依頼17:フィンク議員邸の通話機について 2/2
厚紙の箱に入れられた状態で、リーピとケイリーはフィンク議員の屋敷に運び込まれる。
外部の光景は、箱に薄く開けられたスリットから覗けるのみであったが、その視野の細さの割に視覚情報は明瞭に受容できた。モース研究主任からの指示通りに作られた箱の構造は、何から何まで自動人形の受容器を阻害しない構造となっていた。
フィンク議員との打ち合わせ通り、リーピとケイリーは単なる荷物同然に動かぬ状態を維持していた。フィンク自身もまた単に買い物帰りという体で、荷物持ちの護衛に指示を出す。
「その箱は、ふたつとも俺の書斎に置いといてくれ。仕事に使う資料だ、他の使用人連中にも勝手に開けないよう言っとけよ。」
「周知徹底いたします。」
予告なくフィンク議員が大荷物を抱えて帰ってきた様を見せられた執事であったが、彼は何ら訝しむ様子も示さず議員からの指示を諾々として受け取った。
リーピとケイリーは議員の護衛に運ばれつつも、箱の中から議員邸宅内の様子を覗いていた。
確かにフィンク議員邸の通話機は、書斎の一か所にしかなかった。玄関口や居間などに別端末が設置されてはおらず、間違いなく書斎にいるフィンク議員本人だけが通話に応答できる状態が作られていた。
そのほかには、さして特筆すべき内装も見られない。時おり依頼のために招かれる市長邸宅と比して、少々殺風景なようでもあった。
気落ちした様こそ示さぬまでも、実の息子であるヴィンスを亡くした喪失感は、フィンク議員の中に刻まれているのかもしれない。今、邸宅内部を見る限り、議員には他に家族も居ないようだった。
議員から命じられた通り、護衛の男たちはリーピとケイリーの入った箱を書斎へと運び込む。
「よいしょっと……こう、置いておけばいいかな。」
「もうちょい、こっちに寄せて……そうそう、その角度だ。」
演技や小芝居とは無縁に生きてきたのだろう、護衛たちの野太い小声が箱越しに聞こえる。
もしもこの現場を、フィンク議員の声と通話機を勝手に使った犯人に見られていたら、箱の中に潜んでの監視を行う今回の作戦がバレてしまいかねない。幸いにも、書斎には他に誰も居ない様子であったが。
通話機の方が見えないことを示す合図を、箱の中のリーピとケイリーが行わないのを確認し、護衛の男たちは書斎を去って扉を閉めた。
フィンク議員邸の書斎には窓がない。
屋敷の外から覗かれる恐れを皆無とするための構造だろうが、おかげで照明が灯されていない室内は非常に暗い。辛うじて、扉と床面との間にできている僅かな隙間から、廊下の照明の光が漏れてくるのみである。
とはいえ自動人形の視力であれば、暗さは問題とならない。完全に光量がゼロとなる闇でもないかぎり、人形たちの原動力たる菌糸の性質故か、暗所での活動が妨げられることはない。
「……。」
「……。」
しかし、今なすべきことは、物音も立てず、声も発さず、ただ待ち続けるだけの監視である。リーピもケイリーも、今は真隣りにありながら、一言も発さずに前方のみを見つめ続けていた。
身体がぴったりと収まる狭苦しい箱の中で、一切身動きせずに、起きる保証もない事態に備えて一点を見つめ、監視し続けるという振る舞い。
人間の場合は、呼吸や発汗に排泄といった生命活動を止められず、長時間同じ体勢を続けることに起因する体液循環の滞留に加え、いつ終わるとも知れない任務時間中に精神面を制御し続ける必要性も生じるため、特定の訓練を受けた者でなければ完遂は厳しいだろう。
動かずにいればまさに物体そのものに他ならない、自動人形であればこそ難なくこなせる依頼でもあった。
―――――
動きがあったのは、夕刻近くになってのことである。
フィンク議員が自宅に居り、通話を掛ける先から応答されやすい時間帯で、なおかつフィンク議員本人が書斎に入ってくることが無いタイミング。
すなわちフィンク議員が夕食前に入浴している頃を見計らったように、通話機がひとりでにガチャリと音を立てた。
「……。」
