依頼14:異常個体スクルタの監視 2/3
スクルタとケイリーを待たせているトランクルーム内へと、不安を抱えつつ足早に戻ったリーピ。
だが彼が目にしたのは、先ほどと変わらぬ光景であった。
スクルタは変わらず、店頭にて展示販売されている自動人形さながら、透明な樹脂シートを被されたまま椅子に座った姿勢を維持し続けている。
暇そうに足を組んでブラブラさせながら、事務所から持ってきた本に目を通しているケイリーと比べれば、同じ自動人形でありながらスクルタの無機質さは一層際立った。
リーピも無表情のままであったのだが、ケイリーは戻ってきたリーピの振る舞いに僅かな不安の表れを見てとったようであった。
「おかえり……モース研究主任とは、連絡がついたのか?」
「はい。スクルタさんについては、ひとまず現状の保管状態を維持すれば問題ない、と。あと、別件なのですが……ケイリー、ちょっと来てもらえますか?」
リーピは、嘘を吐けない自動人形ながら、婉曲な表現を用いて発言することにすっかり慣れていた。
ケイリーの側も、スクルタに聞かせるべきではない内容を伝えたがっているリーピの意図を察したのだろう。文庫本を作業服のポケットに押し込みながら小さく頷き、スクルタの様子を横目で確認しつつトランクルーム内から出ていく。
「スクルタ、このまま待機していてくれ。」
「分かりました。」
いちおうは簡便にケイリーから掛けられた言葉に応じ、そのまま分厚い金属扉を閉められるまで、スクルタは全く動かぬままであった。
扉を施錠し、さらにその場を離れ、トランクルーム内のスクルタから声を聴かれぬ位置まで移動するリーピの背後で、ケイリーもまた無言を続けていた。
トランクルームが詰め込まれた区画から離れ、大型倉庫の入り口付近まで戻ってきたリーピ。ここで会話しては、深夜の路上へと声が漏れる恐れはあったものの、スクルタに聞かれるよりははるかに低いリスクであった。
「ケイリー。さきほどの通話にて、モース研究主任はスクルタさんのことを、異常個体であると称しました。先ほどチェックリストを元に僕が実施した動作確認……あれを全てクリアすることは、ロターク本社が直接販売した正規品の自動人形でなければ有り得ないとのことです。」
「だが、スクルタは格安で販売されていた非正規品のはずだろう?花屋のアントンが、高額なメーカー純正の自動人形を購入できるはずもない、失礼な話かもしれないが。」
「アントンさんが、スクルタさんを入手した経路については、僕らの認識している通りで間違いないはずです。それはいよいよ、この状況が異常であることの証明にしかなりませんけれど。」
リーピの言に、ケイリーはただ頷く。
彼女もまた、気づいたのだ……スクルタが本来あり得ない性能、メーカー正規品同様のスペックを有していることを、意図的に隠している可能性に。
その推察が当たっていれば、先ほどまでの無機質な言葉のみによる受けこたえも、全て演技ということになる。それは自動人形でありながら明確な「嘘をつく」行為が出来ることの証明でもあるのだ。
スクルタは、リーピとケイリーの性能をも既に凌駕している恐れがある。
ケイリーは警戒心をあらわに、まだ何も起きていない暗がりの背後を振り返りつつも、小声かつ口早に喋った。
「スクルタが私たちを出し抜くことは、十分に可能というわけか。アイツは今、施錠されたトランクルーム内に居るが……まさか、既に逃亡していたりしないだろうな。」
「流石に、いくら思考能力が高くとも、身体能力は並みの作業用人形と変わりません。万が一、金属扉をこじ開ける手段を彼が有していたとしても、その際の騒音を隠せはしないでしょう。それよりも、僕らが決めるべきは今後の対処です。モース研究主任からは、異常個体スクルタの所在を常に把握し続けるようにと指示が出ています。」
「私たちの創造主からの指示となれば、従う他に選択肢はないな。そもそもスクルタは、アントンの花屋で菌糸漏洩を引き起こす意図をもって送り込まれた人形だ。スクルタ自身の思惑も不明なままだし、モースが調査できる状態になるまで、このまま金属製のトランクルーム内に閉じ込めておくのが最善の選択だろう。」
むろん、リーピもケイリーの案に同意であった。人間と違って、自動人形が長時間狭所に閉じ込められっぱなしであったとしても、身体や精神に変調をきたすことはない。
体内の菌糸が活動能力の根源となっている人形には、日射や新鮮な空気も必要ではない。極端な乾燥状態に陥りさえしなければ良い。静かで暗い閉所、まさに金属壁に囲まれたトランクルーム内に閉じ込めておくことは、スクルタの身柄を確保し続けるうえで欠点の無い処置である。
問題は、せっかく花屋にて新たに雇った労働力を、またしても失うことになるアントンについてであった。
「一晩だけスクルタを預かる、という約束を破ることになってしまうな。埋め合わせをしないわけにはいかない、私たち自らが彼の店で働くか?表向きの性能だけで言えば、スクルタよりも私たちの方が接客に向いている。」
