依頼14:異常個体スクルタの監視 1/3
その日の宵、店じまいを終えたアントンは、店先で待っていたリーピとケイリーの元へ、スクルタを連れてきた。
店の周辺には相変わらず、監視を行う人間の姿はない。アントンの花屋が入っている土地と店舗を奪おうとするプロタゴとアリシアの計画が、どこまで通っているのか最早不明な状況であった。
スクルタは自動人形であるゆえに防寒具を着込む必要はなかったのだが、アントンの手によって薄手のコートを羽織らされていた。
まるで他所に泊まりに向かわせる我が子を送り出す親のように、スクルタの背をアントンは大きな手で優しく押し出す。
「きちんと修理はされてると思うんですが、コイツの体内から菌糸が漏れるかもしれないってんなら、外套の一枚でも着こませておいたほうが不安は減るかもと思いまして。」
「細やかなお気遣い、ありがとうございます。では、一晩、スクルタさんをこちらで預からせていただきます。では、行きましょうか、スクルタさん。」
「はい。」
リーピの声かけに応じ、スクルタは機械的な返答だけを寄越した。
連れ立って歩いて行く間、リーピとケイリー、そしてスクルタの間に会話は無かった。不必要な会話を行わず、必要最低限の行動にのみ専念するのは、本来の自動人形の振る舞いそのものであった。
むろん、リーピとケイリーはふたりきりの時は不必要な無駄話を口にしていたのだが……スクルタが聞いている場では、余計なことを聞かせるつもりはなかった。
彼がアントンの花屋で菌糸漏洩を引き起こすためだけに製造された自動人形だとすれば、下手に情報を与えることは回避すべきであった。
―――――
ゆえに、今夜彼を連れてきた場所も、いつもの探命事務所ではない。
自分たちの本拠点の位置を教えるべきではないし、実際に夜間に菌糸漏洩が発生すれば、事務所内の滅菌作業および清掃に手間取る羽目になる。
リーピ達が到着したのは、この日のために借りた貸倉庫である。
使われなくなった大型倉庫が改装され、いくつもの小部屋がぎっしりと詰め込まれた構造となっているトランクルーム。借りた鍵でその一室の金属扉を開け、リーピはスクルタを中へと迎え入れた。
「どうぞ、寒々しい場所ではありますが。今夜はここで一晩過ごしていただきます。」
「分かりました。」
スクルタは自動人形そのものの反応、すなわち全くの躊躇を示さず、命令された通りにトランクルーム内へと入る。
床、壁面、天井の全て、金属で囲まれた小部屋。一応は換気扇と工業用の照明が備えられているものの、本来の利用目的通りに「物を保管するため」の空間だ。
人間が宿泊や居住を行うことは利用規約で禁じられているが……リーピ、ケイリー、スクルタの3名は全員が自動人形である。実際に、しばらく使用しない自動人形を保管する場としてトランクルームが利用されることもある。
リーピ達は、自分たちが人間ではないゆえに、利用規約に違反することなく「自動人形の保管」という名目でトランクルームで一夜過ごせるのだ。
人が入ってこない深夜帯には他の利用客に見咎められる恐れもない。とはいえ、万が一の邂逅に備え、保全作業中の人形として振舞うため、リーピとケイリーは作業服を着込んでいた。
「ではスクルタさん。到着して早々に申し訳ないのですが、被服は脱いでもらえますか。」
「分かりました。」
リーピからの指示にも、スクルタは一切の躊躇を示すことなく従う。人間らしい行動の模倣に努めている愛玩用人形とは違い、この無機質な反応こそ人形本来の振る舞いであった。
被服を脱いだスクルタの姿は、男性タイプの基本体型モデルであった。
寸胴に近い体型ゆえに体内構造も詰め込みやすく、安価に製造されるため特に非正規品には多用されている。むろんアントンの花屋で店員として働く前提であり、被服を着用した状態での運用が想定されているため、肩や腰、股にはハッキリと機械関節の溝が入っていた。
同じ人形同士、直視しても問題はないはずであったものの、ケイリーは気まずそうに視線をスクルタの身体から外していた。
その傍ら、リーピは淡々と、スクルタのボディチェックを行う。
