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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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依頼外行動:ラーディ及びフィリックとの対談

 リーピとケイリーが市長邸宅に呼ばれ、市長夫人の身に起きている異変を執事に伝えた翌日。


 この街の要人が菌糸に感染し身体を乗っ取られるという事件。間違いなく一大事であったが、やはりと言うべきか表立っての報道は為されなかった。いつも通り、市民に対する説明よりも事態隠蔽が優先されたのだ。


 とはいえ、要職に就いている面々に対してのみ、菌糸感染を想定した厳重な身体検査や健康診断が行われたらしい。


 その日は街じゅうの医師が富裕層の邸宅へ往診に出てしまい、総合病院以外は軒並み臨時休診になっていた。


「市庁舎の中でのみ、緊急事態同然の騒動ですね。今朝から街を見て回りましたが、小さな医院の前では老人たちが集まって腰掛け、待たされる時間の長さを愚痴り合っていました。」


「医師の元へ通う必要がある老人たちもそうだが、急患が出た場合はどうなるんだ。医師を自分たちのためだけに呼び寄せた議員連中は、責任を取るつもりでいるのだろうか。」


「仮に今のタイミングで急患が出たとしても、総合病院が開いている以上、治療を受ける機会が失われたわけではないと主張する余地は残しているのでしょう。」


 朝の探命事務所、外から帰ってきたリーピは、手にした新聞をケイリーに差し出しながら喋る。


 報道記事においても市長夫人の身に起きた異変については全く触れられることなく、紙面の片隅にのみ申し訳程度に「市庁舎にて一斉健康診断」との内容が載せられている。街の医師たちが出払ってしまうことへの理由付けとしてであろう。


 一応は一般市民がその健康診断に参加することも可能であるらしい。が、“詳細は市役所窓口にて”との説明は間接的に一般市民の参加を拒んでいるも同然の文言であった。


「いつものごとく、市民に対しては必要書類の多数提出や煩雑な手続きを課し、希望者が手こずっているうちに時間経過ないし定員超過という口実によって受付を締め切るという手管でしょう。市としては、市民に健康診断参加の機会だけは与えた、という体裁を作ることだけが目的と思われます。」


「何にしても、今日この街で問題が発生するならば、市井における医師不足が元凶となるだろうな。私たちが手を貸せる問題じゃなさそうだ……どうする、リーピ。」


 いかに町の住民から依頼される困りごとを解決するのが仕事とはいえ、元愛玩用自動人形にすぎないリーピとケイリーは医師の代わりにはなれない。


 かつてディスティから助けを求められた時は、彼女を闇医師チャルラットの元へ担ぎ込みはしたものの、一般市民の治療のために逐一闇医師を紹介するわけにもいかない。


 むろん、全く別種の依頼が舞い込んでくる可能性が無いわけではなかったが、リーピは先延ばしになっていた予定を実行することを優先した。


「今日こそ、ラーディさんの様子を見に行きましょう。先日から依頼が立て続けであったため、アントン氏の一件以降、彼女と会える機会がありませんでした。今日こそ、ラーディさんの見舞いに相応しい日程だと判断できます。」


「確かに、少なくとも今日は市長や議員から依頼が来ることも無さそうだ。我々が会いに行くことがどれほどの足しになるか分からないが、ラーディを孤独なまま放っておくよりはマシだろう。」


 作業や業務の上では不必要な行為ではあったが、幼馴染であるアントンを亡くしたラーディの心境を慮ることは、リーピとケイリーであればこそ至る発想であった。愛玩用自動人形は、人間の表情や言動のみならず、置かれた状況や周辺人物との関係性からも、人物の心情を推測する機能を有している。


 ともあれ、リーピとケイリーはその日、探命事務所を午前にて早々に閉め、ラーディの働いている製靴工房へ向かうことにした。作業用自動人形に扮するため、作業服を着こんでからの出発である。


