製剤企業居住区における追加調査 および撤収過程
無人となった製剤会社のオフィスにて、随所に横たわる遺体を片付け続けている作業用自動人形たち。
いずれも例外なく、特異菌糸に感染した人体特有の現象を示して、持ち上げるたび劣化した体組織が砂の様に崩れて零れる、水分も養分も枯渇しきった遺体ばかりである。
彼らが出された指示通りに清掃作業を進めているのを確認していたリーピであったが、ある事に思いあたってケイリーに告げる。
周囲に人間はおらず、今は作業用人形の一員として振舞う必要はない。
「ケイリー、今僕らが相対しているのは、オフィス内にて働いていた方々の遺体だけです。製剤会社の敷地全域に特異菌糸の感染が蔓延し、外部に非常事態を知らせる猶予も無かったということは……他の人間の遺体もあるはずだと考えられます。」
「他の人間というのは、生産ラインの監視や、設備の保全管理業務を行う作業員たちのことか?滅菌剤の生産販売の再開が急がれている現状、彼らの遺体は既に優先的に片付けられた後ではないだろうか。」
「その推測はおそらく正しいでしょうが、人間は他にもいたはずです。製剤会社の敷地内には従業員たちが居住する区画も存在します。従業員の全員が独身であるはずもなく、家族の居る方もおられたでしょう。」
「確かに……従業員の家族たちは、今も敷地内居住区に居るのか?」
言いながら、ケイリーはリーピと共にオフィスの窓から外を見る。
しばらく清掃もされていない樹脂製の窓は白っぽく曇っていたが、窓外の景色が見えぬほどではない。
空を重苦しく蓋するような曇天の下で、雲と同じ灰色をした直方体の建物が、オフィスと繋がれた通路の先にあった。
五階建てで、どのフロアにも同じく通路に各部屋の玄関扉が並んでいる、いわば集合住宅の構造である。
さすがに社長や重役の自宅は別にあるだろうが、その他の従業員は職場に直結しているその建物で生活していたのだろう。通勤時間がほぼ不要となる住居が用意されると言えば聞こえは良いが、従業員やその家族の人生そのものを企業内に取り込んでいるかのごとき様相でもあった。
「あの従業員用居住区の内部も、調べてみましょう。」
「他の人間には見つからないよう、気を付けなければ。作業用自動人形であるはずの私たちが、命令されていない行動を勝手に実行していては確実に不審がられる。」
ケイリーから言われたリーピは頷き返し、周囲を警戒しつつも足早にオフィス建物を出て、従業員用居住区へと向かった。
住居から職場までの移動が最短になるよう造られているだけあって、移動自体はすぐに済む。
他の人間は、今ごろ滅菌剤の生産ラインの方に集まっているのだろう。製剤会社の機密書類の大半が処分され、ノウハウが失われた状態で商品生産を続行することに苦労がないはずもなかった。
がらんとした居住区画の廊下に、人の気配や生活感は無い。
一階の部屋のドアノブを回してみたリーピは、あっさりと開いた扉を前にしてケイリーと目を見合わせた。
「各住居の玄関扉には、施錠可能な構造が存在します。自宅の玄関を開放したまま、仕事に出るのは不自然です。」
「ただでさえ、私物の窃盗が発覚すれば厄介なことになる閉鎖環境なのだからな。だが、住民が既に特異菌糸に感染していたとなれば、話は別だろう。」
特異菌糸に感染した人間は、神経細胞も菌糸に置き換えられ、すなわち本人としての意思を失う。
この製剤会社の敷地内にて特異菌糸の感染が蔓延し、全員が菌糸によって構築された思考回路を有していたならば、人間が所有していた私財には価値を見出されなくなる。菌糸にとって価値があるのは、生存し繁殖するための水分と養分、あるいはそれを得るための手段だけなのだから。
往来をスムーズにする目的であれば、あらゆる扉は施錠されていない方が好都合だ……そう特異菌糸の思考回路が判断することも必然だろう。
扉が開いた室内に踏み込んでいったリーピとケイリー。
玄関からすぐ視界に入る居間の中央に、先ほどのオフィス同様、乾燥しきって崩れた人間の亡骸が二体、横たわっていた。
亡骸が身につけていた服装と体格を見つめながら、リーピは口を開く。
「こちらの人物は、従業員の妻子であると思われます。」
「あぁ、小柄な遺体は、明らかに子供服を着ているからな。だが……彼らは、何をしている最中だったんだ?」
リーピに返答しつつ、ケイリーは室内を見回している。
