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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
56/66

依頼23:人身略取および故意菌糸漏洩に関する調査 2/3

 低所得者層の住まう地区にて、行方不明者が続出している件の調査は、チャルラットから依頼された直後から開始となった。


 が、古びた雑居ビルやさびれた商店街、路地を歩き回って不審な状況が無いかと調べまわったリーピ達にも、昼間には特筆すべき発見は無かった。


「住民たちの警戒心が高まる夜間を避け、あえて昼間に事を起こす可能性についても鑑みたのですが、流石に白昼堂々と実行犯が動くことはありませんか。」


「私たち自動人形と同様に、特異菌糸の罹患者は暗所での視野確保に優れているのだからな。自分たちに有利な状況を待たない手はないだろう……そもそも、標的とされる人間がほぼ出歩いていない。」


 確かに、リーピとケイリーが歩いて見て回っている間、遭遇したのは店舗に品を納入しに来た業者と、巡回の警邏隊員たちだけであった。


 通報も報道も為されていないとはいえ、現地住民たちには行方不明者の続出は把握されているのだろう。不用意に出歩くことを皆避けているかのように昼間の人通りは疎らで、一応開けられている店舗でも暇そうな店員がリーピ達に不審の目をジロジロと向けてくるばかりであった。


 通行人が少ないことは犯行の助けともなり得るが、新鮮な養分を求めている特異菌糸罹患者にとっては、標的の減少を意味する。


 人間が出歩いているのは店舗の近辺ばかりであり、店内に設置された通話機をすぐ操作できる店員に目撃される位置をあえて犯行場所に選出することは無いだろう……まだ理性を働かせる余裕があるうちは。


 昼間となれば労働に出ている住民が大半であり、住宅内はもぬけの殻だ。空き巣ならばともかく、人間の肉体を養分として欲している存在にはますます不都合な時間帯だろう。


「こういう時、真っ先に標的とされそうなのは路上生活者たちだろうが……。」


「かつて彼らが列を為していた路地は、無人となっていますね。行政が対応した結果であればよいのですが、既に犠牲となった後であるとも考えられます。」


 もはや闇医者の世話になることすら出来ない面々が、いつ、どのように姿を消したのか、確かめる術などあるはずなかった。ただ、彼らが特異菌糸罹患者に狙われない理由など無いことだけは、確実だった。


 傾いた陽射しが夕映えの色を差し込ませる街路を歩きながら、リーピはケイリーに語った。


「今のところは警邏隊が動いた気配もなく、犯行現場を隠すための意図的な菌糸漏洩も見出されていません。ですが今日の夜には確実に、犯行が発生するものと思われます。」


「特異菌糸として活動する以上、養分補給は毎日必要となる。今日だけは狩りを止めにする、というわけにもいかないだろうからな。だがそれにしても、リーピ……住民たちを攫っている存在は、いかにして標的に『身寄りがない』ことを判別しているのだろうか?」


「確かに、行方不明になっても親族や友人によって通報が行われない人物ばかりが狙われて、人身略取が発生しているとのことでしたからね。住民の個人情報を知り得る存在が、犯行に関与しているのでしょうか。」


 だとすれば、公的機関までもが特異菌糸罹患者に手を貸していることになる。あまり当たっていてほしくない推測であった。


―――――


 夜の帳が降りると共に、低所得者層の住まう地区は都会の一部であるにもかかわらず暗がりに沈む。


 街灯は一応設置されてはいるものの、長期間交換されず照明部分は古びて劣化しており、乏しい光量が街灯の真下の地面を照らすばかりである。


 当然ながら外出する人間は昼間よりも更に少なく、往来の人気は皆無となっている。経済的な余裕を象徴するかのごとき歓楽街の喧騒が遠くに響く中、この一帯が静まり返っている様をリーピは見渡して言った。


「ほぼ全ての住民は翌日の労働に備えて睡眠を要します。侵入者を防ぐ手立てを整えて眠ることが、彼らにとって最善の夜の過ごし方となるでしょう。」


「犯行がこの地区で尚も行われるのならば、侵入行為を伴うのはほぼ確実だな。」


 ケイリーは手にしている防護傘を持ち替えつつ、リーピに追随する。かつて、重量物を保持する腕の側にのみ負荷がかかっている点をモースから指摘されて以降、防護傘装備時の使用腕を定期的に交代することをケイリーは習慣づけていた。


