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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
55/65

依頼23:人身略取および故意菌糸漏洩に関する調査 1/3

 リーピとケイリーが、ラーディの靴工房で和やかな休息を過ごした翌日。


 チャルラット医院から重大な依頼が舞い込んだ。用件自体は急を要さぬとはいえ、通話越しのチャルラットの声色は切迫していた。


「今すぐ解決してほしいっちゅうワケやありませんけど、難儀な話がありますねん。じっくりお伝え出来る時間があったら、来てもらいたいんですけど。」


「折よく僕らは現在手が空いておりますので、只今そちらに向かわせていただきます。」


「ほな、待ってますわ。」


 チャルラットも通話越しに重要な情報を流すことのリスク、すなわち傍受される可能性を認識しているのか、最低限の喋りだけを済ませて一旦通話を切った。


 彼が通話で直接言及しなかったのは、依頼内容ばかりではなかった。


 リーピとケイリーは連れ立って、今までチャルラット医院が入っていた雑居ビルに向かう。


 が、他でもない闇医師チャルラット本人が、ビル入り口で待っていた。上背のある彼が、ぎらつく目つきと髭面をロングコートの襟で半ば隠し、ビルの壁面に背をもたせかけて居る様は、一見とても医師には見えない佇まいだ。


 リーピとケイリーも元愛玩用人形に見えぬよう作業服を纏っていたが、チャルラットの方から正体に気づいたのか声をかけてくる。


「わざわざ来てもろてすんませんけど、ウチの医院は移転しましたんや。定期的に場所変えんと、警察当局に取り締まられずにいる口実も出来ひんでっしゃろ。」


「見て見ぬふりをしてもらう側にも、工夫が必要ということですね。」


「ぼちぼち話しながら行きまっせ。」


 チャルラットはせかせかとした足取りで歩き始め、リーピとケイリーは彼の後についていく。


 歩きながらも伝えるべき内容を頭でまとめているのか、チャルラットはしばらく言葉を発していなかったが、彼に追随するリーピとケイリーは近辺の様子に多少なりと変化を見出していた。


 闇医師が医院を構えるような土地柄だけあって、もとよりこの一帯はせせこましく路地が入り組み、ごちゃごちゃと立ち並ぶ雑居ビルや店舗が街の見通しを遮っている。その路地を、昼間から何の仕事に就いているとも知れぬ面々が酩酊してヨタヨタと往来しているのが、この区画の日常風景であった。


 が、今は往来する人間の数が急に減っていた。


 ところによっては、ビルそのものの入り口シャッターが下ろされ、建物全体が真新しい廃墟のごとく静まり返っているのを眺めつつ、リーピは口を開く。


「この区画の人口が、急激に減ったように見えます。あるいは、外出している住民が偶然少ないだけでしょうか?」


「いや、今仰った通り、人間は減ってますんや……けど、死人は確認されてませんねん。おかしな話でっしゃろ、今回の依頼も、このこと関連ですわ。」


 チャルラットの発言を聞きながら、ケイリーはリーピとは別方向に注目していた。


 路地の中でもひときわ狭い、大柄な人間には進入自体が困難と思われる区画。その場所が、真っ白な粉末で染まっていた。


 ほぼ間違いなく、滅菌剤が散布された跡であった。


 菌糸漏洩が確認された際、現地にて噴霧される滅菌剤。菌糸を枯死させたのち、しばらく薬剤は現地に残留するものの、日にちが経つにつれ風に吹かれ、あるいは通行人に踏まれて散逸するのが普通である。


 が、この狭い路地には風が通らず、ばかりか往来する人間もほぼ居ないせいか、散布時からほとんど変わらぬ状態で滅菌剤が残留しているらしかった。


 ケイリーの見ている先に気づいたのか、チャルラットが言う。


「誰も通らへんから、滅菌剤撒かれた時のまんま、放っとかれてますねん。」


「滅菌剤が散布された痕跡は、一か所だけじゃないな。狭苦しい路地のあちこちに、白粉が残留している。そんな頻繁に、菌糸漏洩事故が発生しているのか?」


「普通は、ありえへん話ですわ。ここらへんで、いくら格安でも自動人形を雇えるほど余裕ある住人なんか居ませんから。ま、詳しい話は医院の中で。」


―――――


 チャルラットが入っていったのは、古着屋の脇、道路から直接二階へと上がっていく狭い階段である。


 新たなチャルラット医院の居所は、その先にあった。既に室内の設えを整えた後なのだろう、扉を開けた先には受付のテーブルが備えられており、以前ケイリーが贈った造花も飾られている。