「アントンさんは歓迎してくれるかもしれませんが、僕ら本来の仕事を続ける必要もある以上、手が足りません。アントンさんの花屋、探命事務所、そしてスクルタさんを保管しているトランクルーム、この三か所の管理を、僕とケイリーのふたりきりで行うことは非現実的です。」
探命事務所に掛かってくる仕事依頼の通話、時には事務所に直接赴き依頼してくる顧客の存在を鑑みれば、誰かが必ず事務所で待機していなければならない。
スクルタに関しても、頑丈な金属製の小部屋を施錠した中に閉じ込めてあるとはいえ、全く監視せず放置しっぱなしにするわけにもいかない。いざ、モースが調査のため到着したとなっても、知らぬ間に脱走されていては元も子もない。
さらにアントンの花屋からスクルタという労働力を失わせた埋め合わせのため、リーピないしケイリーが接客の手伝いをするとなれば……ふたりで回しきれる作業量でないことは明白であった。
ケイリーは、呼吸の不必要な人形でなければ大きな溜息でも吐いていただろう声色とともに喋る。
「モースが明日の朝にでも即到着してくれれば、この問題は早々に解決するのだろうがな。」
「彼も自動人形メーカー本社の研究主任です、つい先日この街に来て調査を行ったばかりですし、本社での仕事は溜まっているでしょう。一日ぶんの仕事の遅れを、即座に取り戻せるはずもありません。どれだけ急いだとしても、数日間はモースさんは本社から出られないと見るべきです。」
リーピは言いつつも、更に別の懸念を同時に想定に浮上させていた。
他でもないスクルタの雇い主、花屋の店主アントンが偽者のなりすましである可能性である。彼がもはや本来の人間ではなく、精巧に人間を模倣した自動人形さながらの存在になっているという仮説。
今のところ、リーピやケイリーが観測し得る範囲内ではその状況証拠しか見出されず、あくまでアントンの幼馴染である靴職人ラーディが気づいた僅かな兆候、そして彼女の勘のみが確信を得ている状態であった。
単なる花屋の店主へのなりすましを行う存在が実際に居たとしても、その狙いは全くもって不明だ。
だが、そこで働いていたスクルタが自動人形として異常個体であると称された今、店主アントンについての懸念も無視できぬものとなっていた。
「現時点で、僕らはアントンさん自身の存在を不審がるそぶりを示していません。現在、スクルタさんの身柄を預かっているのも、あくまで花屋の客の不安を払拭するための調査という名目です。」
「あぁ、格安で販売されていた自動人形であれば、例外なく菌糸漏洩のリスクが付きまとうものだからな。」
「しかし、スクルタさんの身柄を返却しないと告げることは、アントンさん……あるいはアントンさんになりすましている存在に対し、隠されているべき事項に僕らが気づいた、と知らせてしまうも同然の行為かもしれません。」
「隠されているべき事項、というのはスクルタについてのことか。」
「はい。非正規品の自動人形であるはずのスクルタさんが、メーカー本社でなければ構築し得ない思考回路を有していることです。今回、モースさんとの通話を行わなければ、僕らが気づくはずのなかった事実です。」
スクルタの修理状態をチェックし、一晩のあいだ観察し、菌糸漏洩が起きないことさえ確認できれば、翌朝には花屋へと返却するのが順当である。
返却しない状況は、たとえば「一晩スクルタを観察した結果、菌糸漏洩が発生した」との虚偽報告を行うことでも作り出し得る。しかし、リーピの思考内にはそうすべきでないとの判断があった。
そもそもリーピとケイリーは、虚偽の報告を出来ないという根本的性質を有しているが、そうでなくともアントンはそれが嘘であると見抜くだろう。
「元々、スクルタさんは花屋で意図的に菌糸漏洩を発生させるために、プロタゴ氏とアリシア氏の企みによって送り込まれた自動人形です。その目的達成のためであれば、人形体内を露出させる機械的構造は必要となりますが、高度な思考能力を与えることは不必要です。」
「そのはずだな。正規品と非正規品の価格を大きく分けているのは思考能力の差だ。私たちを超えるほどの思考能力を搭載した個体は、現時点でのハイエンドモデル相当の価格になる。議員秘書としての立場をとっくに追われたプロタゴとアリシアが、悪巧みのため使い捨てる人形のため高額の出費を行うとも思えない。」
「そのスクルタさんの身体から、菌糸漏洩を引き起こす機構を除去し、ばかりか異様なまでに高度な思考能力を搭載したのは……アントンさん……になりすましている存在の意思である可能性が高いです。なぜ、いかにして、という謎は解決できませんが。」
リーピの推測は突拍子もないものではあったが、消去法にて至り得る結論でもあった。
スクルタを修理に出す、という判断を下せるのが、彼を雇った花屋の店主としての立場を有するアントン以外に存在しないことだけは間違いないのだ。
