自動人形メーカー本社への“里帰り”
フィンク議員邸における通話機の交換は無事に完了したらしく、翌日にはフィンク議員は何事も無く市議会に出席していた。
そして前もって定まっていた方針も変えられることなく、市議会および市長は滅菌剤の大半が不良品であることについて公然と製剤会社を批難、製品の自主回収および生産体制の見直しを迫ることを決定した。
大局の流れは決定権を有する人間たちの判断に任せる他になかったが、一方でリーピとケイリーは探命事務所として新たな依頼を引き受けていた。
「到着しましたね……自動人形メーカー、ロターク本社です。」
「まさか、我々がこの場所に帰ってくる日が来るとはな。」
共に言いながら、リーピとケイリーは巨大な敷地の只中に建つ、高層の研究棟および付設された生産工場へと向かっていく。
事務所を構えている街を前日の昼すぎに離れ、夜通し歩き続けて到着したのが今朝のこと。食事や休憩、睡眠を必要としない自動人形であればこそ可能な、徒歩のみによる長距離移動である。
通常、一度出荷された自動人形がこの場所に戻ってくるのは、自動人形の雇い主が発注したうえでの定期メンテナンスのため……あるいは、雇い主から手放された自動人形が廃棄処分されるためとなる。
しかし、今回リーピとケイリーが、この自動人形としての生まれ故郷へ帰ってきた目的は別件である。
「ケイリー、運搬してきた通話機に破損の恐れはありませんね?人間の職員さんもおられる研究棟に持ち込むのですから、僅かでも菌糸漏洩の恐れがあってはなりません。」
「問題ない。リーピも、モース研究主任からの紹介状は紛失していないだろうな。さもなくば私共々返品された自動人形だと判断され、廃棄処分のラインへと連行されてしまいかねないぞ。」
「厳重に保持しております。」
リーピは胸元の内ポケットを服の上からおさえて答える。ケイリーの方は、幾重にも入念に梱包された頑丈なケースを背負っていた。
フィンク議員邸にて、勝手に受話器を持ち上げ、本人の居ぬ間にフィンク議員の声を用いて喋るという異常な挙動を示した通話機。そのまま廃棄するか否かはフィンク議員の判断次第であったが、彼は原因究明を優先したらしい。
自分の声を勝手に使われるという事態が今後再び起きる可能性を残してしまうことは、政治家として致命的な悪手である。
ゆえに、通話機にも用いられている菌糸技術の第一人者、自動人形メーカーのモース研究主任へと彼は調査を依頼した。が、流石に自動人形生産の最前線に身を置くモースには、そうたびたび本社を離れていられる暇などない。
結果として、リーピとケイリーが現物の運搬、およびモース監修のもとにおける調査を担うこととなったのだった。
「フィンク議員からの依頼による行動とはいえ、興味深い機会です。いかなる研究の成果で僕らが作り出されたのか、存在のルーツを知り得るかもしれません。」
「漏洩すべきでない情報は、そう簡単に触れられるはずもないがな。研究主任からの紹介状があるとはいえ、すんなり入れてもらえるとも思えん。」
いつになく声の弾んでいるリーピの傍らでケイリーは、建物入り口の周辺に物々しい装備に身を包んだ警備型自動人形が整列している様を見つめていた。
警備用自動人形は物理的な出力が高められているため、総重量が増しても挙動が鈍ることがない。鋭利な刃物や質量による打撃、更には爆発物による衝撃にも耐えうる重装甲に身を固めた彼らは、武器を所持しておらずとも十分な威圧感を放ち、ロターク本社への出入りを監視し続けている。
そうは言っても荷物の搬送を行う作業用自動人形の出入りは頻繁であり、作業服を着こんだリーピとケイリーもロターク本社建物周辺で悪目立ちすることはない。ちょうど荷物を背負っているケイリーは搬送用自動人形そのものの出で立ちであったし、同行しているリーピは搬送作業中の破損を想定した予備個体に見えた。
