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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
31/45

依頼15:滅菌剤の効果検証への一部協力 1/2

 警邏隊員トロンドを、リーピとケイリーが探命事務所へ迎え入れるのは二度目のことである。


 警察本部そのものに対してはさほどの信頼を寄せていないリーピ達も、トロンドについては自分たちの本拠点に通うのを許すほどには気を許していた。


 ほとんどが自動人形で構成される警邏隊のなかでも数少ない人間、その中でも更に稀有な女性隊員、トロンド。


 生真面目な彼女は今回も、手短な挨拶ののちに端的に本題へと入った。


「再びお力添え頂けるとのご返答、有難うございます。今回の依頼は、街の公共サービス用に納入されている滅菌剤の品質調査です。先日、菌糸漏洩通報に出動した特殊清掃用人形から『滅菌剤の効果が本来通り発揮されていない可能性がある』との報告がありました。」


「菌糸漏洩は本来滅多に起きるべき事態ではないのですが……しかし、滅菌剤の効果が出ていないというのは、どのような観察結果から判断されたのでしょうか。さしもの自動人形も、薬剤を視認するだけでは効能の判断もつかないはずです。」


 尋ねるリーピに対して、トロンドはむろん淀みなく返答するも、表情には若干翳りがあった。


 そもそも、警察の中で解決できていない事態を依頼するために探命事務所まで来ている以上、“訳アリ”の状況を抱えている前提がほぼ確定である。


「特殊清掃を行った自動人形は、通常の職務通りに十分な量の薬剤噴霧を現場にて行いました。が、後ほど人間の清掃業者が現場入りした際、意識混濁と思しき症状を起こして搬送されています。彼は搬送先にて、胞子性壊死脳症を発症していると診断されました。」


「つまり、滅菌剤は全く効果を発揮していなかった、ということですか。」


 答えるリーピの傍らで、ケイリーも無言ながら思わずトロンドの話に身を乗り出していた。


 胞子性壊死脳症は、自動人形の体内から漏洩した菌糸が人間の体内に入り込むことで引き起こされる。


 通常時であれば、自動人形の内部で筋繊維や神経細胞に分化し、リーピやケイリーの様に人間同様の高度な知性を構築し行動する源となりうる菌糸。だが既存生物の肉体を養分に急速繁茂する菌糸は、ひとたび人体に侵入すれば猛烈な速度で体内にて伸び蔓延り、本来の筋繊維や神経細胞を脳に至るまで菌糸で乗っ取ってしまう。


 すなわち、人間にとっては肉体が生きていても実質的な死に直結する症状であり、ゆえにこそ自動人形の破損および中枢たる菌糸の漏洩は危険視されている。菌糸漏洩の疑いありとなれば、即座に特殊清掃が駆けつけて滅菌剤の大量噴霧を行う体制が整えられているのも、そのためだ。


 が……薬剤の噴霧を行ってもなお、菌糸が弱るどころか、本来通りの生態を発揮しているとなれば、この体制への信頼自体が揺らいでしまうだろう。


「その通報が行われた後、我々警邏隊が自動人形のみの部隊で急行し、警察にて備蓄されていた滅菌剤を用いて再度の現場清掃を行いました。その後あらためて現場の鑑識が行われ、菌糸汚染が取り除かれたことは確認済みです。」


「なるほど。でしたら、確かに清掃業者が用いた滅菌剤に問題がありそうですね。既存の滅菌剤に耐えうる菌糸が出現した訳ではないようです。」


 トロンドに対してリーピは言いながら、密かに安堵していた。


 以前、自動人形メーカー本社の研究主任モースが、新型自動人形の回収が叶わぬと見るや即座にその体内の菌糸を枯死させる処置を行ったことから、並の滅菌剤に耐性を有する菌糸の漏洩を恐れたのではないか……との懸念もよぎっていたのだ。


 メーカー本社で用いられている粘性の滅菌剤と違い、警察にて備蓄されている滅菌剤は一般に広く普及している白粉タイプだ。


 同じタイプの薬剤でありながら、特殊清掃の滅菌剤が効果を発揮せず、警邏隊の滅菌剤だけが効果を発揮したということは、本来あるべきではない同薬剤内での効能差が生じているということでもある。


 特殊清掃ではたびたび滅菌剤を消費し製剤会社から補充されている一方、警察内では滅菌剤が不足する状況を想定し長期間の備蓄が為されている。すなわち、過去製造された滅菌剤に問題が無く、最近製造された滅菌剤が効果を発揮できていないのだ……とも推測可能だ。