 リーピは街路を進みつつ周囲の状況を確認する視線を絶やさなかったが、彼が向かう先は既に決まっているようであった。


「昼間の調査では何も異変を見出せなかったとはいえ、現地建物の位置関係を改めて把握できています。ついでに、『実行犯がいかにして身寄りの無い住民を判別するのか』についても、仮説ではありますが一つの推測を見出せています。」


「……この夜間に滞在している場所次第で、住民の質が分かる、というところか?」


「はい。少なくとも家族で居住している住宅であれば、侵入に気付かれ次第騒ぎとなりますし、別区域に住まう親族が音信不通を訝しんで通報を行うこともあり得ます。行方が分からずとも他人や親族から身を案じられない人物が夜を過ごす場所は、限られてきます。」


 そもそも、住居を得るためにはその人物の信用が十分に足りなければならない。


 収入に基づく家賃の支払い能力、犯罪歴の有無など、家主や不動産業者が入居を希望する人間について確認したがる項目は多岐にわたる。表向きは個人情報がみだりに参照されることはない、との制度が設けられているものの、実際は社会的信用の足らぬ人物が住居を得ることは至難の業である。


 宿泊施設についても同様、定住所を持たず定職に就いていない客は、殊に高級なホテルにおいては宿泊拒否されることが多々である。反社会的な団体の拠点として利用されでもすれば、その宿泊施設の評判はガタ落ちとなってしまう。客が宿泊台帳へ偽名や虚偽の職業を記入すれば、その時点で犯罪である。


 ……その一方で、世間での評判をほぼ気にする必要のない場、いわば簡易宿泊所などは客の素性を問わず受け入れる。


「完全なる天涯孤独でなくとも、家族や親族、友人も居ない、まさに『身寄りの無い』人間が夜を過ごす場所として、簡易宿泊所は真っ先に候補に挙がります。極端に安い宿泊料金で、賃貸物件よりも遥かに安く雨露をしのげます。その代わり、宿泊中のプライバシーは皆無、部屋への侵入や窃盗被害は高確率で発生します。」


「宿泊施設自体への立ち入り管理が杜撰だからこそ、特異菌糸罹患者が獲物を探すのにも打ってつけというところか。」


 言いながら、ケイリーはリーピの作業服のフードを持ち上げ、彼の頭に深く被らせた。ケイリー自身も、頭部を覆うフードを目深に被る。


 愛玩用自動人形として活動するよりも、作業用自動人形として見られている方が行動を阻害される可能性が低い。愛玩用自動人形が非常に高額な物品であることを知らぬ人間も少ない。出来れば、作業服を着た人間だと思われているほうが猶のこと好都合だ。


 リーピとケイリーは、昼間のうちに目星をつけていた簡易宿泊所のひとつへと赴いた。


 この地区には他にも簡易宿泊所が複数存在していたが、いずれも近くで滅菌剤が散布された痕跡、言い換えれば菌糸漏洩が引き起こされた痕跡がある。すなわち、既に宿泊客を攫う行為を実行した場所であり、宿泊所側からの警戒度も上がっていると考えるのが自然である。


 一方で、リーピ達が赴いた簡易宿泊所の付近にはまだ滅菌剤散布の痕跡はない。手つかずの狩場が残されているとなれば、特異菌糸罹患者がここを襲う可能性は高い。


 街路から建物に挟まれた路地を抜け、道に面していない土地に取り残されたように建つ古びた集合住宅があった。


「入居者が去り、オーナーも手放したアパートメントを格安で購入し、部屋数を増やす改築を行って営業しているのでしょう。」


「私たちの嗅覚でも感じられるほどに悪臭が立ち込めているな。管理は杜撰そのものだと見える。」


 ケイリーが言った通り、建物自体に近付くだけで、汗が染みついたまま乾いた服の臭いが漂ってきた。おそらく、全ての部屋でその臭気が充満していることだろう。


 玄関口には部屋を一晩借りる料金を記載した看板が掲げられ、その脇に部屋の鍵と料金をやり取りするための隙間だけを空けた管理人室の窓口がある。窓口は不透明な板で仕切られており、客と管理人は互いに顔を確認できない……それが好都合だと考えるような人間たちばかりが利用する宿泊施設であった。


 管理人は、窓口から料金を差し込まれた時に部屋の鍵を渡すだけが仕事だと心得ているのだろう。リーピとケイリーが何も言わず素通りする足音は聞こえていただろうが、窓口からは呼び止める声は聞こえなかった。