が、さすがに入り口にて出入りを管理している係員は、リーピとケイリーの顔面パーツがどう見ても愛玩用人形のそれであることに気付いた。
「おい、そこの……何番だ、割り当て番号が見えないぞ。そう、お前らだ、今立ち止まった二体だ、分かってるならこっちに来い。」
イレギュラーな事態にも即座に対応するため、自動人形メーカー本社であっても、出入り管理職員の要を務めるのは人間であった。
むろんリーピの側も呼び止められることは想定していた。むしろ入り口で止められなければ、メーカー本社のセキュリティに脆弱性を見出す結果となってしまっていただろう。
既にモースからの紹介状を手に持った状態で、彼は係員の待つ管理窓口へと向かっていった。
係員は老人であったが、普段から頻繁に指示を人形たちに出しているためか、声だけは若々しかった。彼はリーピとケイリーの顔をジロジロと見つめながら言う。
「愛玩用人形だな、二体とも。作業服を着させられてるのは珍しいが、メンテナンスか?それとも廃棄処分か?何にしても、自分の脚で歩いて来させられる個体は初めて見たぞ。」
「ややこしい挙動を示してしまい申し訳ございません、僕らは二体ともに、モース研究主任にお会いするのが目的です。こちらに、紹介状があります。」
返答と共に、リーピは紙片を差し出す。
既に係員の両脇を固めるように重装備の警備用自動人形が寄ってきており、自分が所持しているのが武器ではないことを示すため、リーピは極力ゆったりとした挙動に努めた。
眉根に皺を寄せつつも老年の係員はモースの紹介状を手に取る。
見るだけで真偽を判断できるものかと思われたが、研究棟内からの招待者に対応するマニュアルは既存であったらしく、係員はモース自筆のサインに向けて卓上の特殊ライトを当てていた。
「……押印が反応した、か。本物だな。」
紫色の光を浴びたモース自筆の文字の上には、鮮やかなピンクの蛍光色に発光する複雑な図形パターンが浮かび上がっていた。可視光では視認できないインクを用いた押印で、研究主任本人による文書発行である証明が為されているのだろう。
係員の表情からは不信感が薄れたものの、そのまま素通りというわけにはいかなかった。彼は続いて、ケイリーが背負っているものを指さして告げる。
「その中身も見せてもらっていいか。お前らがこれから入っていくのはロターク本社の中枢だ、危険物か否かのチェックは欠かせない。」
「はい、承知しております。ケイリー、搬送してきた荷物を係員さんに預けてください。」
リーピが言う前から、ケイリーは背負っているケースを下ろして窓口に差し出していた。
さすがに危険物であった場合は人間の係員の安全が保障されないため、その荷物は背後に控えていた作業用自動人形が受け取り、窓口奥の部屋で開封作業に入る。
幾重にも梱包されたその厳重さとは裏腹に、中から出てきたのが古い通話機一台であると知らされた係員は、随分と拍子抜けした様子であった。
「確かに危険物じゃなかったようだが……何の用で、あんなもんを持ってこさせたんだ。モース研究主任は、アンティークの趣味でも出来たのか。」
「想定されていなかった挙動を示したため、とある街の市議会議員さんが原因究明を求められたのです。自動人形ではありませんが、通話機にも菌糸技術は用いられていますので。」
「ふぅん……それこそ街の工場でちょちょいと修理すれば良さそうなもんだが……お偉いさんからの頼みとなりゃあ、断れないか。」
事情を知らぬ者が聞けば、単に通話機が不調になっただけで、わざわざ大手メーカー本社の研究主任に頼むほどの事態ではない、とも取れる状況には違いなかった。
しかし、問題の根源は確かに、菌糸研究の第一人者でなければ解明できぬところにあったのだ。
あらためて通話機をケースに入れて梱包しなおし、背負ったケイリーを連れて建物内へと入るリーピ。
