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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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休日録:ラーディからの贈与品

 後日になっても、市長の孫娘プルスが特異菌糸に感染していたことは、例によって世間には伏せられ報道紙面にも載りはしなかった。


 とはいえ、街一番の豪邸である市長邸宅の解体が始まったことについては隠しようもなく、市長の指示で屋敷の建て替えが始まったことについては紙面の隅で簡単に触れられていた。


 今朝の探命事務所では、リーピが早めに読み終えた新聞紙をケイリーに手渡し、そのまま布切れを手に樹脂窓の拭き掃除を行いつつ喋っていた。


「市長邸宅建て替えの口実は、建物の老朽化や災害への対応力を建前としているようです。実際には、特異菌糸の感染者が自由に歩き回った邸宅内を残しておけないため、早急に処分する判断を下したといったところでしょう。」


「自身の孫娘と邸宅を同時に失ったというのに、市長は淡々と次の策を進めているのだな。……市長に果たして人間らしい感情があるのか否か、私はしばしば疑念を抱く。」


「内心穏やかではないにせよ、迅速に決断を下し周囲を動かすという点では、市長は優秀な人間ではあるのでしょう。人命を軽視するという致命的な短所はありますが。」


 リーピもケイリーも、自身の身近にいる人間が市長でなかったことが幸運であったと感じていた。


 人間の感情を模倣することしか出来ない自動人形にとって、最初の学習先が外れ値であった場合は後の修正の手間が多大となる。


 埃を拭った布切れを窓の外に出してパタパタとはたいているリーピの背後で、ケイリーは新聞紙を広げつつデスクから離れて椅子に座る。小柄なリーピの体格に合わせて高さが固定されている椅子とデスクでは、ケイリーの長く引き締まった足が収まらない。


「思い返せば、あの屋敷の執事の方がよほど人間らしい感情に溢れていたな。初対面時には、冷たい印象を与える振る舞いが目立ったが。」


「プルスさんからのお手紙と、ミュールさんの形見のネックレスをお渡しした際も、努めて冷静に振舞っておいででしたが、堪え難い情動と戦っておられる様子でした。」


 先日の依頼ではプルスとミュールの感染状態が確認できた後、彼女らの身柄が人間の遺体相応の扱いで屋敷から粛々と運び出されていった。


 リーピとケイリーも現場に踏み込んでいた自動人形ゆえ滅菌剤の噴霧を受け、その白粉まみれの姿であったが執事に彼女らの遺品を手渡したのであった。


 その時の執事は丁重に礼を述べていたが、直後から極端に彼の口数は少なくなった。既に語尾が震えており、それ以上口を開けば迸る涙を止められなくなると判断したのだろう。


 とはいえ悲しみに暮れている時間的余裕は執事に無い。一夜明けた今朝も、屋敷の処分に関わる手続きに追われていることだろう。


「感情を有しているのは、プルスさんとミュールさんの肉体に侵入し思考回路を構築した特異菌糸も同様であったはずですが、ミュールさんが最初に抵抗の意思を示した以外はずっと理性的な対応を続けておられましたね。」


「個体としては処分されても、同種の菌糸が他の場所で生き延びていさえすれば良い、という考えなのだろうか。あまりに往生際が良すぎるものだから、私は最後の最後まで連中が罠を残しているのではないかと警戒していたんだがな。」


「生前の宿主の思考を模倣した結果かもしれません。プルスさんは言わずもがな、ミュールさんも育ちの良いお嬢様とのことでしたから。」


 プルスのあの余裕ある態度には、いくつか理由が見いだされる。確かにプルスの思考を模倣した結果であるかもしれないが、ケイリーの言う通りまだ自由に活動できる特異菌糸が存在する証とも取れる。