 街の中心部から外れ、人通りの賑わいからは離れているものの、密集する小さな工場から作業音が響き続けている工業区画。


 ラーディの工房はその狭い路地を進んだ先にあった。


 偽ヴィンスを確保する際にも赴いたことのある場所ゆえ、リーピとケイリーは迷わず到着できたものの、工房の扉は施錠されており人の気配はない。


「誰も居ないようですね。ラーディさんは出勤されていないのでしょうか。」


「仕事を続けられる精神状態ではないのかもしれない、だとしたら自宅だろうか。」


 言いながらケイリーは振り返り、路地を挟んで向かい側の建物二階の窓を見上げる。


 かつて労働者向けに建てられた古いアパートは、建造時から時代が経った今も若い職人や工員たちの住処となっている。家賃が安い要因である騒音は我慢しなければならないが、ラーディのような独り暮らしの女性にとっても、常に誰かしらが近所で仕事している環境が安心できる。


 ラーディを自宅に送り届けた経験が幾度かあるケイリーには、やっと一人で生活できる程度に狭く薄暗い部屋の中で、独り俯き傷心を抱えているラーディの姿を想像することも容易かった。


「やはり早目に様子を見に来るべきだった。もしかすると部屋に籠ったまま、食事や睡眠をマトモに摂れていないかもしれない。」


「だとすれば人間にとっては健康被害に直結する状況です。」


 ケイリーの言葉に応えつつ、リーピも直ちにアパート内へ入ろうと一歩踏み出す。


 が、そんな両名を背後から呼び止めたのは、思いもよらぬ人物だった。


「リーピさんと、ケイリーさん……ですよね、この辺りでは見ない作業服だと思ったら。」


 振り返れば、そこに立っていたのはフィリック警邏隊長だった。


 普段とかなり印象が違って見えたのは、彼が少しやつれた表情だったためでもあるが、何よりも警邏隊長の制服を着ていないことが理由としては大きかった。今日のフィリックは、黒を基調とした上質なスーツを着込んでいる。


 そして、彼に付き添われてラーディの姿もあった。こちらも、黒色の簡素なジャケットにタイトスカートを合わせた、普段の仕事着姿とはまるきり似つかない恰好である。


 フィリックとラーディの恰好を見て、リーピは僅かな推測の時間の後に口を開いた。


「ご無沙汰しております、フィリック警邏隊長、ラーディさん。もしかして、葬儀からのお帰りでしょうか。」


「はい、アントンの葬儀が、故郷で執り行われましたので。ちょうど今、ラーディに同行し帰ってきたところです。」


 ラーディとフィリックにとって、以前語っていた通り、アントンは同じ田舎出身の幼馴染であった。


 アントンは独身であったため、葬儀も身内だけでは随分と寂しい様相となってしまっていただろう。同年代の知己として、ラーディとフィリックは共に出席しに行ったのだ。


 付き合いのためとしてのみならず、自ら心の整理をつけるためでもあったのかもしれない。黒い服に身を包んだラーディは疲れも顔に浮かんでいたが、表情にはいくぶん明るさが取り戻されているようであった。


 ケイリーから話しかけられた時も、返答するラーディの声は本来の調子が戻ってきていた。


「あの時、ラーディがかなり落ち込んでいる様子だったから、私たちは気になって様子を見に来たところだったんだ。もう気分は問題ないか?」


「えぇ、そりゃもう、ずっとガックリし続けてるわけにもいきませんので。すみませんねぇ、ケイリーさんにリーピさんまでお気を遣わせちゃって。せっかくお越しになったんです、フィリックも私に付き添ってここまで歩いて来てくれたことですし、ちょっとウチの工房で休憩してってくださいよ。」


 さすがにアパートの自室では四名を入れるのも狭すぎるためだろう、ラーディは鍵を取り出し、靴工房の扉を開けた。


 今は立ち直ったとはいえ、ラーディがしばらく休んでいたことは確かであるらしい。作りかけの靴など作業途中を示す様子は無く、工具や革素材の類は全て保管箱に収められたまま、完全に片付けられた状態になっていた。


