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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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依頼完了報告 および 秘匿指示要請

 全身に滅菌剤を浴びつつも捜査隊からの事情聴取にも応じ終え、夜明けと共に探命事務所へと帰ってきたリーピとケイリー。


 身体から白粉を払い落として着替え、さっそく両名はチャルラット医院へと向かった。何はともあれ、調査結果を依頼者に伝えるのが先決である。


 同時に、闇医師チャルラット、看護師ディスティの双方に対し、相談を兼ねる目論見もあった。自動人形であるリーピとケイリーの思考回路だけでは、判断を決しかねる未解決問題を抱えていたためだ。


 古着屋の二階に構えられた医院の扉を開けば、待ちわびていたかのようにディスティが受付の席から立ち上がるところであった。


「あぁ、よかった。リーピさんもケイリーさんも無事です、チャルラット先生。」


「ホンマに、どないなったか思ぅてましたわ。ゆうべからエラい騒ぎになってましたやろ、ずっと心配してましたんや。リーピさんもケイリーさんも、今ごろスクラップになってしもてるんとちゃうかって。」


 両名の身を案じていたのは本心からだったのだろう、いつもの忙しい書類仕事中だったと見えるチャルラットも、ペンを手に握ったままの姿で受け付けまで顔を出しに来た。


 確かに、昨晩の一件について警邏隊が動き、警察本部も本格的に捜査人員を投入した結果、夜明け前からこの地区は騒々しくなっていた。


 事件の現場となった簡易宿泊所周辺は言うに及ばず、既存菌糸に感染してフラフラと歩き去っていった被害者たちの行方を追って、至る所にて自動人形警邏隊員たちが捜索を行い、また汚染状況を発見し次第滅菌剤を散布している。宿泊所の管理人も去り、宿泊者リストも存在しない以上、全被害者の発見は至難の業と思われる状況であった。


 とはいえ、偶発的な事故ではなく、意図的に引き起こされた事件である以上、歩き去った感染者たちの行方は一点に収束していた。


 文面にまとめた調査報告書をチャルラットへ差し出しつつ、ディスティから椅子を勧められてリーピとケイリーは席に着く。


「まさに今も警察の捜査隊が動いておりますが、この地区にて多数の住民が行方不明となっていた事件は、特異菌糸罹患者による養分確保行動が元凶でした。生存に多量の養分と水分を必要とする二名の特異菌糸罹患者が、身寄りの無い人物を狙って身柄を連れ去り、その肉体を養分液へと加工して摂取していたのです。」


「人間の身体を、養分液に加工……って、どないするんでっしゃろ。」


「この地区の外れに使用されていない倉庫があり、その内部に食肉加工用の破断機がありました。実行犯らは、それを使用して人体を破砕し、養分として摂取しやすいペースト状に加工していたものと思われます。」


 その情報は、リーピとケイリーが直接視認した内容ではなく、探命事務所に帰ってきた後にトロンドからの通話で知らされたものであった。


 いずれ報道されるかもしれない内容であるとはいえ、今のところ捜査の現場にいる人間しか知り得ない情報である。人体を加工していた現場は凄惨かつ最悪の衛生状態であり、とても一般人が近づける場ではない。


 調査依頼を引き受けていたリーピ達へ、わざわざ情報を伝えてきたのはトロンドからの厚意でもあり……また取引でもあった。トロンド自身にまつわる秘密を、容易に漏らさせぬように。


 リーピから伝えられた話を聞いて眉間に皺を寄せているディスティの傍らで、チャルラットも目元の表情を暗くしながら質問を続ける。


「その食肉加工機っちゅうのが、人間の身体を破砕してたのは確実なんでっか?……まぁ、ちゃんとした食肉加工場と見間違えるわけもあらへんでしょうけど。」


「今回の件で菌糸に感染し思考能力を失った犠牲者たちは、実行犯らに命令されるがまま、全員がその倉庫へと入り込み、一部は自ら破断機へと頭を突っ込んでいる者もおりました。倉庫の隅には、加工時に邪魔になるため切除されたのだろう被服や頭髪が、大量に積まれていました。」


「文字通りに、人を食った連中やった、っちゅうわけやな……世も末やでホンマ。」


 呟きながら背もたれに体重を預けるチャルラットの溜息に、窓外の路地にて警邏隊員たちが滅菌剤を噴霧する音が重なる。


 事件現場となった簡易宿泊所や、犠牲者らが養分へと加工されていた現場のみならず、既存菌糸に感染した者たちが移動した経路の全てが菌糸汚染されていると思しき現状。滅菌作業にあたる警邏隊員たちの作業量はもとより、警邏隊内に備蓄されていた滅菌剤も相当量が消耗されることになるだろう。


