必須ではない報告:ディスティへ、両親について
リーピ達からの連絡は容易にチャルラット医院へ繋がり、ディスティと会う約束も簡単に取り付けられた。
街の中に複数の拠点となる“医院”を確保している闇医師チャルラットであったが、今の居場所には比較的長く居続ける予定であるらしかった。おそらく、ディスティが看護師としての仕事に慣れるまでは、あまり移転を繰り返さないように心掛けているのだろう。
それに、男手と作業用自動人形だけで運営していた時の無骨で殺風景な状況と違い、ディスティの手によって医院の内装が綺麗に整えられたばかりである。
相変わらず、患者の搬入は優先されていない雑居ビルの狭い階段を昇った先の一室であったが、今回リーピ達はテーブルクロスを幾枚か手土産に持参していた。以前、使い古されたシーツがテーブル掛けに代用されていたのを見覚えていたのだ。
「僕たち自動人形の感性では、部屋の内装に相応しい色味などは判断し難いものでしたが、気に入っていただければ幸いです。すこし、地味すぎたでしょうか。」
「いえ、落ち着いた雰囲気にぴったりです。喜んで使わせていただきます。」
リーピとケイリーが差し出すテーブルクロスの包みを受け取りながら、ディスティは確かに嬉しそうであった。
以前よりかなり血色は良くなったとはいえ、痩身であるうえに、まだ年若いはずの目の下に染みついた隈が常に沈んだ面立ちを作っているディスティ。ほんの少し頬を緩めるだけでも、もとより育ちの良い令嬢であったことを示す気品が覗かれた。
チャルラット医師も今日は仕事が落ち着いているらしく、リーピ達が医院に入ってきた際には部屋の奥から顔だけは出し、眠そうな声を掛けてきた。
「まいど……。」
「お邪魔しております、チャルラット先生。」
リーピからの挨拶に軽く会釈だけ返し、チャルラットは引っ込んでいく。労働時間の上限を誰にも定められない闇医師、彼にとって休息時間は余りに貴重であり、間もなく簡易ベッドに横たわっての仮眠へと戻っていった。
自動人形であるリーピとケイリーが医者の厄介になるはずもない。さっそくディスティの側から話は始められた。
「それで、本日お越しいただいたのは、どのようなご用件で……いえ、やはり、私の両親に関してのお話、でしょうか。」
「はい、先日ディスティさんからご忠告いただいた通り、あなたのご両親、プロタゴ氏とアリシア氏からの依頼が入りましたので。基本的に顧客についての情報は口外しない前提ではありますが、ディスティさんの懸念もまた放置し難かったため、簡易的にご報告をと思いまして。」
「いったい、どのような依頼が来たのですか?アントンさんの花屋の営業を妨害するような指示を、与えられてはいないでしょうか。」
ディスティの想定では、リーピとケイリーが依頼を引き受けた時点でここに来た、との認識であるらしい。
無理もない話である。ディスティから彼女の両親についての忠告を受け、そこから僅か二日で依頼を受け、対処し、達成報告、報酬受け取りまで済むとは容易に想像もつくまい。
不安げな眼差しのディスティに向けて、リーピは端的に事実を伝えた。
「プロタゴ氏とアリシア氏からは、アントンさんの花屋で菌糸漏洩が発生する可能性が高いため、店舗の汚染状況を調査するよう依頼されました。結果、菌糸汚染は確認されず、調査結果を受けてプロタゴ氏とアリシア氏は満足され、報酬を支払われました。この件はこれにて完了しております。」
「……えっ、それだけ、ですか?私の両親が、何事も起こさず、手を引くはずがありません。もしかすると、あなたたちが調査した後に、アントンさんの花屋で菌糸漏洩汚染が発生しているかも……。」
「その心配は尤もだが、私たちは汚染源として用意されたのだろう元凶にも直接対処し、菌糸漏洩の可能性を皆無としている。」
訝しげなディスティに対し、ケイリーが話を引き継いで返答する。
少々ややこしい状況となった今回の件であるが、少なくとも表向きには懸念が取り除かれて解決したと言える状況には違いないのだ。
「アントンの花屋にて新たに雇われた、スクルタという自動人形。それが意図的に菌糸漏洩を引き起こし花屋の営業を停止させるため、プロタゴ氏とアリシア氏によって送り込まれた存在だった。が、スクルタは適切に修理され、今も正常に店員として働き続けている。」
「ですが、私の両親がそんな経緯を黙って見過ごすはずがありません。仮にその自動人形が修理に出されたとしても、修理先で妨害を働くはずです。」
「僕らも、そのように予測していました。が、菌糸漏洩を防ぐためのあらゆる手段は、プロタゴ氏とアリシア氏からの妨害を受けませんでした。修理後も、経過観察のため僕らは一晩、スクルタと貸倉庫内で過ごしましたが、結局周囲で不審な動きは見られませんでした。」