 ラーディはせかせかと工房内を歩き回って、彼女なりに来客をもてなす準備をしていたが、とはいえできることと言えば椅子を並べる程度である。


 作業場用の簡素な椅子を持ち出しつつ、ラーディは申し訳なさそうに告げた。


「ごめんなさいねぇ、せっかくお招きしたところで何もお出しできるものがなくって。お茶でも沸かせればいいんですけど、革は湿気が天敵でして。」


「お構いなく、いずれにせよ僕ら自動人形はお茶を飲めませんので。」


 人間のもとに招かれるたびに繰り返している問答を口にしつつ、リーピはケイリーと共に作業用椅子に腰掛ける。


 今となっては、ラーディよりもフィリックの方が気落ちしているように見えた。いつもの警邏隊長用の制服を着ていないというだけで、フィリックは一回り体格が小さくなったかのようでもあった。


 座った全員が黙りこくって気まずい沈黙が流れ始まる前にと、リーピは口を開いた。


「アントンさんの葬儀は、どのように行われたのでしょうか。恥ずかしながら、僕らは葬儀というものに出席したことが無くってですね。」


「自分とラーディ以外は、身近な親族の方だけで執り行われました。アントンのご両親と、妹さんと……あとは従兄弟だという方が、遠方からお越しになっていましたね。」


 フィリックは、いつになく沈んだ声で答えた。


 ラーディとフィリックが出席しなければ、たった四人だけの集まりであったことになる。遺体と対面できる機会も無かったことを思えば、それはごく寂しい集まりだったろう。


 興味本位で聞く話ではないと分かりつつも、日常的にはそう話題にならない人間の文化的行動について、リーピは尋ねずにいられなかった。


「葬儀というのは、一種の手続きのようなものでしょうか。ご遺体が適切に扱われ……すなわち、一つの人格を有していた存在として尊重される形で、埋葬されていることを関係者たちが確認するようなものかと、僕は考えていたのですが。」


「手続きだけであれば、市役所に必要な書類を提出しさえすれば済みます。遺体も、火葬を経て衛生問題の無い状態で保管されているならば、よほど非常識な扱いをしない限り死体遺棄には当たりません。しかし、葬儀の主な意義というのは……主に、のこされた者たちのため、と言うべきでしょうか。」


 答えるフィリックの傍らで、ラーディも小さく頷いた。リーピとケイリーは、ただ互いに目を見合わせるばかりであった。


 自動人形にとって究極の難題、実質的に理解不可能な概念のひとつが、人間の死生観である。人形体内の菌類は確かに生命ではあるが、一個体としてひとつの命を有しているわけではない自動人形にとっては、生も死も実感を得られるものではない。


 既に存在維持が困難となり、失われた個体についての記憶が残ることまでは理解できても、それが並ならぬ感情を呼び起こすことまでは推測しかできなかった。


 リーピとケイリーの理解が追いついていない様を見てとったのだろう、ラーディが引き継ぐように喋った。


「アントンさんの家は、田舎特有のきっちり宗派が決まってる葬儀を行ったんですけど、自分の家がどんな宗派だなんて親御さんたちも全然知らなかった様子でして。日常的にそんなこと気にして生活しませんからねぇ。やって来た葬儀屋さんと聖職者の方から、あれこれ言われるがままに喪主を務めておられるって様子でしたねぇ。でも、そのおかげで、アントンさんの死をどう受け止めればいいか、形だけでも分かるっていうか……。」


「何もしないで悲しみ続けているより、由縁を知らずとも段取りを進める方が、感情面の整理がつきやすい、といったところでしょうか。」


「そう、まさに、そんな感じです。少人数での葬儀でしたけど、悲嘆にくれてるヒマもないほどに、テキパキ進んで割と忙しいんですよ。本来は、亡くなった人には何もしてあげられないはずのところ、生きている人間が何かしてあげられることを見つける、そのために葬儀ってのをやるんじゃないかなって……いや私も、滅多にあぁいう場に出席しないので、素人の感想になっちゃいますけど。」