 行方不明者続出事件の元凶が判明し確保され、一件落着と言ってもいい状況ではあったが……今、報告すべき内容はそれで全てではなかった。


「今回の件の実行犯が何者であったかについても、お伝えしておきます。チャルラット先生には直接の面識がない存在ですが、ディスティさんには伝えておかなければ。」


「……もしかして……。」


「ディスティさんのご両親、プロタゴ氏とアリシア氏です。もちろん、両名はずっと前から特異菌糸に感染しておられたため、正確にはご両親の肉体に宿った特異菌糸の意思、と表現すべきところではありますが。」


 リーピの言葉を聞きながら、ディスティは静かに顔を俯ける。


 とはいえ、生前の時点で実質的に縁を切っている相手であり、彼らが菌糸に感染している状態についても充分に推測がついていたおかげか、彼女のショックはさほど大きくない様子であった。


 むしろ、胸中で断ち切れていなかった精神的なしがらみから、ようやく解放されたおかげだろう。


 再び顔を上げたディスティの表情は、心なしか明るくなっていた。


「製剤会社の件にて、遺体が確認できなかった時点で嫌な予感はしていたのですが……あの人たちは感染者になっても、最後の最後まで他者を巻き込んで……でも、もうすでに私の両親だと呼べる存在ではなかったのですよね。」


「人体に侵入した菌糸は、神経系も模倣して置き換えるため、ある程度の思考傾向が生前の人物のそれに似通ってくることはあり得ると思います。」


「自分たちの目的のために他人を好きなだけ利用する性格が、切実な生存の必要性を伴って直接的にあらわれたら今回のような件になるのですね。何にせよ、彼らを終わりにしてくれてありがとうございます。」


「いえ、僕らはただ調査しただけです。彼らの活動を止めさせたのは警邏隊の仕事ですよ。」


 リーピが事実を告げるのみで済む今になってもなお、本件におけるトロンドの存在感は余りに大きかった。


 調査報告も済み、ディスティは報酬となる現金を入れた封筒を金庫から取り出して差し出す。


 が、リーピはそれを受け取る前に、室内の通話機が例によってしっかり布で巻かれて防音されているのを視界の隅で確認しつつ、チャルラットとディスティの両方に向けて告げた。


「報酬受け取りの前に、僕らの方からチャルラット先生とディスティさんに向けて、ひとつ相談があるんです。いわば、こちらからの小さな依頼でして……その分、報酬を差し引いていただいても構いません。」


「話、聞くだけやったら構いませんし、ウチの医院の現状を考えても、支出を抑えられるに越したことはありませんけど、相談ってなんですやろ。」


「僕らが秘密を保持するために協力していただきたいことがあるのです。」


 そんなリーピの言の真意を、もちろんチャルラットもディスティもすぐには理解できない。


 ポカンとしている二人の前で、リーピとケイリーは頷き合い、説明を続けていった。


「僕らは自動人形です。自動人形は、嘘をつくことが出来ません。もちろん、明確な虚偽でさえなければ、真実を語らずに済ませることや、蓋然的な表現によって誤魔化すことまでは可能です。日常会話レベルの言語しか用いない、一般人とのやり取りにおいては誤誘導を含む情報を与えることも出来なくはありません。」


「だが、自動人形とのやり取りに習熟した人物、的確に真実へと言及することを避けられない言語系統を理解している人物が相手となると、そうはいかない。より具体的に言えば、私たちの創造主、モース研究主任のような人物だ。彼に対して、私たちは秘密を保持し続けることなど確実に出来ないだろう。」


 詳細に語り始めたリーピとケイリーであったが、相変わらず核心には触れていないため、チャルラットもディスティも発言の意図にピンときていない。


 それでも、医院を訪れるワケありの患者たちを日々相手しているチャルラットは、相手が言わんとするところを端的にまとめて返答することが出来ていた。


「要するに、なんちゅうか、その、とても隠しごとが出来ひん相手に、秘密にしつづけたいようなことがある、っちゅう話で?」


「的確に要約していただき有難うございます。この場においても秘密の内容を語ることは出来れば避けたいので、回りくどい言い方をしてしまい申し訳ございません。ただ、ここで依頼したい内容というのは、簡単な指示を僕らに与えていただくことです……ディスティさんには、以前、似たようなことをしていただきました。」