「ようやく入れたな。ここが……私たちが生まれた場所、いわば故郷か。」
「正確には、付設された製造ラインが僕らの故郷ということになるでしょうけれどね。しかし、この場所なくして自動人形が生まれないという点で言えば、その認識に間違いはありません。」
ロターク本社の研究棟内は、他の街では決して見ることが出来ない光景に溢れていた。
清潔に磨き上げられた真っ白な建材が床や天井に用いられ、壁面は構造上耐荷重の求められる箇所以外は透明度の高い樹脂の一枚板で区切られている。
ここまで入り込める者は入り口でのセキュリティチェックをパスした存在だけであることも手伝って、内部においては各々の仕事場が外から見えやすくなっているのだ。勤勉な人間でなければ少々居心地が悪いほどに、物理的に明るく見通しの良い職場環境であった。
「外気が可能な限り遮断され、乾燥状態が保たれている。菌糸が露出しては、長く持たないだろう。」
「研究にて菌糸を扱うことが多いため、漏洩時にも制御しやすい環境が維持されているのでしょうね。」
荷物を背負った自動人形が歩き回っているのも珍しくはないらしく、他の研究員から視線を向けられることもないままにリーピとケイリーは研究主任室へと向かう。
場所は招待を受けた時点で既に知らされており、迷うことはなかった。
最上階ではなく、真ん中程の階層で、四方を他の研究部署に囲まれた真ん中にモースの研究室は据えられていた。
ちょうど彼は他の研究員との会談を終えたところらしい。リーピとケイリーは部屋の出口の脇に立ち、退出していく研究員たちを見送ってから、ついにモースの仕事場へと入り込んだ。
未だ仕事机に向かって書類にペンを走らせるのに忙しげなモースの背に、リーピは告げる。
「お邪魔いたします、モース研究主任。今回の調査依頼対象となる、フィンク議員邸の通話機をお持ちいたしました。」
「おっ?なんと、もう到着したのですね。てっきり、キミたちが来るのは今夜あたりだろうと予測していたのですが……。」
振り返ってリーピとケイリーの姿をみとめたモースは、明確に表情をほころばせていた。
リーピとともに作業服姿で、ケイリーの方は荷物を背負った姿で現れたというこの場面は、姉弟で長いおつかいを引き受けて実家に到着した孫を見る老爺のごとき心持ちを呼び起こしたのだろう。
「ちょっと待ってくださいね、用件を済ませる前に、キミたちにご褒美があります。」
モースはいそいそと立ち上がり、デスクの引き出しから幾本も常備していた小さなボトルをふたつ取り出し、リーピとケイリーに渡す。
見慣れない物を手に、リーピは尋ねた。
「このボトルは……?」
「正規のメンテナンス時に、自動人形体内に補充される養分液です。休憩が必要ない自動人形とはいえ、あまりに長期間、無補給の状態で活動を続けていては挙動に支障が出てしまいますからね。あなたがた二体ともにオーナーさんが手放した時点で保証が切れているので、その点がずっと気になっていたのです。」
喋りながら、モースはケイリーの背の荷物を下ろさせ、椅子に座らせて口を開けさせる。
半ば強引に口を開けさせられたケイリーは無言のままに戸惑うばかりであったが、モースの措置には信頼を置いているためか扱いに身を任せていた。
殊に、今回の徒歩での長距離移動にて、荷物を背負い続けていたケイリーのほうが消耗しているだろうと踏んだモースは、彼女への補給を優先したのである。
ケイリーの口腔内に湿潤用のミストを吹きかけてから、声帯パーツメンテナンス用のキャップを引き開けるモース。
「あぁ、やっぱり、菌糸の色が褪せつつありますね。早めに補給の機会を作れてよかった。そのままの姿勢を維持してください。」
モースは、ボトル内の養分液をケイリーの口腔内へと流し込む。
