モース主任およびディスティへの製剤会社調査報告
製剤会社からの脱出も済み、自動人形メーカー本社へと製品回収部隊と共に帰還したリーピとケイリー。
回収部隊の面々にも話は通っていたらしく、回収後に他の作業用自動人形たちとまとめて廃棄解体ラインに送られる憂き目に遭うこともない。両名とも、無事に本来の愛玩用人形のパーツに全身を換装し、モース研究主任の元へと戻るに至った。
モース自身、製剤会社内からの調査結果も待ちかねていただろうが、彼はリーピとケイリーの姿を前にするなり開口一番、身体パーツについて尋ねてきた。
「身体の具合は、いかがですか?作業用自動人形のパーツに押し込められている間は、動きも窮屈だったでしょう。」
「はい、各部位の可動域が大きく制限されているため、むしろ他の作業用人形たちと同じように振舞うことが困難でした。ところで、現在僕らは本来の愛玩用自動人形の身体パーツを装備していますが……これは、元のパーツでしょうか?記憶しているよりも遥かに、軽やかに行動できます。」
「つい先ほどまで動きにくい恰好をしていたんですから、その反動で身体が軽く感じるんじゃありませんか?……って、自動人形には錯覚も生じるはずはありませんね。仰る通り、手は加えています。キミたちが製剤会社へと潜入調査に向かっている間、キミたちの常用する身体パーツを念入りにメンテナンスさせていただきました。」
悪戯っぽく笑いながら、モース研究主任は密かに用意していた贈り物について白状する。
既に本来の所有者の手元から離れ、メーカー保証も切れているために定期メンテナンスを受ける機会もないリーピとケイリー。本来通りの扱いであれば、既に先ほどの作業用自動人形たちと同様、本社内にて解体処理されているはずである。
だが、独立して人間社会の中で仕事を続けるというリーピとケイリーの振る舞いは、生みの親であるモースにとっては喜ばしいものなのだろう。彼は今後も両名が支障なく活動し続けられるよう念入りなメンテナンスと、研究主任だからこそ可能なカスタマイズを身体パーツに施してくれていた。
「リーピ、あなたは本来の製造用途よりも多く、書類等を運ぶ機会があるようですね。肩や肘の関節部分を耐加重性能の優れたパーツに取り換えておきました。あと、分子再結合による修復は為されていましたが、右掌部にひび割れた跡がありましたので、こちらも新品に交換してあります……何か、損傷するような出来事に巻き込まれたのですか?」
「それは以前、市長のお孫さんの遊び相手を命じられた時、ケイリーが投げたボールを僕が受け止めた際に出来たひび割れですね。新品への交換、感謝します。」
「ケイリーには力加減を学習してもらわなければなりません。リーピよりも更なる重量物を所持するケイリーの身体パーツには、内部に筋繊維増設の施された、より耐久力の高い装着物を採用しております。重量物の運搬による負荷に長期間耐えられる構造です。が、最大出力でボールを投げつければ今度は、リーピの手首を容易くへし折ってしまいかねませんよ。」
「重々、留意する……ボール遊びに参加する機会など、なかなか得られないだろうが。」
モースからの説明を受けながら、リーピもケイリーも自分たちの身体をあらためて動かして駆動感を確認している。
関節部の耐久力に関しては、今後長期間にわたって経過観察しなければ確証は得られないだろうが、動かしやすさが増したことだけはこの場でも間違いなく確認できた。
要因のひとつが、普段服で隠れる部分すなわち股関節や肩関節などが軟性の表皮素材で覆われない、外観から人工関節であることが明瞭に視認できる構造となったことだ。見た目を整えるためだけの余計な構造物が不要となれば、それだけ性能面は十全に発揮される。
本来のリーピとケイリーの想定用途が既に消失、すなわち要人に所有される愛玩用自動人形ではなくなったため、服で隠れる部分の外見まで整える必要がなくなったおかげでもあった。
それでも、顔面パーツを主とした普段露出している外見部だけは、モースはほとんど手を加えていない。どうせパーツ換装すれば変わってしまうにせよ、個体としての識別サインとなる部位は、人間社会内で活動する上で極力保持されるべきであった。
さておき、本題は製剤会社内部にて調査した内容の報告である。
身体パーツの具合を確かめる動作をケイリー共々止め、リーピはあらためてモースに向かって口を開いた。
「製剤会社における調査結果について、口頭での報告を行っても構いませんか?記録媒体を残すべき内容ではないと判断されるかもしれませんので。」
「どうぞ。」
「既に推測されていた通りではありますが、やはり製剤会社の本来の従業員たちは、例外なく特異菌糸に感染して全滅していました。外部にその被害状況が伝わっていなかったのは、機密保持のため内外の出入りが常より最小限であったため、そして後ほど到着したガリティス市長による情報封鎖のためであると思われます。」