既に人間としての意思を喪失し、感染した特異菌糸が彼らの肉体を動かしていたのだろうとはいえ、この場の状況は異様であった。
室内の収納は全て開けられ、身分証の類や日記、アルバムなど……いわば、個人を特定できる情報の記載された物品が、切り刻まれ床一面に散乱していた。オフィス内であれば書類用シュレッダーを利用できただろうが、一般家庭ではハサミを用いるのが限度だったのだろう。
その所業を為したのは、他でもないこの部屋の住民であると見えた。
指が内部まで乾燥しきって折れ脱落する瞬間まで、その作業は続けられていたのだろう。横たわった亡骸の、砕けた手首付近にそれぞれハサミが転がっていた。ハサミの穴の部分に、指の残骸がまだ掛かっている。
リーピは暫く考えた後、ケイリーに答える。
「おそらく、オフィス内部と同様、生前の人間に関する記録を抹消する目的での行動でしょう。もちろん滅菌剤生産に関する情報の方が重要度は高いですが、居住区の住民に関する情報も、特異菌糸にとっては宿主である人体が生きていた時の情報であることに違いありません。」
「人体に感染した特異菌糸自体、肉体の水分や養分が枯渇していくことは充分に理解できていたはずだろうから……活動不能になる前に、重要度の差に拘わらずあらゆる情報を消し去ることを優先したんだろうか。」
「外部の人間によって異常事態に気づかれた際、事態の究明を遅延させることも意図していたかもしれませんけれどね。いずれにせよ、第一発見者がガリティス市長であったため、こんなことをせずとも内情が秘匿されることには変わりなかったのですが。」
リーピはしゃがみ込んで、床一面に散らばった書類や写真の切り刻まれた紙片を手で払った。
一大企業の情報とは比べ物にならぬほど少ない量ではあったが、それでもここで働いていた従業員一家の生活の記録は、まるで冬枯れの落ち葉のように降り積もっていた。
念のため隣室や、他の階の部屋も覗いてみたリーピとケイリーであったが、何処であっても状況は同じだった。
各部屋に残されていた住民の情報を記録した物品はことごとく細断されて復元困難な状態で、残骸と化した遺体とともに床に散らばっていた。
「……何にせよ、もともと敷地内にて就労し、生活していた人々が特異菌糸の感染により全滅していることはほぼ確実です。もしも、敷地外から通勤している従業員がいたとすれば、外部にて遺族が生き延びている可能性はありますが。」
「だがこれほどの異常事態が一切報道されていない現状、外部に関係者が居たとしても情報は伝わっていないだろうな。異常に気付いている人間がいたとしても、ガリティス市長が金を握らせるなりして黙らせているかもしれない。」
オフィス建物に引き続き、同じ敷地内においても最悪の推測が的中したことを確認したリーピとケイリーは、速やかに本来の清掃作業現場へと戻った。
―――――
作業用自動人形たちは、コミュニケーション能力が最低限にしか搭載されていないとはいえ、作業面においては確かに有能であった。
従業員用居住区の様子を見に行っていたリーピとケイリーが戻ってきた頃には、彼らは既にオフィスの全フロアにおける遺体回収を済ませ、床に残された痕跡の清拭を行っていた。
むろん、リーピとケイリーも彼らと同じ作業を再開しつつ、残りの作業時間内に更に調査結果を得られないかと各部屋を探索していたのだが、清掃作業時間は想定より早く打ち切られた。
予定されていた終了時刻より早く、今回の依頼について仕切っていた黒スーツの男が戻ってきたのだ。
「おい。おーい!終われ。もういいから。」
相変わらず、ぶっきらぼうな語調で面倒臭そうに命令してくる男。
例によって不明瞭な指示内容では命令であると認識できない作業用自動人形たちは、彼にかまうことなく清掃作業を続行している。黒スーツの男の苛立ちが高まらない内に、リーピとケイリーがその命令を聞き取りに向かう必要があった。
足早に男の元へ向かい、極力無機質な声質を作りながらリーピは声をかける。
「お待たせいたしました。こちらでの清掃作業を終了する、とのご命令ですね。」
「そう言ってんだろ、さっきから。」
「遺体の回収は全て完了しましたが、床の清拭は不完全な状態です。それでも終了して構いませんか?」
「だーから、終了だっつってんだろうが。人形は命令にだけ従ってろよ、ったく。」