話を聞かされたディスティは、いちおうの安堵は示しつつも、圧倒的な不可解さを目の色に浮かべていた。
彼女が抱く不可解については、むろんリーピとケイリーも解きようがない。目的達成のためには手段を選ばない、と実の娘から評されていた人間が、計画をあっさり阻止され、そればかりか結果報告にも満面の笑みで応じ、喜んで報酬を支払ったのだから。
しばしの沈黙ののち、ディスティは質問を重ねた。
「報酬は、たしかに支払われたのでしょうか。政治家の後ろ盾がない民間相手だと、支払い約束だけは交わしておきながら、そのまま踏み倒すような真似だってやりかねない人たちです。」
「問題なく、現金で支払われました。プロタゴ氏とアリシア氏、ともにご本人から直接手渡されました。受け取り後精査しましたが、もちろん偽造紙幣などではありません。」
「秘書や仲介業者を用いず、本人が……?いよいよ奇妙です、それは本当に私の両親だったのでしょうか。」
「現金で全額支払う行為を、わざわざ偽者が実行する意味もないだろう。あのにこやかな夫婦の様相は確かに、ディスティから前もって聞かされていた評価とはまるで異なっていたが。」
ディスティの表情に、不可解さが更に募った。
やはり、実の娘である彼女が認識しているところの両親は、リーピとケイリーが対面したように柔和な人物ではないのだ。
「あの人たちが、にこやかな表情を他人に示すはずがありません。政治家や企業経営者など、好印象を与えることにメリットがある相手でもなければ……あなたたちが私の両親に会った時、ふたりはどんな格好でしたか?」
「プロタゴ氏は、明るいグレーに格子模様が入った上質な外套をお召しになっていました。アリシア氏は、大きな襟のついたベージュのコートを、腰のベルトで絞ったスタイルです。いずれも量産品ではない、オーダーメイドの品ではないでしょうか。」
「……はい。どちらも、両親がともに議員秘書だった時に誂えた物です。新しく服を買う余裕もないままに、今でも捨てずに着続けているのでしょうね……。じゃあ、二人とも本物の、私の両親……でしょうか。」
リーピの言を受けて、ディスティは曖昧に頷いている。おそらくオーダーメイドとはいえ、服装だけの情報では決め手に欠けるだろう。
あの場ではリーピは先方との受け答えに注力していたが、容姿の方により注目していたケイリーがさらなる情報を伝えた。
「他の特徴と言えば、プロタゴ氏は耳の後下あたりに髭の剃り残しがあったな。アリシア氏の方は顔のメイクが若干濃すぎた、ついでに鼻筋から額のテカりが気になった。目についた特徴を上げるならば、これぐらいか。」
「あぁ、まだ、あの癖、続いてたんだ……二人とも、他人を信頼せず、身だしなみは自分ひとりで手鏡を用いて整えるせいです……情報提供、ありがとうございます。ほぼ間違いなく、あなたたちが会ったのは私の両親本人です。」
不可解さはディスティの表情から薄れていったが、表情が晴れないことに変わりはない。今度は大きな懸念が彼女にのしかかってきたようだった。
既に、ひとたび娘を捨てて街から出て行った両親に愛想が尽きていたがため、それは深刻な不安にはなり得なかったのだろう。とはいえ、肉親には違いない存在の身に降りかかったことについては、完全な無関心ではいられない様子であった。
ディスティは、あらためてリーピとケイリーへ尋ねる。
「私の両親は、あなたがたからの結果報告を受け、報酬を支払うまでの間ずっと、にこやかな表情だったのですか?」
「えぇ、誇張ではなく、ずっと目を細め、頬を緩めておいででした、ディスティさんから前情報を戴いていなければ、随分と人当たりの良い方たちだと僕らは評価したでしょう。」
「もしかして、極度のストレスで、精神や人格に変調をきたしたりした様子とか、ありませんでしたか?頭髪が白くなっていたり、目元が虚ろだったり……。」
「私たちが見る限り、プロタゴ氏とアリシア氏の健康状態に問題は無さそうだった。むろん、あくまで外見から判断したに過ぎないが、会話における受けこたえにも遅れはなく、ごく正常な精神状態にしか見えなかった。」
リーピとケイリーからの返答は、いよいよもってディスティの思考を結論から遠ざけたようであった。
外見上は確かに自分の両親に違いないはずの存在が、本来するはずの無い言動を示している。自動人形であるリーピとケイリーの口から、虚偽が報告されるはずもない。
「……状況が分かりません。聞く限りの外見的特徴は合っている筈ながら……私の両親は、文字通りに“人が変わった”としか思えません。とはいえ、私が直接会うつもりは、無いのですが……。」