 リーピ達の理解が十分に及んだであろうことを察し、トロンドは追加の情報を与えた。


「その現場で特殊清掃を行った人形の身体も後ほどチェックしましたが、清掃用人形自身の破損や菌糸漏洩は起きていませんでした。状況を見る限り、特殊清掃の職務に用いられた滅菌剤が効果を発揮していなかったのはほぼ確実と推測されます。」


「早急に解決すべき事態ですね。警察の方から、滅菌剤を製造している製剤会社へと通達は行ったのですか?」


「……行われていません。上層部が秘密裏に製剤会社と連絡を取っている可能性はありますが、少なくとも公には、警察からの注意喚起は行われていません。」


 リーピの問いに答えるトロンドは表情だけではなく、声色までハッキリと暗くなっていた。


 とはいえ、この返答がくることは、今までの警察本部の対応を知っているリーピもある程度は予測できていた。警察上層部も事態の重さを理解していないわけではあるまいが、市民に無用の混乱を引き起こすべきではないとの意が通っているのだろう。


 また、製剤会社が巨大企業であることも、表立って製品の欠陥を指摘できない理由でもあると思われた。


 自動人形という労働力が社会に浸透している限り、菌糸漏洩リスクへの対抗手段として滅菌剤への需要が尽きることは決してないのだ。独占企業との関係性を損ねて値段をつりあげられることは避けねばならない。


「被害者の遺族に対しては、特殊清掃に携わった作業用人形が、十分な量の滅菌剤噴霧を行わなかったことが原因であると説明されました。しかし現場に急行した隊員からの情報では、到着時点で現場は真っ白な薬粉で覆い尽くされていたとのことです。」


「薬剤の噴霧量は充分だったはず。しかし、あくまでも製剤会社の納入した滅菌剤が原因ではない、と表向きには扱われているのですね。」


 人命よりも経済が優先される街。この悪習は、いよいよ大規模な被害に直結しかねない状況を呼んでいた。


 事情はさておき静観の許される状況ではない、リーピは重ねてトロンドへ質問を投げかける。


「滅菌剤の効果が不確かである件が世間に公表されていないということは、街の特殊清掃で用いられる薬剤の一斉回収も為されていないのでしょうか。」


「はい。今後……いえ、今まさに、菌糸漏洩の通報が起きたとしても、そこで用いられる滅菌剤が効果を発揮しない可能性は十分にあります。警察上層部は、騒ぎにならぬよう秘密裏に、順次不良品を取り換えていくとの方針かもしれません。しかし仮にこの件が表沙汰となってしまったとしても、配備されていた薬剤を一斉に回収すべきだと私は考えています。」


「トロンドさんの判断が正しいと、僕も結論づけます。実際に犠牲者が出ているのですから、真実を秘匿するべきではないはずです。ところで、どのような手段を以て、現行の滅菌剤が効果を発揮できていないことを証明するのでしょうか?」


 問われてトロンドは一旦、口を噤んだ。


 警察本部が協力的でありさえすれば、悩む必要などないはずだった。犠牲者が出ているうえに、その元凶がほぼ確実なのだから、わざわざ証明する過程を踏むことなどなく製剤会社へと調査に踏み込むべき状況である。


 だが、現状は先述の通り、製剤会社の顔色を窺う向きが大勢を占めている。挙句、今回の事故の原因が、特殊清掃時の不手際であると結論づけられているのだ。


 正確な情報を世間に公表すべきだと考えるトロンドにとって、現状は逆風に違いなかった。


 今回と同様の菌糸漏洩事故が発生し、念入りに特殊清掃が行われたにもかかわらず犠牲者が出れば、今度こそ滅菌剤が効果を発揮しなかったものと証明できるものの……それでは本末転倒だ。なによりも市民に犠牲を出さないことが、今後最優先の目標なのだから。


 警察上層部も、現場の警邏隊がこのジレンマに陥ることを見越して、隠蔽を指摘されはしまいと悠然と構えているのだろう。


 しばらくの沈黙ののち、トロンドは答えた。


「実際の犠牲を以て証明するわけにはいきません。何とかして、生きている菌糸のサンプル、特殊清掃で用いられている滅菌剤、そして実験用の動物を入手し、自前で検証を行うほかありません。時間や手間はかかってしまうかもしれませんが……。」


「しかし専門外の方が、実験用の資材を入手したり、再現性を認められる実験環境を整えることは難しいでしょう。後から物言いが入ってしまっては、せっかくの検証結果をうやむやに流されてしまいます。」