 今後感染者への対処が進めば、いずれもう後がない状況まで追い込まれた特異菌糸感染者が、なりふり構わず徹底的に抵抗し続ける状況もあり得るのかもしれない。


 ……ケイリーは自動人形特有の読み込み速度で早々に情報を閲覧し終えた新聞紙を畳み、話題を転じてリーピに声を掛けた。


「今日のところは、予定されている依頼は入っていなかったか。」


「いえ、依頼ではありませんが予定はあります。靴職人のラーディさんからの用件です。」


 リーピ達がラーディと会うのは、彼女がフィリックと共にアントンの葬儀へ出席し、故郷の田舎から戻ってきた時以来である。


 アントンの身に降りかかった災難の直後は大いに気落ちしている様を示していたラーディであったが、アントンの葬儀を終えて帰ってきた時には精神面も相当に回復している様子であった。


 とはいえ、あれ以降も工房に籠って独りきりで作業を続けているのだろう彼女が、ずっと無事であるとの保障はない。


「依頼ではないのに我々に用がある、というのは……相談相手を求めているのだろうか。」


「通話を戴いた際にも詳細は告げられませんでした。声色が特別沈んでいるわけではなかったのですが、出来れば早めに様子を見に行きたいところです。」


 事務所としての収入に直結しない依頼とはいえ、リーピもケイリーも元愛玩用自動人形である。


 人間が有する感情を極力理解し、話し相手となることもまた本来の製造目的に適う振る舞いに違いない。事務所の掃除と片付けもそこそこに、リーピとケイリーは手早く作業服を着こんでラーディの元へと向かった。


―――――


 小規模な町工場や工房が集まっている地区は、相変わらずせせこましい路地に作業音が響き続けている。


 手作業による製造が細々と続けられ、高価な自動人形の類も導入されない地区。同じ街の中でありながら、ここ数日の騒動とは全く無縁のままに時間が流れているようであった。


 リーピとケイリーが靴工房を覗き込んだ時、ラーディは想定以上の朗らかさで両名を出迎えた。


「あ、あー!もう来たんですか、いや、来てもらっちゃ困るってわけじゃなくってですね、えぇそりゃ私が呼んだんですから。けど、もうちょっと待っていただけますか?ちょっとしたサプライズを用意してる最中だったんで……いや言っちゃったらサプライズじゃないですかね。あ!どうぞどうぞ工房の中へ!わざわざ呼びつけた上で、外で立って待ってろだなんて言えませんよ。」


「お招きいただき光栄です、失礼いたします。」


 いつも通りの調子が戻ってきたためか、無駄に多い口数がとっ散らかっているラーディ。


 リーピは彼女の発言内容から汲む必要のある意図だけを取り出し、端的に挨拶を返す。


 改めて彼女の相手をするにつけても、ラーディは人間らしさの塊であった。ラーディの発言内容を命令として作業用自動人形に聞かせてみれば、混乱しきった言語系統を処理しきれず棒立ちになってしまうことだろう。


 とはいえ、ラーディはさしてリーピとケイリーを待たせはしなかった。彼女が行っていた作業は実質ほぼ完了しており、仕上げ後のチェック最中だったのだ。


 ラーディがあれこれと姿勢を変えて見つめる作業台の上には、革靴が二足並んでいた。


「いえね、以前お約束したことが、ずっと放って置かれていたのを最近思い出しまして。私、前に言いましたよね……『あなた方専用の靴をお誂えしましょうか?』って。」


「そんなこと言ってたっけか……リーピ、覚えてるか?」


「少々お待ちください、僕も只今記憶領域を探っております。」


 人間と違って忘却することは事実上無いはずの自動人形であるが、あまりに時間の経過が長かった場合は記憶の引き出しに時間を要する。


 ケイリーもリーピも居並んで首をかしげていたが、リーピがハタと顔を上げた。


「ヴィンス氏になりすましていた自動人形を確保した時の話、ですね。あの時は偶然居合わせたためとはいえ、ラーディさんを巻き込むような真似をしてしまって申し訳ございませんでした。」


「いやいやいや、私もお忙しいところにお邪魔しちゃったもんですから。よし、問題なしです。しばらくお休みしてたお仕事の再開ですし、特に気合いを入れて靴をお造りさせていただきました。サイズもピッタリなはずです、どうぞお試しください。」