「予測していた通りではありますが……特異菌糸感染が内部で蔓延したということは、あの製剤会社敷地内における居住区にて、従業員の家族も残らず亡くなっているのでは?」
「はい、僕らが清掃作業を命じられたのは、あくまで経営のため利用されるオフィス部分のみでしたが、人目を忍んで居住区画の集合住宅内も確認しに向かいました。いずれの部屋にも例外なく、特異菌糸に感染された遺体特有の状態を示し、乾燥しきって崩壊している遺体ばかりが残されていました。」
リーピは淡々と報告し、それを聞くモースもあまり表情は動かしていない。
が、さすがに被害の規模が大きすぎることは、彼の眼差しを暗くしていた。外部環境と隔離されていたおかげで世間一般への感染拡大が防がれたとはいえ、製剤会社敷地内の人間たちは特異菌糸の蔓延に一切気付くことなく、文字通り為すすべなく閉鎖社会は壊滅したのだ。
それも、まるで狙いすましたかのように、菌糸を枯死させて感染を防ぐための滅菌剤を生産する企業にて被害が発生していることは、ますます暗い推測を呼んだ。
僅かな沈黙ののちモースは、リーピとケイリーに聞き返す。
「感染源は、特定できませんでしたか?」
「申し訳ありませんが、流石にあの状況から判別することは不可能でした。かつて経営陣の仕事場であっただろう部屋の内部も探索したのですが、あらゆる記録や情報は書類用シュレッダーに掛けられ、判読不能となっていました。人体にとりついた特異菌糸が、人体崩壊に至る前に可能な限り記録を処分していたと思しき状況でした。」
「処分しきれずに残っていた書類があったかもしれないが、後から製剤会社内へと到着したガリティス市長や、その秘書らがことごとく持ち去ってしまったものと思われる。金庫は開け放たれたまま空っぽになっていたし、デスクの中身は引き出しごと抜き取られていた。」
「そうですか……その上で、ウチの作業用人形に清掃を行わせた今、後に残されるのは何事も無かったオフィスだけ、と考えているわけですね……あの市長は。」
リーピとケイリーからの話を聞きながら、モースは額に指を当て、顔を小さく横に振っていた。
ガリティス市長が事の重大さを理解できているのか否かはさておき、利益への期待を最優先で動いていることは事実である。
ことが全て明るみに出れば、一大惨事として大々的に報道され、遺体の身元確認や後処理にも多大なる手間や費用が掛かる。滅菌剤の生産工場も何食わぬ顔で稼働させ続けるわけにいかず、製剤会社敷地内の全域で菌糸汚染の可能性がある以上、その広大な敷地全体に念入りな滅菌処理を要するだろう。
そういった本来必要となるはずのコストや時間を負担することを市長が厭った結果、遺体の残骸を作業用自動人形たちに片付けさせるという決定が下されたのだ。その片付けもオフィス内だけであり、居住区画には数多の遺体残骸が今も残されたままだ。
黙りこくっているモースが考えをまとめる時間をしばらく待った後、リーピは更に口を開いた。
「調査結果から推測可能な内容としましては、市長一派が現状、滅菌剤の生産ノウハウを知り得る手段を有していないであろうことが挙げられます。機密書類の処分が行われた際、従業員にとりついた特異菌糸は、滅菌剤の製法に関わる情報を優先的に破砕処理した可能性が高いので。」
「……でしょうね、自前で思考回路を構築できる特異菌糸なら、その考えを実行することは充分に可能です。」
「既に現時点で、製剤会社が生産している滅菌剤が不良品ばかりという状態ではありますが……これを改善する手段を、ガリティス市長は有していないと思われます。今後、全国自治体に供給される滅菌剤の品質改善は見込めず、菌糸漏洩への対策はますます脆弱化していくでしょう。」
もはや返答するまでもない当然の推測であり、モースは黙ったままただ頷くのみであった。
清掃に従事させた作業用自動人形を、作業完了後即座に廃棄処分とするほど情報の封鎖に執心している市長。彼が自主的に製剤会社の内情を公表し、滅菌剤の生産ノウハウを新たに構築するよう知識層に呼びかけることはしないだろう。
秘密を厳守させ、敷地内から外部へと勝手に出歩かないよう、ほぼ軟禁状態で手元に置いておけるような研究者を呼び寄せることはしているだろうが……そんな扱いを受け入れる研究者、そして長期間帰宅しないことを不審がられない研究者など、限られてくるはずだ。
考え込むように俯き続けていたモースは顔を上げ、その後も天井を見上げるような体勢でさらに考えをまとめていた様子だったが、ようやく口を開いた。
「今後の主目的は、世間に供給される滅菌剤の品質を、少なくとも本来の水準に戻す事になります。相手が政治家となっては、ロターク社としても立ち回りを予め考える必要がありますが、滅菌剤の品質低下はいずれ表面化する問題です。可能な限り早い段階で製剤会社内の異変を指摘できる体制を整えるよう、本社の経営陣にも通達しておきます。」
「頼りにしています。この件は、僕らみたいに小さな探命事務所や、今回の依頼者のように一市民に過ぎない立場の人間では、どうにも手出しできない規模の問題となってしまっていますので。」