「ディスティさんがご希望なら、僕らがプロタゴ氏とアリシア氏についての調査を行うことも可能ですよ。」
リーピからの提案を前にして、ディスティは僅かに口を噤んだ。
自分の実の両親についての安否を確認する依頼、僅かとはいえ葛藤する余地が残ってはいた様子であったが、結局のところディスティは首を横に振った。
「いえ、結構です。豹変ぶりが不可解であることには違いありませんが、とはいえ、振る舞いが柔和になったのならば悪い変化ではありませんし。そのついでに、世間のために働くよう内面も変貌していれば、ひと様に迷惑もかけなくなるでしょう。」
「本当に、良いのですね?既に先日、自動人形が人間になりすましていたことが発覚する事件もあったばかりですが。」
「構いません。私利私欲のためにしか動かない人間より、理知的に行動を決める自動人形に成り代わられていたほうが、よほどマシです。」
自らが受けた仕打ちに対する念も籠っているためか、ディスティの口調に迷いはなかった。
確かに、他人の店舗や土地を奪い取るために、下手をすれば無関係の人間が巻き込まれて命を落としかねない菌糸漏洩を意図的に発生させる計画など、実行に移す人間が健在であっては世間の損失となる。
とはいえ、実の娘から悪人と評されるプロタゴとアリシアが、別人であるかのごとく完全に“人が変わった”状態になった経緯が不明であることには変わりないのだ。
ディスティとのやり取りを終え、この医院を去る際にリーピは忠告を残した。
「今回の件で渦中にあったアントンさんの花屋には、しばらく近寄らない方がいいでしょう。」
「もとより、私はあんまり外出しませんけど……花屋のアントンさんについても、何か不穏な兆しがあるのですか?」
「先ほどもお伝えした通り、花屋の店主アントンおよび自動人形スクルタは、正常に店の経営に携わっています。が、彼らには本来持ち得ないはずの知識、あるいは有し得ないはずの性能を備えており、それを意図的に隠すような振る舞いが見られるのです。」
ただの花屋の店主にすぎないはずのアントンは、この街における非合法な自動人形売買についての知識を、いつの間にか頭に入れていた。さらには彼の幼馴染であるラーディも、本来のアントンとは食い違う微細な特徴を現状の彼に見出している。
スクルタについては、振る舞いこそ非公式に販売される格安自動人形らしく、ぎこちないように見せかけている。が、自動人形メーカー本社のモース研究主任が作成した、正規品自動人形でなければクリアできない動作チェック項目を全てクリアしてしまうなど、本来あり得ないスペックを秘めていた。
いずれについても、何のために、いかにして、表向きとは異なる実態を秘めるに至ったのか、現時点で推測可能な材料はない。
「現状については、判断不能な状況が多すぎます。ただ明確に言えることは、アントンさんの花屋が異変の根源である、ということだけです。」
「わかりました……チャルラット先生にも、後ほど伝えておきます。ちなみに、このことは街の警察に伝えたりしないんですか?」
「明確な異常の証拠を掴めれば、その時点で通報を行う予定です。」
ディスティに対し返答しながらも、リーピとケイリーの中にはさほど警察に対する信頼がないこともまた事実であった。
アントンの花屋に異状が見られるようになったきっかけも、元をただせば倉庫区画で顔の無い遺体が発見された際、その現場から逃亡したであろう自動人形の確保へと警察が即座に動かなかったことなのだ。
現場から警邏隊員トロンドが直接本部に連絡しても、本部はのらりくらりと初動を遅らせるばかりであった……市長の意向が絡み、市議会議員の息子が当事者となる事件の扱いの面倒さゆえ、“何も起きなかった”ことにして、場を封じておくのが最善策だと言わんばかりに。
あの時に逃亡しヴィンスになりすましていた自動人形が、アントンの花屋に辿り着いて働き始めたことが、異変を伝播させたルートとして最も濃厚な可能性を有していた。
「では、僕らも事務所に戻ります。ディスティさんも、チャルラット先生も、くれぐれもお気をつけて。」
「はい、リーピさん達も、おだいじに……。」
健康状態を気にする必要のない自動人形であるリーピとケイリーに対し、ディスティは律儀に言葉をかけて見送った。
ディスティ自身からの依頼が無かったにせよ、彼女の両親についての調査は自主的に行うべきかと考えていたリーピであったが……その日、別の顧客から依頼が入ったことで、この件は一旦保留となった。
それも、依頼を入れてきたのが暫くぶりに会う警邏隊員、トロンドであったことは尚、他よりも優先されるべき仕事であることの証であった。




