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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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依頼18:通話端末に対する特異菌糸汚染調査

 モース研究主任に指示された実験室の入り口へと踏み込み、背後で金属製の気密扉が閉じた直後、リーピとケイリーの全身に強力な圧搾空気のシャワーが吹きかけられる。


 実験室にもとより備えられていた機能であり、これによって実験室の内外に菌糸汚染を広げるリスクを軽減しているのだ。モースから事前の説明はなかったが、リーピとケイリーは共に行われた措置の意味をその場で理解し、驚くことはなかった。


 自動人形たちの理解力を把握しているからこそ、モースは説明を省いたのでもあった。


 内側の扉が開いていよいよ実験スペース内へと入り込んだ両名の頭上に、隔壁越しに振動伝導管を通じて喋っているモースの指示が聞こえてくる。


「実験台の上に、ここまで運んできた通話機を置いてください。こちらに見えるように……あまり近づけすぎずとも結構です、台に安定して設置できる状態を優先してください。」


 ケイリーは背負っていたケースの梱包を解き、取り出した通話機を指示通り実験台に設置する。


 この状況で改めて見ても、通話機は何の変哲もない、一般家庭にも設置されている通話機そのものでしかない。自動人形メーカー本社研究棟の実験室という、研究の最先端を走る部署で扱われる存在にしては余りにも場違いに過ぎるようでもあった。


 引き続きモースは指示を出す。


「予め実験室内に工具を用意してあります。ケースを開けて、シールリムーバーとネジドライバーを取り出してください。」


「この二点だけで通話機の解体は可能なのですね?他の工具は用意されていませんが。」


「問題ありません。自動人形と比して、通話機の構造は実に単純です。情報インフラを整備するにおいて、量産性が重視されているためです。」


 モース研究主任自身は自動人形の専門家であったが、同様に菌糸技術が用いられているガジェットについても例外なく構造を知り尽くしているようであった。


 確かに通話機の内部構造は、自動人形が有する機能のごく一部をダウングレードして組み込んだものと称して構わない代物である。


「まずは、受話器部分の解体を行います。通話線の付け根を塞いでいるパーツを剥がし、内部のネジを緩めて外してください。」


「これほどシンプルな操作で解体できてしまうというのに、通話機が菌糸漏洩要因になることはほぼ無かったのですね。」


「日常生活で用いるガジェットを、わざわざ解体しようとする人間は居ませんので。それに、受話器内部に備えられているのは発声器官のみです。外側のカバーを除去しただけで、菌糸部分が即座に露出するわけではありません。」


 モースの説明する通り、受話器部分に収められている機能はしごく単純なものだ。


 菌糸通話線によって伝えられた情報は、受話器内部で音声に変換され、通話者の耳に伝えられる。その発声器官は自動人形が喉に備えているものと原理は同じながら、サイズを極小化し最低限の機能に抑えたものとなっている。


 そのため、通話越しの声は機械的に聞こえることになる。


 喋り方やイントネーションは発話者本人の癖が残るため、通話相手を特定することは難しくないものの、厳密には受話器内部の発声器官が模倣した声を聴かされていることになるのだ。


 リーピは指示に従って受話器を解体するも、その内部が想定外の状態になっていることに間もなく気付かされることとなった。


「モース研究主任、ご指示通りに受話器の解体を行いましたが、すぐ内側に菌糸構造が発見されました。発声器官が収められているケースの外側に貼りつくような形で、本来存在しないはずの菌糸構造が繁茂した痕跡があります。」


「……それは、有り得ない構造ですね。繁茂した痕跡、というのは、その菌糸が活動状態に無いことを意味しているのですか?」


「はい。完全に乾燥しきっているため、既に枯死した菌糸であることが確認できます。」


 リーピは解体した受話器内部の状態を、実験スペース外にいるモースにも見えるよう、持ち上げて透明な樹脂窓に近付けた。


 コードが繋がったままの通話機が落下しないよう、ケイリーは通話機本体を抑えている。


 窓越しにそれをじっと観察していたモースであったが、間もなくリーピ達に次の指示を出す。


「乾燥しきって枯死しているということは、その菌糸痕跡は一定以上の力を加えると砕けてしまいますね。破損が進行しないうちに、画像撮影により記録を行ってください。既に写真乾板のセットされた射影機が実験室内に用意されています。使用方法は知っていますか?」


