依頼17:フィンク議員邸の通話機について 1/2
新規に製造された滅菌剤がことごとく不良品であることは、隠蔽体質を常とする市議会としても流石に看過できぬ状況だったと見えた。
翌日には報道紙面の片隅にて小さな記事ではあるが言及され、市長自らが主導して事態の収拾にあたると表明していた……具体的に何をするのかは述べられておらず、結局のところは製剤会社内部での元凶が発覚しなければ解決には至らないのだが。
事ここに至っては、小さな探命事務所を営むリーピとケイリーが関われるスケールの話ではない。彼らは今日も、事務所に舞い込んでくる個人の依頼に当たっていた。
その日は通話ではなく、文書が事務所に届く形での依頼通達となった。
封書を開けて便箋を広げているリーピを、背後からケイリーが覗き込むように尋ねる。
「誰からの依頼だ?通話一本入れてもらえれば良いものを、律儀に手描きの便箋を送ってくるとは。」
「しばらくぶりの、フィンク議員からのご依頼です。通話を用いなかったことにも、彼なりの事情があるようです。依頼詳細について僕らに直接伝える場所も、厳密に指定されています。」
長年、この街で市議会議員を務め続けてきたフィンク議員は、政界を生き抜くしたたかな立ち回りが徹底している。
この封書についても、郵便局を通すことなく、自らの秘書に持たせて事務所へ届けさせていた。周囲から立ち聞き、傍受される恐れを踏まえてか、今回の依頼内容を具体的に伝える場はフィンク邸でもなく探命事務所内でもない。
「指定場所は……街の図書館にある、会議室?図書館内に、会議室なんて作られていたのか。」
「図書館は蔵書の閲覧のみが設立目的ではありませんからね。専門機関ほどではないとはいえ、閉架書庫も含めれば豊富な文献を有する図書館にて研究活動を行うことも想定して会議室が設置されています。当然、周囲に声が漏れない構造となっているため、フィンク議員はそのような環境での伝達を希望しているのでしょう。」
ケイリーに対してリーピはペラペラと説明を語ったが、とはいえリーピ自身も会議室に実際に入ったことはない。
同じ情報を共有しさえすれば、思考の至る先も同様となる自動人形たち。わざわざ集合して会議を行うという振る舞いとは縁遠くなるのも、当然のことであった。
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とはいえ、図書館内に到着すれば、フィンク議員の待つ会議室がいずこにあるのか知るのは容易であった。
平日昼間の疎らな来館者たちは、まだ就学前の幼子を連れた親か、ゆったりとした老後の一日を書物に囲まれて過ごしている老人、あるいは平日から暇そうな職業不詳の面々……等といった顔ぶれである。
そんな平穏な空間の一角を、真っ黒なスーツに身を包んだ物々しい集団が占めていれば、嫌でも目立つというものだ。リーピとケイリーが近づいていくと、彼らも言葉なしに弁えて道を開け、普段あまり利用客の居ない会議室の扉を開く。
フィンク議員は、会議室の奥で秘書に付き添われて椅子に腰かけていた。相変わらず禿げあがった頭と猫背が彼の外見の貧相さに拍車をかけていたが、狡猾そうな眼差しは鋭さを衰えさせてはいなかった。
リーピとケイリーの姿を見て、フィンク議員は顎をしゃくるように軽く挨拶する。
「よう、しばらくだな。お前らも相変わらず仕事熱心な人形だ、色々と巻き込まれていたようじゃないか。」
「有難いことに、お仕事をいただけておりますので。フィンク議員もお変わりないようで、何よりです。」
「お前らだって“お変わりない”な。人形だから当然だが。」
独特の冗談を飛ばすフィンク議員から椅子を進められ、リーピとケイリーは一礼してから着席する。
背後では既に会議室の扉が閉められ、議員の護衛、および外部からの盗み聞き防止も兼ねて、黒スーツの男たちが出入り口に立ちふさがっている。
準備が済んだとみるや、フィンク議員は常通りのせかせかとした喋り方で今回の依頼について語り始めた。
「お前らに確かめてもらいたいのは、俺の屋敷にある通話機のことだ。何者かに細工された恐れがある。だから今も、通話機が置かれていない場所まで来てもらった。」
「通話機に関して、何か問題が起きたのですか?」
「つい昨日のことだ、お前らも知ってるだろうが、ウチの市長は滅菌剤が不良品まみれの問題について、製剤会社に問い詰める方針で話を進めていた。だが、そこに俺からの通話が入ったそうだ。製剤会社へと市長直々にクレームを入れるのは時期尚早だ、あくまで穏便に話を収めるべきだ、とな。」
「『入ったそうだ』とおっしゃったのは、フィンク議員の身に覚えがないためですか?」
「あぁ、俺はそんな通話を入れた覚えはない。だが間違いなく俺の声での通話だったと市長は言い張るし、言った言わないの話に持ち込まれちゃあ立場が強い側の言い分が通っちまう。おかげさまで、俺は発言撤回、謝罪の手間を掛けさせられちまったよ。さらにこの問題の悪いとこは、市長の言いがかりだと断言できないところだ。」