苛立ちを露わにしている男であったが、おそらく彼自身も上司からの命令をそのまま伝えているだけに過ぎず、本来よりも早く清掃作業を済ませる理由は分からないのだろう。
だが、リーピはその理由として、一つの推測を既に立てていた。
これまた、あまり良からぬ推測である。
今回の清掃作業は、製剤会社オフィス内部に残されていた大量の遺体を回収することが主な目的であり、その内情が外部に漏洩せぬよう、従事した作業用自動人形は作業完了後に廃棄するとの指示が出されている。
正規の手段で自動人形を廃棄処分とする場合、自動人形メーカーであるロターク本社が回収し、専用の廃棄処分ラインにて安全に人形を解体する。内部の菌糸が漏洩すれば当然危険であるし、再利用可能な部品も回収可能だ。
ロターク本社からの回収車両が到着するのは、今回の清掃作業の終了予定時刻である。
が、それよりも早めに作業を終わらせたということには、ロターク本社に回収させまいとする意図の表れではなかろうか。廃棄された人形をメーカー本社へ返品せず、勝手に解体して組み立て直し、非正規に販売して利益をあげるのが、ガリティス市長の街における日常茶飯事なのだ。
「ついてこい。」
「はい。他の自動人形にも、撤収命令を伝えます。」
来た時と同様、リーピを先頭に一列に並んで作業用自動人形たちが建物を出て行った時……やはりと言うべきか、荷車の梶棒に身をもたせかけた作業服姿の男たちが数名、敷地の出入り口にて待ち構えていた。
彼らの着込んでいる作業服は統一されておらず、それぞれが着慣れたものを自宅から着てきたかのように見える。明らかに、非正規かつ非合法に自動人形を解体している業者たちであった。
そんな一団を指さしながら、黒スーツの男は人形たちに命令する。
「あの連中が廃棄物処理業者だ。連中の荷車に乗って、そのまま解体場まで運んでもらえ。」
「……お言葉ですが、彼らはロターク本社の従業員には見えません。作業用自動人形は、ロターク本社にて解体処分となる予定のはずですが。」
聞き入れられる望み薄ではあったが、リーピは一応ながらささやかな反論を口にした。
むろん、黒スーツの男が聞く耳を持つはずもない。
「知るかよ。さっさと命令通りにしろ。一回で言うこと聞けよ、不良品どもが。」
列の最後尾についていたケイリーが、黒スーツの男へと顔を向けた。表情パーツを装備していれば、明確に不快の情を表現していただろうが、今は他の作業用人形同様に無機質な外観のままである。
先頭に立っていたリーピは、判断を遅らせるわけにはいかなかった。
「分かりました。廃棄物処理業者による搬送を受け入れます。」
ここから逃亡しようにも、作業用自動人形の性能では人間の走る速度に劣る。出力も清掃作業を行う程度でしかないため、抵抗も不可能だ。
そも、抵抗する可能性を示してしまうことが、逃亡の道を閉ざしてしまうことに繋がりかねない。
非合法な人形解体業者たちは、積み荷を固定するためのロープを荷台に括りつけている。人形たちは命じられた通り従順に、荷台に身を預けていさえすれば必要以上に拘束されることも無いはずだ。
作業用自動人形たちが命令通り、解体業者たちの荷車に横たわったのを確認して、黒スーツの男はそそくさと敷地奥へと戻っていった。
リーピとケイリーも、見た目が全く同じ作業用人形たちと同様荷台に積み込まれ、上から幌を被せられてロープを掛けられた。視界は塞がれ、聴覚受容器が外部の音声を聞きとれるばかりである。
「じゃ、行くか。」
「おう。」
短いかけ声とともに荷車は動き出し、地面を転がる車輪の振動が直にリーピとケイリーに伝わりだす。
荷車を引く業者たちも言葉少なに、自分が与えられた作業のために黙々と働くばかりである。彼らもまた、なぜこの場所に人形を引き取りに来させられたのか、なぜほぼ新品の自動人形が廃棄されるのか、知る由もないのだろう。
とはいえ、劣化の少ない自動人形パーツを解体によって入手できることについて、それなりに収入が期待できる点においては彼らも昂揚していたらしい。
「こいつら、正規品の人形だよな。」
「あぁ、それも新品同然だ。」
口数の少ない業者たちであったが、荷車を人力で引っ張っていくという重労働でありながら機嫌よさげに鼻歌まじりであった。
ひときわ大きくガタガタ荷車が揺れた後、背後で重々しい金属の門が閉じる音が響く。解体業者の荷車が、製剤会社の敷地外へと出たのだろう。
その瞬間が、彼らの臨時収入への期待が潰える時でもあった。