「ひとまず、建物内を見て回りましょう。」


「あぁ。」


 リーピとケイリーは短く言葉を交わし、共に廊下の奥へと歩を進めた。


 今夜、ここで犯行が発生すると決まったわけではないの。そも、人間の身柄を攫う行為でなくとも、全く関係ない別の犯罪行為と遭遇することもあり得る場所ですらある。


 とはいえ、調査を行う以上、建物構造の把握は必須である。


 簡易宿泊所は3階建て、廊下を挟むようにして両側に部屋の扉が並んでいる。その半数が、元々アパートとして使われていた頃には無かったはずの入り口なのだろう、壁を抉って倉庫のごとく粗末な金属扉を無理やり填め込んだような造りとなっていた。


 部屋の扉はいずれも閉め切られており、中に先客がいるか否かは外見からは判別できない。いびきの音が内部から響いている部屋はいくつかあったが。


 ただ、人の姿を全く見出せないわけではなかった。


 二階に上がったとき、廊下には幾名かの姿があった……壁に背を持たせて立っていたり、部屋の前に座り込んでいたり、振る舞いは思い思いであったものの、その場で一晩を明かすつもりであることは確かであるらしかった。


「部屋を借りる料金を払わず、廊下で過ごすつもりの連中だろうか?」


「さすがに、そんな人間が殺到しては簡易宿泊所といえど営業妨害として看過できないでしょう。管理側が追い出していないということは、相応に存在を認められた方々のはずです。」


 建物内の構造を確認するため、廊下を歩いているリーピとケイリーは、必然的に彼らの目の前を通り過ぎることとなる。


 栄養状態が満たされていない環境で生きてきた人間の例にもれず、いずれも体格だけを見れば貧相な男たちであったが、その目つきはどこか常人離れしていた。


 言うなれば、容易く理性の枷を外すことが出来る人間。必要とあれば、自分自身も含めて命を損なうことに躊躇を抱かない人間。


 順調に文化的な生活を歩んでいる人間には、決して出せぬ視線。


 長らく人間の感情を観察してきたリーピとケイリーは、彼らが向けてくる視線の質の異様さに気付きつつ、不用意な身振りを示さぬように歩き去った。


 上階へと向かう狭い階段を上がりながら、リーピは小声でケイリーに告げた。


「彼らは、ボディガードだと思われます。資金に余裕のある宿泊客が、就寝中の安全確保に雇っているのでしょう。」


「行方不明者が続出している件について、警戒の念は現地でも広がっているだろうからな。」


 もとより、部屋への侵入や窃盗が頻発する簡易宿泊所。客の夜間の見張りを担うことを収入源とする者たちの存在は、今に始まったことではない。


 しかし、行方不明者の続出は、彼らボディガードにとって追い風であったろう。この地区の夜間にて眠っている間のリスクに、自身の身柄を攫われることが追加されたのだから。


 ボディガードを雇わない、金払いの悪い客は被害に遭う。


 その実例が増えることが収益増につながるとなれば……仮に就寝中の宿泊客が連れ去られる現場を目撃しても、通報を行わないという振る舞いは理にかなってすらいただろう。


 三階に上がって廊下を覗き込んだリーピは、途端に足を止め、手振りでケイリーにも警戒を促した。


 彼が見る先を覗き込んだケイリーもまた、動きを止め、手にしている防護傘を固く握りしめる。


「あれは……?」


「干渉しないよう、現場の経過を確認しましょう。」


 廊下の先、こちらもいくつかの扉の前には雇われボディガードの姿があったが……一室の扉が開かれっぱなしとなっていた。


 部屋からは濁った照明の光が漏れ、中で動いている何者かの影が廊下の床や壁に映っている。一人ではない。少なくとも二人が身をかがめ、床に向かって何らかの作業を行っている。


 声は聞こえなかったが、盛んに布が擦れ合う音、そしてくぐもった激しい息遣いが聞こえてくる。まるで、布を被せられた人間が必死で抵抗しているかのような音だ。


 廊下でじっとしているボディガードたちは、努めてそちらの方へと視線を向けぬように顔を背けているようだった。


「ゴキン」


 鈍く重い、しかし聴覚から拭い去り難い音が響くと同時に、布が激しく擦れ合う音も途絶えた。


 それが意味するところをリーピとケイリーは直接視認できはしなかったが、人体の骨格を損壊した音であろうことは充分に推測できた。しばらくロープを結びつける音が聞こえた後、部屋から出てきたのは人ひとりが入る袋を協力して担いだ男女であった。