きっと、ケイリーも気づいているだろうが、ここで少しでも不審な物音を立ててしまっては、この現場を確保することはかなわない。
そもそも想定していなかった状況であった……フィンク議員邸内の何者かが、勝手にフィンク議員になりすまして通話を行っているものと考えるのが自然だったのだが、まさか通話機が無人の状態で勝手に起動するとはリーピもケイリーも予期できなかった。
受話器が通話機内部から持ち上げられると同時に、使用履歴を記録する紙テープに穴が打刻される、パチンという音が小さく響いた。
そのしばらく後、通話相手を呼び出し終えたのだろう、送話器の内部からフィンク議員の声が聞こえ始めた。むろん、本物は入浴中であるので、何者かが彼を模倣した声であろう。
「もしもし?市長か。滅菌剤の件だが、やはり考え直した方がいい。既にあちらの社長や重役連中には話を通してあるんだ、結果的に不良品を出さなくなればいいだけのことだろう。名誉棄損だの、営業妨害だので訴訟を起こされるリスクの方がよほど厄介じゃないか。」
「なんだと?ちょっと勘弁してくれフィンクさんよ、アンタ自身が今日、製剤会社へ公的に責任追及すべきだと議会で喋ったんだろうが。また前言撤回する気か。」
応答している声は、ガリティス市長のものである。こちらは本物の市長だろう、あの喧噪の中でもよく通る声量は、受話器から離れた位置でもハッキリと聞こえるほどに音漏れしていた。
フィンク議員本人が撤回した発言を、あらためて主張するようなことを喋っているのだから、市長が呆れ声を上げるのも無理はなかった。
「議会じゃあ、市民の安全だの、責任所在の明白化だの、若手議員共の青臭ぇ野次に調子合せておかなきゃならんからな。だが、市長、お前さんも分かってるだろ?ここで製剤会社の経営陣にいい顔を見せておきゃあ、また滅菌剤の納入金額で融通利かせてもらえるはずだって。」
「そりゃあ分かってるが……ったく、議決に市長権限を捻じ込むのも楽な話じゃないっつっただろ。口うるさい外野連中を黙らせんのもタダじゃないんだ。この話を通すんなら、アンタにひとつ貸しってことにするが構わんか、フィンク議員?」
市長の側も、製剤会社へ公的に責任追及することについては、賛否どちらとも決めかねていたようであった。ただでさえ滅菌剤の使用量が多い街の市長は、製剤会社にとっては大得意先であり、これまでの蜜月を崩しかねない決定には大いに躊躇しているのだろう。
もとより、自分の懐に入ってくる利益のため、自動人形の非合法な解体と販売を黙認するような男なのだから、今さら意外な話ではない。
さらに決断に至る材料がフィンク議員からの進言によるものとなれば、市長としては責任をフィンクに擦り付ける逃げ道を得たも同然である。
ここで、フィンク議員の声を借りて喋り続けている何者かが、市長の意向を呑む意思を示せば……市長は迷いなく、製剤会社を公然と追及する決議を却下することだろう。事態が世間に広まるのは、さらに遅くなる。
市長への返答を行っている謎の声が、通話機内部で響く直前。
リーピは自分の身を収めていた箱を破いて外へ飛び出ていた。
彼の行動に驚いたケイリーが声を上げる。
「リーピ……!?」
「ケイリー、こちらがフィンク議員の書斎です。せっかくお屋敷に入れていただけたのですから、自動人形たる僕たちも人間らしい教養を高めるための蔵書について、見学させていただきましょう。」
わざと通話先の市長にも聞こえるようにハキハキと、リーピは喋る。足音も受話器に届くように歩き、書斎の照明を点ける。
リーピの意図はただ一つ、フィンク議員になりすましている何者かが、市長へと返答するのを阻止することであった。
とはいえ、ここまでの会話を盗み聞きしていると示すことは、通話先の市長にとって実に都合悪いこととなる。老獪な議員からの悪辣な提案を、私利のために受け入れようとしていた矢先なのだから。
ゆえに、リーピはいかにも“たった今”この書斎に入ってきたかのように喋りながら、通話機へと近づいて行ったのである。