「……それは、確かに……ですが、他に方法は……。」


「協力者の意向次第ではありますが、より確実に実験結果を得られる可能性があります。僕らを製造した、正規自動人形メーカー本社のモース研究主任に依頼することです。」


 トロンドは目を見開いてリーピに視線を返す。確かに、自動人形研究の現状において最前線に居る人物であれば、自動人形に用いられる菌糸についても知り尽くしているだろう。


 滅菌剤が十分な効果を有しているか否か、実験で確かめることも信頼して任せられる。


「協力していただけるのならば、この上なく心強いお方ではありますが、しかしメーカー本社の研究主任となれば、相当にご多忙なのでは……?」


「モース研究主任は、以前よりこの街における自動人形の扱いに憂慮しておられました。非正規の業者が人形を解体し、廉価に組み立てて再度販売することは、菌糸漏洩のリスクを高めるばかりであると。別件の調査ではありますが、近々この街に来られる予定でもあると聞いております。」


 そもそもは、アントンの花屋で働くスクルタという自動人形について、詳細に調査するために近日再びこの街を訪れるモース研究主任。


 彼に連絡を入れてまだ一日と経っていなかったが、あの通話時の深刻そうな口調を聞く限り、来訪までにさほど日を隔てはしないだろう。


 トロンドの方はといえば、既に雇い主も居ない自動人形、すなわちメーカー保証から外れた個体であるリーピとケイリーが、メーカー本社の人間との繋がりを有していることが意外なようであった。


「あなた方が、メーカー本社の研究主任の予定をご存知なのですか?」


「えぇ、連絡先を教えていただきまして。今回の、滅菌剤の効果に対する疑念につきましても、モース研究主任にとっては無関心ではいられない事項となるでしょう。」


 間違いなく、モースは滅菌剤の効果を確認する実験に協力するだろう。関心を寄せるというより、頭を抱える問題として、ではあるが。


 そして、素人の実験ではなく、一大企業の研究主任が主導で行った検証ともなれば、世間的な注目も信頼度も充分だ。リーピは言葉を継いだ。


「モース研究主任に連絡がつき次第、この件についてもお伝えしておきます。今、僕らが気に掛けなければならないのは『間違いなく現行の特殊清掃で用いられている滅菌剤』を確保することです。」


「はい。都合の良い結果が出るようなサンプルを用意した、と文句をつけられてはいけません。それにつきましては、既にこちらで計画を立ててあります。」


 トロンドは、ポケットからメモ帳を取り出しかけ……思い直して、メモ帳を開くことなくポケット内に押し込んだ。


 彼女もまたリーピとケイリーのことを信頼してはいただろうが、仮にも警邏隊の作戦内容を民間の自動人形に教えるわけにはいかない。その代わり、簡易に口頭においては伝えることにしたようだ。


「正確な場所や日時はお教えできませんが、製剤会社から特殊清掃の拠点へと滅菌剤を搬入する現場をおさえる計画が、警邏隊内部にて進行中です。警察本部はさておき、警邏隊においてはフィリック隊長を筆頭に、市民生活の安全確保を最優先とする意思で統率されています。」


「その計画が阻止される恐れはありませんか?例えば、滅菌剤の搬入を妨害されたため、本来の特殊清掃が実行できなくなる、などと口実を作られて……。」


「警察内部で備蓄している薬剤、すなわち確実に効果を発揮する滅菌剤を同量用意し、そちらを特殊清掃に引き渡す形が予定されています。」


 実際の現場での滅菌効果を確実にすると同時に、サンプルとなる新規搬入の滅菌剤を確保し、それを阻害する口実も与えない。


 トロンドが主導となって立てた計画であるかは定かではなかったが、フィリック警邏隊長も加わっての作戦は周到に練られたものとなっているようだった。警察上層部のやり口を知っている面々であればこその手腕でもあったろう。


 頷いてリーピは改めて正式にこの件を引き受ける旨を口にした。


「承りました、では僕らはこの件についてモース研究主任にお伝えしておきます。手立てが定まり次第、トロンドさんあてに連絡を入れます……あ、直接警察の方には連絡しない方が良いですか?」


「警邏隊の詰め所でしたら、上層部に伝わることもないので問題ありません。それでは、市民の皆様の安全のため、重要な役割となりますがよろしくお願いいたします。」


 トロンドは深々と頭を下げ、そして足早に事務所を出て行った。


 モース研究主任にとっても、この滅菌剤にまつわる一件は好都合であるだろう。本命は自動人形スクルタの調査であるが、想定外の知性を秘めている対象から警戒されずにいるためには、この街に再びやって来る口実が他に必要となる。


 それに、幸か不幸か、あるいは偶然か必然か……滅菌剤の効果が減衰する異変は、アントンの花屋での異変に連動するように起きているのであった。

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