「いえ、お話いただき大変参考になります。僕ら人形の思考回路では、とてもそこまで考えが及びませんでした。」


 リーピは深く頷きながら答える。


 自身の直感や感覚をそのまま口に出して喋るラーディの感性が、今は人間らしい振る舞いの説明として大いに相応しい表現を創り出していた。葬儀とは、ごく親しい相手を亡くした事実と伴う感情に、一つの終止符を打つことでもあるのだろう。


 だからこそ、アントンの死を事実として直視せざるを得ない葬儀を経た後、ラーディの表情は明るさを取り戻しているのだ。


 一方でフィリックは、ラーディとはすこし違った事情を抱え、今なお表情が晴れぬ様子であった。


 今度はケイリーが口を開く。


「フィリック警邏隊長は、心身に問題は残っていないか?かなり疲れも溜まっているようだが。」


「えぇ、自分も今回の件について気持ちの整理はつけたつもりではあるのですが……心残りは、アントンの遺体を完全には遺族の元へお返しできなかったことです。ロターク社に回収された分については、幾度も警邏隊から催促状を送ったにも関わらず、結局返答がありませんでした。」


 フィリックが言っているのは、アントンが特異菌糸に感染し身体を乗っ取られた後、養分と水分が枯渇し身体が崩壊し始めた時のことである。


 自動人形メーカーであるロターク本社の研究主任モースによって、身体深部にまだ生きている特異菌糸はアントンの胴体や頭部ごと回収された。現場に残されたのは、アントンの両腕や下半身が乾燥しきって砂のように崩れた残骸だけであった。


 結局、その場でかき集められた残骸のみが検死を経て、一応の火葬ののち骨壺に収められたのだろう。


「警邏隊からではなく、警察本部からの督促であれば大企業といえど無視できないはずだったのですが、やはり上層部は動いてくれませんでした。叶うならば、アントンの遺体の一部だけを埋葬するようなことは避けたかった。……あなたたちは、ロターク本社から何か情報を受け取っていませんか?」


「申し訳ございません、確かに僕らの製造元ではあるのですが、本社の情報を受け取ることは出来ていません。」


 リーピの言葉と共に、ケイリーも頷くのみである。


 あの後、フィンク議員邸の通話機を調査する名目で、他でもないロターク本社の研究棟にまで入ったのだが、あの時回収されたアントンの遺体の在処は不明であった。あれだけリーピとケイリーに目を掛け、あれこれと喋ってくれるモース研究主任すら、アントンの件には一切言及しなかったのである。


 特異菌糸にまつわる情報はそれなりに得られても、その実物については易々と所在を明かされるはずもなかった。


 無念そうに俯いているフィリックに、ラーディが声をかける。


「フィリック、もうそのことで落ち込まないでって、アントンの親御さんからも言われたでしょう。フィリックはそろそろお仕事モードに戻ってもらわないと、このところずっとトロンドさんに隊長代わりを続けさせちゃってるんじゃない?」


「……あぁ、分かってる。気持ちに片を付けて、前に進んでいかないとな。これ以上、トロンドにも苦労を掛けさせ続けるわけにもいかない。」


「そ、出来るだけのことも、やらなきゃいけないことも、全部やったんだから。」


 いつも他人に対しては敬語でオドオドと喋るラーディは、旧知の仲であるフィリックに対しては意外なほどスラスラと語り掛けることが出来るようだった。その声色も、緊張と無縁であるおかげか、いつになく柔らかである。


 彼女の声の温かみは、確かにフィリックが今一度、警邏隊長として立ちあがる背を支えてもいるようだった。


 公的機関や巨大企業が一大事を引き起こしては隠蔽を行っている下で、被害を受けている人間たちが確実に居り……彼らは自動人形には想定すらできない感情のやり取りを行っている。


 フィリックとラーディのやり取りを、リーピとケイリーはじっと見つめるばかりであった。

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