴

 チャルラットとディスティへ依頼完了報告を行った日の晩、リーピとケイリーは以前も利用したトランクルーム内へと入っていた。


 夜ともなればますます人通りの無い倉庫区画、古い大型倉庫内に金属製コンテナをいくつも並べて運営されているトランクルーム。前は、菌糸漏洩が危惧されるスクルタの様子を経過観察するために利用した貸倉庫であったが、今回ここに居るのはリーピとケイリーだけである。


 長期滞在や宿泊に無断利用することは規約で禁じられているものの、人間ではなく自動人形であるリーピとケイリーの場合は、自身を保管物品として扱うことで一晩トランクルーム内で過ごすことが出来た。


 さておき、今宵、リーピとケイリーが金属コンテナの中で一夜を過ごそうとしているのは、何も遊びのためではない。


「こちらのコンテナ内部には、照明も換気扇も設置されていませんね。」


「一晩だけの利用で契約した倉庫だから、人間が長期間閉じ込められる想定はされていないんだろうな。外に声が漏れづらいのなら、今は都合がいい。」


 リーピとケイリーは、真っ暗な空間の中で身を寄せ合って座り、小声で語り合っていた。


 特異菌糸に通話線を辿られ侵入され、会話を傍受される事例を知って以降、本当に極秘とすべき内容を喋る際は通話機の存在しない場所を選ぶべきだとリーピもケイリーも判断するようになっていた。


 そのため今夜は、通話機が設置されている探命事務所ではなく、トランクルーム内で過ごしているのだ。


「応急的に工具を用いて内側から施錠しましたが、不審がられないでしょうか。」


「外観上は判らないだろう。翌朝になって利用契約の時限を過ぎないかぎりは、倉庫管理者も無理に開けようとはしないだろうし。」


 当然ながら外側から施錠できるはずもない状況、貴重品を保管しているわけではないのだから鍵をかける必要はそもそもないのだが、リーピはトランクルームの扉を内側から固定する機械鍵を設置していた。夜間はほぼ無人の地区ゆえ、窃盗目的で倉庫に侵入する不届き者と遭遇する恐れは無視できない。


 そもそも他人との遭遇がほぼ有り得ないロケーションだからこそ、この場所を選んだのだ。


 リーピとケイリーは背中を合わせるようにして、金属コンテナ内のちょうど中央に座っていた。互いの発声器官の振動が伝われば、僅かな声量でも意思疎通は可能だ。


「特異菌糸罹患者たちが、菌糸で繋がってさえいれば情報伝達可能であることを思えば、実際に発声する必要のある僕らの会話は不便なものですね。」


「仕方ないだろう、菌糸を露出させないことが私たち自動人形の安全性を保証する大前提なのだから。」


 ケイリーは、背中をより強くリーピへと押し付けながら返答する。密着する面積が増えるほどに、音は伝導しやすくなる。


 接続しさえすれば直接的な情報伝達を担うことが出来る菌糸を有していることを思えば、人間の容姿や振る舞いを模倣する前提で製造された自動人形は、あえて菌糸本来の能力を狭めるような不便な造りであるとも評価し得た。


 しかし、この冷たく暗い金属の箱の中では、背を寄せ合って語らう人間らしい振る舞いが、不思議と温かかった。自動人形に、恒常的な体温は存在しないのだが。


 背中合わせにケイリーから押され、若干前のめりの体勢になりながらリーピは口を開く。


「夜明けまでに、片付けておくべき議題を優先して消化しましょう。まずは……トロンドさんが生態上の欠陥を有していない特異菌糸罹患者であることについて、モース研究主任がご存知であるか否か、です。」


 先日の行方不明者続出にまつわる調査を進めた結果、実行犯であるプロタゴとアリシアの身柄は警邏隊によって確保された。


 一方で、数少ない人間の警邏隊員であるトロンドが、特異菌糸の罹患者であることも明らかとなった。


 それも、非常に例外的な存在である。


 他の特異菌糸は生存に多量の養分と水分を必要とし、大抵の場合は栄養補給が追いつかず数日で枯死してしまうという生態上の欠陥を抱えている。プロタゴとアリシアは長期間生存するための養分として、街の住民の肉体を破砕機で養分液へ加工するという最終手段にまで至ったのだ。