「本来は屋敷内部の人間しか入れないお部屋だそうですが、僕らのことは信頼していただいているようですね。」
「あ、あぁ……まぁ、見るだけなら、許可してくれるんだろうな……。」
リーピの喋りに応じつつ、ケイリーも箱を内側から破いて出てくる。
積極的な嘘を吐けない自動人形も、喋る内容自体に虚偽が含まれていなければ、同様の振る舞いは可能だ。ここがフィンク議員の書斎であることや、彼の意向で屋敷に入れてもらったこと、リーピ達が信頼されていることなどは、いずれも真実である。
……そして、煌々と照明の光に照らされた書斎の中で、勝手に持ち上がった受話器とともに、フィンク議員の声を模倣して喋っていた何者かは完全に沈黙しきっていた。
完全に無人の書斎にて、廊下に何者も近づかず、扉が開くこともなく、目撃者が出現するというのは、フィンク議員になりすましている謎の存在にとっても全くの想定外には違いなかった。
当然ながら、受話器の向こう側からは、返答が来ない状況をイライラと待ち続けている市長の声が響いている。
「ん?おい、フィンク議員、聞こえてるか?通話は続いてるよな、おーい!どうかしたか?誰か、他におらんか!」
「おや?そのお声は、ガリティス市長ではありませんか。」
受話器から漏れて声が聞こえるならば、近くに来た者が気づいてもおかしくはない。
リーピは、これまた今まさに気づいたかのように振舞いつつ、受話器を手に取って応答した。
「もしもし、こちらはフィンク議員邸ですが、変わりまして探命事務所のリーピが取っております。」
「んんっ?なんでまたお前が出てくるんだ、混線でもしとるのか。」
「いえ、確かにフィンク議員の書斎に繋がっております。本日は、フィンク議員のご厚意でお招きいただきましてお邪魔しておりましたところ、市長のお声が通話機から聞こえたため応じました次第です。」
「そうか……いや、ついさっきまでフィンク議員と喋っていたんだが、急に返事が来なくなってだな……どうなっとるんだ。」
「それは奇妙ですね。フィンク議員は、ただいま入浴中です。お屋敷の通話機は、この書斎一か所にのみしか存在しませんので、フィンク議員本人が応対できるはずありませんが。」
「なんだと……。」
市長は暫し押し黙る。むろん、先ほどまでのやり取りがフィンク議員本人ではない、なりすました何者かに聞かれていたとなれば、会話内容の漏洩は無視できぬ問題となるためだろう。
とりまず、彼は現時点で収拾のつく懸念だけは片付けることにしたらしい。
「周りに誰も居ない、とのことだったな?」
「正確には、僕の相棒であるケイリーも傍におりますが、人間は付近におりません。フィンク議員は入浴中ですし、執事さんや使用人の方々は議員の身支度や夕食の準備のためダイニング付近に集まっておられます。」
「そうか。……お前が何を聞いたかは知らんが、私が喋っていた内容は外に漏らすんじゃないぞ。いいか、市政に関わる話だ、極秘だからな。」
「承知しております、自動人形として、秘匿事項は厳守いたします。」
市長はせかせかとした口調で言いつけ、リーピが返答するや否やガチャンと通話を切った。
むろん、今しがた市長の喋った内容を世間一般に公表することが、無用な混乱を生む結果にしかならないことはリーピもケイリーも理解している。
今後の方針についても、両名とも意を同じくしていた。リーピはケイリーと喋り合う。
「市長のご意向は受けましたが、フィンク議員には起きたことをお伝えしましょう。そのために、今回僕らは依頼を引き受けたのですから。」
「彼に伝えるだけであれば、外部に情報を漏らしたことにはならないよな。しかし、信じてもらえるだろうか、勝手に受話器が持ち上がってフィンク議員の声で喋り始めた、などと……。」
「自動人形はウソを吐けねぇんだろ?だったら聞いてやるしかない。」
割り込んできたのは、フィンク議員の声である。
書斎入り口の方を見れば、おそらく知らぬ間に照明が点いていたのを不審に思ったのだろう執事が訝しげな顔で覗き込んでおり、彼に連れられる形で秘書とフィンク議員自身が踏み込んできていた。フィンク議員は風呂上りなのだろう、肩からタオルをかけて洗髪剤の香りを纏っている。