 リーピとケイリーに手振りだけで座るよう促し、工房内のベンチに腰掛けた両名の前にラーディはそれぞれ革靴を持ってくる。


 こだわりをもって仕上げられたのだろう、傷ひとつない革の表面は磨き上げられて光沢を保っていたが、靴全体の造りは重厚である。分厚い靴底から足の甲までは堅い素材で支えられ、足首をしっかり保持する編み上げ部分は柔軟性のある革で仕上げられている。


 靴紐を掛ける金具は一度締めれば容易く解けたり緩んだりせぬよう、掛けた紐をさらに固定するパーツがひとつひとつに装備されている。ひとたび履けば、装着者の歩行を半永久的に守り続けるだろう堅牢性であった。


 ラーディはしゃがみ込んで、ベンチに腰掛けるリーピの足を持ち上げて靴を履かせながらも喋りが止まらない。


「このサイズの靴って、もうほぼ子供用なんですよ。で、子供用となればどうしても成長してサイズが合わなくなっちゃいますでしょ?兄弟とか知り合いの子におさがりを上げる予定でもないかぎり、オーダーメイドで注文するお客さんなんてほぼ居なくってですね。大人向けの本格的な長距離歩行用の靴を子供サイズで造るだなんて、まず得られない機会ですから、張り切っちゃいまして。」


「確かに、自動人形である僕なら、時間経過でサイズが変わることを考慮する必要はありませんね。それにしても、確かに僕の足にピッタリです。いつの間にサイズを計測していたのですか?」


「いやあ、靴職人としてずっと人の足を見てきたものですから。それに自動人形さんなら、靴越しにも足の形状は想定しやすいですし。」


 リーピに靴を履かせ終えたラーディは、続いてケイリーの足元にしゃがみつつ答える。


 人間の形状を模倣して製造される愛玩用自動人形であれば、当然ながら脚の形状も人間が考える理想的なフォルムに則って製造される。


 それに、自動人形として常用している樹脂製の作業靴は、人形の身体パーツ自体の堅牢さに頼る部分もあって薄く軽量な構造である。プロの靴職人ならば外見からサイズを一目見ただけで、脚の形状は容易に把握できるだろう。


 しかしラーディはケイリーの足に靴を履かせつつも、あることに気付いて小首を傾げた。


「あれっ?ケイリーさん、ちょっと足がむくみました?いや、人形さんなんだから、そんなわけないですよね。」


「気づいたか。いや、流石に人間同様の生態を得たわけじゃない。つい最近、ロターク本社にて身体パーツの取り換えを行ったんだ。リーピの方はサイズ変更なしだが、私は多少の筋繊維増設が全身に施されている。」


「そうだったんですか、私の眼に狂いがあったのかと思って、ちょっと焦っちゃいましたよ。でもご安心ください、人間用の靴と基本的には同じですから、歩き疲れて足がむくんだ程度のサイズ変動は許容範囲です。」


 言いながら、ラーディは手早くケイリーの足首まで金具に靴ひもを通し、丁寧に編み上げていく。以前の身体パーツとの誤差はケイリーの体内に追加された筋繊維シート一枚分、ほんの僅かであったのだが、微差に気付くのは職人の感覚ゆえであった。


 隣ではリーピが既に立ち上がって付近をウロウロと歩き回り、履き心地の良さを確かめていた。


「重厚な作りですが、挙動は一切阻害されず、脚を持ちあげる際の重さは感じにくいですね。脚部パーツの延長として、最初から僕らと同時に製造されたかのようです。」


「ほ、ホントですかぁ?リーピさんとケイリーさん用にロターク社で作られた靴のほうがピッタリかも、ってちょっと不安だったんですけど。」


「確かに純正品の靴は僕らの足に完璧に合わせられた形状ではありますが、歩きやすさはラーディさんの靴の方が上ですよ。」


 むろん自動人形の歩行能力を発揮する上では、製造元が用意した靴で充分である。現状の身体パーツをモースから用意された際、量産されている人形用の靴を予備として多めに貰っているし、洗浄が困難なほど汚損したとしても替えが利く。