 ディスティは受付の椅子から立ち上がり、来訪者を出迎えた。


「おかえりなさい、チャルラット先生。ようこそお越しいただきました、リーピさん、ケイリーさん。」


「またお会いできてうれしいです、ディスティさん。お変わりなくて何よりです。」


 リーピの返答に、ディスティは下瞼に隈の浮き出た顔ながら、にこりと笑みを返した。初めて出会った時の憔悴しきった様子から、今の彼女は精神面も大きく回復したようであった。


 とはいえ現状は、和やかな時間を過ごしていられる状況ではない。


 チャルラットが今回リーピ達に依頼しようとしている内容は簡単なものではなかった。奥の仕事机に向かったチャルラットは、前に並べた患者用のスツールを勧めながらつげる。


「どうぞ、座って聞いてもらえますか。今回の依頼は、ざっくり言ぅたら状況調査です。ここに来る道中でも見はったと思いますけど、ここんところ、この近辺で続々と人間が消えてってるんですわ……死体が見つかってへんから、死亡確認も取れてないんですけどね。」


「行方不明者の続出、ということでしょうか。しかし、そういった事件の報道は為されず、警邏隊の出動が度重なっている様子もありませんが。」


「そんなん、相手してもらえるんは、ある程度社会的な立場がある人間だけですやろ。身寄りもない、天涯孤独の、蒸発しても通報してくれる身内もおらん連中が、次から次に消えていってるっちゅう話ですねん。」


 愛玩用自動人形として製造されたリーピとケイリーの思考内にて定義される“人間”は、社会的な信頼度の高い富裕層の人間ばかりである。


 そうでなくとも、つい先日まで市議会議員や市長、大企業の経営陣といった面々に接していたため、今しがたチャルラットから告げられたような人種についての想定はリーピもケイリーも思考回路内で優先していなかった。


 相手が前提を理解したのを確かめたうえで、チャルラットは言葉を続ける。


「まぁ、そんな連中が消えたところで困る奴もほとんどおらんやろうけど、こっちとしては商売あがったりですねん。死体を残してくれるんやったら、死亡診断書を作成する仕事も出来るっちゅうのに、忽然と消えられたらどうしようもあらへん。言うてしもたら、客が会計も済まさず、あの世に行ってまうようなもんですわ。」


「確かに、大病院の医師が手を出したがらない場所でこそ、チャルラット先生のお仕事は求められていますからね。ところで、それと並行して、この近辺のあちこちで滅菌剤が散布された痕跡も見られましたが、今回の件と何らかの関係があるのでしょうか?」


「直接関係あるかどうかは知りませんけど、行方不明者が出た現場の近くで、解体されて中身の菌糸が漏れてる自動人形の残骸がばら撒かれてる、っちゅう事件がちょくちょく起きてますねん。十中八九、行方不明者が出た現場に他人を近づけさせんための細工ですわ。」


 解体され、内部構造が露出している自動人形は、すなわち菌糸の散逸を起こしているため感染源となる。


 何かと問題の特異菌糸は空気感染しないが、現行で運用されている自動人形に使用されているのは既存菌糸である。こちらは特異菌糸ほど生存に水分を必要としないため、空気中に散逸している間も枯死には至らない。


 そのため、既存菌糸が暴露状態になっている周辺は空気感染の危険性が十分に高まる。既存菌糸の罹患者は明確に思考能力が低下するため、健常者との区別が即座につくという点では隔離が容易であるものの……感染してしまった時点で助からないという致死性の高さには変わりない。


 大規模な感染は早急に対策されるものの、局所的に人間の出入りを防ぐ目的であれば、解体された自動人形は充分な効果を発揮する存在であった。


 さっそくリーピは推測を始める。


「他の人間が近づけない状況を作るという目的は明白ですが、問題は実行者の素性です。自動人形からの健康被害を受けぬよう解体しようとすれば、人間の場合は全身防護の装備が必要となり、その格好で行動するのは非常に目立ちます。」


「人形に命令して人形を解体させるっちゅうことも出来るんとちゃいますか?」


「それも充分に可能ではありますが、純正品の自動人形はロターク本社の管轄外においては菌糸漏洩を誘発する解体作業を行えないよう設定されています。非正規に組み立てられた格安自動人形の場合は行動制限が解除されているでしょうが、動作の精密性が損なわれているため解体作業を指示通りには実行できないでしょう。」


