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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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依頼20:製剤会社内情調査 2/3

 滅菌剤を生産、全国に供給し続けている製剤会社の本拠地は、経営戦略を練るオフィスと巨大な生産ラインが同じ敷地内に存在し、要塞のごとき様相となっている。


 要塞という形容は、誇張ではない。


 製品を製造する現場作業員とデスクワークのスタッフが直接意見を交換しやすくなるよう敷地内の動線が確保されており、中央の司令塔と各製造部署は天候にかかわらず業務を続行できるよう堅牢な通路で繋がれている。


 外周を囲む高い塀の上にはズラリと鉄棘が並び、数か所の出入り口では厳重な所持品のチェックが行われる。直接的な盗難や、あるいは企業秘密の持ち出しを極度に警戒しての構造だ。


 そもそも人間の出入りは最低限である。


 製造ラインは作業用自動人形が多くを占めているものの、人間の従業員には敷地内に居住区画が設けられている。上下水道や日用品などは従業員のため無償で提供され、災害発生時にも問題なく業務再開できるよう、緊急時用の飲料水や食料備蓄も確保されている。


 戦時下ともなれば、そのまま籠城も出来そうなほどであった。


 自動人形の普及した現代社会において菌糸漏洩リスクが排除しきれない以上、滅菌剤の需要が消えることは決して無い。その利益独占状態によって築かれた巨大資本が牛耳る城下町であるとも、この製剤会社本拠は表現され得た。


 特集されていた過去の雑誌の記事を事務所デスクに広げ、公開の許可された製剤会社の外観図を眺めながらリーピとケイリーは語り合う。


「企業秘密を漏洩させまいと徹底した外部環境との隔離のために、内部での異常発生も外に知られずじまいとなったのでしょう。」


「現状の問題は、そんな隔離環境の調査をどうやって行うか、だ。外から眺めるだけなら、一般の通行人でも出来る。ディスティから正式に依頼された以上は、相応の仕事をしなければ。」


 探命事務所として調査を行うリーピとケイリーにとっても、難題には違いなかった。


 市長や市議会議員との繋がりを有するこの街の中であればそれなりに融通が利くものの、もはや別国家も同然の状態となっている製剤会社に対しては全くもって何の繋がりもない。


 独立して働いている元愛玩自動人形の身では、出来ることにも限度がある。


 リーピとケイリーは、付け入る隙を見つけ出すために充分な思考を経る必要があった。


「製剤会社内部で何も問題が発生していなければ、いよいよもって僕らが入り込む余地は生じません。しかしディスティさんの推測通り、ご両親であるプロタゴ氏とアリシア氏の感染が元凶となり、製剤会社内部に特異菌糸の感染が蔓延したのであれば、そこに平常時は生じないはずの隙が見出せるかもしれません。」


「飲み水や食糧を敷地内で共有しているわけだから、特異菌糸を直接感染させることは難しくなさそうだ。人間である管理職や従業員が全員特異菌糸に感染していたならば、今ごろはアントン氏と同様、全員の肉体が飢渇状態に陥り崩壊した後だろうか。」


「製剤会社に対して不良品についての抗議に向かった市長は、その惨状を目の当たりにしているはずです。が、その情報を世間には秘匿したまま、滅菌剤製造で得られる利益だけは我が物とするために操業を引き継ぐつもりであれば、不足している人材を急遽秘密裏に招集することになるでしょう。」


「主に、薬剤精製についての知識を有する技師や、販売ルートを維持するための経営人材が求められるだろうな。自動人形は……わざわざ新しく雇われたりはしないだろうか。」


 それこそ、リーピとケイリーなら身体パーツを交換することで、作業用自動人形として生産ラインに紛れ込むことも可能だ。


 が、特異菌糸によってもたらされるのは人的被害が主であり、既存の生産ラインを動かしている作業用自動人形たちが急に不足するような状況になるとは考え難い。そも、ひとたび生産ラインに組み込まれてしまうと、調査を終えて抜け出すのも難しいだろう。