 対して、トロンドは日々警邏隊の任務に就きながら、養分補給に追われ続ける様子はなかった。


 生存に必要な養分量が少なくて済むというのは、特異菌糸としては画期的な性質ではあるものの、人間社会においては重大な危険要素になり得る。


 思考の時間をしばし沈黙で埋めた後、ケイリーは返答した。


「このことについて、モース研究主任は知らないだろう。彼が知っていれば、トロンドに自由行動を許すはずがない。相手が警邏隊であろうとも、警察本部に掛け合ってトロンドの身柄を送致させるだろう。」


「現代社会において最大の企業、自動人形メーカーであるロターク本社の研究主任からの要請となれば、警察組織も応じるはずでしょうね。あくまでトロンドさんは末端組織である警邏隊の平隊員ですし、ロターク社に借りを作るような真似は市長からも許されないでしょう。」


「だが、現実にはそうなっていない。モース研究主任は現状、生態上のデメリットの無い特異菌糸罹患者が、どの研究機関によっても捕捉されておらず、警邏隊員としてほぼ自由に行動していることを知らないのだろう。」


 リーピは無言のままに頷いたが、真っ暗な空間で、背中合わせになっている相手に無言の頷きが見えるはずもないと直後に気づいた。


 しかし、背中を密着させているケイリーには、リーピの仕草は触感で伝わったらしい。リーピの理解力にも信を置いているケイリーは、更に語り続ける。


「多量の養分と水分を補給し続けなくても生存できる特異菌糸が実在していれば、いずれかの研究機関内部にて相応に厳重な管理が為されていると考えるのが普通だ。ミスで死滅させてしまえば取り返しがつかないし、漏洩時の危険性は既存菌糸や他の特異菌糸と比べても段違いだ。」


 いずれの菌糸も漏洩時にごく短時間で人命を奪う重度のリスクを備えていることには変わりないが、感染制御の難度は菌糸の種類によって差異がある。


 現状、自動人形その他のガジェットに広く活用されている既存菌糸は、僅かな水分と養分だけで生存し続けられる代わり、製造時点で構築されていない思考回路を勝手に生成することがない。それは製品として安定した性能を発揮する特質であり、また人体へ感染した際は知性無き存在となり果てるため、罹患者と健常者の区別が容易となり感染現場の特定や隔離措置も迅速に行える。


 昨今巷を騒がせている特異菌糸は、モース研究主任によって意図的に生態上の欠陥を加えられた存在だ。繁殖しながら自主的に思考回路を生成し、人体に感染した後も生前の人物の振る舞いを模倣して行動できるため、健常者との区別は困難である。その代わり大量の養分と水分を摂取し続けなければ生存できず、数日で枯死してしまうか、非常識な量の栄養摂取に勤しむ羽目になる。


 いわば、生存期間が長引くほどに人間社会に溶け込むことが困難になる性質によって、感染の事実を隠蔽しづらくなり、蔓延を防がれているのだ。


 しかし、その唯一のデメリットが消失した特異菌糸罹患者の実在は、漏洩時の社会全体における危険性を桁違いに跳ね上げる事実でもあった。ケイリーに対してリーピは言葉を返す。


「モース研究主任は、ロターク本社内においては特異菌糸に敢えて生態上の欠陥を与え、漏洩時に備えたセーフティーとしていました。それだけ危険性を理解している彼であれば、常に世界中の研究機関に対し、欠陥の無い特異菌糸を保管ないし発見していないか、探りを入れ続けているでしょう。仮に発見すれば、ケイリーが先ほど言った通り、それを早急に回収するか、あるいは現地で枯死処理を断行する可能性が高いです。」


「偽ヴィンスに対して行った措置の様に、だな。……ところで、今さらになって気にかかったんだが、既存菌糸も特異菌糸も、元はロターク社で開発されたものなのだろうか?ロターク社はあくまで自動人形を製造する企業であって、菌類の生態研究は専門でないように考えられるんだが。」