フィンク議員の目くばせに応じ、傍らに立っていた秘書が小さく巻かれた紙のテープを会議テーブル上に差し出す。
それは日時の目盛りが印字された細長いテープであり、目盛りのところどころに丸く穴を開けられる形で記録が残されていた。自動記録を行う装置ではよく用いられる形式だ。
送話器は通信機と一体化しているが、受話器は支えから外さなければ通話を行えない。その構造を利用し、受話器があげられれば時計と連動して進む紙のテープに穴を刻む仕組みとなっている。
皺くちゃの細長い指先で、その一点を指さしながらフィンク議員は喋り続ける。
「どんな拍子に言質を取られるか分からない立場だからな、俺も自分が使う通話機には使用履歴をテープに打刻する記録装置を取り付けてる。んで、俺の身に覚えがなく、市長が俺から通話を受け取ったと主張している時間帯、確かに俺の屋敷の通話機には使用された記録が残ってやがるんだ。」
「まだ夕方に差し掛かった頃、となればフィンク議員が寝ぼけて喋ったり、あるいは泥酔した状態で通話したりすることは考え難いですね。」
「フン、バカ息子の一件以来、酒なんぞには口をつけとらん。この時間帯に俺が屋敷にいなけりゃあ、俺本人からの通話じゃないと証明も出来るんだが、悪いことに丁度帰宅したタイミングだ。俺自身は仕事帰りのイライラを落とすために入浴してたから、書斎の通話機で勝手に喋ってやがるバカが居ても気づけん。うちの屋敷の執事や秘書を疑いたくはないんだがな。」
フィンク議員の傍らで、秘書の男は神妙な顔つきのままであった。秘書の立場からも、自らが疑われることは受け入れているのだろう。
とはいえ仮にフィンク議員を騙って市長へと通話を入れた者が居たにしても、製剤会社への物言いを遅らせよとの通話内容は人間の利に働くものではない。マトモな滅菌剤が生産されて搬入されない限り、あらゆる人間は菌糸漏洩時の汚染リスクを避けられなくなってしまうのだ。
非合法に組み立てられ販売される自動人形からの菌糸漏洩が多いこの街では殊に、誰にとっても無視できないリスクであるはずだ。リーピは現時点で思い至った疑問点を尋ねる。
「フィンク議員のお屋敷には、他に通話機は設置されていませんか?この使用履歴が記録されたのとは別の端末が、時間帯を同じくして勝手に使用された恐れもあります。」
「通話機はひとつしか置いていない、俺の書斎の中だけだ。使用人や秘書には、勝手に通話応答しないように命じてある。俺自身が応対してない件でも、通話を受けた時点で承諾したことにしやがる不届き者が政治家連中にはゴマンと居るもんだからな。」
政敵の策を常に想定しておかなければならない人間らしい慎重さであった。そのおかげで、ますます状況が謎であることは明瞭となった。
リーピとケイリーがこの問題の解決手段を模索するためには更なる時間と判断材料が必要となりそうであったが、話が早いのを誰よりも好むフィンク議員は既に方策を定めていたらしい。
「どこの誰が、どんなカラクリで、俺の書斎の通話機と俺の声を勝手に使って市長に話を吹き込んだのかは分からないが……こちらも試したいことはある。今日、俺は『明日には通話機を新しいのに買い替えねぇとな』とデカい声で喋ってから屋敷を出た。屋敷で留守番している連中と、通話機本体にまで、しっかり届く声でな。」
「そうなれば、どのような仕組みであるかはさておき、犯人がフィンク議員邸の通話機を勝手に扱えるタイムリミットは明日までということになり、おそらく犯人もそれを聞いているということになるのですね。」
「見ての通り、今日のお出かけは黒服連中をゾロゾロと引き連れての出発だ。俺が屋敷に居なかった時間帯については街中の市民が証言してくれるだろう。問題は、俺が屋敷に戻った後の話だ。俺が知らない間に、勝手に通話機を使ってる奴が何者なのか、しっかり見張っててもらいたい。夜通し、明日新しい通話機が届くまでだ。お前らは人形だから、出来るよな?」
リーピとケイリーは即答せず、一旦は顔を見合わせた。
似通った思考回路を有するために会議の必要がない自動人形とはいえ、互いの意見が同じであることを確認し合う過程を意思決定に挟むことは、リーピとケイリーにとって習慣的になっていた。共に、人間らしい振る舞いをずっと模倣し続けていたためかもしれない。
フィンク議員が人形に対してぞんざいな言動をとることは今に始まったことではなく、少なくとも依頼者として信頼できぬ相手ではないとの認識は共通していた。
リーピはケイリーと共に頷き合った後、口を開く。
「はい、承ります。ところで、僕らはフィンク議員のお宅にそのままお邪魔しても構わないのでしょうか?状況次第では、通話機を明確に監視している様を示さない方が、元凶解明に至りやすいかと思いますが。」