「とはいえ、可能性は探るべきです。万が一、製剤会社にて新たに自動人形が必要となった場合は、正規の自動人形メーカーであるロターク本社に発注が入るでしょう。一大企業であるはずの製剤会社が、非正規に製造された格安自動人形を導入することは、世間的に見てもあまりに不自然ですので。」


「また、モース研究主任に頼ることになるか。」


 これまで幾度となく、助力を仰いできたモース研究主任。


 自動人形メーカー本社の研究主任ともなれば、この現代社会で最も多忙な人間であると称しても過言ではなかった。が、彼は自身にとって会心の作である自動人形を余程気に入っているのか、リーピとケイリーのためであれば時間を割いてくれるのであった。


 即座には繋がらぬことを想定した上で掛けた通話は、あっさりとモース本人の声で応じられた。


「もしもし?この時間帯に予定された用件は無かったはずですが……もしかして、リーピさんとケイリーさんですか?」


「はい、たびたびお時間をいただき申し訳ございません。リーピです。今回は、ひとつお聞きしたいことがございまして。」


「えぇ、構いませんよ。自分も丁度、一息入れようと思っていたところです。」


 そう言っているモースの声の向こう側で、書類の束をガサガサとかき分ける音が聞こえている。目の前に仕事の書類があっては、そちらに視線を吸われて会話に集中できないのだろう。


 モースの腰を落ち着けた椅子の軋み音を確かめた後、リーピは改めて話し始めた。


「今日までに、滅菌剤の製剤会社から自動人形の発注は来ていませんか?大規模な発注でなくとも、数体程度の小規模な発注などは……。」


「……どうして、そのことを知っているのです?」


 モースは、急に潜めた声量で返した。


 おそらくは、秘匿事項として製剤会社から自動人形の発注が行われたのだろう。後ろめたい用途で自動人形を発注する場合となれば、ますます確実に情報管理が行える正規メーカーとの契約が重要となる。


 情報漏洩を危惧しているのだろうモースに対し、リーピは端的に説明した。


「これはあくまで、推測です。現在、僕らは製剤会社の幹部役員を両親にもつ娘さんから調査依頼を引き受けているのです。ご両親が音信不通となり、娘さんは製剤会社内部にて何らかの異常事態が発生したのではないかと心配されています。ガリティス市長が製剤会社内に向かった後、情報が一切流されないことも手伝って、市長主導による隠蔽工作が行われているのではないかと推測しております。」


「……なるほど。出来れば、キミたちは今回の件に関与せず、その調査依頼も破棄してほしいと言いたいところですが……内部の調査結果は、実のところ私も欲しているのです。」


 モースの立場においても、製剤会社から行われた発注の詳細は知らされていないのだろう。


 とはいえ、ガリティス市長が製剤会社の不良品を公然と批判し、生産体制の改善を求めて製剤会社に向かったことは世間一般の知る所である。


 タイミングを同じくして、新たな自動人形を製剤会社から注文されることが、全くの無関係であるとは考え難かったのだ。


 モースは考えを整える若干の沈黙ののち、あらためて告げた。


「自動人形を世間へと送り出している身としても、万が一のリスクに備える滅菌剤の供給に懸念が残されることは由々しき事態だと考えています。リーピさんとケイリーさんが調査結果を私にも伝えてくれるのならば、製剤会社内部の調査についてこちらから便宜を図ることは可能です。」


「モース研究主任がお望みとあれば、もちろん協力させていただきます。しかしあの製剤会社内部に入り込む手段としては、具体的にどのような……?」


「それについては、通話で話すわけにいきません。そもそも製剤会社からの人形発注の内容も、秘匿事項ですからね。本社まで来てください、詳細は直接お話します。」


 モースはそれだけ告げて、通話を切った。


 確かに、傍受されかねない通話では喋れない事項も多いだろう。が、それ以上に、モース自身がリーピとケイリーと直接会う機会を楽しみにしている様子でもあった。


―――――


 リーピとケイリーが、モース研究主任のもとへ到着したのは翌朝のことである。


 昨日の通話が終わって即座に探命事務所を閉めて出発し、またしても徒歩で長距離を踏破してきたのだ。


 既にエントランスの警備ゲートには話が通じており、あの老いた係員もリーピとケイリーの姿は見覚えていたため、簡単な所持品のチェックで研究棟内部へと入れてもらえた。


 今回は、モース自身が研究棟の入り口で待ち構えていた。


 他の研究員たちから一目置かれる存在であることは、建物入り口のど真ん中に立っても邪魔扱いされないモースの佇まいからも知れた。リーピとケイリーも、自動人形たちの創造主に向かって恭しく頭を下げる。