「……それについては……僕も、疑問を抱いたことがありませんでした。」


 リーピはハタと顔を上げ、自分と背中を密着させていたケイリーの後頭部に頭をゴツンとぶつけた。


 不用意な行動をケイリーに詫びつつも、リーピは自分たちの思考に填められた枷の存在に薄々ながら気づいていた。ロターク社の製造品である自分たちは、ロターク社の在り様に疑念を向ける思考を抱いてこなかった。


 そもそも、ロターク社に対し疑いを向ける必要がある状況を見出せなかったことも関係していただろうが、それにしても今しがたのケイリーの発想は全く盲点であった。


「どうして、その思考に至ったのですか、ケイリー?自動人形の正規メーカーとして、ロターク社で菌糸研究が行われていることはごく当然だとのみ僕は考えてきたのですが。」


「私も同じだ、が……先日の、簡易宿泊所で目にした光景が記憶領域を占め続けているせいかもしれない。空気中に蔓延した菌糸が、部屋の壁を這いまわっていた虫たちに取りついて次々に身体制御を奪っていく様は、なんというか、実に……生命的な反応、だったんだ。」


 ケイリーの口にした表現が最適であるか否かは分からなかったが、リーピも彼女の言わんとするところは理解した。


 人体に感染することの方が余程おおごとに違いなかったが、壁を這いまわる虫たちが続々と身体制御を奪われて、ボトボトと床に落ちていく様は、これまでになく菌糸の振る舞いを生命的に示す光景であった。


 人間への感染事例は“事故”として淡々と処理されてしまうだけに、むしろ生命が失われた実感を薄れさせていた。


「確かに、機械工作による自動人形製造が専門分野であるはずのロターク社にて、菌糸の生態を制御するに至る研究が生み出されたと考えるのは少々不自然かもしれません。とはいえ、現時点では判断材料が少なすぎます。モース研究主任が、この世界で行われる全ての菌糸研究を把握しているわけではないのかもしれない、との推測を立てられる程度です。」


「そうであれば、トロンドが体内に保有している特異菌糸の性質について、モース主任が知らないことにも説明はつけられるかもしれない。しかし、この場で結論を出せない話は置いておくとするか。」


「はい、モース研究主任がトロンドさんの体質を知らない可能性が高い、ということだけ確認できれば良いでしょう。次に判断を明確にしておくべきは、僕らがトロンドさんからの要請通りに、欠陥の無い特異菌糸が実在するという事実を秘匿し続けるべきか否かです。」


 まさに今日の昼間、チャルラットとディスティに頼み、秘匿事項を保持するための指示を受け取ったばかりの件である。


 ロターク社の製品であるとはいえ、今は探命事務所として独立しているリーピとケイリー。自分たちに向けられた要請を確実に遂行するための手段は実行したものの、その是非についての議論は熟していないと思われた。


 リーピの持ち出した話題についてはケイリーもずっと考え続けてきていたのか、すぐに口を開いた。


「トロンドの意向を尊重することが、事態悪化に直結するとは考えられない。特異菌糸は空中感染しないから、トロンド自身に感染を広げようとする意図が無い限り蔓延の危険性は低い。他でもない、トロンドと最も身近な人間である警邏隊長のフィリックが今なお感染していないんだからな。」


「以前、滅菌剤の容器にペンキで印をつける作業を行っていた際、換気を怠った室内にペンキからの揮発物が充満していることにフィリック隊長がいち早く気づいておられましたからね。思えば、あの場においてもトロンドさんは生来の人間とは異なる体質を示していたのです。ともあれ、トロンドさんご自身が警邏隊としての職務に真摯であることも鑑みれば、敢えてモース研究主任に伝える必要性は薄いでしょう。」


「あぁ、モース研究主任は確実に、トロンドに自由行動を許さないだろうからな。しかし、空気中に既存菌糸が蔓延している環境下で問題なく行動できる以外に、アリシアを無力化する時に見せたあの運動能力も、特異菌糸罹患者だからこそ得られる恩恵だ。この街の警邏隊は、トロンドを今後も必要とし続けるだろう。」


 身体構造を菌糸に置き換えられた生物は、呼吸のみならず、血液循環系や消化器官が不必要となる。


 既存生物と全く異なる進化を経てきた菌糸は、個々でも独立可能な生命である。ひとたび活動維持できる養分と水分さえ得られれば休息も睡眠もなしに活動可能なのは、単一の菌糸としての状態でも生命活動を維持できるためだ。