「はい、僕が製造された時、愛玩用自動人形の基礎知識として、オーナー様ご家族の記念撮影を行う想定もありましたので。」


 それはケイリーも同様であり、既に彼女は三脚に載せられた射影機を実験台の方へ向け、蛇腹の幌を伸ばして先端のレンズを固定していた。


 樹脂板の表面に感光によって潜像を形成する写真乳剤を塗布し、レンズを通り抜けた光を暗箱内にて当てることで画像を生成する射影機。


 現代においては稀有な、菌糸に頼らない技術体系の粋である。


 度重なる改良によって、一枚の画像であれば数秒で撮影を完了することも可能となっている。が、それでもシャッターを開き続けている数秒間、全く動かずにいる対象しか記録できない。一瞬の光景を切り取ることは出来ず、記念撮影か、あるいはこうして実験中の記録を行うためにのみ用いられている。


「写真乾板は全部で10枚用意してありますので、この撮影には3枚ほど使いましょう。角度を変えて、撮影記録を行ってください。」


 モースの指示に従い、リーピは受話器内部の菌糸の塊を実験台にて向きを変え設置し、ケイリーはそれを撮影した。


 とはいえ、リーピの目から見ても、受話器内部から出てきた菌糸の塊は、明確な機能を有しているようには見えなかった。それはただ綿埃のごとく絡み合った菌糸の一塊に過ぎず、受話器本来の発声器官にまとわりついているだけのようであった。


 とはいえ、本来の受話器が有する発声器官については明確な異変が見いだされた。続くモースの指示によって、リーピはそれに気づいた。


「発声器官自体は、完全に密閉されたケースの内側にある筈です。通常であれば、内部の菌糸はまだ生きていると思われますが、確認できますか?」


「いえ、そのケースには隙間が開いています。受話器内で繁茂していた菌糸が侵入する際に、こじ開けたかのようです。既に内部の菌糸も枯死しています。」


「なるほど……菌糸の侵入箇所が明確になるよう、一枚の撮影記録をお願いします。」


 元々想定されていた機能を有していた菌糸は、まるで外部から入り込んできた別の菌糸によって侵略され、機能を乗っ取られたうえに水分を吸い尽くされたかのような有様であった。


 続いて取り掛かるのは、通話機本体の分解である。


 やはり構造を完全に理解しているモースの指示通りに作業すれば、その過程もスムーズであった。


「底板に貼りつけられている、滑り止めも兼ねた樹脂膜を剥がしてください。ネジで留められた箇所が4つありますので、4本ともネジを外せば底が外れて内部構造を覗けます。」


「実行します……こちらも、本来は底板を外すだけでは菌糸が露出しないはずなのですね?」


「はい、本来通りであれば。しかし、受話器の内部があの状態ということは、通話機本体内部においても想定されていない菌糸の繁茂痕跡が見いだせるかもしれません。」


 リーピの問いに対して答えるモースの推測は、間もなく当たっていることが明白となった。


 ばかりか、本体内部にて繁茂していた菌糸は、明確に目的を有する構造を自主的に構築した痕跡も残していた。リーピは即座に報告する。


「モース研究主任、こちらも内部は完全に乾燥し、菌糸は枯死しています。が、受話器内の塊とは比べ物にならないほど、緊密に絡み合った構造が残っています。」


「こっちに見せてください。……あぁ、これは頭脳ですね、小規模ながら。破損する前に、撮影記録を残してください。」


 モースは声にこそ感情を出さなかったが、その眼の輝きは明確に興奮を示していた。


 リーピとケイリーは、またしても指示された通り、射影機を用いて撮影を行うのみである。とはいえ、モースの発言内容について気がかりとなったリーピは質問を口にした。


「頭脳、というのは、その言葉通り、思考回路が構築された部位のことでしょうか。」


「えぇ、キミたち自動人形の内部にも同様、情報伝達を行う菌糸が絡み合って構成されています。高度な思考を行える状態とするためには、既存の菌糸の場合、製造者が意図して構築する必要があります。」