「ドドドオオォォッ……!」
突如、間近で鳴り響く菌糸動力車の駆動音。急加速によるけたたましいクランク音の後、重量のある車体が路面を擦り付けて急減速する甲高い音が間近で轟く。
同時に、拡声器から重々しい声が響き渡った。
「そこの業者、止まりなさい。自動人形の廃棄処分は、正規メーカーであるロターク本社で行います。弊社の許諾していない搬送は即時中断しなさい。」
ロターク本社も、非合法な人形解体業者の存在は前々から認識している。今回は敢えて設定されていた作業終了時刻よりも早く、自動人形を回収する部隊が到着していた。
とはいえ製剤会社の敷地内に突入しては、大企業間での諍いになりかねない。
故に、非合法な解体業者たちが製剤会社の敷地を出るまで、ロターク本社からの回収部隊は待ち続けていたのだ。
大企業だけが保有できる菌糸動力車両が急接近してくる、そのあまりの迫力に言葉を失っていた男たちであったが、慌てたように取り繕う言葉を口々に喋り始めた。
「いっ、いや、今運んでるのは、人形じゃないですぜ。俺たちはタダのゴミ収集業者でして……。」
「そうだ、さっきのお偉いさんも何とか言ってくれたりはしないのか?」
荷車に詰め込まれて幌を掛けられたリーピ達には外の光景は見えなかったが、声の響く向きからして彼らは一斉に背後を振り返っているのだろう。
自動人形メーカー本社を相手にしては、非正規の解体業者では太刀打ちできない。
それゆえ、巨大企業である製剤会社が助け舟を出してくれることを期待したのだろうが……先ほど閉じられた門扉はそのまま閉め切られ、製剤会社内の面々は既に我関せずといった様子であった。
便宜を図ってやった解体業者から利益を吸い上げることが出来る、という目論見は内部の連中にも確かにあっただろうが、流石に正規メーカーの回収部隊が予定より早く現地到着していることは想定していなかったのだろう。ロターク本社と真っ向から対立する振る舞いは、ガリティス市長に属する者たちも避けたがっているのだ。
菌糸動力車の扉が開く音と共に、続々と回収部隊が降りてくる足音が聞こえる。
ブーツの音にまじって、重量感のある金属音も響いているのは、警備用自動人形も駆り出されているためだろう。改めて、拡声器から無機質ながらも威圧感のある声が響く。
「既にそちらの積み荷が、弊社の作業用自動人形であることは確認済みです。所有者による廃棄後も、認可されていない持ち去りは資源横領罪に当たります。指示に従われない場合、ロターク社警備部隊が、警察本部への連行協力を執行します。」
助けも来ず、完全に包囲され、非合法な解体業者たちは千載一遇の稼ぎを手放すほかになかった。
「くそっ、久々にまとまった金が入るはずだったのに。」
「まぁ、ほぼ新品の人形パーツを入手できるだなんて、うますぎる話だとは思ったけどよ。」
ロターク本社からの回収部隊によって業者の男たちは荷車から引き離され、荷車のロープを解かれて幌を外され、リーピとケイリーはようやく廃棄物としての扱いから解放された。
警備用自動人形によって跪かされながらも、解体業者は彼らなりに自動人形の性能を見慣れているためだろう、荷車から降りる時にリーピとケイリーだけが妙に滑らかな挙動を示していることに気付いたようであった。
「んん?おい、あの二体だけ、なんか、異様に……」
「身体パーツは他の作業人形と同じだが、アイツら、明らかにスペックが違いすぎないか?」
見る目を有しているという点で言えば解体業者たちは、製剤会社敷地内に居た黒スーツの男とは違っていた。
目を見開きながら腰を浮かしかけた業者の男たちだったが、背後に立つ警備用自動人形によって肩を上から抑えつけられる。
「我々の回収任務完了まで、動かないでください。従われない場合、この場であなた方の身柄を解放する保証が無くなります。」
「痛たた、わかった、わかったって、チクショウ。」
「マジかよ、あんな上物、解体場まで持ってったら一生遊んで暮らせる金が入ったろうに……。」
彼らにとっては、まさに釣り上げかけた大物に目の前で逃げられたも同然の状況であった。既存菌糸を用いた自動人形の中ではハイエンドモデルであるリーピとケイリーに、作業用自動人形とは桁違いの価値がつくことは事実である。
無念そうに呟いている解体業者たちの目の前で、リーピとケイリーはロターク本社の車両に乗り込んでいった。