事情を知っているフィンク議員と秘書はさておき、知らぬ間に自動人形が屋敷へ入り込んでいたことに驚いている様子の執事に対してリーピは頭を下げて挨拶をする。とはいえ、内側から破かれた厚紙箱が背後に見えている時点で、経緯はおおよそ察されただろうが。
「お邪魔しております、リーピ探命事務所です。今回は、フィンク議員のご依頼を承り、こちらの屋敷にお伺いした次第です。」
「あぁ、執事のことなら気にしなくていい、俺のドラ息子が生きていた時から、招かれざる客には慣れてるからな。で、なんだって?受話器が勝手に持ち上がって、俺の声で喋り始めた、って?」
「はい、フィンク議員の入浴時間中を見計らったように、通話機が勝手に受話器を持ち上げ、ガリティス市長へとつないで会話しておりました。」
リーピの説明を聞きながらも、フィンク議員は通話機を睨みつけるように見つめ、受話器のホルダーを上げ下げしている。その都度、傍らの使用履歴記録テープに穴が打刻されていく。
素人があれこれいじったところで、内部構造は分解しない限り明瞭にならない。とはいえ、この場で分解するわけにもいかない。
自動人形と同様、菌糸技術を用いた通話機の内部構造を露出させることは、この場に居る面々が感染の危機に瀕するのと同義である。
諦めたようにフィンクは受話器を元に戻し、秘書に向かって言いつけた。
「何人か、護衛連中を呼んでこい。明日の朝には、新しい通話機が届く。それまでの間に、このポンコツ通話機がまた勝手に喋り出しやがらねぇか、夜通し見張れ。交代で寝ていてもいい、何なら気付けにブランデーを一本くれてやる、どうせ俺は飲まないからな。そんだけ伝えりゃあ、喜んでやりたがる野郎どもが集まるだろ。」
「は。」
秘書は頭を下げ、足早に書斎を出ていく。
確かに、今となっては隠れた状態のまま監視する必要も無いが、一晩中眠らずに見張りを続けるのなら自動人形の方が適役である。
遅ればせながらリーピはフィンク議員に提案をした。
「あの、護衛の方々ではなく、僕とケイリーが引き続き通話機の監視を行うことも可能です。人間とは違って、自動人形には睡眠も不必要ですので……。」
「人形が人間サマに気を遣うんじゃない、俺が依頼したのは通話機が勝手に使われる現場をおさえるところまでだ。いいからお前らはここまでで帰れ、最初の契約で決めてないことまで仕事させるのは、俺のやり方じゃない。護衛連中の睡眠時間を心配しなくてもいい、酒の瓶一本ありゃあ寝ずに夜を明かすぐらい造作もないことだ。」
確かに、秘書から今しがたの話を伝えられたのだろう。玄関近くの控室に詰めていた護衛の男たちから、一斉にどっと歓声の上がる様が聞こえてきた。
普段はまず口に出来ない高級な酒瓶が開けられるのは、それだけでも人間にとっては歓喜を呼び起こすイベントなのだ。相変わらず、自動人形の思考回路では想定し得ない手段で人望を得ているフィンク議員。
リーピとケイリーは彼の手腕を思い知らされたかのごとく、ただ指示に従うのみであった。
「では、僕らはこれにて失礼いたします。通話機が想定外の挙動を示したことは事実です、くれぐれもお気をつけください。」
「あぁ、報酬はまた後で払いに行かせる。勝手に俺の声で喋りやがる通話機については……また、モースに送りつけて調べさせでもするか。」
このところイレギュラーな仕事が連続して舞い込んでいるだろうモース研究主任が、それを引き受けるか否か、リーピの断言できるところではなかった。
とはいえ、そのまま古い通話機を廃棄処分にするよりは原因究明に近付く手段ではあると思われた。
受話器が勝手に持ち上がるのも、そして普段の使用者の声や喋り方を模倣するのも、いずれも自動人形の内部で菌糸が為している働きによって再現できる振る舞いである。
……そして、整備士による調整を経ず、自主的に思考回路を構築できるのは、特異菌糸の特徴に他ならなかった。