「ですが、本来は思考能力を要さない通話機の内部に勝手に構築されているというのは……特異菌糸の性質そのもの、でしょうか。」


 モースは言葉にしなかったものの、リーピの問いかけに頷いた。


 通常の菌糸は、製造時点における性能を勝手に超えることはない。リーピとケイリーは人間の模倣のために学習を続け、新たな知識や思考パターンを得ることこそできるものの、それは製造時点の思考回路が為せる範囲内の挙動である。製造時に想定されていなかった能力を、新たに会得することはない。


 ましてや、ただの通話機が元々全く有していなかった思考能力を勝手に獲得することなど、既存の菌糸の性質ではあり得ないことである。


 通話機の奥を覗き込むように、三脚に載せた射影機のレンズを近づけていたケイリーは、さらに新たな構造物に気づいた。


「リーピ、受話器ホルダーの根本付近にも菌糸が絡みついている。」


「えぇ、確認できます。細いですが、まるで筋繊維のように発達していますね。僕らがフィンク議員邸にて監視していた際、内部から受話器を持ち上げた構造だと思われます。こちらも撮影記録を残しますね、モース研究主任。」


「お願いします。……なるほど、勝手に通話を行い、喋る内容を思考し、普段の使用者の声色を模倣することまで可能とする各機能に、通話機内部にて自主分化したということですか……。」


 モースはブツブツと呟き続けていたが、それはいずれも特異菌糸が成し得たことについてなのだろう。


 製造時の機能に拘らず、自主的に成長し、思考能力を獲得していく特異菌糸。既存よりも多くの水分や養分を必要とし、補給なしでは短期間で枯死してしまうという代償こそあれど、その能力の応用性についてはモース研究主任にとっても想定外のようであった。


 今回のように、自動人形や人間の体内ではない、単なる通話機の内部でも本来あり得ない知性を獲得してしまう可能性など、わざわざ実験にて実証されることも無かったのだろう。


 あらかた通話機の解体も撮影記録も終えた後、モースはあらためて実験スペース内のリーピとケイリーに告げた。


「最後に、解体を終えた通話機のパーツや、内部から出てきた菌糸繁茂の痕跡を全て実験台に並べてください。重ねず、全てが見えるように。」


「実行します。最後に、全体の記録撮影でしょうか?」


「いいえ、今回解体した通話機内部の菌糸が完全に枯死しているかどうかの確認です。僅かでも生存している菌糸が残されていては、それこそ、キミたちをこの実験スペースから外へ出せなくなります。」


 モースが強く危惧しているのは、やはり特殊菌糸の漏洩拡大についてであった。


 既存菌糸が用いられた自動人形やガジェットに、特異菌糸が侵入することで生存手段を獲得する事例。それは既にスクルタの一件や、まさにこの通話機の解体によって実証されている。


 モースが今回の通話機解体を行わせるにあたって、リーピとケイリーの身体パーツを入念にチェックしたのも、この二体の体内に特異菌糸が入り込むリスクを懸念したためだろう。


 外部の照明スイッチ操作で一旦暗くなった実験スペースは、代わりに暗い紫色の特殊照明が当てられる。


 透明な隔壁越しに、実験台に並べられた通話機や菌糸の残骸、および傍らに直立しているリーピとケイリーの身体をじっと観察したモースは、ようやく頷いて照明を元に戻した。


「短波長光に反応する発光体は確認できず、生きている菌糸は露出部に残されていませんね。では、お疲れ様でした、実験スペースから出ても構いません。」


「解体し終えた通話機は、この場に残したままで良いのですか?」


「はい、汚染リスクが無いことも確認できたため、サンプルとしてそのまま保管させます。枯死した菌糸の残骸だけですので汚染を持ち出す恐れはありませんが、キミたちは出来る限りその場で付着した菌糸残骸を落として出てきてくださいね。」