「首を左右、通常可動域の範囲で動かしてください。チェック完了。両腕を高く上げて……そのまま停止させてください。肩甲上腕部、異音なし。では次に、脚を動かすことなく、胴体をねじるようにして背後を振り返ってください。……胴体に間隙はないですね。片脚を上げた状態で、そのまま立てますか?……では、ゆっくりと押しますよ、バランスが維持できなくなれば転倒を防いでください。」
リーピは、びっしりとチェック項目が印字された一枚の紙を手にしていた。
これは先日、自動人形メーカーであるロターク本社からやってきたモース研究主任から渡された、自動人形診断用のチェックリストである。
雇い主もおらず、メーカーからの保証期間も切れて、身体メンテナンスを自力で行わねばならないリーピとケイリーのことを案じた結果のモースの心遣いであったのだが、図らずもここでスクルタの身体状態を確認する役に立っていた。
一連のチェック動作は、命じるリーピ同様スクルタも淡々とこなし、円滑に完了した。
「ご協力ありがとうございます。非分解による点検の範囲内では、スクルタさんの身体に異状は無く、菌糸漏洩に直結するリスクは見いだせません。改めて、被服を着用してください。」
「分かりました。」
自動人形の通常可動域の範囲で身体を動かしてもパーツ破損の兆しはなく、転倒などによって内部構造が開放されるような損傷を負うリスクも低い。
現時点で見出せる限り、スクルタが菌糸漏洩を起こす可能性はゼロであった。それでも、意図的に菌糸が外部環境に晒される機構を体内に組み込まれている恐れが完全に消えたわけではない。
少なくとも今晩中は、彼を警戒しつつ監視する他に無い。服を着終えたスクルタの前に、ケイリーは折り畳み椅子を開いて置き、リーピは更に指示を出した。
「この椅子に座ってください。その後、あなたの全身を透明な樹脂のシートで覆います。完全に密閉するわけではないので、湿度と通気性は確保されますが、動作に異常をきたす状況があれば即座に報告してください。」
「分かりました。」
先ほどから全く同じ返答しか口にしないスクルタであったが、それ以外喋る必要が無いのだから人形としてはごく当然の振る舞いである。
命じられた通り椅子に座ったスクルタに、ケイリーが透明な樹脂シートをかぶせる。これは自動人形の保管、あるいは店頭展示にも用いられる保護シートであり、外部からの埃の進入を遮ると同時に、内部からの菌糸散逸を防止する手段でもあった。
リーピが警戒し続けている通りに、今夜菌糸漏洩が意図的に起こされたとしても、このシートの内側、さらにトランクルームの内部であれば、被害は極小に抑えられる。
シートを被せられた下で、微動だにせず椅子に座り続けるスクルタの姿は、まさに自動人形のショールームで展示されている商品そのもののようであった……今どき、これほど安価な自動人形を展示する店はないだろうが。
リーピはこの小部屋に背を向け、廊下へと出て行きながらケイリーに伝える。
「では、ケイリー、スクルタさんの監視をお願いします。僕は、モースさんへ通話してみます。繋がれば、しばらく話をしていますので。」
「分かった。リーピも気を付けるんだぞ。人通りの無い地区だ、どんな不審者が倉庫に入ってくるか分からないからな。」
倉庫入り口へと向かうリーピをただ送り出すだけであっても、ケイリーの返答はスクルタのそれと比べてずっと温かな思い遣りに満ち、人間味があった。
―――――
トランクルームを設置している大型倉庫の入り口、かつては管理事務所が設置されていただろう場所。
そこは今、ただ設備補修用の資材や工具が置かれているだけのスペースである。その一画に、万一に備え外部と連絡を取るための通話機が設置されている。
簡単な事務仕事が出来るように、照明スタンド付きのテーブルも備えられていたが、夜間、何者かが倉庫内で活動している様を通行人から見咎められないよう、照明を点けることは出来ない。
防犯のみを考慮された無骨な鉄格子が填められた窓から寂しく差し込む、路上街灯の光だけを頼りにリーピは受話器を取り、送話器に向かって交換手を呼び出し番号を告げた。
まだ深夜と呼ぶには些か早い時間帯であったが、自動人形メーカー研究主任のモースは多忙である。