リーピは、別の判断材料も有していた。スクルタの修理状況を確認しに行くと告げた時、リーピの身を案じるアントンがやけに非合法な自動人形ビジネスに詳しい様を示したことだ。かつての工場労働者、いまは花屋の店主に過ぎないはずのアントンが、偽者に成り代わられている間接的な証拠でもあった。
「不可解な点は他にも残っています。アントンさんがスクルタさんを修理に出した際、スクルタさんの身柄を引き取りに来た業者はほぼ確実に、プロタゴ氏とアリシア氏の送り込んだ監視役のはず。彼らが、本来の目的から外れるような、完璧な修理をスクルタさんに施すことも考えづらいです。」
「だが、それも今となっては的確に修理されたという結果が明白になっている。リーピがモースとの通話をしている間も、私はずっとスクルタを見張り続けていたが、奴の身体が異変を引き起こすことはなかった。」
「僕らがスクルタさんを花屋から連れ出し、この貸倉庫まで連れてくるまでの道中に妨害が入ることもありませんでした。もしかするとプロタゴ氏とアリシア氏は、アントンさんの店舗と土地を奪取する計画を急に放棄するような事態に陥ったのではないか、とまで僕は推測しています。」
状況がこのまま進めば、明日の朝にはアントンの花屋で何も起きず、通常通りに営業は続けられるだろう。
店舗と土地を乗っ取ろうとしていたプロタゴとアリシアの意思はぷつりと途絶え、現状を支配しているのがアントン……あるいは、アントンになりすました存在……の意思となっている。
未解決事項は多々あるものの、謎の所在自体は明確となった。
一介の花屋の店主が何をすれば、これほど錯綜した事態を的確に掌握できるのか。あるいは街の非正規の整備環境で、正規品を凌駕する思考能力をいかにして自動人形に搭載し得るのか。
それらが現在解けようのない謎であり、同時に不気味さの根源でもあった。
リーピは、しばしの沈黙で自らの言葉を区切った後、最善手を述べた。
「ケイリー。僕は、スクルタさんを当初の予定通り、アントンさん、ないし彼になりすましている存在へとお返しすべきだと考えています。現在、花屋の店主アントンとして振舞っている存在について、僕らには分かっていないことが多すぎます。仮に警戒され、敵対するような事態に陥った場合、情報量において圧倒的に僕らが不利です。」
「モースからの指示についてはどうする。彼が現地に到着するまで、スクルタの所在を把握し続けろとのことだったはずだが。」
「確実性は若干下がりますが、何事も無かったかのようにアントンさんの花屋でスクルタさんが働き続ける状況が続けば、それ自体が彼の所在状態として安定したものとなるはずです。アントンさんになりすましている存在の意図は分かりませんが、せっかく雇った自動人形をたかだか数日で手放す、という不自然な振る舞いを敢えて示すことはないでしょう。」
「……分かった。私も、リーピと同意見だ。にしても、アントンの正体が掴めないな。気味悪い……という人間の感情は、こういう時に抱かれるものだろうか。」
「そうかもしれません。さておき、スクルタさん自身にも悪印象を抱かせることなく、丁重にお帰りいただかなければ。彼の元へ戻りましょう、そして日の出まで、彼の気晴らしにでもなりそうな雑談をして共に過ごしましょう。」
雑談をしても、スクルタはきっと機械的かつ単調な返答しか口にしないだろう。だが、その奥の思考にて、いかなる意思を抱いているとも知れぬのだ。ことによっては、人間同様の感情を抱きながら、それを押し殺しているかもしれない。
幸いながら、感情を有する存在の気晴らしの相手となることは、もともと愛玩用自動人形だったリーピとケイリーにとっては得意分野である。
リーピとケイリーは頷き合い、しばらく独りきりでスクルタを待たせていたトランクルーム内へと戻っていった。
解錠し、重い金属扉を開いた先で、スクルタは指先ひとつも動かさぬまま、閉めた時とまったく変わらぬ姿勢で待機し続けていた。
……が、たった一点、瞼を閉じていることだけは違っていた。まるで長時間ここに閉じ込められっぱなしになる想定を抱いたかのように、彼はずっと目を閉じていたのだ。人形であれば、目は開けっぱなしであっても何ら問題はないはずだった。
リーピとケイリーは、声は低めたままながら、多少なりと朗らかな語調で喋りかける。
「ただいま戻りました、スクルタさん。日付はたった今変わった頃です、時計のひとつでも持ち込んでおくべきでしたね。」
「我々は自動人形とはいえ、外部環境と隔絶されたまま待機し続けるのは気も冴えないだろう。私が持ち込んでいた本、読むか?」
「いえ、お気遣いなく。」
透明なシートを被された下で、スクルタは口元だけを動かして返答した。
が、今となっては、その無表情の下には血が通っているように、本物の人間とほぼ変わらぬ主観さえも抱かれているようにすら見えた。