「……そういえば、キミたちにとって今回の調査依頼は、製剤会社役員の娘さんから出されたものでしたね。彼女に調査結果を伝える際の文言は、十分に吟味してくださいよ。私と違って、一般的な人間は精神的負荷を非常に長く引きずるものですから。」
「理解しています。では、僕らはこれにて失礼します。」
会話しながらもモースは本社上層部に報告すべき内容を書きまとめるためデスクに向かっており、リーピとケイリーは彼の背中に一礼して部屋を出て行った。
既に救いようのない状況に陥った後の現場を見知った今となっては、社会における一大企業のトップにあの惨状が伝わることになっただけでも相当な救いであるようにも思われた。
―――――
再び夜を徹して徒歩で事務所まで帰って来た翌朝、リーピとケイリーは当初の依頼者への結果報告にも向かう。
モースからは報告内容を伝える際の文言について心配されたものの、そんな心配はほぼ不要であった。
ディスティはそもそも両親とほぼ事実上縁が切れているようなものであり、だからこそ家族と言えど製剤会社敷地内の居住区画に住んでおらず、この街の闇医者チャルラットの元で看護師として働き続けているのだ。
それに、リーピ達が彼女の両親に会った際、本人たちの性格とは明らかに違う柔和な応対を示された時点で、既に本来の人格が消滅しているだろうことは予測済みであった。
朝、開院時刻を迎えたばかりのチャルラット医院。既にチャルラットが奥で書類仕事をしている音を聞きつつ、リーピはディスティへと告げる。
「製剤会社敷地内部に居た人々は、いずれも例外なく亡くなっておられました。特異菌糸に感染した人体特有の症状を示し、養分や水分が枯渇して崩れた土砂のような状態の遺体ばかりが随所に残されていました。」
「でしょうね。そんな状態では、遺体の判別は出来なかったでしょうか。来ていた服まで乾燥しきって崩れたわけではないと思うのですが……。」
「申し訳ございません、僕らもごく限られた時間内に調査を終えなければならなかったため、無数に存在する遺体の被服を全て確認しきることは不可能でした。」
確かに、ディスティの両親であるプロタゴ氏とアリシア氏は、以前会った際に特徴的な服装を身につけていた。
プロタゴ氏は、明るいグレーに格子模様が入った上質な外套。アリシア氏は、大きな襟のついたベージュのコートを、腰のベルトで絞ったスタイル。いずれもオーダーメイドと思われ、服飾店で気軽に買える量産品ではない。
遺体の中に、そんな服を着ている存在があれば、間違いなくディスティの両親であるとの確認が取れただろうが、今回は確認できなかった。
ディスティは小さく溜息を吐いたが、危険を伴う調査を行わせた件についての謝礼を支払うことは忘れなかった。
「依頼料は、こちらに……すみません、ここで看護師として働いてきた分から捻出したのですが、少ないかもしれません。チャルラット先生に、立て替えていただくご用意もあるのですが。」
「いえいえ、十分な額です。僕らも、プロタゴ氏とアリシア氏の安否について確証を得ることが出来ず、申し訳ございません。」
「膨大な量の遺体から、特定の個人を見出すことは困難でしょうから……にしても、本当に、最後の最後まで、娘の心に居座り続ける人たち……死んだら死んだで、すっぱりと気持ちを断ち切れるのに。」
ディスティは目を伏せつつ、呟く。
心に居座られるという考え方も、自動人形には本来理解不可能な内容であったが、リーピもケイリーも今なら少しは解るようであった。
記憶の中に残り続ける情報の中でも、人間に好ましからざる感情を誘発する内容は、むしろ完全に消し去り難いものなのだろう。記憶内容の引用が自動人形ほど完全ではない人間であればこそ、良からぬ記憶には早々に終止符を打ちたいのだ。
じっと沈黙しているリーピとケイリーへと視線を上げ、ディスティは改めて頭を下げる。
「ごめんなさい、もう報酬のお支払いも済んだのに、お引止めしちゃって。ひとまず、今回の件は、ある程度のことが知れたので満足です。実際の対処も、きっと自動人形メーカー本社の方が為してくれそうですし。」
「えぇ、モース研究主任が動かれるとなれば、安心して任せることが出来ます。現代社会において最大規模を誇る企業、ロターク社が本格的に行動を起こせば、流石の市長も黙殺できないでしょう。」
「本当ですよ。この私が製剤会社を相手取って行動を起こしても、問題を解決できないどころか、チャルラット先生にご迷惑が掛かるばかりですからね……。」
ディスティは苦笑しながら呟き、あらためてリーピとケイリーに向かって深々と頭を下げた。
異変が起きれば真っ先に被害を被るのは無力な一市民であり、だからこそ彼らの声を企業のトップや政治家たちへと届けうる立場の存在には果たすべき務めがある。
リーピとケイリーは、自らの役割を改めてそのように認識していた。
自分たちの思考回路内に、ロターク社の振る舞いに否定的な評を下す選択肢が無いことになど、気づく由もなかった。