「再びお招きいただき、こうしてお会いできる機会を戴けて光栄です。」


「いやいや、頭を下げるのは私の方ですよ、また遠くから呼び寄せてしまって。さ、こちらに。」


 待ちかねた様子で喋りつつモースはせかせか歩き、リーピとケイリーを案内して研究棟の奥へと進む。


 生まれ故郷の実家に帰ってきた我が子たちを歓迎する親のごとき振る舞いでもあったが、実際に作業時間が押しているためでもあるだろう。


 清潔かつ殺風景な、装飾のない廊下をつかつかと進みながらモースは詳細を語っていった。


「通話ではお答えできませんでしたが、ここでなら外部の人間に盗み聞きされる恐れはありません。お伝えしたいのは、製剤会社から行われた自動人形発注の詳細についてです。」


「秘匿されるべき情報として伝えられたのは、やはり世間に公表されるべきではない用途が想定されていたためでしょうか。」


「端的に言えば、死体処理のためと思われます。」


 モースはサラッと言い放ったが、傍で聞いていたリーピとケイリーは理解に多少なりと時間を要した。


 製剤会社という場所で死体処理が必要となる、それも秘密裏に……となれば、自分たちの推測の悪い部分が的中していたことに他ならない。リーピはモースに尋ねた。


「やはり、既に製剤会社の内部では、本来勤めていた人間の職員や作業員たちが亡くなっている、ということでしょうか。」


「当然ながら、先方が直接そう説明したわけではありませんがね。最初は、土砂の撤去という名目で自動人形の発注が来ていました。それに応じて造園作業向け人形のカタログをお送りしたのですが“ニーズと乖離している”との返答とともに、室内での遺物撤去という名目に変更されて再度発注が来たのです。」


「室内での遺物撤去……最初は、土砂の撤去を表向きの名目にしていたということは、特異菌糸に感染して亡くなった人物の遺体ゆえか。」


 ケイリーが口にした内容に対し、モースは静かに頷いた。


 短期間で、急速に養分や水分を消費してしまう特異菌糸。人体の神経細胞を全て菌糸へ置き換え自前の思考回路を構築、感染者の生前の行動を模倣することが可能ではあるが、数日で人体内の養分と水分を枯渇させてしまう。


 栄養価も水分も枯れ果てた人体は形状を保てず、乾いた泥人形のごとくボロボロと崩れていく。


 残されるのは、まさに以前、アントンの身体が遭った憂き目と同様……土砂のごとき残骸のみである。


 それを片付けるためにわざわざ新品の作業用自動人形を発注しなければならないということは、残骸と化した亡骸は尋常ならざる量ではなかろうか。


 二転三転する発注元からの注文についてはモースも大いに訝しみ、製剤会社内部の実態がどうなっているのか危惧していたのだろう。


「キミたちには、その“室内での遺物撤去”に従事する作業用自動人形に扮してもらいます。ボディパーツを作業用のものへと換装しますので、その姿で新品の作業用自動人形群に紛れ、製剤会社内部へと入ってください。」


「注文通りに作業をこなしていれば、先方から不審がられることなく内情を観察、調査できますね。しかし、脱出は可能なのでしょうか。」


「発注時に、作業完了後は廃棄処分とするようにとの指定が為されています。自動人形の正規手段における廃棄処分は、ロターク本社が回収して行うため、その時点であなた方の身柄も回収可能です……本当に廃棄処理ラインに入れられてしまわないよう、回収後に私へ存在アピールはしてくださいね。」