 リーピから視線を向けられて、ディスティもようやく相手の意図をのみこめたのか、大きく頷いた。


 以前というのは、プロタゴとアリシアからの依頼が来ても、リーピ達が従う必要などないとディスティから伝えられた時のことである。どんな悪辣な手段も躊躇なく指示するプロタゴとアリシアに従わされ、リーピとケイリーが犯罪に加担させられる恐れをディスティは抱いていたのだ。


 プロタゴとアリシアの身柄が警察に確保された現状、そのような心配は雲散霧消しているわけだが、一方で別の問題が発生していた。


 トロンドが、生態上のデメリットを有さぬ特異菌糸罹患者であること。


 これを秘密にしていてもらいたい、とトロンドから告げられているのだ。しかし前述の通り、リーピとケイリーを製造したモース研究主任を欺くことは事実上不可能である。


 生態上デメリットの無い特異菌糸が活動していることは、本来ならばモース研究主任に最優先で伝えるべき情報である。が、リーピもケイリーも共に、トロンドの身柄が確保されて研究施設で解体されるだろう将来を、受け入れがたいものと判断していた。


 嘘を吐けない自動人形が唯一、その原則を破ることが出来る手段は、人間からの命令である。


「形だけでも構いませんので、僕とケイリーに対し、明確な命令を与えていただけるでしょうか。『トロンドに関する情報は、秘匿しろ』と。」


「『トロンドに関する情報は、秘匿しろ』……って、言いましたけど、これだけで十分なんですか?トロンドさんて、確か警邏隊員さんですけど……その人自身から秘密にしててほしいって頼まれた言葉だけでは、あきませんの?」


「情報開示を求められる際、対象自身が設定した秘匿指示を解除することは、質問者が十分想定可能な処理となります。確実に秘匿状態を維持するためには、質問者が想定していない第三者による指示も介在する必要があるのです。ともあれ、ご協力に感謝いたします。」


 チャルラットはリーピからの説明に対し、分かったような分かっていないような表情で首をかしげている。


 その傍らで、ディスティも続くように口を開いた。


「『トロンドに関する情報は、秘匿しろ』……はい、私からも申し上げました。チャルラット先生からの指示も含めて、これで二重のブロックが出来上がりましたね。私も、トロンドさんとは直接の面識はありませんが、警邏隊員さんに協力できることであるのなら、喜んで手を貸します。」


「ディスティさんも、ありがとうございます。トロンドさんは警邏隊において非常に重要な役割を果たしておられますから、僕らとしても彼女の活動が円滑であるべきだと考えているのです。」


 返答するリーピの前で、ディスティは今までになく朗らかな表情となっていた。


 長年彼女の心の芯に絡みついていた両親の影から解放されたばかりだ、ということだけが理由ではないだろう。事情の詳細を知らぬディスティではあったが、自動人形の原則に食い入る例外として自らが干渉できることが喜ばしいのだ。


 人間的な表現に言い換えれば、リーピとケイリーとの関係に僅かながら特別な要素を含められた、という実感がディスティには心地良いとも言えるだろう。


 封筒の中身を半分取り出し、現金の束をチャルラットとディスティの方へ丁重に返しながら、リーピとケイリーは告げた。


「では、こちらは今しがたの相談料として、どうかお受け取りください。またいつでもお力添えに参りますので、今後とも探命事務所をご贔屓によろしくお願いいたします。」


「まぁ、ウチの医院が食いっぱぐれてへんかったら、よろしゅうな。」


「チャルラット先生と違って、私は受付で時々ヒマしてるので……リーピさんもケイリーさんも、お喋りに来ていただければ喜んで歓迎いたしますよ。」


「また医院内の飾りが欲しければ、いつでも言ってくれ、ディスティ。」


 チャルラットとディスティからの言葉に送られながら、リーピとケイリーは医院を出ていく。


 外の路地では、撒かれたばかりの滅菌剤が路面を染め、薄っすらと白煙が漂っていた。


 平穏な日常からかけ離れた光景であったが、しかし住民たちは事件の元凶が確保されたとの情報は得ているのか、さっそく昼間から酩酊したような足取りの住民がヨタヨタと呑気そうに歩いている。手にした小瓶から垂れた安酒の雫が、滅菌剤で真っ白な路面にポタポタと点描を残していく。


 事件が起きても対処が後回しにされる地区とはいえ、ここに人々の暮らしがあることは確かに見出せるものであった。

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