ゆえに彼が通話に出てくる可能性は低かったのだが、ほどなくしてモース本人の声が応じた。心なしか、彼の声は弾んでいるようでもあった。
「どちらさま?」
「夜分遅くの呼び出し、失礼いたします。探命事務所のリーピです。お忙しいところかと存じますが、少しご助言いただきたい件がございまして。お話よろしいでしょうか、モース研究主任。」
「リーピという“人物”から連絡、と告げられてまさかと思いましたが、やはり人間ではなくキミですか。ウチの事務員は、自動人形が自主的に連絡を掛けてくることを想定に入れられないようですね。いいでしょう、まだ仕事中ではありますが、キミの話への興味が優先されます。」
言いながら、モースの声の背後ではギシリと背もたれの軋む音がした。じっくりと腰を落ち着けて話を聞くつもりのようだ。
雇い主から離れ、自主的に仕事を行うリーピの思考回路や発言内容には、先日会った時からモースも興味津々だったのだろう。とはいえ彼の仕事時間をあまり邪魔も出来ないリーピは、端的に今回の件を語り始めた。
「現在、僕らは一体の自動人形の身柄を預かっています。アントンさんの花屋で新たに雇われた自動人形だったのですが、その個体が高確率で菌糸漏洩を引き起こし得るとの情報が入りました。そのため、僕らが貸倉庫内にて動作や身体パーツのチェックを行い、一晩を通して経過観察しているところです。」
「そのような個体は、出来ればロターク本社へと送っていただいて、メーカー公認の整備士によるメンテナンスを受けさせてもらいたいところですが……おそらく、非公式に解体された人形パーツを組み合わせた、非正規品でしょう?」
「はい。アントンさんの経営する花屋は、正規品同様の高額なメンテナンス費用や、数日間にわたる正規の整備を許容できる状況にないため、安価な自動人形を選ばれています。一応、非公式の整備員による修理は行われており、今しがたも僕が、モースさんから渡されたチェックリストを元に点検を行いました。」
リーピからの話を聞きつつも、モースの口からは薄く長く、溜息が続いていた。
自動人形の利便性が求められるほどに、安価に販売されること、整備の手間も省かれることもまた求められていく。それはメーカー本社で開発の中心にいるモースが、日々直面している世間からの需要、および営業部からの要求でもあったろう。
あくまで、正規品、純正品を販売する自動人形メーカーとして、商品のクオリティを下げるわけにはいかない。社内においてはそう説得することも可能だが、メーカー本社とは関係なく非合法に人形を解体し、勝手に組み立てて非公式に人形を販売する闇ルートにおいては、安全性が無視されるのも避けられない。
「非公式の整備士さんも、人形体内からの菌糸漏洩が致命的なリスクになる、と自覚しておられれば良いのですが。それで、その一応は修理の行われた自動人形は、私のチェックリストをどの程度クリアしましたか?」
「すべて問題なくクリアしました。動作や発言内容は、無機質そのものではありますが、仕事場での運用には十分耐えうるはずです。」
「……そんなはずはない……。」
急にモースの口調が変わったことで、リーピは一旦口を噤む。
自動人形でありながらも、人間の模倣に努め、心情理解を行おうとし続けてきたリーピには、すぐに分かった。今しがたのリーピの報告には、モースにとって、意外に過ぎる内容が含まれていたのだ。
沈黙してしまったモースに対し、少し間を置いてからリーピは聞き返す。
「……モース研究主任。どのような点が、有り得ないはずの内容だったのでしょうか?」
「私がキミに渡したチェックリストは、あくまでメーカー正規品である自動人形にのみ適合する内容です。分解後のパーツを再構成した非正規品では、機械的構造こそ模倣できても、内部で自律行動を制御する菌糸の構築は不完全なはず。例えば……足を動かすことなく胴体をねじって背後を振り返る動作も、その自動人形は実行できたのですか?」
「はい、クリアできています。僕が目の前で確認しました。」