「ちゃんと手は用意してある、ごくシンプルなやり方だ。お前らはそれぞれ荷物の箱に収まって、その中から監視をしてくれりゃあいい。俺の屋敷の執事にも使用人にも、通話機を監視させることは知らせてない。俺はデカい買い物をして帰宅したという体で、荷物の箱をふたつ、書斎の通話機の前に置くだけだ。」
フィンクの合図で、彼の秘書と護衛がそれぞれ梱包用の厚紙箱を持ち出した。
畳まれた状態であれば誰でも持ち運べる程度、展開して箱の形に組み立てても鍛えた人間ならばどうにか両腕で抱えられる程度のサイズである。
元より小柄なリーピであれば入り込むことは出来るだろうが、一方で成人女性程度の体格はあるケイリーの方は細身とはいえ箱の中に収まるか少々怪しいところであった。
訝しげなケイリーの視線に気づいたのだろう、フィンクはニヤリと笑みを浮かべながら告げた。
「心配しなさんなお嬢さん、俺も、俺の秘書も無能じゃない。お前らの創造主に頼んで、メーカー本社から身体の規格について送ってもらった。」
「創造主、というのは、モース研究主任のことか……?」
「あぁ、ついでにお前らの身体が収まる箱の設計図と、長時間箱の中で収まる人形向けのアドバイス付きだ。既に保証期間が切れてる人形のくせに、お前らは随分とモースのお気に入りと見える。」
喋っているフィンクの傍らから、秘書が更に一枚の書類をリーピとケイリーの方へ差し出す。
几帳面に並んだ文字と、手描きながらも綺麗に引かれた直線で示された図解。モースが仕事の合間に作成したのだろう、リーピとケイリーそれぞれに対し、箱の中に収まっている際の最適な体勢が記されていた。身体パーツに無理な荷重が掛からないよう、計算した結果である。
モースの気遣いは、リーピとケイリーの中に故無き安堵感を与えてくれた。たった一枚の紙片を通じて、人間でいうところの里心のような感覚まで引き起こしたのである。
リーピとケイリーが書類をじっくりと覗き込んでいる間に、秘書たちは厚紙の箱を既に組み立てていた。フィンクは急かすように口を開く。
「話がのみこめたなら、さっさと箱の中に入ってくれ。心配すんな、丁重に運ばせるから。お前らも、箱の中でくしゃみしたり咳き込んだりしないでくれよ。」
「自動人形には呼吸器官がありませんので、ご心配なく。ところで、図書館を退出する際に大きな箱を抱えていては、図書館側から書籍の持ち去りを疑われてしまいませんか?」
「そこも心配いらない、先に言っておいたからな。『俺が帰る時に箱を抱えていても、気にすんな』って。」
その物言いでは何の保証にもなっていなかったが、自分の発言力と立場に物を言わせて状況を押し通すのはフィンク議員らしいところであった。
モース研究主任じきじきの計算には確かに狂いなく、リーピもケイリーも手足を胴体の前で抱えるようにすれば箱の中へぴったりと収まって入り込むことができた。外部の様子を覗くために細く切り込まれたスリットも、ちょうど目の所に来ている。
創造主の設計通り、二体の自動人形がそれぞれピタリと収まった箱ふたつをしげしげと眺めながら、フィンクは補足を口にする。
「ついでに、緊急脱出も想定されてるとのことだ。単に、ただ箱の内側から裂けやすく切り込みを入れてあるだけだがな。万が一、すぐに箱を抜け出さなきゃならないとなれば、内側から簡単に突き破って出てこれるらしいから、忘れんなよ。」
「はい、そのような状況にならないことを祈るばかりです。」
それこそ箱が火災に巻き込まれるようなことにでもなれば、即座に脱出できる機構は必須となる。
あらゆる状況において支障が無いように、モースはただの厚紙箱ですらも設計図を引いてフィンク議員に送ったのだ。自動人形の製造に携わる人間は、厚紙の工作においても存分に腕前を発揮するものらしい。
数多の自動人形を製造して出荷する立場でありながら、たしかにモースはリーピとケイリーのことを特別気にかけていた。
「んじゃ、そろそろ行くか。人形とはいえ、俺の屋敷に招くお客さんだ。上下逆さまに持ってやったりするんじゃないぞ。」
フィンクからの指示が聞こえると同時に黒服集団は一斉に移動し始める。
リーピもケイリーも収まった箱ごと、軽々と持ち上げられ運ばれていく。さすがに議員の護衛をしている面々にとっては、自動人形一体の重量程度なら余裕で担ぎあげられるのだろう。
製造されてこのかた、人間にわざわざ我が身を運ばせるという経験はしたことが無かったため、これまたごく新鮮な感覚であった。人間に従属するのが自動人形である以上、通常の役目を与えられている範疇では決して経験し得ないだろう。
さておき、今回の一件、フィンク議員の声と通話機が本人の意思とは無関係に使われるという事態が何に起因するのか、リーピもケイリーも全く推測がつかぬままであった。