 自動人形メーカーによって生産品に施されたセーフティは厳重であり、おかげで状況の推測は円滑であった。


 むろん特異菌糸を内包する自動人形ならば、行動上の制約もなく、精密動作を可能とする知性も有するが、こちらは養分液の補充を頻繁に行わなければ内部の養分や水分が枯渇し、短期間で菌糸が枯死して活動停止しまう。


 可能性が完全に皆無となったわけではないものの、生身の人間や自動人形によって、今回の事態が引き起こされたとは考え難い。となれば、残る可能性はひとつであった。


 暫し黙り込んだリーピは考えをまとめ終え、口を開いた。


「菌糸感染者……それも、特異菌糸の感染者が実行者であると考えるのが自然です。菌糸漏洩状態を気にする必要がなく、感染後でも人間水準の知能を確保できる存在は他に居ません。」


「だが、リーピ、特異菌糸の感染者は生存のため大量の水分と養分を摂取し続ける必要があったのではないか?これまでも肉体に特異菌糸が侵入した人間は幾名か見てきたが、いずれも例外なく身体の乾燥が進み、最終的には崩壊して形状を保てなくなっていた。」


「その大量の養分と水分を確保する手段が、これまで続出した行方不明者の肉体であるとの推測は充分に成り立ちます。」


 ケイリーからの問いかけにリーピは淀みなく返答したが、その推測内容は余りに凄惨な被害状況を暗示するものであった。


 特異菌糸感染者が肉体を維持するための養分と水分を、実際に確保し続けるため……毎日、身寄りの無い人間の身柄を攫っている可能性があるのだ。ついでに、現場を抑えられたり、追跡されたりするのを防ぐため、意図的に既存菌糸の漏洩状況をも引き起こしている。


 計画的に市民を捕食対象として狩り、その肉体を養分として摂取する行為。


 生存目的で直接的に人間へと危害を加える存在と化した、特異菌糸の罹患者が活動している可能性が濃厚なのだ。その説をチャルラットは俄かに信じることが出来ないのか、別の考えを述べる。


「養分さえ入手できればえぇっちゅうんやったら、食料品店を狙うんが先とちゃいますん?金があるんやったら、普通に購入したりできそうなもんやけど。」


「特異菌糸が毎日必要とする養分および水分量は、人間の食事量とは比べ物にならないほど多量になります。よほどの資産家でなければ食費を賄いきれないでしょうし、窃盗を犯せば被害は多額となります。人命より経済を優先する市長が収めるこの街では、下手をすれば殺人よりも窃盗により厳格な捜査が行われます。」


「それもそうでんな……人の身体丸ごとを養分にする方が、量も充分やし、お上から睨まれづらいっちゅうことを分かっとるわけや。」


 チャルラットは眉間に皺を寄せながら、椅子の背もたれに体重をもたせ掛ける。


 今までの感染者は、自身の存在を目立たせぬため、あるいは理性的な振る舞いに努めたために、これほどの行為に踏み切ることは無かった。


 眉間に皺を寄せつつ話を聞いているディスティを傍らに、チャルラットは口を開く。


「今回の依頼、だいぶ危ない調査になるかもしれへん……報酬は多めに支払いますわ、自分らも下手したら被害者になってまうかもしれませんし。引き受けてもらえますか?」


「えぇ、チャルラット先生やディスティさんの安全を確保するためでもありますので。既存菌糸による汚染現場にも問題なく突入できる自動人形でなければ、円滑な調査は行えません。ただ、同様に自動人形を運用している警邏隊の協力を得られた方が、調査が円滑であろうことは明白です。先方の返答次第ではありますが、警邏隊に協力を仰いでも構いませんか?」


「……闇医者が依頼主や、っちゅうことを伏せてくれるんやったら構いませんよ。」


 チャルラットからの条件提示に、リーピは無論頷いた。


 そもそも警邏隊が現時点で動いていないのは、現状の行方不明者が身寄りの無い人間ばかりで、土地柄もあって通報が行われていないためである。リーピとケイリーの二体だけで調査するよりも、組織的に動ける警邏隊が主導した方が状況把握も早いことは言うまでもない。


 ただ、警察上層部や市長の意向に活動が左右されてしまいがちな警邏隊が、社会的立場の低い市民たちの安全を確保するためにどこまで動員されるか、甚だ心許ないところであった。