 薄暗さ故、その顔をはっきり確認することは出来なかったが、彼らの服装には嫌というほど見覚えがあった。 


 男は、明るいグレーに格子模様が入った上質な外套。女は、大きな襟のついたベージュのコートを、腰のベルトで絞ったスタイル。


「プロタゴ氏と、アリシア氏……すなわちディスティの両親、その肉体に特異菌糸が宿った存在です。」


「製剤会社内では彼らの遺体が確認できなかったが……あの二名、養分を補充して活動続行していたのか。」


 閉鎖環境ゆえに外部に異変が気付かれることなく、特異菌糸の感染蔓延によって従業員が全滅した製剤会社をリーピ達が調査したのは数週間前の話である。


 滅菌剤の生産ノウハウが全て破棄された後、特異菌糸に感染した肉体はことごとく養分の枯渇によって崩壊し、活動停止していた。役員の親族というコネを利用し、製剤会社の非常勤参事というポジションに収まっていたプロタゴ氏とアリシア氏も、彼らと運命を共にしたものと思われていた。


 が、今なお両名はしぶとく生き延びていたのだ。


 特異菌糸罹患者が生存に必要とする膨大な量の水分および養分を、この街の住民の肉体から摂取し続けることによって。


 彼らがこちらに向かって来たらリーピは即座に階段を下りて身を隠すつもりだったが、幸いながらプロタゴとアリシアはより入り口に近い側の階段へと向かっていった。周囲の部屋の前で待機し続けているボディガードたちへ、にこやかに挨拶を向けながら。


「やぁ、どうも皆さん、お邪魔いたしました。ご協力感謝いたします。」


「ご静観いただきありがとう、明日もまたお礼をはずみますね。」


 彼らの声色は、以前リーピとケイリーが聞いた時と同様にごく穏やかなものであった。口調も言葉遣いも礼儀正しく、今まさに人命を奪って身柄を略取している人物の振る舞いとは思えぬほどに紳士的だった。


 その歪すぎる行動は、あまりにも不気味すぎるのだろう……周囲のボディガードたちは目を背けたままであった。


 彼らが礼を言われているのは、プロタゴとアリシアの行為を邪魔せず、通報も行わなかったことに対してであろうと思われた。


「今日の獲物は、わりかし肉付きが良い個体ですね。」


「えぇ、帰って加工するのが楽しみです。」


 先ほど命を奪ったばかりの人間を担ぎ、プロタゴとアリシアは悠々と階段を下っていく。


 彼らの不気味さは、振る舞いだけに起因するものではなかった。


 相変わらず現場の明度は不十分であったが、自動人形の視覚をもってすれば彼らの体格は充分に視認できた。


 背後からだと後頭部が上半分しか見えないほどに、プロタゴとアリシアは共に酷い猫背となっていた。背中から腕は、遠目から見ても異様に筋肉が発達していることが分かるほど、彼らの服を内側から突き破らんばかりに膨れ上がっている。両脚も増大した体重を支えるに相応しい太さとなり、辛うじてテープで固定されたサンダルが足裏に貼りついていた。


 特異菌糸に感染してなお、長期間生存するとどうなるのか、彼らが初めて明確に示していた。


 思考回路を自主的に構築すると同様、肉体もまた必要に応じて発達させることが可能なのだ。都市部にて豊富に存在する人体という養分源を確実に入手するため、膂力を人間の限界を超えて発達させている。


 プロタゴとアリシアは今、心身共に、人間離れした存在になり果てていた。


 彼らの足音が十分に離れていった後、小声でリーピはケイリーに伝える。


「時間を置いて、撤収しましょう。」


「あぁ。」


 むろん警邏隊には、想定以上に状況が困難になっていることを伝えねばならない。


 が、この場でその旨を口に出すことは憚られた。ただでさえ、この簡易宿泊所にてボディガードの役を担っている者たちは、プロタゴとアリシアの振る舞いを黙視する選択を採っているのだ。


 警察組織よりも、殺人鬼との同居を是とする集団の中で、不用意な言動は避けるべきだとリーピもケイリーも理解していた。


 今出来ることは、無名の作業員として振舞いながら場を去るのみであった。

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