 非常に細身でありながら、ひと跳びで天井まで飛びついたり、そこからの蹴りで標的の身体に穴を開けたりできるほどの身体能力を有しているトロンド。おそらく、彼女の体内に生前存在した臓器は現在ほぼ全て脱落し、現在は神経細胞と骨格を除けば全身がほとんど筋繊維で構成されているのだ。


 疲労と無縁、菌糸漏洩時にも感染の恐れが無く、事件の実行犯を即座に無力化できる身体能力……といった条件が揃えば、警邏隊で重宝されないはずもない。


「それにしても、フィリック警邏隊長や警察本部は、トロンドの特殊な体質が唯一無二のものであることを知っているのだろうか。」


「当然、公にはされていませんが、彼らは知っている可能性が高いです。フィリック隊長は、換気していない部屋でペンキを使用し続けていたトロンドさんを、無理にでも連れ出そうとはしませんでした。警察本部については以前、倉庫区画で顔の無い死体が発見された件において、遺棄された死体の現認をトロンドさんに指示しています。」


「あぁ……フィリック隊長の行為については、彼の正義感に似つかわしからぬ振る舞いだと我々も気にしていたな。感染症の危険性が高い現場に警邏隊員を向かわせようとした警察本部の指示とは雲泥の差だが、どちらもトロンドが生身の人間ではないことを知っての決断だとすれば合点がいく。」


 トロンドの体質がどれほど希少性の高いものであるのか、警察組織に属する面々が理解しているかどうかはさておき、トロンドが警邏隊から抜けることで生じる穴は非常に大きいものと思われた。


 ますますもって、モース研究主任にトロンドについての情報を積極的に伝えることは賢明な判断ではなかった。


「では、チャルラット先生とディスティさんから僕らへ言って頂いた、トロンドさんに関する秘匿指示は現状のまま活かすことにしましょう。僕らの創造主であるモース研究主任の意向に反することにもなりかねませんが、トロンドさんの働きによって失われずに済む人命は今後も少なくないはずです。」


「同感だ。菌糸感染を蔓延させる原因になるどころか、菌糸感染を防ぐために尽力しているのがトロンドなのだからな。思えば彼女のために流動栄養食チューブが支給されていることだし、長期間にわたってトロンドが警邏隊として活動することは想定されているのだろう。」


 こうして、警邏隊員トロンドの活動を阻害すべきではない、との結論に至ったリーピとケイリー。


 ……モース研究主任の意向から外れる選択を、敢えて採ろうとする思いが無いわけではなかった。ロターク本社に疑いの念を向けることをしてこなかったがために、これまで意識を向けず気づけなかった事項が、他にもあるのではないかとリーピもケイリーも考え始めていたのだ。


 製造時の思考能力を超え得ない自動人形の身であるからこそ、可能性が開かれる道を積極的に得たい。


 リーピもケイリーも、生命でありたかった。


「ところで、僕は今になって、解決していない疑問点を思い起こしました。かなり前のことになるのですが、覚えておいででしょうか……トロンドさんが、初めて僕らの探命事務所へと依頼を持ちこんだ時のことです。」


「顔の無い死体を倉庫区画で発見した件のことだな、勿論覚えている、ついさっき言及したことだし。」


「あの時、トロンドさんは現場から最初の情報提供が、自動人形の声で為されたと仰っていました。しかし、そもそも通話機は発信者の声を受話器内の人工声帯で再現する仕組みです。菌糸通話線の向こうで喋っているのが人間であろうと自動人形であろうと、声質に変わりはないはずです。」


「……確かに、何故トロンドが通話越しの声を自動人形の声だと断定したのか、わからないな。」


 倉庫区画での死体遺棄事件においては、違法な人形解体設備から脱走した自動人形が、現場から最初の情報提供を警察に行った……という説明をトロンドが行っていた。


 が、あの時に現場から逃げ出したのは、特異菌糸を用いて製造された自動人形である。ただでさえ流暢に喋ることが出来る自動人形の発話、それも通話越しとなればますます人間の喋りと区別することは困難だろう。


「第一、あの事件で逃亡した自動人形は、文字通りにヴィンスの顔を奪い、ヴィンスになりすまして暫く行動していた。事件が明るみに出れば困る立場に違いない。」


「彼が、あえて自ら警察へと通報を行う動機は見出せませんね。」


 トロンドが自動人形からの情報提供を受け取ったというのが虚偽であれば、トロンドは通話無しに別の手段で事件発生を知り得ていたことになる。


 ……トロンドは、一般人からの通報という口実を得るためだけにリーピとケイリーを頼ったのだろうか?