 リーピとケイリーは、再び実験スペース入り口の気密扉内にて、圧搾空気を全身に吹き付けられてから外へと出た。


 通話機の解体検証が終わった後も、モースは何やら考え事を続けている様子である。


 彼からの指示は全て完了したリーピとケイリーであったが、期間後にフィンク議員へ報告すべき事項もあるため、このまま帰ってしまうわけにもいかない。


 ほとんど唇だけ動かして声なき独り言を続けているモースの背に、リーピは尋ねる。


「特異菌糸が通話機内で繁殖したことが、本人の知らぬ間にフィンク議員の声で通話が行われた件の原因であることは明白となりました。が、特異菌糸はいかにして侵入したのでしょうか?」


「えぇ、私もまさにその点について推察を巡らせていたところです。あの街では、アントン氏とスクルタの体内にしか特異菌糸は存在しなかったはず。フィンク議員は、アントン氏の営む花屋に足繁く通っていましたか?」


「僕らも議員の行動を詳細に調査したことはありませんが、少なくとも屋敷に花は飾られていませんし、性格的にも花屋さんに足を向ける人ではありません。」


 リーピの返答は、アントン経由から特異菌糸による汚染が広がったという推察を否定するものではあった。


 が、モースはそれで推察の向く先に困るというわけでもないらしかった。むしろそれは、別な推測を補強する判断材料であり、そしてあまり当たっていてほしくない推測でもあるらしかった。


 モースは眉根に皺を寄せたまま、リーピ達にようやく視線を向けて口を開いた。


「フィンク議員が、特異菌糸の汚染が発生した現場に直接赴いた経験がないというのであれば……彼の屋敷に置かれていた通話機が特異菌糸に感染したルートは一つしかありません。通話線そのものです。」


「通話線、そのもの、というのは……街に張り巡らされている、通話菌糸ケーブル網を通して、ということでしょうか。」


「えぇ、スクルタさんの身体内部でも同様のことが起きていましたし、今も見てもらった通り……特異菌糸は既存の菌糸が用いられた構造物内に侵入し、内部にて機能を奪取、更に新規の機能を自主構築することが可能です。」


 それは、人体に菌糸が入り込んだ際に起きる現象と近かった。


 漏洩した菌糸に感染した人間は、豊富な水分や養分を元に爆発的に繁殖する菌糸によって体内の筋繊維や神経細胞を置き換えられ、やがて本人としての意思は失うこととなる。


 特異菌糸の場合は、必要となる水分や養分が多大となる代償はありつつも、更に人体のみならず、既存菌糸が用いられている自動人形やガジェットを乗っ取るように繁殖することも可能なのだ。


 リーピは、モースが言及を避けていた恐れをすぐさま口にした。


「ということは、都市部に敷かれている通話網を経由して、ありとあらゆる通話機内部に、特異菌糸が侵入している恐れもある、ということになるのではありませんか。」


「断言は出来ません……が、それは不可能な状況ではありません。直ちに特異菌糸の蔓延に繋がるわけではないでしょうけれど。」


 答えるモースの声は、ますます暗かった。


 漏洩時のセーフティとして、特異菌糸が生存に必要とする水分量が多くなる欠陥は備えられていた。そのため、空中に飛散して感染拡大するリスクは抑えられていたのだ。


 が、既に設置されている菌糸通話網を利用されると、生息域拡大における課題はクリアされてしまう。地中に埋設された菌糸通話網は、コードの被覆越しに水分が内部に浸透してくるため、特異菌糸がそれを伝って繁殖していくことは十分に可能だ。


 人間が利便性を求めて菌糸技術を活用した結果が、そのまま多大なる危険性へと転じかねない状況であった。

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