 それに、現時点では全く推測のしようが無い、別な謎も残されていた。リーピに視線を向けながら、ケイリーは呟く。


「しかし、いったい何者なんだ?今に至って生存し続けている、特異菌糸の感染者とは。」


「僕も、それに関しては推測材料を見出せません。アントンの花屋での感染事例でも、製剤会社内での感染事例でも、被害者は残らず身体崩壊し、活動持続できる存在の残存は確認できなかったというのに。」


 むろんリーピはこの場での言及を避けたが、先日の市長邸宅での一件についても同様だ。


 執事や門衛が屋敷への出入りをずっと監視していた以上は、特異菌糸汚染が外部に広がった可能性は皆無である。


 とはいえ、プルスやミュールが感染後も必要以上に暴れたり、力尽くで脱走したりせず、おとなしく自分たちの運命を受け入れていた姿は今になっても印象深く思い出される。プルスは身柄搬送される直前まで、お淑やかに着席したまま、穏やかに微笑んでいたのだ。


 彼女らの振る舞いと比べれば、今回の件、市民を標的として襲っては養分源とする肉食獣のごとき振る舞いは、至極野蛮である。


 感染した特異菌糸が模倣する生前の人物は、よほど利己的な思考の持ち主であったのだろうと思われた。


―――――


 身寄りの無い市民が続々と行方不明になっている事件は、やはり何者にも通報されておらず、警邏隊には把握されていなかった。


 リーピからの通話を受け取ったトロンドは初めて聞かされる下町での状況に驚き、対処にも前向きではあったものの、警邏隊を挙げての捜査には容易く首を縦に振れる様子ではなかった。


「市民生活の安全性が直接的に脅かされている緊急事態であることは否めません。が……仮に実際に通報があったとしても、その地区に対し捜査隊を出す許可が下りることはまず無いと考えられます。」


「警邏隊の活動は、富裕層の住まう地域の治安維持が優先となるためでしょうか。」


「それもありますが、その地区にて直接捜査を行った場合、取り締まるべき対象が短期間で急増し捜査課の処理能力を逼迫してしまうためです。警察組織の仕事としては矛盾した考えですが、上層部はもとより貧困層の居住区画へ警邏隊を向かわせることに消極的です。」


 公にされる機会のない、警察組織の内情について語るトロンドの声色は沈んでいた。


 ひとたび取り締まったところで、貧困層が住まい、商売を行っている地区においては、法令を遵守しない行為がいくらでも再発する。取り締まり後も、合法性が不透明な状況が再発しないか監視し続ける必要があり、それには手間も人手も要する。


 そして、多くの警察官僚はわかりやすく自らの成果が残らない取り締まりには消極的であり、より社会的な影響力の大きい……表現を択ばずに言えば、警察組織内での出世に直結し得る捜査に積極的である。それこそ市長主導で行われた製剤会社への立ち入り捜査には、大勢の署員が同行したのだ。


 事件が起きたところで無名の市民が巻き込まれるだけの貧困地区に対しては、「どうせ掃除してもいずれ汚れるから掃除を怠る」如き杜撰な精神しか向けないのが、警察組織の上層部であった。


 とはいえ、常に現場に身を置いている警邏隊員トロンドや、警邏隊長フィリックには現地住民の安全を守ろうとする思いが保たれていた。


「当該地区においては無論ながら警邏隊の通常巡回ルートが組み込まれており、頻発した菌糸漏洩事案への対処にも当たっておりました。菌糸漏洩が意図的であり、人身略取の現場を隠蔽するための工作である可能性が高いと警邏隊内で情報共有出来れば、犯行現場を確保することも現実的です。」


「現場で実行犯の身柄を確保することに成功すれば、状況は一挙に解決し得ると思われます。特異菌糸感染者が生存を続けるために要する養分量は日々莫大であり、多人数が犯行に参加している可能性は低いです。」


「しかし警邏隊はあくまで巡回経路の途中で見て回ることしか出来ないため、該当地区に留まり続けられるのはリーピさん達に他なりません。我々も急を要する事態においては駆けつけますので、例によって通報は警察本部ではなく警邏隊へと行ってください。」


 リーピからの言に対し、トロンドの返答はあくまで慎重であった。


 富裕層の市民が住まう地域の見回りを減らせば上層部に気付かれ、その思惑について問われてしまうためだろう。警邏隊としても平常時と異なる配備を彼らの一存で実施するわけにはいかないようであった。

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