「疑問点は他にもあります。あの現場で殺害されていたのはフィンク議員の息子ヴィンス氏でしたが、彼が菌糸に感染していたのなら、死体然として床に倒れているのではなく、思考能力はさておき生前同様に歩き回っているはずでした。遺体の損壊があまりに激しかったため、あの時は運動機能の喪失に疑念は向けられませんでしたが……。」


「それも、そうだな。他でもない特異菌糸に感染したのなら、運動能力だけではなく思考能力も充分に構築できるはずだから、少々グロテスクな見た目ながら立ち上がって理性ある振る舞いを示すことは充分に出来たはずだ。死んでいるようにしか見えない外観を利用して、高度な“死んだふり”でもしていたのか?」


 これまた、今となってはリーピもケイリーも正確な状況把握のしようがない問題であった。


 あの日、リーピとケイリーはヴィンスの死体が遺棄された現場でまだ生きている菌糸の塊を目撃している。人体を養分として繁殖している菌糸には違いない。


 ならば、他の感染事例同様、人体を操って自由に行動し始めなかったのは何故なのだろうか。ヴィンスの遺体は回収されて遺体安置所へ移された後、内部に腐敗ガスが溜まって膨張する様まで示していた。


 自動人形の既存菌糸や、世を騒がせている特異菌糸ではない、更に別種の菌糸であったのだろうか?


「特異菌糸罹患者は、僕ら自動人形とは違い、積極的に嘘をつくことが出来ます。あの件に関しては、トロンドさんが僕らに虚偽の情報を与えた可能性が濃厚だと言わざるを得ません。」


「死体遺棄事件の捜査に、一刻も早く着手したがっていたことにも間違いないだろうけれどな。人口密集地に感染爆発を引き起こしかねない元凶へ早急に対処しようとしていた、という点を見ればトロンドの警邏隊員としての使命感を疑う余地はない……と、私は信じたいんだが……。」


「今後は、トロンドさんの任務遂行を邪魔することなく、同時にトロンドさんの動向を注意深く観察する必要がありそうです。」


 不確定要素を消し去る最良の手段は、ロターク本社のモース研究主任に事実を伝えることであったが、やはりその選択肢はリーピもケイリーも思考内から努めて排除していた。


 自動人形をはじめとする菌糸技術を発展させ、制御し、その恩恵を最大限利用してきた人間社会。すべてを完璧に管理できているのならば良いのだが、特異菌糸の漏洩や感染事例の続発は管理体制が綻ぶ兆しに他ならない。


 人間の想定通りに製造された自動人形であるリーピとケイリーにとって、管理側の想定から外れたトロンドの存在は救いの旗手にも見えたのだ。


 真っ暗な中で、リーピは懐中時計を取り出す。


 蓄光剤の文字盤はごく微かな光量しか放っていなかったが、自動人形の視力なら十分であった。


「随分話し込んだつもりでしたが、まだまだ、夜明けまで時間はありますね。」


「真夜中に倉庫を出ていくわけにもいかないだろう。夜間の出入りは完全に封じられているんだから。」


「しばらく、このままで居ましょう。」


 リーピとケイリーは背中を委ねあう恰好のまま、無機質なトランクルームの中でじっと座り続けていた。


 何も喋らず、微動だにせず、ただ時の経過を待つ。


 慌ただしく時が過ぎ、人々の意思が目まぐるしく行きかう社会を忘れさせるような、暗がりに潜む過ごし方。生命であること、人間を模倣することを望んでいながらも、自動人形の根源たる菌糸として本来あるべき姿でもあった。


 それは世界から忘れ去られたような静寂で、とても居心地の良い暗闇でもあった。

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