 モースからしっかりと見つめられて念を押され、リーピとケイリーは頷いた。本来はとっくに、その正規の廃棄処分ルートに入っているべきだったところ、ガリティス市長の独自判断ゆえに自律稼働し続けているのが自分たちなのだ。


 さておき、内部に進入しての調査成功は明確となったが、実際の段取りが具体的となるほどに、製剤会社内の惨状はより明瞭に予見された。


 リーピは更に尋ねる。


「わざわざ新品で注文した作業用自動人形を、作業終了後に廃棄処分とする指定が為されるとは、よほど、内情が外部に知られることを厭っているようですね。そもそも、発注された作業用人形には長期記憶能力やコミュニケーション能力を搭載予定なのですか?」


「現場で発された指示を聞き取り、その作業中にのみ記憶を保持する、最低限の機能のみとなる予定です。政治家からの発注の常ではありますが、今回も予算は随分とケチられまして。」


「そうなると、作業用自動人形を扱う技師が必要となる筈です。技師の同行は、予定されているのですか?」


 リーピの問いかけに対し、モースは苦笑しながら首を横に振った。


「いいえ……こちらからも作業人形取り扱い技師を出張させる旨を伝えたのですが、先方からは自動人形のみを送るようにとの指示が返されただけです。」


 モースを苦笑させたのは、自動人形の発注を行った今回の顧客が明らかに人形を扱うにおいて素人そのものであることへの呆れであったろう。ついでに、そのことに自主的に気づいたリーピの思考能力に満足する思いもモースの中には抱かれたようだ。


 人間からの命令を聞き、指示を実行するのが自動人形の基本行動ではある。


 とはいえ、人間の使用する言語には少なからず意味の幅がある。同じ命令内容でも、喋る人間によって表現が変化するし、イントネーションや扱い慣れた語彙も人によって異なる。人間同士で日常的に行っているコミュニケーションも、自動人形にとっては非常に曖昧な表現の連続だ。


 人間が用いる言語を理解し、不明瞭な発声でも最適な意味を補い、時には相手の言い間違いに気づき、表現の裏に秘められた真意にまで推測を及ばせる……そこまで出来る自動人形は、愛玩用として製造され、日常会話を可能とする思考能力を有する人形だけである。


 最低限の能力しか与えられていない作業用自動人形に指示を通達するためには、最低限の言語理解能力でも受容可能な命令方法を、人間側が実行しなければいけない。


 言葉さえ発すれば、誰でも作業用自動人形に命令できる……というわけにはいかないのだ。モースは困り顔を浮かべたまま、リーピ達に告げる。


「もしも先方が独自に技師を雇っていなかった場合、自動人形への命令は人間の日常レベルの言語で行われる可能性が高いです。それを理解できる能力は、作業用人形たちに搭載されません。」


「……ガリティス市長の思考パターンから推測するに、作業用自動人形の扱いに慣れた人材が雇われたとしても、彼らはことごとく滅菌剤製造ラインに回されるでしょうね。」


「ですので、リーピさんとケイリーさんの潜入を更に利用する形になってしまうようで申し訳ありませんが、先方の命令が作業用人形たちに伝わらないようであれば……あなた方が代表して命令内容を聞き、作業用人形たちに翻訳して伝えてください。」


「分かった。あくまで、私たち自身も作業用自動人形として振舞いつつ、だよな。」


 返答するケイリーの隣で、リーピも頷いた。


 もともと愛玩用自動人形として作られたリーピとケイリーなら、人間の日常言語を理解し、命令内容を他の自動人形に通達することも可能だ。


 それは現場で求められる能力を把握せぬままの発注を行った先方に、いわば失敗体験を与えられないという結果にも繋がってしまうが……今回と同様の人形発注は、二度行われるものではあるまい。


 現場で起きている出来事を徹底して隠蔽しようとするのみならず、その隠蔽作業にすら支出を渋るという振る舞いは、製剤会社で得られる利益を独占しようとする存在の傲慢をそのまま映し出しているようでもあった。

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