「本来、正規品でなければ不可能な挙動です。『足を動かすな』との命令が含まれているものの、身体を捻りながらもバランスを保つためには多少なりと脚部の動きも必要になります。いわば命令内容と実行内容に矛盾が生じる動作を、可能とするのは……ロターク社独自の思考調整を施された正規品だけです。一度でも解体された自動人形は、その思考プロセスを行うための菌糸情報網が破断してしまいます。」
受話器から聞こえるモースの声を聴きながら、リーピも実際に後ろを振り向く動作を取ってみた。
この場で後ろを振り向いたところで、そこには薄暗い部屋と、床に並べられた鉄骨や鉄パイプが見えるだけであったが、ここで確かめたいのはモースの言った内容である。
確かに脚の動きも加えなければ、胴体の捻りを支えて後ろを振り向き、バランスを保って立ち続けることは難しい。リーピやケイリーは意識せずとも、命令に僅かに反した動作を自然に行えていたのだ。
モースは更に問いを続ける。
「であれば、片足で立つように命令してから、その身体を押し、転倒を防ぐように指示する項目も?その自動人形はクリアしたのですか?」
「はい、問題なく。彼は転倒するまえに、もう片脚を出してバランスを保ちました。」
「それもまた、命令内容を忠実に守るだけの自動人形には達成不可能な項目です。バランスを崩して転倒する前に『片足で立て』との命令を自ら破り、両足を用いて姿勢を制御する必要があります。例外として、床につけた片足のまま、飛び跳ねてバランスを取ることも可能ではありますが、それは日常生活や職場での振る舞いとして不適切ゆえ、その行為を実行した個体は正規品の品質には適合しません。」
「いえ、彼は普通に……両足で立ちました。花屋で商品を並べ、接客の手伝いをすることが目的の個体として、相応しい振る舞いを選択しています。」
言いながら、リーピは自分がたった今“普通に”と喋ったことを自覚していた。何を以て“普通”とするのか、その判断基準が自分の思考回路の中に組み込まれていることを今さらに意識した。
むろん、創造主であるモースにとっては、リーピがそのような思考を有していることは意外でもなんでもない。
それよりも、想定外の性能を発揮したとの非正規品自動人形について、彼の興味は追究へと変わっていた。
「その街の非公式整備工場にて、緻密な菌糸思考回路を構築可能とする作業環境が導入されたのでない限り、その自動人形が異常個体であると判断できます。ロターク本社でしか再現できない思考回路を、人形自身が自主的に構築したことになります。」
「あり得るのでしょうか、そのような自動人形が。」
「……わざわざ情報を伝えていただいたうえで申し訳ありませんが、それには答えられません。まず、その個体の識別名を教えてください。」
モースから質問への回答を拒否されたリーピだったが、リーピには既にモースの意図が掴めていた。
あり得るのだ、自主的に正規品同様の思考回路を構築しうる自動人形の存在が。
用意されたボディがジャンク品の寄せ集めであったとしても、その内部でメーカー正規品同様の菌糸情報網を組み上げる個体の存在が……他でもない、スクルタなのだ。
ことによっては、スクルタは言語による受けこたえも流暢に可能なはずのところ、わざと無機質な発言しか出来ないかのように演技していた可能性もある。
急激に高まる警戒心とともに、監視のために独りにして置いてきたケイリーのことも心配になりながら、リーピは返答した。
「その個体は、スクルタ、と名乗っていました。現在の雇い主であるアントンさんがつけた名ではなく、販売された時点でその名を有していたそうです。」
「その名称自体は、現地の非正規販売店がつけたものでしょうが、個体識別には活用できます。こちらの手が空き次第、すぐにでも現地へ向かいます。異常個体スクルタの所在は、常に把握し続けてください。」
手短にモースが言い切った後、通話は切れた。
自動人形メーカー本社の研究主任、モースの認識においてもスクルタは完全に“異常個体”と評されるものとなっていたのだ。
リーピはそっと受話器を通話機へ置き、スクルタの居るトランクルームの内部で独り待たせているケイリーのもとへ、多少足を速めて戻っていった。