 ただ、職人として幾つもの靴を作り続けてきたラーディが組み上げた革靴は一点ものながら、品質は桁違いであった。


 一歩ごとの体重移動がそのまま前進する力に移る形状、さらには地表面をしっかりと捉えて力のロスを最小限にする靴底など、絶妙な構造が実現している。


 動きを阻害しないにとどまらず、履く者の歩きやすさまで考慮した、量産される工業品とは一線を画する仕上がりであった。


「喜んでもらえてよかったですよぉ、がんがん履きまくって使い潰してください、いつでも持ってきてもらえたら修繕しますし、靴底が擦り切れたら張り替えますんで。といっても自動人形さんの場合は発汗もないから、劣化はそんなに早くないかもですけど。」


「有難い言葉だが、こんな大切な靴、我々は使う場を選ぶべきだろうな。昨今増えている、菌糸汚染が想定される現場に持ち込んだら台無しだ。」


 毎度毎度、滅菌剤まみれになることを見越して、正装が求められる依頼以外は作業服を常用しているリーピとケイリー。


 現時点では菌糸汚染の現場から滅菌剤を浴びて帰ってくるだけで済んでいるが、今後信頼に足る滅菌剤が減っていくことになれば、汚染されるたび服や靴を焼却処分するという状況にもなりかねない。


 ラーディの職人としての魂が込められたこの革靴が、容易に処分されるような選択は避けたいと、リーピもケイリーも考えていた。


 改めてリーピは工房内のベンチに腰掛け、ラーディに尋ねる。


「ところで、こちらの靴のお代はいくらほどでしょうか。設計も手間が掛かっているでしょうし、素材もかなり良いものが使われていると見えます。」


「いやいやいや!私が以前のお約束をふと思い立って、勝手に作っただけですので!勝手に注文を受けたような顔してお代金を戴くわけにもいきませんよ、そちらは私からのプレゼントってことで……そう、以前からちょくちょくリーピさん達のお邪魔をしてしまってるし、知り合いになれたから私も助けられたようなところ、ありますから……。」


「そうだったろうか。どちらかというと、ラーディの勘や洞察に私たちが助けられた経験の方が多い気がするが。」


「私にとっては、時々あなたたちが話し相手になってくれるだけで、すごく助けられてるんです。私、独りっきりで工房に籠って靴づくりしてるか、休みの時に街に出て他人の靴をジロジロ見る趣味ぐらいしかありませんもの……ついでに喋るのも下手でして。今、唯一の知り合いがフィリックだけになっちゃいましたけど、彼は警邏隊長として忙しいですから頻繁に会えるわけじゃないですし。」


 ラーディの言に、リーピとケイリーは頷くばかりであった。


 実際に手に取って確認できる物質的な利益のみではない、精神的な益に物質と同等以上の価値を見出しているラーディ。彼女の感性は、間違いなく人間でなければ持ち得ないものであった。


 リーピとケイリーは、履いてきた靴は手に提げ、ラーディに履かせてもらった革靴のままで帰ることにした。


 せっかく、今日は菌糸汚染と無縁の休日を過ごせそうなのだ、


「では、ご厚意に甘え、こちらの靴は大切に履かせていただきます。重ねて、心からの感謝を申し上げます。……自動人形が心を語るのは奇妙かもしれませんが。」


「まぁでも、私は心ある相手に靴を作る気満々でしたけどね。だなんて、偉そうなこと言っちゃいましたけど、ホントにすみません、気分が乗ってきたら勝手なことしちゃう性分なもんで。」


「また勝手な事をしてくれる予定があるのなら、楽しみにさせてもらう。私たちが選んだ出会いが無ければ、得られなかった物を超える価値など他にないのだから。」


「いやいや、予定にないからこそ勝手な事、なんですってば。」


 ラーディらしい締まらない別れの言葉を交わし、リーピとケイリーはいつになく軽やかに街路を歩んでいく。


 足の装備部分が変わっただけのことであったが、自動人形として振舞ってきた自分たちの歩みが、文字通りに新たな軌道へと切り替わったかのようでもあった。

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