まさに人間の血液にも似た鮮やかな赤色の養分液は、ケイリーの体内の菌糸へと速やかに浸透していく。順調に菌糸の状態が快方に向かっている様を確認してから、モースはメンテナンス用キャップを閉めた。
リーピにも同様の措置を行いつつ、モースは告げる。
「こうしてロターク本社へと来れる機会も、そう頻繁にはないでしょう。キミたちが常に二体で行動しているのなら、互いに養分補給や簡単な自己メンテナンスを行えるようになっていた方がいい。」
「養分補給というのは、今のようにして口の中に養分液を流しこめればいいのか?」
今はリーピが口の中に養分液を流し込まれている最中なので、返答するのはケイリーの方である。
モースはケイリーを手招きし、リーピの口腔内を覗き込ませながら伝えた。
「当然ながら、通常時はあなたがた人形の体内構造は密閉されているので、そのまま養分液を流し込んでも外部に零れるだけです。口腔内奥部のキャップを引き開け、声帯パーツ内部が覗ける状態が確認出来てから、養分液を流し込んでください。これを行うのは年に一度程度で構いません、あまり頻繁に開閉してはキャップ部分の密閉が緩くなるのでパーツ交換が必要となってしまいます。」
「なるほど……気をつけるようにする。」
分かっているのか、分かっていないのか曖昧な返答を口にしているケイリーに向け、口腔部を開きっぱなしで言葉を発せないリーピは目くばせだけで“頼みますよ”と告げていた。
その後、流し込んだ養分液が全身にいきわたるのを待つ間、リーピとケイリーの身体パーツ点検もモースは入念に行っていた。
本題に入ったのは、一連の点検が終わってからのことである。
モースは名残惜しげながら、今回リーピ達がここにやって来た本来の用件を切り出した。
「さて、まだまだキミたちのことは気がかりですが、あまり個人的な興味を優先していては仕事が後回しになってしまいます。今回は、フィンク議員の依頼で通話機を調査するということでしたね。」
「はい、フィンク議員ご自身の意向とは無関係に、本人を模倣した声で勝手に通話を行うという挙動が直接確認されています。」
「機械的構造しか持ち得ないツールであれば有り得ない挙動ですが、菌糸技術が用いられている場合は想定不可能な挙動ではありません。原因を明確にするため、分解して内部構造を確認する必要があります。」
モースは立ち上がり、同じフロアの別室へとリーピとケイリーを案内した。
その場所も、他の研究部署同様に透明な樹脂で囲まれた区画であったが、菌糸漏洩が想定される実験が行われるためだろう、隔壁は幾重にもなっており、入り口部分は金属製の気密扉となっていた。
「本来は社内で運用している作業用自動人形を使いたいのですが、あれも他の研究部門と取り合いでして。一度実験に用いれば、人形の菌糸汚染を洗浄する手間も必要なので、外部からの依頼に用いるとなれば優先度は低くなってしまうのです。作業手順は指示しますので、通話機の解体作業はキミたちの手で行ってもらえますか?」
「承ります。ところで、先ほど僕らの身体パーツを念入りにチェックしたのは、ここでの汚染を懸念したためでしょうか。」
「その意図もあります。少なくとも既存の技術で製造された自動人形の中では、キミたちこそが私にとって会心の出来ですから、リスクは極力引き下げたいのです。」
モースはリーピからの問いかけに頷き、気密扉を開けて実験室内へ二体を入れさせる間も、リーピとケイリーの身体に僅かでも損傷が無いかと入念に確認していた。
自分のお気に入りである製造品を気遣う振る舞いとしては一見、おかしくはない振る舞いであったものの……本来、菌糸漏洩が起きたとしても自動人形であれば一切の問題はないはずである。
“既存の技術で製造された自動人形”であるリーピとケイリーに対し、何らかの危険性が生じかねないことを、なぜかモースは想定している様子であった。




